2話 ニート開拓者制度と脱出方法
ある日、訪れた宇宙人との交流が始まってから人類は飛躍的に技術を進歩させた。
とくに宇宙開発の進歩はめざましく、どんな乗り物よりも安全と言われる民間用の宇宙船が開発されると、多くの人種が、惑星間を行き来するために、宇宙へ飛び出した。
もはや、宇宙はちょっとしたドライブ気分でいける身近なものになっていった。
そうした中、偶然どこにも属さない未開発の生存可能惑星を発見した者が現れた。
その惑星は第2の地球として人口移民が実施され、一時的にだが人口問題は解決された。
そのことをきっかけに、ひとつの職業として生まれたのが開拓者と呼ばれる職業だ。
未開の宇宙を旅し、貴重な鉱石が多く含まれる惑星や、人が住める可能性のある惑星を見つけると巨額の報酬と権力を得ることが出来る一攫千金の職業だ。
数百年間は人気の職業だったが、近場の宇宙は開拓し尽くされ、もはや遠すぎて観測しきれない宇宙まで行かなくてはならなくなった時、その人気は終わりを迎えたd。
だが、開拓は進めなくてはいけないという考えから、政府が打ち出したのが、ニート開拓者制度だった。
部屋から出たがらないなら宇宙船の中で引きこもってもらえば良い。
そのまま宇宙の果てまで探索してもらおうという人権無視の制度である。
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仕事をすることがめんどくさくなった俺は、ある程度貯金が出来たところで仕事を辞め、その制度を利用して宇宙へ飛び出した。
人権無視な制度に申し訳ない気持ちがあるのか、宇宙へ出るための政府のサポートはとても充実していた。
宇宙船は最新型が無料で用意され、サポートとしてアンドロイドを一体用意される。
食事は自動で用意されるので、娯楽品を購入するように、資金も渡された。
必要だと思うものを用意して出発した。
地球に戻るつもりは無い。
のんびり宇宙をふらついて旅が出来ればそれでいいのだ。
私はさっそくゲームをインストールしておいたコールドスリープに入って眠りについた。
だが、本日、宇宙航海6万3千飛んで27日目。
コールドスリープから目覚めた俺が見た光景は、けたたましく鳴る非常用アラートと、火の海でした。
「なんぞこれ~」
呆気に取られていると、火の海の一部を消火しながら、一人の少女が俺の元へとやってきた。
『ご無事でしたかマスター』
その少女の手の一部から消化液が霧状に噴射され、俺の近場の火を優先して消火してくれている。
この少女は、私の相棒。
少女に見えても、中身は科学の結晶、あるいは人類の叡智の結晶だ。
正式名称は長ったらしくて忘れたが、とりあえずメルと呼んでいる。
「メル!これどうなってんの?」
『申し訳ありません。約23分前、レーダーに観測出来ない未知の鉱物で出来たと思われるステルス性デフレ、つまり流星群に衝突。
船体の4分の一と、メインシステムを破壊されました。
その結果、機能がダウン。ブラックアウト。
20秒後にサブシステムが起動しましたが、その頃には回避不能の位置まで来た第二派の流星群と遭遇し、船体が大きく破損。火災や空気漏洩、燃料爆発など、各被害が連続して発生し続けている状況です。』
「うええええ?! 嘘だろ? 何とか修復できないのか??」
『ほぼ全ての区画に被害があり、船の修復は数日かかるものと思います。
ですがお喜びください。マスターがいるこの区画だけ、流星群の被害が逸れる確率は1%未満でした。奇跡の体験と生存おめでとうございます』
メルに搭載されたスピーカーからファンファーレと大勢の人の拍手の音が再生される。
「いらんわ! そんな祝福!!状況を考えろ!!」
『失礼しました。では状況に応じた適切な対応を構築します』
「……で、俺はどうしたらいい?」
『早く防護服に着替えんかウスノロ! そんなに死にたいのか! すでにここは 戦場だぞ!』
「サー、イエッサー!」
『サー? いえ、マスターは貴方です』
「乗ってやったんだから、急に素に戻すなよな」
『状況が状況なのですが、調子に乗りすぎました、早く着替えてください』
俺はコールドスリープに備え付けてあった防護服に着替えた。
