第三百四十七話【お仕事優先?】
「やーっ! 帰っちゃだめーっ! まだ一緒にばいかーさん見るのーっ!」
「こら! 離れなさい! 未来! バカ未来! 離れろって!」
それは食後すぐの出来事。
ご飯食べたから続き見よう! と、未来が片付いてもないちゃぶ台の上にDVDプレイヤーを引っ張り出した時のことだった。
「花渕さん逃げて! 今のうち! 際限無いから! こいつのバイタリティ尋常じゃないから!」
「い、いやいや……まあいんじゃない? 別に私もすぐに帰らなきゃいけない用事も無いし。アキトさん帰っちゃうなら、ふたりはさみしいだろうからさ。これだけ部屋広いし、泊まってったって……」
絆され過ぎだ! 未来は未来で懐き過ぎ、甘え過ぎだけど! 花渕さんは甘やかし過ぎ!
可愛い孫を前には強く出られない、そんなおじいちゃんおばあちゃんと同じ顔をしているじゃないか。
「ダメです! 帰って! 未成年! 花渕さんは未成年! 無断外泊とか絶対怒られるでしょ! そうでなくても甘やかし過ぎはダメ!」
「ちょっ……あれだね、アキトさん。思ったより……オカンだね。ぜんっぜんキャラ違うって言うかさ、もちょっと情けないイメージだったんだけど。なんか立派な親じゃん、もう」
そりゃそうだよ! お兄ちゃんだからな! じゃなくて。
ミナとばいかーさん見るの! と、言うことを聞かない駄々っ子を必死で引き剥がして……剥が……剥がれろ……っ! 離れなさい!
花渕さんも抵抗して! 真鈴も手伝って! 未来は言うことを聞け!
「むぎぎぎ……花渕さんは流石にそろそろ帰んないとマズイの……っ。もうちょっと僕がいるから、僕と一緒に見れば良いでしょうが……っ!」
「んーっ! ミナが良い! ミナとが良いの!」
ふぐぅっ。ぐすん……お兄ちゃんより今日仲良くなったばっかりの花渕さんが良いの……?
しかし駄々っ子が過ぎる。最近は全然無かったじゃないか、こういうの。
嫌に冷静と言うか、大人しいと言うか。いえ、全然暴れん坊ではあったんですけど。
それでも、こういう子供じみた振る舞いは減ってた筈なのに……
「……はあ。未来、またすぐ来るから。明日はちょっと無理だけど、明後日になら。アキトさん明日休みで明後日出勤だよね、今のシフトだと」
「……え? あー、うん。明日休みで……? 明日……今日……今日——ッッ⁉︎」
ふしゃーっ! と、未来が驚いて威嚇してしまうくらいつい大きな声が出てしまった。
出て——出てねえ! 出勤してねえ! 今日だ! 今日仕事だ! 今日休みじゃなかったじゃんか‼︎ なんで⁉︎ なんで間違えた⁉︎
「で——電話⁉︎ ちょっ、おっ、まっ、どっ——ととととととりあえず連絡⁉︎」
「落ち着き、いっぺん。え? 何? サボり? 今日、終わってからふたりと出掛けてたんじゃなかったの?」
ふぉおおん! サボってしまった! それも花渕さんも休みのタイミングでサボってしまった!
って、あれ? じゃあなんで連絡来てないの? 店長⁈
も、ももももしかして見限られた……っ⁈
もう必要無いと、電話して呼び出してまで使うほどじゃないと⁈
いや、店長に限ってそんな……っ。とにかく一回電話……
『はい、ご利用ありがとうございます。板山ベーカリーです』
「——ご——ごごごごごめんなさい、原口です! ううううううっかりしててシフト間違えて——」
あはは、そそっかしいなぁ。と、なんだか呑気な返事が……あれ?
