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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百五十五話【一方その頃】


 一時間の遠回りを終えてお店に着くと、頭の中にふたりの姿が浮かんだ。

 花渕さんがやってきて大喜びな未来と、大急ぎで身を隠す真鈴の姿。


 朝ごはん、あれで足りるかな。ちゃんと花渕さんに勉強教えて貰ってるかな、DVD見てばっかりいないかな。なんて。


「……今はこっち。頑張らないと」


 着替えて、手を洗って、仕事を始めて。僕のやるべきことをやる、それこそが僕の望み。


 ちゃんと仕事が出来て、その上で魔獣の問題も解決出来て、最後にふたりが楽しかったって言ってくれるような召喚にする。

 その為になら早起きだってするし、夜更かしだってする。


 これで意外と体力……は無いけど、やる気マックスの時の妙なタフネスは自信が……自信……あんま無いな、そんな風に思える根拠。いや、でも、ほら。


「全部アギトの記憶だな……粘り強いの……」


 あれ、もしかして僕自身は全然タフネス無い感じ?

 いやいや、そんなことないって。


 だって……えー……あ、無いわ。粘り強いエピソードが無いわ。そっか……そっか……


「原口くん、ちょっと試食いい? 新作のカレーパン、また作ってみたんだけど」


「あ、はーい」


 わーい、カレーパン。夏野菜のカレーパン。

 前回は野菜が大き過ぎて食べにくいものだった、それでもめっちゃ美味しかったけど。

 どこ改良したんだろ、やっぱり野菜小さくしたのかな。


「いただきまー……あっつ! ふー、ふー……むぐむぐ……」


「どうかな。野菜を小さくしたのと、ちょっとだけルーも変えてみたんだ。甘いの(スイカパン)も出すなら、こっちはちょっと辛い味付けにしようと思って」


 はふはふ……ふーっ……むが……むふーっ。こ、これは……確かに辛い。

 でも辛過ぎない、僕でも食べられる辛さ。


 え? 基準が分からん? インドカレー食べに行くと、大体水でお腹がタポタポになる程度の人間だよ、僕は。

 でも行っちゃう、汗だくになりながら食べちゃう。


「ごくん。これめっちゃいいですよ! うち、案外サラリーマンのお客さんも多いし、そういうの好きな女の人だっているだろうし」

「辛口って書いとかないといけないかもしれないけど……」


「あはは、そうだね。ずっと置くならみんなが食べられる味にするところだけど、今回は限定商品だから」

「こういうのがどのくらい需要を見込めるのか……って調査の意味も兼ねて」


 少し尖った商品をたまには出してみようかな、なんて。と、店長は珍しくイタズラっぽい笑い方をした。


 尖った……なるほど。

 うちの店はコンセプト的にあんまり変な味……言い方悪いな、これ。

 変わった味、奇をてらった味、刺激の強い味の商品はあんまり出せないでいた。


 そもそも使える食材に限りがあるというのと、基本的なターゲットが子供だからってのとがあったからね。


「子供だけじゃなくて、大人——高校生以上にももっと楽しんで貰えたらさ、いいよね。大人だってアレルギーはあるわけだから」


「高校生も多いですもんね、平日の夕方とか。今の時期は少ない……というか来る前に店閉めちゃいますけど……」


 部活が長いからね、夏は。


 だったらいっそ営業時間伸ばしてみるのはどうだろうか?

