15 新たな登場人物!
登場人物紹介
メアリー・シドニー……主人公。田舎牧師の長女。勘違いしやすい性格の十七歳。
エステラ・グレーヴス……グレーヴス夫人の娘。主人公の兄、ドンの婚約者。とても美人。二十二歳。
カルロス・スピードマン……牧師。エルズミア伯爵の次男。二十六歳。
サラー・スピードマン……カルロスの妹。とてもとても美人。
リーオ・スピードマン……陸軍中尉。エルズミア伯爵の長男。カルロスとサラーの兄。
§ § §
お兄様がエステラとの結婚の許可を得るために、実家に旅立ってから数日がたちました。
その間、私はエステラに出会うたびに不安がるエステラをなだめすかします。
どーも、エステラは自身に持参金が無い事をひどく気にしているようですね。
噂に聞きますが、やっぱりそういったものが大事なのでしょうか?
といっても私も、『愛さえあれば何もいりません』みたいな物語には憧れますが、現実はそんなものではない事は重々承知なのです。
生活するにも最低限のお金は必要ですからね。
でもエステラはお兄様と結婚したら私たちの家があるブラックレー村で暮らすのでしょ?
あそこは本当に何もない田舎ですので、お金なんてそんなに要らないと思うんだけどな。
そんなこんなを考えているうちについにお兄様からエステラ宛にお手紙がきました。
内容はとゆーと、……無事、両親から承諾を貰えたようです、お兄様やったね!
といってもよほど急いでいたのか、手紙の内容はそれだけだったんですよね。
私はそれで十分だと思うのだけど、エステラは、私の両親がお兄様の結婚の為にいくら財産を分けてくれるのかを随分と気にしているようです。
何度も行っていますか、ウチは子だくさんの上にそれほど裕福ではないと思っているので、あまり期待されてもエステラががっかりするだけだと思うのになぁ。
そして、それからそんなに日の立っていないある日の事。
私とエステラは社交会館へと来ていました。
これは私の方からお誘いしたのです。
すでにお兄様との婚約が決まったとはいえ、お兄様がここに戻ってくるまで一人でお留守番は可哀そうですもの。
婚約者がいても、ダンスぐらい楽しんで良いと思うのです。
「貴女がどうしても来て欲しいっていうから一緒に来たけれど、私は誰とも踊る気はありませんからね」
「エステラ、大丈夫よ。お兄様はご自分がいない間に他の方と踊ったからといって怒るような人ではないわ」
「それはそうですけど……。ううん、やっぱりダメよ。私は貴女のお兄様が戻られるまでは誰とも踊らないって決めたんですから」
「そうなんだ。そう決めたのだったら、それでもいいわ。私は貴女がダンスの間のお話相手になってくれるだけでもうれしいの」
「じゃ、そうと決まれば私はここから動かないで貴女のダンスでも拝見してるわね。……あっ、見て。スピードマンご兄妹がこっちにいらっしゃるわよ。きっとメアリーにダンスを申し込みにきたのよ」
そう、エステラが指さす方向を見ると、スピードマンご兄妹がこちらに向かって歩いてきます。
「私に構わずメアリーは行ってきなさいな。その代わり、後でお話しをたっぷり聞かせてもらうわね」
私はエステラにそう背中を押されたのもあって、私からもスピードマンご兄妹の方に歩み寄りました。
「スピードマンさん、そしてレディ・スピードマン、こんばんわです」
「おや、こんばんわ、ミス・シドニー」
「こんばんわ、ミス・シドニー。この間は楽しかったですわ」
「私も楽しかったです。あんなに心が弾んだお散歩は初めてでした」
「まぁ、ふふふ、お上手ね。……そうだわ、カルロスお兄様はまだダンスのお相手が決まってないらしいの。ミス・シドニーがもしお兄様をお可哀そうだと思うならぜひ踊って上げてください」
そう言って、レディ・スピードマンは天使のような微笑みをみせながら、隣のスピードマンさんに何やらアイコンタクトを取ります。
するとスピードマンさんは苦笑しながら、
「また、妹から一緒にダンスを踊る相手もいない男だとばらされてしまったな。……ミス・シドニーがこんな私を哀れと思っているならぜひ踊っていただけませんか?」
「は、はい!」
返事をしながら差し出した私の手を、スピードマンさんは優しく引いてくれました。
そして列に並ぶとダンスが始まったのです。
踊り始めてしばらくすると私は妙な違和感を覚え始めました。
いえ、私と踊っているスピードマンさんの事ではありませんよ?
