第三百六十話【覗き込む】
遊びに来たわけじゃないけど、未来にお土産買って行ってあげないとね。なんて話をしているうちに、バスは駅前に到着した。
少し前に来たばっかりなのに、駅に来ると相変わらずちょっと都会感あって緊張するな。こう……ス○バとか……
「さて……と。ところでさ、こんなコンクリートだらけのところ、人だらけのところで、本当に見つかりそうなとこあるのか?」
「確かにそれは隠れにくい環境という意味だが、しかし隠れられないという意味ではない。そこいらの木々にも鳥は巣を作っているだろう?」
適応しやすいかどうかの差異はあれど、しかし適応出来ない場所というのは限られる。
そういう前提で見てみると、意外とどこにでもポイントはあるものさ。と、真鈴は相変わらず子供っぽくない喋り方で僕の手を引いた。
まあ、中身がマーリンさんだから当たり前なんだけどさ。
こう……花渕さんや望月さんに、変な子だと思われそうだ。
「ここから少し行ったところに、公園があっただろう。あそこは要注意だ」
「人は多い、騒音もある、それに夜になっても灯りが消えない……のだろうね、この鉄柱が照明であるとしたら。しかしこのポイントだけは例外だ」
「例外……となると、そういうマイナス要素が少ない……みたいな話だよな。まあ……裏路地とかなら、確かに暗いし人通りも……」
しかし……そうなると、結構怪しいポイント多くない……?
ここは……駅前はまだいいよ、多少。
でも、住宅街へ帰る途中、川や畑の近く、それにちょっとした雑木林。
結構多いんだよ、やっぱり。
そこ、田舎とか言うな。ゆっくり近所散歩してみろ、マジで結構……え? 無い? あるって、絶対。
「ここだここだ、この公園だよ。小さいけど、ここにこそ危険が潜んでいる可能性が高い」
「ここ……ここ? え? 大きい木も無いし、隠れられそうなとこなんて……」
真鈴が案内してくれたのは、路地を少し入ったところにある、本当に小さな公園だった。
公園……と言うより、花壇にちょっとした遊具が併設されているだけ。
そんな狭い狭い空間に、果たしてどんな魔獣が隠れられるというのだろう。
「君だってたくさん魔獣を見て来ただろう。思い出してごらん、隠れられそうな場所が無くても見つけられない魔獣はいた筈だ」
「君には安全な場所に見えたのに、ミラちゃんはそうじゃないと気を張っていた場所が」
「僕には見つけられなくて、アイツには見つけられる……もしかして、下? 土の中……っ⁈」
嘘ぉっ⁉︎ いや、だって、それは……無くはないかもしれないけど、結構無理があるぞ!
土の中に潜む魔獣自体は何度も見た、もう嫌になるくらい見た。
でも、ここは街中だ。
「こんなコンクリートだらけのところで、土の中なんてどうやっても生きていけないだろ。それに、地下には配管とかの邪魔なものもある」
「地下通路考えたらそこまで深くも潜れない。そんな狭いとこで……」
「そうだね、君のイメージする大きな魔獣では難しいだろう」
「けれど、小型の魔獣は入り込めるんじゃないかな? 虫やもぐらのような見た目の魔獣もいただろう」
いや、そうだけど……それ言い出したら、もうマジで全域が危ないじゃないか。
え? マジでどこでも危ない系です? としたら、マジでパトロールなんてなんの意味も……
「問題なのは、ここに人の目があまり向かなさそうなことだ」
「人の出入りが多い公園ならば、何かが大きな穴を掘ったらすぐに見つかるだろう? しかし、ここはそうではない」
「花壇の花だって、あまり手入れされているとは言い難い。人があまり来ない証拠だ」
「もしもここに小さな魔虫が巣を張ったとしても、誰も気付けない可能性が高いのさ」
誰も気付けない……って、誰にも気付かせたくない、パニックにしたくないって話だったんじゃ……?