 僕が頑張れば、店長だって仕込みの時間を多く取れるし。

 でも……い、今はちょっと、まだ待って欲しいかな。


「あんまり遅い時間に開けててもね、難しいよ。需要はあるだろうけど、採算が合うかは分からないし」

「それに、最近何かと物騒だからね。先月も不審者が出てるし、ちょっと前にも引ったくりがあったらしい」


 え、マジですか? それは知らなかった……というか、ちょうど寝てたから知りようもなかったのか。


 そうなると、花渕さんひとりで帰らせるの怖いなぁ。

 しっかりしてるのとそういうのは関係無いし。暴漢に襲われたら……


「そうそう、今朝のニュースでも何かあったね。団地の方で、なんて言ったかな……あの……ラジコンみたいなやつ」

「あれのデッカいの飛ばしてさ、ちょっと大ごとになったって」


「っ! そういえばニュース見ました、僕も。ドローンを使った悪質なイタズラだ、って」


 そうだそうだ、ドローン。と、店長はちょっとだけ違うところに感心しているけど……あの問題、世間に認知されてる以上に危ないから困ったもんだ。


 イタズラで収まってくれるうちはいいけど、いつか本当に怪我人が出かねない。


 襲われて怪我をするってのもだけど、パニックが起きて事故に繋がって……なんてのもあり得るわけだから。


「あれもなんだか楽しそうなオモチャだったけど、こういうのが続くとどんどん規制が進んじゃうよねぇ」

「なんだかそれは寂しいけど、しょうがないのかなぁ」


「そうですね……便利なものも、面白いものも、使う人次第ですからね……」


 あの魔獣だって、凄く凄く嫌なやつが使役してるんだとしたら……っ。


 魔獣の目撃例——僕が見たのは、うちの近くと、ちょっと離れた公園と、そして昨日の団地。

 どれにも共通点なんて無くて、まだ全然法則も犯人の位置も分からない。


 足跡やフン、それに爪痕なんかが早く見つかればいいんだけど。


「おっと、お客さん来そうだね。原口くん、表は任せるよ。これからスイカパン……の前に、午後の分の焼成やっちゃうから」


「はい、お願いします」


 いらっしゃいませー、どうぞー。と、外で看板を見ていたお客さんに声を掛けるのも僕の仕事。

 いっぱいあるよ、見てって見てって。


 うん、ちょっとだけ魔獣の件は忘れよう。

 いや、その……考えごとすると手が止まるって、花渕さんにもミラにも言われちゃったからね……っ。




 心配はいっぱいあったけど、それでも仕事には集中出来た。

 早起きして散歩したからかな? なんだか頭も冴えてた気がする。

 気の所為とか言うな、こら。


 いつもより役に立てたかは分かんないけど、いつもよりは頑張れた。

 これを毎日、ちゃんと続けるのが大事。

 少なくとも、早起きは事態解決までずーっと続けないとな。




——アキトは弱っちぃのよ——


 未来はそう言った。

 まだどこかぎこちない様子の真鈴を抱きかかえたまま、未来はあたしにそう言った。


 素直過ぎるから、嫌なことがあっても真正面から受け止めてしまう。

 自分に非があると思い込んでしまう。

 どんなに頑張っても、自信が無いから。どれだけやっても成功という結論を見出せない。


 だから、アキトは弱っちぃのだ、と。


 ちびっ子だと思ってた未来は、意外なほどにしっかりした価値観を自分の中に持っていた。


——だから、アキトは強いのよ——


 未来はそう言った。

 覆面バイカーを見ながら、その俳優ではなくキャラクターを好きだと言った。

 そしてそれが、アキトさんに似ているからだと言った。


 弱過ぎるから、脆過ぎるから、自分に自信が無くて縮こまってしまうからこそ、この人もアキトも強いのだ、と。


 あまりに愚直で、時に躊躇の無い正義感が、普通ではあり得ない強さを見せるのだ、と。


「すぅ……むにゃ……すぴー」


「……いい子いい子。本当に懐かれたもんだね、アキトさんも」


 午前中はいっぱい英語の勉強をして、お昼を食べたらちょっとだけバイカーを見て。

 それからまた勉強の予定……だったんだけど、ついつい熱くなってしまったらしくて。

 ばいかーさんはここが凄い、かっこいい! と、色々語ってくれた。


 覆面バイカーは、どこまで行っても一般人なのだ。


 その精神性は凄く弱いもので、弱者を助けることで自分が救われようと、報われようという考えこそが根本。


 けれど同時に、それが嫌で自己嫌悪に陥る矛盾も孕んでいる。

