18 お家に招かれました!
その日以来、私はエステラの様子をよーく観察し始めました。
するとなんということでしょう!
スピードマン中尉に会うたびに、エステラは恋人同士のような振る舞いをしているではありませんか。
親友、ましてやお兄様の婚約者を疑うのは良くない事、だとはわかっています。
でもでも、傍から見てると本当に二人は恋人同士にしか見えないのですよ。
こんなエステラの姿を見たら、お兄様はきっと悲しむに決まってます。
そしてある日の事、思い余った私はスピードマンご兄妹に相談する事にしました。
「兄がそのような振る舞いを?」
私の話を聞いた二人はお互いに顔を見合わせました。
「はい、だから貴方達でうまく説得してやめさせてほしいのです。スピードマン中尉もご家族の言う事なら聞くのではありませんか?」
「それは難しいですね……。以前、貴女にも言ったように兄は女性の恋心を無暗に掻き立てるのが大好きなんですよ」
そう、スピードマンさんは呆れるように言って、レディ・スピードマンも同意します。
「リーオお兄様にも困ったものですわね」
「で、でも!こ、このままですと傷ついてしまうのはスピードマン中尉なのですよ!なんと言ってもエステラは私のお兄様と婚約しているのですから」
「兄は、自分が傷つくなどと思ってはいませんよ」
「えっ!?」
スピードマンさんから思いもよらぬ一言を頂けました。
どういう事でしょう?
「兄にとってミス・グレーヴスとの事は、ホンの遊び……恋のゲームなのです。兄にはミス・グレーヴスを本気で恋人にする気などは有りませんからね」
そこでスピードマンさんは一旦言葉を切り、そして言い難そうに口を開くと、
「私にはミス・グレーヴスにも多大な問題があると思いますね」
「そ、それは……」
う”……。
スピードマンさんは話の確信を突いてきます。
それは私も思っていながら、あえて見ないフリをしていた部分なのです。
「なぜ、婚約者がいるのに、兄とそのような恋のゲームをしているのでしょう?ミス・グレーヴスが毅然とした態度を取っていれば、兄はあきらめて離れていくはずです」
「言われる通り、エステラにも問題があります。でもそれでもスピードマン中尉の責任が無くなるわけではないではありませんか?」
「無論、兄にも責任があるのは疑う予知はありません」
「で、でしたら!」
「ですが、僕はこの件に関して兄に何も言う事はありません。兄に言っても無駄なのが分かっているからです。それにこの恋のゲームは程長くは続かないでしょうからね」
「長く続かない?」
「はい、兄は一時的な休暇で軍を離れているだけですからね。あと一~二週間程度で軍に戻らなければなりません」
一~二週間……。
でもお兄様は明日にでもここに戻ってきてしまうかもしれません。
お兄様にあのエステラの変わりようをみせるのは酷すぎます。
私は助けを求めるようにレディ・スピードマンに視線を移しますが、
「カルロスお兄様の言われる通りです。もし、私達が説得しようとしても、リーオお兄様は私達の言う事など聞く耳を持たないでしょうね」
と、おっしゃるのでした。
「で、では、このままにしておくしかない、そうおっしゃるのですか?」
「貴女がミス・グレーヴスを説得できないのであれば、そうなりますね」
「説得……」
その一言で、私は絶句します。
説得が出来るならもうとっくにやっているのです。
エステラにそれとなく注意を促したり、スピードマン中尉が近づく度に、その場を離れようと促すのですが、全く言う事を聞いてくれないのですから。
だからスピードマンご兄妹に相談したのに……。
「そんな顔をしないでください、ミス・シドニー。事態は収まる所に収まりますよ」
「収まる所にですか?」
「えぇ、貴方の兄も、四六時中婚約者を見張っているなど出来ないでしょう?つまり今回の事は、これから二人に起こる試練の前倒しなのです。ミス・グレーヴスは他の男性から好意を示されたら、すぐにグラついてしまうのでしょうか?それともそれは単なる表面上の事であり、真の愛は貴女の兄に向けられたままなのでしょうか?貴女は二人が真に愛し合っていると思っているのでしょう?」
「それは勿論そうです。お兄様もエステラも愛し合っている……と思います、たぶん。でなければ婚約などしませんから」
ちょっと前ならば絶対そうだって言いきれたんですがね
今は『たぶん』がついてしまいました。
エステラはお兄様がお父様から与えられる持参金の額が思ったより少なかったことにがっかりしていましたから。
それに加えて、スピードマン中尉とのあのようなイチャコラを見てしまったらもう『絶対』とは言えないのです。
「そうであれば貴女は二人の愛を信じてあげれば良いのです」
……さすがスピードマンさんは牧師だけあり言葉がお上手ですね。
でも私はお兄様の事はともかくとして、エステラの事はイマイチ信用しきれないのです。
といってもスピードマンさんの言う事は分かります。
もしお兄様が四六時中見張っていないと、スグに浮気してしまうような女性では到底結婚生活など続けられませんからね。
エステラも真に愛しているのはお兄様であり、スピードマン中尉との事はお兄様のいぬまのちょっとした恋の戯れ、そういう事ならまだ良いのですが……。
「……わかりました。私も二人の……エステラの事を信じてみようと思います」
私はもうこの問題で頭を悩ませるのはやめにしようと思いました。
結局は二人の……お兄様とエステラの問題なのです。
もしエステラがお兄様といろいろあって、心変わりしてしてしまったとしたら、それはそれで仕方ないと思います。
勿論お兄様はとても悲しむでしょうが、私は家族として精いっぱい慰めてあげますとも。
それにお兄様なら次の恋もきっとスグにやってくるのです。
そう、心に決めると、心の奥底がスゥーっと晴れやかになりました。
「えぇ、それが良いと思いますよ。ではこの問題は解決したとして、僕達の方からも貴方にご相談があったのです」
「えっ!?私に相談ですか?」
するとスピードマンご兄妹はお互いの視線を合わせ頷くと、レディ・スピードマンが口を開きました。
「実は私達は今週いっぱいでここを離れる事になりました。お父様の体調が大分良くなったのです」
「えっ!?」
……そうよね。スピードマンさん達も結構長い事ここにいらっしゃるもの。
そろそろそんな話がでてもおかしくないのです。
でもここを離れてしまったら、もうお互いに会う機会はないでしょう。
そう思って、私は一瞬悲しい気分になり始めましたが、
「それでです。もし貴女の都合が良ければで構わないのですが……、私達と一緒にエヴァリンガムのわが家まで来ていただけませんか?ご招待したいのです。これはお父様の了承も受けている正式なお誘いです」
思っても見なかったお誘いを受けました!
私はこのお誘いに対して反射的に、
「ぜ、ぜひ!」
と言ってしまいます。
そしてそれを口に出してから、エンジェル夫妻や両親の事を思い出して、
「エンジェル夫妻や両親が反対しなければ、行きます」
と、付け加えたのでした。
でもウチの両親は絶対反対なんかしませんし、エンジェル夫妻も私が一生懸命頼めば認めてくれるはずです。
「そうですか、ではその方々から良いお返事が来るのを期待しておりますね」
そう言ってレディ・スピードマンはまるで天使のような笑顔で微笑んだのでした。




