17 プロポーズとかごめんです!
その日の事。
私はいつものように温泉施設へと来ていました。
実はと言うと、この前の一件以来、エステラをなんとなく気まずくなってしまったのです。
いずれ、私のお姉様になる人に対して、今の状態はまずいですよね。
なので、今日は積極的に話題を振りたいと思います。
そしてエステラを探してキョロキョロしていたところ、
「あ、メアリー、おはよう」
と、突然後ろから声を掛けられました。
慌てて振り向くと、いました。
そこには探していたエステラが立っていたのでした。
「エステラ!おはよう」
「メアリーにあえてよかったわ、ナイショのお話があるの。少し向うに行きましょう」
そう言って、人の少ない方へと私を誘います。
ナイショのお話?
なんだろう?
またお兄様がらみかしら。
私は黙って頷くと、誘われるままエステラの後へと続きます。
そして周りに人が少ないベンチに腰を下ろしました。
「どうしたのエステラ?ナイショのお話しって……。またお兄様のお話?」
「……あら、やっぱりメアリーは何もかもお見通しなのね。私のお兄様の話よ」
げっ。
エステラのお話しとは、あの嫌なグレーヴスさんの事のようです。
「……そう、何かしら?」
「今朝、お兄様から手紙が来たの。帰るのがもう少し遅くなるみたいよ。貴女に早く会いたいって書いてあったわ」
「そう、なのですか、それがナイショのお話なの?」
悪いけど、私は会いたくないのです。
もう私がここを離れるまで戻ってこなければいいな、そんな事を思っていると、
「ふふふ、もうメアリーは罪な人ねぇ。お兄様は戻られたら貴女に正式なプロポーズをするみたいよ、そして貴女はきっとソレを受け入れてくれるだろうって書いてあったわ」
などど、爆弾のような発言をしたのです。
……。
はー?
プロポーズですって?
そして私がそれを受け入れる?
ぶっちゃけありえないと思いました!
ここはきっぱりとお断りしておかないといけません!
「貴女のお兄様の事は悪くは言いたくないのですが、私はグレーヴスさんがもしプロポーズをされても、それをお受けする事は『絶対に』ありません!」
「えっ!?それは一体どう言う事なの?」
「どうもこうも無いわよ。私はグレーヴスさんをそう言う結婚対象として見た事は一度も有りませんでしたから。……なぜ、グレーヴスさんは私がお受けすると思っているの?」
「なぜって……。お兄様の手紙にはここを離れる前に、最後に貴女に会った時、それとなく話題を振ったら、良い感触を得たって書いてあったわよ。違うの?」
「えっ!?」
これには私もびっくりです。
少し思い出してみます。
うーんと、あの時は確か、お兄様がエステラにプロポーズしたと聞かされた日よね。
……確かにグレーヴスさんと会ったような記憶があります。
でもその時話したのはお兄様がプロポーズしたとか、私達が親戚になるとかそんな話だったはずです。
「確かに会ってお話しましたが、その時の話題はエステラと私のお兄様の結婚についての話題だったはずです。私は貴女のお兄様の事は何も想っていませんし、ましてやプロポーズされるなど望んだことは『一度』たりともありませんから」
……本当は何も想っていない所か嫌っているのですが、それは言わないでおきます。
誰しも自分の家族を悪く言われたら、不快になってしまいますからね。
エステラは何も言わずに私をじっとみつめているのでさらに続けます。
「そもそも、エステラは分かっているはずよ。私が想っているのは貴女のお兄様でなく、別の男性だという事を……」
「……それもそうね。メアリーはここで運命の方と出会ったとか言っていたものね」
「そ、そうよ!ですからエステラ、貴女のお兄様にはちゃんと伝えておいてください。私はグレーヴスさんには何も想っていないという事を、そして想い人は他にいるという事をです」
「わかったわ、正直お兄様はガッカリするだろうけど、貴女の気持ちはちゃんと伝えておくわね。……でもお兄様はなぜそんな勘違いをしたのかしら?」
「なぜでしょうね?」
私にもわかりません。
私はグレーヴスさんには出来る限り、失礼のない範囲で塩対応で徹したつもりだったんですけどね。
一体何を勘違いされたのやら。
でもこの件はもうエステラに任せておけば大丈夫そうね。
そう思ってほっとしていると、向こうから一人の男性が歩いてきました。
……あれは!