僕のそんな考えを相変わらずパーフェクトに見抜いたらしい真鈴は、困った顔でため息をついた。
「もちろん、それに越したことはない。でも、それで襲われちゃ意味がない」
「襲われる前に気付く、気付く前に僕達で対処する」
「順番的にはひとつ後ろの優先順位かもしれないけど、しかし蔑ろにしていいわけじゃない」
パトロールに意味を持たせるには、僕達以外の目も活用すべきだよ。と、真鈴はそう続けた。
むぐ……まあ、そうだけどさ。
いや……うん、そうだった。
もう魔獣は人々の前にも現れてしまっている。なら、警戒心は高まってる筈だ。
それを利用しないのは損……か。
「君の悪い癖だよ、アキト。自分には大したことが出来ないと嘆きながら、しかし何もかもを自分で背負い込もうとする」
「自衛させる手段が必要なんだ、今の段階では」
「それは……魔獣が完全に実体化してないから……ってことだよな」
真鈴は苦い顔で頷いた。
先日の一件、ふたりにもその後の情報は伝えてある。
アレはイタズラとして扱われた。
危険な生物がいるという認識はどこにも無くて、危ない考えの人間がいるかもしれないと思われただけ。
真鈴が危惧するのは、その食い違いなんだろう。
「まだ危機意識が薄いのならば、警戒すべきは不意打ちによる被害——知らない間に侵食されていたという事態だ」
「小型の魔虫だろうと、危険には変わりない」
「見えにくい問題の可能性もしっかり潰す、それが今やるべきことだろう」
「なるほど……その意識は無かったな……」
うぐぐ……じゃあ、毎朝やってる見回りにはあんまり意味が無かったのかな……?
よし、明日から変えよう。
分かりやすいところじゃなくて、人の通らなさそうな場所を……いや、それだと僕が不審者扱いされてしまいかねないな……
「さて……しかし、うん。ここは大丈夫そうだね」
「君には脅しも兼ねて怖い言い方をしたけど、アイツらが実体を保ち続けられないなら住処なんて気にしなくていいだろうし」
「巣を作ってもその個体や群体が消えてしまうんだから、無意味な穴でしかない」
「脅し……今回はちゃんと気合入ってるよ、そんな脅しいらないって」
「いや……まあ……うん、やっぱりやってください。どっかで気が抜けてラクしそうだし……」
任せて。と、真鈴はにこにこ笑って言うけど……うぐぐ、そんな気がするって言われた気分……っ。
実際問題、ずっと気を張ってられるかどうかは分かんないわけだし。
たまに気合い入れて貰えるなら、それは助かるよ。
「さて、次のポイントだ。次はここから……えっと……」
真鈴はちょっとだけ辿々しいながらも、次のポイントへと案内を始めてくれた。
ここら辺は猫カフェに行った時以来だからと言われて、じゃああのボーッとしてる時間にも意味があったんだなぁなんて感心もする。
面白そうなものに目を奪われてただけじゃないのね。
「もちろん、それもあったさ。この世界は本当に面白いね。奇抜、という意味でだけど」
「何度も何度も同じことばかりだけどさ、まだ信じられないんだよ」
「こんなにも娯楽が発展する、こんなにもどうでもいいものの為に場所と時間と労力と資金が注ぎ込まれる。なんて馬鹿げた平和さだ」
「……そう……だよね」
なんでしょげるんだよ、褒めてるんだぞ。って、真鈴は慌てたけど……そうじゃなくてさ。
うん、分かってる。
ここはすっごく平和で……世界中で見ても、飛び抜けて、他に無いくらい平和で……
「……はあ。また泣くのかい、君は。まったく、そこまでいくとちょっと失礼だぞ」
「僕はあの世界が気に入ってるし、あれ以上の世界は無いと信じてる」
「もしここがどれだけ優れていて、平和で、幸福だったとしても、だ」
「きっと追い抜くし、その為に努力もする。君もその一員だぞ、このバカアギト」
「っ。わ、分かってるって……分かってますよ、そんなのは」
なんで……なんでみんなこの平和で生きられないんだろう、って。
どうしたってそう考えてしまうんだよ。何回だって同じことを考えてしまうんだ。
未来が、ミラが、もし本当にあのまま暮らして行けるなら……って。
「ほら、感傷に浸る暇は無いぞ。次だ次。はい、到着。次はここだ」
「っ……はい! って……おう? ここ、なんですか? なんか……別に……何も無いと言うか……いや、何も無いですけど」
ほらほら、僕はマリンちゃんだぞ。と、言葉遣いを煽られた。
いや、だって自分がマーリンさんっぽくなったのが先なのに……じゃなくて。
案内されたのは……された? これ、本当に案内して貰った?
目の前には道路があって……うん。道路がある。
「いや……ここに何か……ってのは……」
「うん、君の言う通り。ここには何もあり得ない」
「けれど……あり得ないものが見えたことがあると言ったらどうする?」
あり得ないもの……まさか!