着替えたと言っても腕に取り付けられた装置を起動させると一瞬で服が変わり、顔の周りに透明な膜が貼られ、酸素が供給され始める。
「よし、良いぞ」
『了解。船体の空気を排出します』
メルは、船に遠隔アクセスすると室内の空気を排出した。火の海は空気を失い、鎮火する。
『非常照明以外の電力停止状態を確認。スパーク等による火災や、爆発などの再発も回避出来たものと思われます。船体は推進力を失い漂流状態となります』
非常灯の淡い光に照らされた船内で、一息つく。
「ふぅ、確かこの防護服の酸素は数ヶ月は供給されるし、非常用食料も……よし、コールドスリープに備え付けられてるな」
ここ数百年、事故なんて聞いたことがなかったが、この船は万が一の事故でもいくつかの対策が用意されていた。
そのひとつが自動修復機能である。
船の部品はナノマシンを組み込んだものを使用しており、欠損部分は自動で増殖して補ってくれるのだ。
なのでしばらく待っていれば船は元通りになる。
「さてと、しばらくは船が直るまでのんびりしとくかー。たまにはコールドスリープ無しで寝るのも悪くないさ」
俺はゴロンと床に転がって寝そべり始めた。
『それにはひとつ問題があります』
「ん? あー、数日やることが何も無いのは問題だよな、修理にエネルギーを回すから暇つぶしの装置を起動出来ないし、まぁ体を使うのもめんどくさいし、ゴロゴロして我慢するさ」
そんな冗談を言ったところで、船体に振動を感じた。
「ん? 宇宙空間で地震? ていうか、ちょっと暑いな。温度管理の設定が狂ったかな?」
『マスターには説明するより、見てもらった方が早いと判断しましたので、外をご覧ください』
メルは、小さな少女の姿をしているが、人間ではない、力持ちである。
ズルズルと寝転んだ俺の足を掴んで引きずりながら壁まで移動させると、外の景色が見れるように、タッチパネルを操作した。
「なんだよ。宇宙の星座は見飽きたぞ」
そこに映し出されたのは、真っ赤に燃える太陽のような恒星。
俺たちはまさに太陽に向かって突っ込んでいる最中……いや、引き込まれる直前だった。
「なんぞこれー」
『強力な重力に引っ張られており、離脱出来ません。計算上はあと1時間13分ほどで衝突。それより早く、私は1時間3分。マスターは32分で丸焦げになる予定です』
「マジかよww 丸焦げwwくそっww 笑えてきたww」
『マスターの運もここまでですかね?』
「やかましいわっww さっさと脱出するぞっ!
めんどうだが死にたくはないんだ! 脱出ポットまでの案内頼む」
『緊急脱出ポットは、最初のステルス性隕石に、船体の一部と一緒に持っていかれてしまいましたが?』
「ノォオオオウ!! 嫌だー死にたくなーい!! 何とかしてくれメルえモーン!!」
錯乱して少女にしがみつくというヤバイ絵面の状態の俺を尻目に、しばらく考察するように停止するメルだったが、ぽつりと口を開く。
『……オススメ出来ませんが、可能性という点では、ひとつ利用可能な装置があります』
そう言って、ズルズルとそのままの状態で連れていかれたのは、貨物倉庫区画。
そこにある転送装置の前だった。
転送装置は、通信回線を繋ぐか、座標指定をすることで、物や人を遠い空間に転移させる装置だ。
惑星に小船で降り立つ際に、ビーコンの直上に宇宙船 を滞在させ、惑星の拠点と宇宙船とで、荷物のやり取りを行うときに使用するものだ。
『この装置で、別の安全な場所に避難出来れば、生存出来ます。』
「え? これってそんな万能なものだっけ?」
『……転移距離は無制限ですが、ほぼ直線上にしか展開出来ないため、毎秒ごとに変化する宇宙空間でなおかつ長距離となると難しく、この原理を利用した惑星間を繋ぐゲートを作る計画は頓挫しています。』
「ふぅん? それで?」
『近くに生存可能惑星が見当たらず、さらにメイン・サブ共にシステムが使えませんので目的地を指定する座標計算などは使えません。最低限の情報を入力してランダム方向に転送します。』
「ほう?……なるほど??」
『 最低限の情報というのは、生き物が生存できる環境にたどり着いたら、その地表の上の、物体との接触が無い場所で、再構築されるという条件を付与することです。』
