16 結婚の条件!
その日の事。
朝食での出来事です。
不意にエンジェル氏が言ったのです。
「私も大分体調が良くなってきたな。メアリーはそろそろ実家が恋しいのではないか?」
「えっ!?」
「だが安心しなさい、メアリー。昨日妻とも話したのだが、もう少し体調がよくなったらブラックレーに戻ろうと思うのだ」
「私はもう少しいても良いと思うのだけれどねぇ。この人が『メアリーはきっと実家が恋しくなっているだろう』って言うのよ、メアリーそうなの?」
確かに。
もうここに来て二カ月近くになります。
実家が気になると言ったらウソではありません。
ウチは子だくさんなので、普段は私が弟や妹の面倒を見ているのですが、私がいないのできっとお母様にご苦労を掛けていることでしょう。
それに弟妹達もきっと寂しがっていると思います。
というか、いなくても全然寂しくなかった、なーんて言われるととてもとても寂しいのですよ。
でも……。
私はここを離れたくありません!
だって離れてしまうと、いずれお兄様と結婚するエステラはともかく、スピードマンご兄妹との接点が無くなってしまいますから。
「私はもう少しこちらにいても良いのですが、おじさまの体調が良くなったのならここを離れるのも仕方がないと思います」
「おや?そうかね。メアリーは実家が恋しくないのかな?」
「全く気にならないといれば嘘になりますが、実家には今、お兄様が帰っていらっしゃいますし、それにエステラやスピードマンご兄妹と離れるのも寂しいです」
「ふむ、そうか。メアリーはまだ実家が恋しくないか。であるのならもう数週間は滞在しても良いかな」
それを聞いた私は顔を綻ばせます。
「ほ、本当ですか?おじさま!」
「あぁ、構わないよ。私もまだまだ本調子とは言えないからね。お前も構わないだろ?」
「えぇ、アナタやメアリーがそうおっしゃるなら私は構いませんよ。私もかなりこちらでの知り合いが増えましたし」
エンジェル夫人も、そう言って賛同してくれます。
「よし、決まったな。ではもう数週間だけ滞在を延期しよう」
「ありがとうございます、おじさま」
ふふふ、これだからエンジェル氏は好きよ。
いつながらエンジェル夫妻はなぜか私には甘いのです。
まぁ、エンジェル夫妻は熱心な信徒で有りますが、お父様が牧師とはいえ、兄弟姉妹の中では一番私が可愛がられているという自負があります。
なぜでしょうね?
理由は分かりませんが、その行為に対して私はいつものように笑顔を振りまいて、お礼をするのでした。
§ § §
そして午前中はいつもの温泉施設へと足を運んだのですが。
私はきょろきょろと辺りを見回しますが、今日はスピードマンご兄妹はいらしてないみたいですね。
うー、残念。
と、エステラとグレーヴス夫人がいらっしゃいますのでご挨拶しておきましょう。
なんと言っても将来のお姉様になる方ですからね。
「おはようございます。グレーヴス夫人、エステラ。本日はいいお日和ですね」
「あら、ミス・シドニー。おはようございます」
「……おはよう、メアリー」
二人とも挨拶を返してくれますが、何かエステラの元気が無いようですね。
「エステラ、元気がないようだけど、なにかあったのかしら?」
「今朝の便で貴女のお兄様からお手紙が届いたのだけれど……」
おや?お兄様から?
お兄様から手紙が来て落ち込んでいるという事は、何か結婚に障害が生じたのでしょうか?
「それで?お兄様はなんて?」
「……貴女のお父様からお約束された事が書いてあったわ」
そしてエステラは内容を詳しく話してくれました。
お兄様からの手紙は、結婚するための条件と結婚したときに与えられる、お父様からお兄様への持参金の内容のようです。
まず条件としては、学校をきちんと卒業し、牧師の資格を得る事。
そして特段の事情が無い限り、ブラックレー村に住むことのようです。
私には、なんて事のない条件に思えます。
さすがに学生で職がないのに結婚というのはどうかと思いますし、お兄様は元々卒業次第、お父様の跡を継いで牧師になる予定でしたからね。
ブラックレー村に住むというのも、お父様の教区をお兄様がそのまま引き続く事を前提としているのでしょう。
まぁ、その代わりとして卒業までの数年は結婚できませんが、仕方のない事のように思えます。
そして、お兄様に与えられる持参金の内容です。
お兄様のお手紙によると年収にして、四百五十金貨相当にもなる聖職禄を分けて頂けるようですね。
それにプラスして四百五十金貨相当の土地も分けてくれるとか!
うー、お父様は随分と思い切りましたね。
うちは一気に貧乏になってしまいそうです。
私が結婚する時の持参金は残っているのでしょうか?
心配になってしまいます。
何と言ってもウチはお兄様や私を入れて九人もの子だくさん家族ですからね。
しかし、私はお父様の財産を把握してるわけではないので、若しかしたら問題無い金額かもしれません。
「そうなんだ、おめでとう、エステラ」
私は素直にそう言いました。
しかしエステラは……。
「……ありがとう、メアリー」
と、相変わらず元気のない様子で答えました。
???何が不満なんでしょうか?
やっぱり、今すぐ結婚できない事かしら?
数年間待たされるというのは、愛する二人にとってやっぱり長い時間かもしれません。
その辺りを気にして落ち込んでいるのでしょうか。
「シドニー氏のご厚意に、私どもはとても感謝しておりますわ」
グレーヴス夫人はそう言って口を挟みしました。
「エステラ、多くを望んではダメよ。貴女が望む新婚生活とはちょっと違った形になると思いますけどね。年に四百五十金貨でも工夫すればちゃんと人並みの生活を送れますよ。元々貴女はあまり多くを望んでいなかったはずでしょ?」
「……はい、お母様。でも……」
……なんということでしょう!
エステラは思ったよりお兄様の持参金が少ないのを気にしているような感じです。
「メアリー、勘違いしないで頂戴。私は自分自身の事でそんな事を言っているんじゃないの」
とエステラは慌てたように私に説明を始めます。
「私はどうでもいいの。貧乏だってかまわないわ。でも、貴女のお兄様や私たちの子供がお金の事で苦労をするのは見てられないのよ」
などど仰います。
それに合わせるようにグレーヴス夫人も
「大丈夫ですよ。エステラ。貴女が自身の為に言ってるわけではないのはミス・シドニーにもちゃんとわかっていますからね。それにシドニー氏は、ご自分の財産を自由に使う権利があるのですから」
などど仰いました。
えっと……。
もしかして、モシカスルト、若しかしなくてもこのお二人はお父様がお兄様の結婚にお金を出すのを渋ってると思っているの?
なにそれ……。
確かに私はお父様の財産や収入を把握していたりはしません。
でもウチは多分、聖職者らしく質素に暮らしていたと思います。
それにお父様がお兄様の結婚に対して、お金を出し渋るなんて考えられないのです。
なので私は声を上げます。
「お父様はお兄様に対して十分な事を約束したと思います!」
つい大きな声が出てしまいました。
すると、エステラはその私の剣幕に慌てたように、
「えぇ、メアリー、違うの。私も貴女のお父様は十分な事をお約束してくれたと思っていますよ。でもそれが果たされるには、貴女のお兄様の卒業を待たなければならないでしょ?それが一番の不満なのです」
「そ、そうですよ。ミス・シドニー。エステラは今すぐにでも貴女のお兄様と結婚したいのに、それが果たされないから気落ちしているのです」
そんな言い訳を始めた二人でしたが、私はもう以前のような親し気な目では見れないのでした。




