24 手紙が来ました!
そんな一連の出来事によって、私がこの館に抱いていた印象はスッカリと様変わりしました。
やっぱりいくら古い建物とはいえ、現役で人が住まう場所に、娯楽小説であるよなおどろおどろしい秘密などあるはずが無かったのです。
お母様の部屋から出て来た所をスピードマンさんに見付かった私は、結局の所全てを白状させられてしまいました。
私の馬鹿げた妄想を、告白するのはとてもとても恥ずかしい事でしたが、スピードマンさんは牧師さんだけあり、お話しを聞きだすのがとてもうまいのです。
私の告白を聞いたスピードマンさんは「そうですか、よく話してくれましたね」とだけ言うと、それ以上は何も話さずに部屋へと戻るように指示します。
そして私はその指示に従い、部屋へ戻ると、自分の愚かな行動に死にたくなってしました。
なんで、あんなありえない妄想にとらわれていたのか、そしてなぜその行動を止める事が出来なかったのか、自分でもよくわかりません。
一つ言えることは私の愚かな妄想はすっかりスピードマンさんにバレてしまったという事だけです。
私はソレが伯爵やレディ・スピードマンの耳に入らない事を必死で祈るだけです。
もし、あの二人にもしれてしまったら……私は二度と顔を合わすことは出来なくなってしまうでしょうから。
でも幸いにして、スピードマンさんはあの二人に漏らした形跡はなさそうでした。
レディ・スピードマンも伯爵も今までと変わらず、私と接してくれたのです。
スピードマンの視線だけは若干生温かいモノになったような気がしますが、きっと気のせいですよね。
……そうだといってください、お願いします。
そんな私の恥ずかしい気持ちも、それから一日、二日とたつごとに徐々に薄れてきました。
時間というお医者様が私の心を少しずつ癒してくれているような感じです。
そうして、あの恥ずかしい出来事から数日たったある日の事、スピードマンさんがニコニコしながら話しかけてきます。
「ミス・シドニーが元気が出るものをお渡しいたしますよ、何だと思いますか?」
「えっ!?分かりません……。本、とかでしょうか?」
「そうです、と言いたいところですが残念ながら違います。貴女が待ちわびていた物……手紙ですよ」
そう言ってスピードマンさんは恭しく一通の手紙を差し出してきました。
私は「ありがとうございます」と言って受け取りました。
だれからだろう?エステラかしら?それともエンジェル夫妻?
私は手紙をひっくり返して、差出人を見ます。
「あら?お兄様からだわ!」
意外な人物からの手紙にびっくりです。
お兄様が何なの用だろう?
まさかだけど、帰って来いとか言わないわよね……。
そんな考えがよぎりながら、恐る恐る手紙を開封し読みはじめます。
『親愛なる僕の妹、メアリーへ。
メアリーは今どんな顔をしてこの手紙を読んでいるのだろうか?
きっとビックリしているかな?
家族あてでは無く、僕がこうしてメアリーだけに手紙を送るのは初めてかも知れないからね。
だけどメアリーにどうしても知っておいて欲しい事があったんだ。
ここまで書けばメアリーの事だからもう気が付いているのかもしれないね。
そう、エステラ・グレーヴスとの事だ。
僕の婚約者、いや婚約者”だった”人の事だよ。
エステラと僕との関係はスッカリ終わりを告げました。
僕は今日、彼女に別れを告げた所です。
もう二度と会う事もないと願っているよ。
いきなりの事でメアリーも驚いているかな?
いや、先にエステラから手紙が来ている可能性もあるかもしれないね。
彼女の手紙にはどんな風に書かれているかは僕にはわからない。
でも、矛盾する記述があっても、メアリーならばどちらが正しいか、ちゃんと判別がつく事を願っているよ。
本当はここまで書いて送るつもりだったのだが、やっぱりメアリーにはもうちょっと事情を話しておこうと思う。
メアリーはエステラの親友だったからね。
信じてはいるが、言葉が足りないと万が一にも彼女の言い分を信じてしまうかもしれない。
彼女の愛は僕に向いていなかったんだ。
なぜエステラの愛が僕に向いていると思い込んでしまったのだろう?
あの頃の僕はどうかしていたとしか思えない。
でもあの時の事を思い出すたびに胸が締め付けられるように疼くのも事実なんだ。
なぜ彼女は一旦は僕のプロポーズを受け入れたんだろう?
あの時、断ってくれれば……、いやもう過去を振り返るのはやめよう。
エステラが真に愛しているのはスピードマン中尉だと気づくのに長い時間はかからなかったよ。
だってそうだろ?
婚約者がいるのに他の男にあんな振る舞いを、……いや、詳細を書くのはやめておこう。
メアリーにはまだ純真のままでいて欲しいからね。
どうしてと問い詰めても、エステラはただの誤解で僕の事を愛してると言い張るばかりだ。
でも一旦は愛した人の気持ちが分からない僕じゃない。
彼女が僕の事を愛していると口を開くたびに、僕の気持ちはドンドン覚めていったんだ。
なぜそんなウソをつくのだろう?
僕を傷つけないようにしているのだろうか?
誰かの言葉で”女性は真剣に嘘を吐ける”という言葉があったようなきがする。
それを聞いた時は信じていなかったが今では信じられるような気がするよ。
……随分と長くなってしまったね。
メアリーも早くその館を出た方がいい。
いずれスピードマン中尉がその館を訪れて、エステラの婚約発表が行われるだろうし、そうしたらメアリーも気まずいだろうから。
メアリーとエステラのこれからの関係については僕が口を挟むことじゃない。
メアリーの考えに任せようと思う。
ただ、もし家に連れてくるような事があれば事前に僕に知らせておくれ。
僕は顔を合わせない様にするから。
そう言えばステファンともしばらく顔を合わせていないな。
彼はエステラの兄だし、彼と僕との関係もきっと今まで通りとはいかないだろうね。
僕も彼とのこれからの関係を真剣に考えなくてはならないだろう。
この手紙も本当にこれで最後にしよう。
メアリー、恋をするときはよく考えなさい。
決して、僕の二の舞を踏まないように。
恐惶謹言
お前の兄 ドン・シドニーより』
「はー?」
私は読み終えると、思わず間抜けな声がでてしまいました。
その声にびっくりしたようにスピードマンご兄妹が私の事をじっとみつめます。
私はあわてて口をふさぎました。
「ミス・シドニー?どうされたのですか?」
レディ・スピードマンが心配そうに声を掛けてくれます。
「い、いえ。思ってもみない内容だったものですから」
私はそう言いながらも再度手紙を読みかかえします。
お兄様とエステラの婚約が破棄?
そしてスピードマン中尉とエステラが婚約?
あまりの出来事に私は頭が追い付いて行きません。
「何か大変な事を知らされたのですか?もしやご家族にご不幸でもあったのでしょうか?私に出来る事などたかが知れています。ですが、もし相談する事によってミス・シドニーの心が休まるのでしたら、いつでも相談してください」
そんな私に掛けられるレディ・スピードマンの優しい声。
ですが私は迷います。
この事を相談しても良いのでしょうか?
スピードマン中尉は勿論スピードマンご兄妹のお身内の方です。
それが一方的に書かれている手紙をみて、どう思われるでしょうか……。
結局の所、私はスッカリ打ち明ける事にしました。
だって一人で抱え込んでいる自信が無かったのです。
「お二人にもこの手紙を読んで欲しいとおもいます」
そう言って、私はスピードマンご兄妹に兄からの手紙を手渡したのでした。