零Ⅳ:尽していた私がなんか見捨てられてしまったんだけど……
それから彼の勇者様は新たに警備を雇うために色々して下さった。その上倒れてしまった警備の手当まで街でこれからして下さるとのことである。
そして勇者様と別れ、私は新たな警備と共に急いでご主人様の館へ急いだ。
だが、それに一日かかった所為であろう、館に辿り着いたのは、予定より一日遅かった。
出発から三日後の朝だったのである。
着き、ご主人様を探す。
ご主人様は庭に居た。
そして予想通り、お怒りだった。
「遅い! 遅すぎるぞ!!」
ご主人様は私が着くやいなや私を一喝される。
それもそうだ。ご主人様の言いつけを、私は守れなかったのだ。
「すみません、すみません、すみません、すみません!!」
罪悪感と共に私は何回も謝罪する。
それ以外、何も言えなかったのだ。
ご主人様はそれでも、私を許さない。
「お前の所為で計画が遅れるでは無いか! 何があった」
「その……山賊に襲われ」
私が言いかけると、ご主人様は叱咤なさる。
「バカ者が! 命にかえても約束の日を優先せぬか!?」
「すみません!!」
何回も「すみません」と私は謝る。
土下座をしながら、何回も。
でもご主人様はそんな私を見ながら、私の頭を踏みつけておっしゃった。
「初日に許されたとはいえ今回までも許されると思うな? お前の所為で計画どころか、儂の面目は丸潰れなんだからな」
外靴で頭を踏みつけられ、私は申し訳なさで一杯だった。
折角ここまで頑張ってきたのに……折角ご主人様が重大な仕事を下さるほど信頼をお寄せになったのに……。
――私が、悪い。
去るご主人様を見ながら、私は思った。
私は奴隷――。ご主人様の奴隷――。
ご主人様に、何をされても文句を言えない身。
なのに…………。
絶望する私は、涙を流す。
このままではもう、二度と私は人間扱いをされないかもしれない。
あと少し……。アトスコシ……。
そんな私の前に現われたご主人様は、こうおっしゃった。
「再びお前を奴隷商に戻す。奴隷商にもお前の行動を伝えてな。使い物に全くならないお前は、牢獄の中で朽ち果てろ」
意外だった。
意外だけど、納得した。
もう、使ってすら頂けないのだ。
ー ー ー ー ー ー ー
馬車に揺られ、ここは牢獄の中。
約一週間前に見た、あの光景。
私を運んでいるのは、なぜか前と同じ奴隷商だった。
なぜか……?
いや、理由は分かる。彼はご主人様と親しいのである。
五日間の内に奴隷商が訪れたことがあったから、それが分かる。
「うう……」
今まで泣いていたのだろうか。目の前が曇っている。
目を擦ると、目に付いていた水滴が取れる。
「ああ、正気に帰りましたか。ご苦労様です」
奴隷商が話しかける。
一週間前、私は愚かしく無知だった。
それを物語るほど、同じ光景。
同じ光景だけど、違う光景。
そんな感じである。
「ええ、えと……」
言葉を発しながら周りを見渡す。
私の手には再び手錠がはめられ、身動きを難しくしている。
奴隷商の前、馬車の頭には二匹の馬。可哀想に何も思わず走っている。
外は見たことのある街。ああ、なるほど。本当に私は奴隷商に戻るのだと実感させられた。
「どうでしたか? ここ一週間の奴隷生活は」
奴隷商が言葉を発す。
どうでした、って…………。
私は何も答えない。
「……そうですか、答えませんか。まあいいです」
そう言って奴隷商は話をやめる。
私は何も答えない。
それを察したのだろう。
――――――。
…………。
「着きましたよ」
程なくして、奴隷商が呼びかける。
その時はもう牢の鍵は開き、店が見えていた。
体が、妙に重い。
肩を上げて伸びのようなものをすると気持ちが良い。そして欠伸が出る。
どうやら私は眠っていたらしい。
欠伸の御蔭で目が少し冴え、奴隷商の言われるがまま、店に入っていく。
前と違ってそこまで抵抗がない。前より、私が違うのだろう。
牢屋が、閉まる。
私は再び、店の中の牢屋に入った。
前と違って辺りが見える。
辺りには他にも沢山の奴隷がいる。
「次……」
私は奴隷商に質問をしようとする。
なぜか声が震えてしづらいが、それでも口と喉は動いた。
「次のご主人様は……もう決まっていますか?」
そう。もう散々人間以下になることには慣れたのだが、それでも外の空気は忘れられないのだ。
このままここで生活して、朽ちていくのは嫌だ。そう思った。
「予定通りですがまあ、前回の働きを見ますとね……」
奴隷商は言葉を詰まらせる。
そうか、やっぱりそうか。
私はそれに気付くと、『予定通り』という言葉に気付かずに横たわって、寝た。
そもそもなんで私なんか出来損ないを、奴隷にしたのだろうか。
ー ー ー ー ー ー ー
「こいつにする」
その声が聞こえた時、私は再び目が覚めた。
まだ体が動くほどでは無く、言葉もそんな簡単に喋られなかったが、声だけは聞こえた。
「いやいやお客様、この人間は魔法も使えず、その上全く技術を持っていません。他になさった方が……」
「いや、こいつにする」
……?
「単純な能力値不足なら鍛えればいいだろう? 俺ならその位こなせる。俺に従順なら、それでいい」
「それなら他に商品が……」
「こいつが良い」
私はここで目を開けて、外を見た。
『お客様』に見える、彼は私を見ていた。
そして彼は……。