零Ⅱ:奴隷になった私がなんか恐ろしい貴族に引き取られたんだけど……
――奴隷。
私がソレになって最初に、牢屋に入れられた。
どこからどう見ても牢屋なそこは、地味に綺麗に清掃されていて、居心地は悪いがイメージとは違った。もう少し汚いと思っていたのだ。
「ここ……」
なぜか出しづらい声で、それについて訊こうとする。
奴隷商はそれを察し、答えた。
「それはそうでしょう。ここの奴隷は一応質が良いものとして有名なのです。その奴隷がすぐに死んでしまったら苦情の殺到ですよ。これでも私めはそこをちゃんと配慮しているので御座いますよ?」
値段を訊くと、500金と彼は答える。
500金……普通金貨500枚ということは、相当な額である。
私は納得しながらも、絶望した。
――それでもここまで居心地が悪いのである。私が昨日までいた部屋の、何倍も。何十倍も。
「おや? 居心地が少々悪いですかな? 流石はお嬢様です、贅沢だ」
更に私の行動を見て察し、奴隷商は言葉を発す。
それにしてはこの奴隷商、私が奴隷になったというのに、未だに敬語を外さないらしい。
「まあそれも大丈夫ですよ? もうすでに客は決まっておりますので」
決まっている――。
その言葉を私はポジティブに捉えた。
決まっているということは、ここで暮らすことは少なくともない。だったらなぜここに来させたのかは不明だが、とにかく金持ちの家に戻れるのだ! いや、私は貧乏貴族の家に育った。もっと今までよりも良い場所に!? そう思ったのである。
「なら! 早く私をそこに連れて行ってよ。金持ちの家なんでしょ!?」
私は完全に期待して、奴隷商へ言葉を放った。
奴隷商はまた大笑いして、答えた。
「そうですかそうですか。そう言いますか。ええ、貴方がお望みとならばそうしましょうそうしましょう。善は急げという奴ですな」
はっきり言って善ではない。そうも突っ込めない。
なぜなら私にとって善でない確証はなく、逆に善いこと、いやそうじゃなくても良いことかもしれないのだ。
と、頭の中で考えながら私は無言で頷いた。
恐らくこの時、嬉しそうな顔だったのだろう。それを見て奴隷商は更に笑った。
「貴方様のような人は初めてです。自分から奴隷になりたがるとは……。そうですな、それでは早速お客様をお呼び致しますね」
――奴隷。
完全に嬉しくなっていた私の脳裏にこの言葉が過ぎり、再び曇ってくる。
もし金持ちじゃなかったら? もし私に対する扱いが酷かったら? それ以外にも様々な悪いことがあるかもしれない。
そう思ってくると、急にバカみたいに嬉しくなっていた自分を嫌悪したくなるのだ。
ひょっとしたらそんなことを言わない方が良かったのではないか、と。
奴隷商は電話をかけている。
恐らく相手は、『お客様』だろう。
果たしてこれが幸か不幸か。まだこの時の私には分からなかった。
だが……。それは…………。
不幸だった。
その『お客様』が来た時に何となく察せた。
「ほぅ、これが例の商品か。パッとしないな」
下民を見下すような視線を送ってくる上、最初の発言がこれである。
少し元気が出てきた私は、歯向かう。
「何がパッとしない、ですって!? これでも私は令嬢ですわよ!」
真面目に令嬢である雰囲気を漂わせながら、『お客様』を睨みつける。
『お客様』はそんな私を見て、苦笑した。
「それぐらい知っているよ、『貧乏』貴族のラキーユ家のお嬢さん。だからこそ、使い物になるかどうか不満なのだが? 大体買ってやっているんだ。もう少し従順になったらどうだ?」
どうやら私のことを知っているようである。
だが私もそこまで言われて黙ってはいられない。
「何言ってんのよ! これでも私の家は破綻する程お金に困ってないし! それに私自身だって沢山特技あるのよ!?」
「ほう? それではその特技というものを教えて貰おうか」
「えっとね! まず……」
あれ? まず??
何かあったっけ?
私は首を傾げる。
そして同時に。
激痛ッ!
「痛ッ!」
思わず叫びたくなるような激痛が私の心部を襲った。
何だろうこの痛み。まるで心臓が痛んでいるような。
手で心部を抑えたいが、手錠の所為で動けない。
「ほらほら、そう歯向かってはいけません。貴方は奴隷なのですから、失礼な言葉は余り言わない方が良いですよ?」
奴隷商が口を開く。
昔、お母様から聞いたことがある。この世界には奴隷魔法というものがあると。詳しい原理は企業秘密となっているのだが、奴隷は逆らうと激痛を与えられると。
どうやら、それがこれらしい。
「とにかく、早速持って行って良いのだな?」
「はい。もう既にお金は頂いておりますし、いつでも」
「そうか……」
ジロジロと『お客様』は私を見てくる。
ある程度見た後、不気味に彼は微笑んだ。
「それなら今すぐ貰おう。契約期間は……」
「はい、例の通りに」
奴隷商とその『お客様』は会話を終えると、再び私を見た。
『お客様』は牢屋の鍵を開けながら、私に言う。
「いいか? ちゃんと働けよ」
妙に高く、低い声は私を震え上がらせる。
逆らったらまたあの激痛に遭うと思うと、逆らえない。それ位の痛みだったのだ。
「は、はい……」
言葉を選んで、私は口に出す。
『お客様』は私を繋いだ手錠を取り、引っ張りながら早速店の外へ歩く。
それにつられる私を見て、奴隷商はこう言った。
「いいですか? 呉々も失礼の無いように。何せ、『ご主人様』なのですから」
そうか、彼は『お客様』ではない。
『ご主人様』である。