 そういうとこ、ネットじゃ叩かれてたんだけどね。


 未来には魅力に写ったらしい。分かる、そこがいい。


 けれど、特別な力を手にしたから、それをどうにか善に活用出来ないかと模索する。

 しかし、力なんてのは結局振り回した時点で暴力。


 それがたとえ悪者相手だとしても、自分より強くない相手に振るったらそれは悪なんだ、って。

 バイカーはずっとそんな葛藤を抱きながら敵と戦い続ける。


 これもまた、ネットで叩かれてた部分。

 後ろ向き過ぎる、子供に見せるものじゃない、スカッとしない、と。


 でも、未来はそこに憧れたらしい。分かる、それな。


 そんな覆面バイカーとアキトさんが凄く似てる、って。一番最初に言ったのがここ。

 他の説明よりも前、アキトさんに似てるから好きだって。


 だから私は、まさかこんなに色々考えて似てるって言ってると思わなくて。

 顔全然違うじゃん。なんてつまんないちゃちゃを入れてしまった。猛省。


「むにゃ……んふふ……もにぃ……」


 アキトは本当に弱いから、守ってあげないとすぐにダメになる。

 なのに、一番大事なところではいつもアキトが守ってくれる。


 それはきっと、アキトが私よりもずっとずっと——ずーっと強いから。


 未来はそう言って、凄く凄く寂しそうな顔をした。

 だから、私はいっぱい勉強してアキトを守らないといけない、って。


 うん、それも分かる。あの人は妙なタイミングでだけ強い。ムカつくくらい。


 そうして力一杯拳を握って熱弁し続けた未来は、突然電池切れになったみたいにふらふらと倒れてしまった。

 最初は慌てたけど、眠たいだけだって分かったら一気に子供らしさが戻ってきた。めっちゃ可愛い。


 布団に運ぼうと思ったんだけど、まだ勉強しないと。なんて言って、私にしがみついて離れないもんだから……そのまま抱っこしてる。

 真鈴はそんな未来の様子をちょっとだけ遠巻きに見てた。こっちも可愛い、マジで。


 抱っこしてたら、なんかいつの間にか寝ちゃってた。

 頑張って起きようとしてたけどね。背中さすってたらオチたわ。ごめん、勉強の邪魔しちゃった。


 でも、流石にあの状態でやったって身になんないから。それは私の言い訳か。ほんとごめん。


「真鈴もおいで。大丈夫だって、ほら」


「ぴぃっ⁈」


 や、だからもうその鳴き声何よ。

 こっちおいでと手を伸ばしたら、真鈴は悲鳴をあげて逃げてしまった。

 カーテンの裏を通って、私に顔を見られないようにしながら。


 んで、なんか……結局部屋の隅っこでこっち見てる。

 寝室に行かないあたり、ちょっとだけ慣れてくれたのかも。


「……進歩進歩、はあ」


 それで……さ。

 ごめん、アキトさん。晩御飯の支度が出来てない。ていうか出来ない。


 でも許して、のっぴきならない事情が腕の中にある。

 むぎゅーって抱き着いて、嬉しそうに頭擦り付けてくる小さい子がいる。これは放っとけんて。


「むにゃ……んへへ……んふ……ミナぁ……」


「はいはい、ここにいるよー。んでもまあ……それはよく分からんわ、おばちゃん」


 で、だよ。

 未来はなんでか知んないけど、私の胸を思いっきり揉んでるんだわ。


 いや、まあ、そうだね。親が……って話だしさ、恋しいんだろうけど。

 それはいいんだよ、微笑ましいし。ちょい寂しいけど。


 でも……でもだよ。やたら揉みかたエロいんだけど、この子何?


「まさかとは思うけど……アキトさん、そういうもんの管理ちゃんと出来てんのかね。ってかこんなとこ持ち込むな」


 え、ちょいマジでこの子なんなの。どこで覚えたの、ってかどこで興味持ったの。


 アキトさん来たら問い詰めるか、否か。

 やめといた方がいい? おっさんの性事情無駄に暴露すんの、いらん?

 私は聞きたくない、普通にキモいし。


 まあ……いいわ、子供に乳揉まれるくらい。可愛いし。


 でも……でも、だよ。

 もし万が一、マジであのおっさんの不手際不注意でこんな小さい子が変な知識持ってんだとしたら……それはちょい通報するわ。


 ジュンさんに来て貰って、アキトさんパクって貰って、代わりにうちで保護するわ。うん、そうしよ。


 真鈴共々うちで預かるから、アキトさんはちゃんと反省してね。檻の中で。


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