これは……あれでは。もう怒る気力も無い……というやつでは? 死——。社会的な死が——っ⁈
「ちょ、ちょいちょい。いっぺん電話代わり。お疲れ様です、花渕です。アキトさんかなりパニックなんで一回電話代わりました」
くび……? これ、もう間違いなく……
え、じゃあふたりの生活費どうすんの? 仕事無くなったとなったら、当然保護能力無しとみなされるよね? じゃあ……これからどうすんの……⁈
う、嘘だ⁉︎ こんなしょうもないことでバッドエンドまっしぐらは困るって!
「そうそう、外でばったり会ってさ。私はてっきり仕事終わりに来てるもんだと思ってたんだけど……んで、ちょいとさ。
えー……なんてーのかな。想像以上に面倒ごとに……え? あー……まだパニクってるけど、さっきよりは数段マシかな……?」
代わって、って。と、花渕さんはちょっとだけ面食らった顔で僕にスマホを返してくれた。
お、落ち着け……店長だ、あの店長だ。のんびりしてて緩いけど、やるべきことはしっかりやってる店長だ。
そりゃあ……かなりのやらかしだけど、いきなりクビは無い筈。無いって言って。
もしクビだとしたら……普段の行いどんだけ悪かったんだ、僕……
「おっおおおおお疲れ様です! すみません、今日——」
『ああ、良いよ良いよ。体調に問題無いなら大丈夫。えーっと……じゃあ、明日代わりに出られるかな?』
えっ? 大丈夫……って? それはどっちの大丈夫⁈
まだロクに口も回らないけど、ひとまずごめんなさいと明日は行きますだけは伝えられた……筈。
ひぃん……正社員になったのに、こういうとこが子供のままだよ……
『それじゃあまた明日ね、ちゃんと忘れずに来るんだよ。おやすみ』
「は、はいっ! すみませんでした、おやすみなさい」
とりあえず……明日ちゃんとすればクビは免れられそう……?
まだ心臓凄いことになってるけど……い、生き残った……っ。
「で、結局なんだって? 明日来いって? てなると私どうなるんだろ。
新商品あるし、土日に向けてなんかするなら仕事はあるだろうけど」
「う、うん……うっ。お、お腹が……胃が痛くなってきた……っ」
それもお家芸だね。なんてボケかツッコミかも分かんないことを言って、花渕さんはまた未来の頭を撫でて帰り支度を始めた。
明日仕事が終わったらアキトさんと一緒に来るから、と。優しくそう言われて、未来はようやく花渕さんから離れた。顔はしょんぼりしたままだけど。
「それじゃ、また明日。もしまたアキトさんが間違えてここ来てたら怒ってやんなよ。お仕事があるでしょ、って」
「……うん。また明日ね」
また。と、何度もねだるように口にしながら、未来は花渕さんを玄関まで見送った。
がちゃんとゆっくりドアが閉められると、この世の終わりみたいな顔でとぼとぼリビングへと戻っていく。お前……
「エルゥさんの時以来か、それも。そんなに仲良くなったんだな」
「……それもある……けど。エルゥの時とは根本的なところで違うから……」
全部終わって帰ったら、もうミナとはお話出来ないから。と、未来はそう言って寂しそうな顔のままDVDプレイヤーを片付け始めた。
そっか……それは確かに寂しいもんな。
エヴァンスさんともアルコさんとも仲良くなった。
それにキルケーさんにヘカーテさんだっていた。
でも、歳の近い友達は今回が初めてだったから。
「……でも、巻き込めないぞ。望月さんだってそうだ。“俺”達の問題は俺達で解決しなくちゃならない。それは分かってるよな、ミラ」
「……言われなくても分かってるわよ、バカアギト」
アンタはなんかまたやらかしたんでしょ。そっちの心配をしてなさい。こっちは全部私達が解決してやるから。なんて言われたら……い、胃がぁっ!
問題が……解決しなくちゃならない問題が多い……っ。パンクするぅ……