魔力痕、あるいは魔獣そのものの痕跡が一度見つかっている……とか。
だとしたら、ここは相当大きな意味を持つんじゃないのか?
「じゃあ徹底的に調べないと……」
「まあまあ、待ちたまえ。ここで見つかったのは、確かに魔力痕だった」
「けれど、それがなんであるか、そして何処と繋がったか、どういう意図があったかは不明だ」
「ここに立ち寄ったのは、その魔力痕の主が近くを拠点にしている可能性を疑ったからだよ」
えーっと……と、言いますと?
この近くに魔力痕の主……この世界にはあり得ない、魔術を行使した人物がいる可能性が高い、と。
だったら、それはまず間違いなく魔獣と関係してる筈だ。それが……えーと……
「結論から言うと、その懐疑は少しズレたものだった、ということだ」
「以前と同様、薄い反応だけが残っている。マナにも揺らぎは無い」
「この近辺で術式を使った形跡は無い、つまりここに残っているのは本当にただの残り滓ということだ」
これではとても追えない。
そして、この近くに拠点があるわけでもないだろう。真鈴はそう言ってまた歩き出す。
えっと……収穫無し、ってことか。
そっか……魔力痕なんてクリティカルな手掛かりがあっても、見つからないもんは見つからないんだな。
「次のポイントはちょっと遠いよ。あの大きな車に乗りながら眺めた景色だ、細かいポイントの見落としはあるかもしれない。途中で何か見つけたらそこにも寄ろう」
「うん、分かった。まだ疲れてないか? もしキツかったら言えよ、おぶってやるから」
さっきちょっと忘れてたくせに、子供扱いするんじゃない。と、真鈴はちょっとだけ怒って僕のお腹をぽこぽこ叩く。
うふふ、なんて弱いパンチだろうか。そもそもへなちょこだけど。
次に見に行くポイントは、自然が多くて住処にもってこいの場所だ。と、真鈴はそう説明しながら僕の前を歩く。
時折振り返っては、ちゃんと聞いてるかい? と言いたげな眼を向けて。
いやいや、こんな時に他のこと考えないって。
ちゃんと聞いてるし、周りの様子も確認してる。
怪しげなものは無いかと眼を凝らして……
「……真鈴、あれ。あれさ……」
「アキト? あれって……っ! そう……だね、これは……」
眼を凝らし続けた成果がこれか。
ちょっとだけ自分を毒突いて、しかし怯むこと無くその側へと駆け寄った。
見つけたのは足跡……らしきもの。
すぐそこの街路樹の根元から、バイク用の地下駐輪場へと土の跡が続いていた。
「……行ってみよう。もし、何かあったら即逃げる。何も無かったら……」
「ちょっ、ちょっと待て、バカアキト! こんな……ついこの間雨が降っただろう、それでもまだ残ってるってことは……」
うん、まだいるかもしれない。
だけど——いや、だからこそ、だよ。
もし、魔獣が本当にこの下に潜んでいるなら……っ。
駐輪場だ、利用者はかなり多い筈。そんな人達が襲われでもしたら……
「それに、駐輪場からは地下通路が駅まで伸びてる。いるのが僕達の知る魔獣だとしたら、人の多い場所はそのまま……」
「……餌場にもなり得る……か。でも、僕達だけじゃ無理だよ」
「ミライちゃんを呼ぼう。せめてあの子がいないと……」
ぐっ……それはそう。僕と真鈴じゃ、魔獣を見つけても何も出来ない。
注意喚起は出来る……けど、それに意味があるか分からない。
怪しい人だし、冷静に考えたら。
だったらやっぱり、ここは未来を呼びに帰って————
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「——いや、行く。こうしてる間にも被害が出かねない」
「それに、逃げるのは得意だって。いろいろ教えてくれたのは真鈴だろ?」
「……そうだけどさ……っ。ええい、分かった。でも、絶対に深入りは無しだよ」
「やばいと思ったらすぐに離脱、ミライちゃんと合流して出直すこと」
そうだ、一刻を争う事態かもしれないんだ。
今から未来を呼んでちゃダメ、間に合わない。
ちょっとだけ心臓がバクバク……それはそれは和太鼓のようにばっくんばっくんいってるけど……お、思ったより怖え……っ。
でも、行こう。
拳を握って、僕達は地下駐輪場への階段を降り始めた。