スピードマン……中尉です。
スピードマンご兄妹のお兄様ですね。
そして彼は私達を見つけると笑みを浮かべながら近づいてきました。
「ミス・グレーヴスとミス・シドニーではないですか。こんな人気の少ない所でナイショ話ですかな?」
「あら、人聞きの悪いことを仰いますのね、スピードマン中尉。なぜそう思われたのかしら?」
「それはですね、貴女の目がそう言っているからですよ、ミス・グレーヴス」
「まぁ!」
話しかけながら、スピードマン中尉はエステラの隣に腰かけます。
「貴女の目は他にも様々な事を僕に訴えかけていますよ」
「……私の目は他にはどんな事を訴えているのかしら?」
「……ここで僕の口から言ってもよろしいのですか?隣にはミス・シドニーもいらっしゃるのに」
そう、スピードマン中尉はエステラに囁くように言います。
「失礼な事を言わないでください。私はメアリーに秘密にするような事は何もありませんよ」
「そうかもしれませんね。でも貴女の目が僕の心をかき乱している事実はどう説明するのですか?」
「私の目が貴方の心をかき乱しているですって?ではこれで良いでしょう?これでもう貴方の心はかき乱されずにすみますね」
そう言ってエステラはスピードマン中尉から顔を背けました。
「そうです、これで僕の心がかき乱されずに済みます。そして貴女の横顔をいつまでも見ている事が出来ます」
「まぁ、お上手です事。そうやって何人もの女性を口説いていらっしゃるのね」
「そんな事はありませんよ」
そう言ってスピードマン中尉は私の方にチラリと視線を移したあと、再びエステラに視線を戻すと、
「少なくとも、今僕の目に映るのは貴女だけです」
などど仰るではないですか。
なんですか?なんなんですか?この二人の会話は。
まるで恋人同士の会話じゃないですか。
エステラにはお兄様という立派な婚約者がいらっしゃるのに……。
私はこの不快な会話を打ち切ろうとして、
「エステラ、もう行きましょう」
と何度も場所を移すことを促したのですが……。
なんということでしょう。
エステラはこの場所から動こうとしませんでした。
「疲れているからもう少しここで休みましょう」
なーんて言っていますが、私にはわかります。
エステラはこのスピードマン中尉との恋人のような会話を楽しんでいるのです。
私はスピードマン中尉だけでなくエステラにも腹が立ってきました。
もうこれ以上不快な会話を聞いてられません。
私は勢いよく立ち上がると、
「私は先にエンジェル夫人のもとに帰っているから」
と言ってその場を後にしたのでした。
エステラは一体どういうつもりなんだろう?
幾らお兄様が不在だからといって他の男性とあんな会話をするなんて思わなかったです。
もしこの事実をお兄様が知ったらどう思うでしょうか?
お兄様が可哀そうすぎます。
勿論、私からお兄様にこの事実を言うつもりはありません。
でも人の口には戸が立てられないとも言いますし、どんな形でお兄様に伝わってしまうか予想が出来ないのです。
グレーヴスさんが自分のプロポーズを私が受けると思っていたり、エステラがお兄様の持参金の額をどうこう言ったりに加えて、お兄様のいぬまにあのような会話を他の男性と楽しんでいたりといった事を見るに、グレーヴス家との付き合いを考え直した方が良いのでは?
私はそんな事を考えながらも、どこかで心をゆっくりと休めたいと思ったのでした。