「ふむ。えーと、つまり適当な方向へ直線上に飛んで、生存可能な場所にぶつかったら、その場所に転移されて生き残れるってことだな?」
『肯定します』
「よし! 時間もないしさっそく……いや、待てよ?」
『……』
「メルさんや、宇宙へ直線上にランダムで飛んで、生存可能な惑星にぶつかる可能性ってどうなんだ?」
『……数値でご所望ですか?』
「んー、じゃあイメージしやすいので頼む」
『そうですね。例え話でしたら、《マスターが、アイドル課金ゲームで、10連ガチャを引いたら、10枚とも全部SSRが出た》くらいの確率ですかね』
「無理ゲーじゃねーか!! あれは当たらないように出来てんだよ!!」
『そう思うなら課金を控えれば宜しいでしょうに。
国からの支援金の半分はどこへ消えてしまったのでしょうね?』
「う、ぐっ」
そう言われるとグゥの音も出ませんな。
一際大きな振動が起こる。
温度もかなり上昇してきたようだ。
『……あと10分で危険温度です。決断を』
「……」
『……』
「……ずっと、永遠に、何処にも、ぶつからなかったらどうなる?」
『証明した前例はありません。宇宙をずっと直線し続けるか、宇宙の果てまで到達してしまうのかもしれません』
「宇宙に果てなんてあるのかな?」
『分かりません。宇宙の膨張率を考えると永遠にたどり着かないという推測もあります。』
「死んじゃうかな?」
『答えてもよろしいので?』
「ああー、いや、うあぁ……」
つい、その場に蹲る。
『マスター。当たらないと分かりつつ課金を続けて、可能性に挑戦してきた貴方です。今回も賭けてみましょう。』
「……結局無駄な挑戦だったけどな。出ないようになってたんだ。運営に嵌められた。何度課金しても、10枚SSRどころか一枚も引けないとはな」
『落ち込まないでください。嵌められるということは、つまり運営の気まぐれがあれば、可能性はゼロではない。
今回ば、神様の気まぐれに賭けてみませんか?』
「メル……お前のAI本当に大丈夫か?」
『マスターの好みに合わせて成長するAIシステムが組まれていますので、問題である状態で、問題ありません』
「ハハッそうかよ」
なんか自分のアンドロイドにまで馬鹿にされてるような気がしてきてどうでも良くなった。
ていうか悩むのも、めんどくさい。
どうせこのままじゃ死ぬんだし、いっちょやってみるか。
起き上がり、転送装置の中に足を踏み入れる。
「オーケー。心は決まった。起動してくれ」
『それでこそ私のマスターです』
メルも中に入ると、装置が閉鎖され、起動を開始する。
装置が無感情なカウントダウンを始める。
《転送開始30秒前》
「転送中は、お前と二人っきりか。長い移動になるんだろ? 会話のネタ続くかな?」
『光栄ですね。ですが、転送中は意識はありませんよ。瞬きしたら次は何処かの地面の上です。』
《20秒前》
「そっか、じゃあ瞬きする間はお別れだな」
「数十年間眠りっぱなしで私を放置した人の発言には思えませんね」
「そういわれて見ればそうだった……すまん」
《10秒前》
『……どんな結果であっても私は貴方のお世話が出来て、幸せだったと、メモリーに残しておきますよ』
「ははっ嬉しいこと言うじゃんかよ。 お前を買ったのはセールで安かったのが決め手だったんだけどなぁ」
『そうですか。それはそれは、ゲームに課金しなければもっとスペックの高い子を買えたはずでしたのに、残念でしたね』
《5秒前》
「ふはw 怒るなって、お前のこと気に入ってるんだからよ。
お前を選んで良かったってちゃんと思ってるよ」
『……ありがとうございます。
では……良い旅を』
「こんなのコールドスリープと変わんねーよな。目覚めた時に、今回の事故以上に驚くこともないだろうし、気楽なもんだわ。……後でなメル」
何となくメルと手をつないだ。
やはり不安はあったが、それで緊張が和らぐ気がしたから。
《0秒ーー転送を開始します》
体が一瞬軽くなった感覚のあと、俺の意識は暗転した。
あんまり科学とか詳しくないんで転送装置に対する質問はやめてくださいね
未来の狸型ロボットがいる世界線ですよきっと