そう、違う誰かの視線を感じたのです。
一瞬あのお邪魔虫なグレーヴスさんなのかもと思いましたが、彼はここを出て行ったきりまだ戻って来てません。
もうずっと戻ってこなければいいのになぁって思っていたりします。
おっと、話が別にそれましたね。
私はダンスを続けながら辺りを少しづつ見回しました。
そして発見したのです。
それは一人の軍服に身を包んだ男性でした。
歳の頃は目の前のスピードマンさんよりも年上でしょうか?
でもきっと三十は超えていないようにみえますね。
その方が私をじっと見つめているのです。
……いや、違いますね。
見つめられているのはスピードマンさん?
そしてその時、彼は何かを発したのですが、あいにくと音楽と喧騒に紛れ、私には聞こえませんでした。
§ § §
そして、ダンスが終わり、エステラの元へ引き上げようとする私が見たものは、その男性に親し気に話しかけられるスピードマンさんの姿でした。
やっぱりあの男性と、スピードマンさんはお知り合いだったんですね。
そして喉の渇きを癒そうと、グラスを貰いに向かった私の元へ、スピードマンさんがその男性を伴ってやってきました。
「ミス・シドニー、ぜひ紹介させてください。此方は僕の兄でスピードマン中尉です」
「お初に御眼に掛かります、リーオ・スピードマンです。ミス・シドニー」
「は、初めまして。私はメアリー・シドニーです」
「所で、先ほどから見ていたのですが、あちらの女性は貴女のお知り合いですか?親し気に話しているのを見かけました。宜しければ私に紹介してもらえませんか?」
そう言ってスピードマン中尉はエステラの方へ顔を向けます。
「エステラの事ですか?はい、良く知っています」
そして私達はエステラの方に歩み寄ると、
「エステラ、紹介いたします。この方はスピードマン中尉です。スピードマンさんのお兄様なんですよ。スピードマン中尉、こちらはエステラ・グレーヴス、私のお兄様の婚約者なんです」
「お初にお目に掛かります、ミス・グレーヴス。私はリーオ・スピードマンです」
「私はエステラ・グレーヴスです。貴方のような方とお知り合いに成れて光栄です」
そう言ってお互いに、丁寧なあいさつを交わします。
「貴女のような素敵な女性を婚約者に持てた男性は幸せ者ですね。その幸運の持ち主はこの場にいらっしゃるのですか?」
「あら、お上手ですのね。……彼はこの場には来ておりません」
「おや、貴女のような素敵な婚約者を放っておくとは、……勿論、やむを得ない事情がおありだと思いますが」
「彼はここを離れているのです。勿論この場にいたら私を放っておくことなどありませんわ」
「そうでしたか、事情を知らぬ事とはいえ失礼いたしました。お詫びになるかどうか分かりませんか、私と一曲、踊っていただけませんか?」
そう言ってスピードマン中尉はエステラをダンスに誘います。
でもだめですよー。
エステラは今日、誰とも踊る気はないってはっきり言っていたもんね。
と、思っていたのですが……。
「まぁ!貴方と踊る事がどうして私へのお詫びになるのです?……でも良いでしょう。私をエスコートさせてあげますわ」
そう言ってエステラはスピードマン中尉に手を差し出してきたじゃないですか。
あれ?
今日は踊らないじゃなかったの?
そんな私の疑問を他所にスピードマン中尉はその手を恭しく受け取ると、
「ありがとう、ミス・グレーヴス。決して失望はさせませんよ」
そう言って二人はダンスの列へと紛れていってしまいました。
私は二人の背中をぽかーんとして見送ります。
えっと……。
今日は絶対踊らないとか言っていたのに、そんなにあっさりダンスの誘いにのっちゃっていいの?
なんかお兄様が軽く扱われたように感じてしまい、モヤモヤとした気分になります。
それを一緒に見ていたスピードマンさんはヤレヤレという顔をして、
「兄はこういう性格なんです、自分と踊らない女性などいやしないと思っているのですよ。そして女性の恋心を無暗に掻き立てるのが大好きなのです」
と、呆れるように言ったのでした。




