4話 狼少女ディール
「お父さん。イモばかりじゃ飽きたわ、リゴの実が食べたい」
私は皿に乗ってあるイモを目の前にして駄々をこねた。
リゴの実は赤い果実で、この付近の木々に生えることがある甘い果実だ。
だが、ここ数日はまったく口に出来ていなかった。
「何度も説明したぞ。今は村の外は危険な状態だ。しばらくは村にある食料を食いつないで、待つのが最善だと話し合いで決まったんだ。我慢するんだディール」
「外っていってもすぐそこじゃない!任せてよ!私が走って取ってくるわっ!何なら村人全員の分もね!」
椅子の上に立ち上がり胸を叩く。
頭に生えた耳が自信ありげにピクピクと動き、スカートから出た尻尾が激しく振り回す。私なりの精一杯のアピールだ。
「ダメに決まっているだろう! 馬鹿な事言わずに飯を食え!ワガママ娘がっ!」
怒った父親は牙が鋭くなり、全身の毛を逆立てて、怒りを露わにした。
その勢いに気圧され、しょんぼりと耳をたらし、尻尾が丸まってしまう。
仕方なく大人しく座り、イモを噛じった。
(何よ、犬狼族は勇敢な種族じゃなかったのかしら、村に閉じこもって、臆病者の集まりだわっ)
私は食事の後、こっそり村から外に出ることにした。
村は出入口の他は柵で囲まれていて見張りも居るので許可なく通り抜け出来ない。
しかし、反対側の柵に子供だけが通れるサイズの秘密の隙間があった。そこを通れば簡単に、外に出ることが出来る。
(皆だってイモばかりで、我慢の限界のはずよっ! 沢山のリゴの実を取ってきて、皆を喜ばしてあげるんだから!)
私は沢山のリゴの実を持って帰り、父親や、多くの大人達が喜んでくれることを想像しながら山を駆け上がっていった。
クンクンと鼻をならす。
もう少し進んだところに果実の香りがするところまでたどり着いた。
犬狼族は、もともと狩りをする民族だ。まだ幼い私でも多少は危険を回避する心得があった。近くに脅威が無いか、耳をピンと立てて周囲を警戒しながら移動した。
今のところ危険な気配や音は感じず、目的の樹木へたどり着いた。
《リゴの木》だ。良い香りのする果実が、沢山の生っている。
「しばらく収穫してなかったから大量ね!やったわ!」
木の幹をよじ登り、枝の一つに座ると、果実をもぎ取り口へ運んだ。
甘い汁が口いっぱいに広がり、幸福感に満たされる。
「やっぱりおいしーい♪」
一つ食べたら持って帰る分を収穫しようと思っていたが、つい、もう一つと手を出してしまう私であった。
「つい食べすぎちゃったわ……久しぶりだったからしょうがないわよね」
味わって食べたせいで、思ったより時間をかけてしまった。
だって久しぶりだったんだもの、女の子なんだからしょうがないじゃない。
ポケットから大きめの布を取り出すと、包めるだけのリゴの実を収穫する。
「持てるのはこれくらいかしらね」
沢山手に入ったリゴの実をホクホク顔で背負うと、リゴの木から地面に飛び降りた。
ポーズを決めつつ、着地を決めると、ルンルン気分で歩きだしたが、嫌な予感がして、すぐに耳を立てて周囲を見回し警戒した。
悪い予感ほど的中する。
背後を振り返ると、草の影からこちらの様子を窺う魔物と目が合った気がした。
(しまった! 食べるのに夢中で風下の魔物に気が付かなかった)
逃げるために走り出したが、相手も同時に走り出した。
草の影から飛び出してきたため、見えなかった姿がはっきりと見える。
熊のような大きな体に、白い毛皮、赤く血走った瞳、大きな長い耳。そして一際目立つのは額から伸びる1本の長い角。
村で恐れられていた魔物の元凶である《一角兎》の1匹が、十字の口をベロリと開き、迫って来ていた。
「キュイイイイイ!!」
(捕まったら食べられちゃう!)
捕食される恐怖でパニックになるが、必死に逃げることだけを考えるように自分に言い聞かせる。
(追いつかれちゃう……!)
木々の間を縫うように走るが、向こうも山での動きは慣れており、あまり差が開きそうにない。
後ろばかりに気にしていたが、横から声がした。
「キュイイイイイ」
ハッとしてそちらに顔を向けると、いつの間に現れたのか、別の兎の大きく開いた口がすでに眼前まで迫っていた。
「ヒッ」
大きな口が閉じて、グチャリと音を立てて、赤い液体が飛び散った。
■■■
「あぁ、腹減ったな」
村の警備をしている若い犬狼族が愚痴った。
これもそれも、村のそばに現れた魔物のせいだ。
1匹ならまだしも、多くの目撃があり、間違いなく親玉が森で繁殖を行っているという結論になった。
今は街のギルドから討伐依頼を受けた冒険者が来るのを待っている状態だ。
それまでは森への村の出入りは禁止で、村の中で栽培しているイモばかり食べている。
いい加減イモ以外の食べ物を腹いっぱい食べたいものだ。
ハァとため息をつくと、頭にゴツンと拳が振るわれた。
「いってぇ?! いきなら何しやがっ……?!」
「グラハト。警備ならボーとしてるんじゃない」
「 ブラッキーさんっ?!すみませんっ!!」
相手を見て、慌てて頭を下げる。
殴ってきたのは、この村で狩り部隊のリーダーを勤める白狼のブラッキーさんだ。
現役は退いたが、村の狩りの指揮をとっている村の重要人物の一人だ。
村の若い者は、彼から生きる術を教わるので頭が上がらない。
もちろん俺もその一人だ。
そして、誰にでも厳しい反面、かなりの親バカな一面もある。
一人娘のディールちゃんを可愛がっているのは村全体の周知の事実であり、それも相まって人情の厚い犬狼族として誰からも評価は高い。
「それで、ブラッキーさん俺に何か用事でしたか?」
「聞きたいことがある。娘がここを通らなかったか?」
「ディールちゃんですか? いえ、誰も通していませんが……?」
そこで彼の服装に気づく、村で過ごす時のラフな格好ではなく、狩りをする時の戦闘装備と、剣を装備していた。
「フンっお前がボーッとしてなければ信じたんだがな。……昼飯のあと昼寝している間に娘の匂いが薄くなった。まさか村から出たのかと思ってな」
(この人起きたら最初に娘の匂いを探すのかよ。流石すぎますブラッキーさん)
なんて思うが態度には出さない。
しかし本当に村に居ないなら大変な事態だ。
「何ですって?!大変だ。他の者も呼んで探しましょう」
「お前は警備をつづけておけ、村の中は別の者に捜索してもらっている。
もし外から娘が帰ってくるようだったら保護してくれ。無事なら良いが、怪我をして戻ることも考えられる」
「わかりました!任せてください!」
「俺は森に入ってくる。サボるなよ」
森に入るために、気配を研ぎ澄ましたのか、彼の纏う空気が変わる。
鋭くなった白狼の気配にビビって裏返った返事をしてしまう。
「ハッはひ……」
目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった彼を、俺は尻尾がプルプル震えているのを隠しつつ、見送った。
そして思う。
「冒険者なんて待たなくても、ディールちゃんに何かあればブラッキーさんが魔物なんて倒してしまいそうだけどなぁ」
俺はもう注意されまいと、気合を入れ直して周囲の警備にあたるのだった。