第三百四十六話【友情優先】
出来上がった焼きそばとちらし寿司を持っていくと、リビングではすっかり仲良しになった未来と花渕さんの姿が見られた。
最初はあんなに威嚇してたってのに、今じゃすっかり膝の上に収まってしまっている。
人懐っこいで済ませていいものかと不安になるくらいの懐き具合だ。
「未来、ご飯だぞ。手洗ってきなさい。花渕さんも一緒に行ってあげて。早く食べたくてサボるといけないし」
「サボんないわよ! ミナ、行こ。こっちよ」
はいはい。と、今まで見たことないくらい緩んだ顔の花渕さんを連れて、未来は手洗い場へとバタバタ走って行った。
こらこら、ご飯は逃げないよ。落ち着きなさい。
ここマンションだから、ガチで騒音はやめて。怒られる。
「にしても、ホントにすっかり保護者って感じじゃん。ふーん。ま、歳考えたら妥当なんだろうけどさ。意外な一面と言うか……やれば出来るもんだね」
「あはは……そ、それは褒めて貰ってる……という解釈で良い?」
ごはんごはんと笑顔で戻ってきた未来のすぐ後に、花渕さんはちょっとだけ困った顔でそんなことを僕に言った。
ちゃんと褒めてるよ。なんて言う割には、素直に感心してる風でもないけど……
「今日は焼きそばとちらし寿司だぞー。いっぱい食べろよ、僕の分はちょっとでいいから」
「やきそば、ちらしずし。すんすん……ちょっと酸っぱい匂いがするわよ? これ、傷んでないでしょうね?」
傷んでないよ。傷んでたとしたら、それはもうパックごはんかちらし寿司の素が傷んでたんだよ、今日買ったやつが。
不思議そうな顔で酢飯の匂いを嗅いでる未来に、花渕さんはケラケラ笑っていた。
こんなのも知らないんだ、かな。バカにしてるって意味じゃなくて。
「アキトさん、ごちになりまーす。ほら、未来。いただきます。食べないなら食べちゃうし」
「食べる! いただきまーす。むう……すんすん……むむ」
これ見よがしにちらし寿司を頬張る花渕さんの姿に、どうやら未来も酢飯は食べられるものだという認識を持ったらしい。
恐る恐るスプーンを口に運ぶと、なんとも神妙な顔で小首を傾げていた。あ、あれ? 美味しくなかった?
「むぐむぐ……なんだか……あれね。美味しいけど、こっちの焼きそばの味が濃いから……」
「ん、それは私も思った。でも、ちゃんと美味しいでしょ。よーく噛んでごらん」
え、うれしい。花渕さんが美味しいって言ってくれた。子供の食育の一環とはいえ、僕の料理を美味しいと言ってくれたよ。いえ、素を混ぜただけですけどね。
「そこ、微妙そうな顔しない。ちゃんと美味しいって。何、私がそういうの褒めない冷酷な人間だと思ってんの? 上等、表出な」
「ちがっ、違うよっ! いや……うん。違わないのかな……?」
マジでそんな風に思われてたんだ……と、がっくり肩を落とした花渕さんを、未来が心配そうな顔で覗き込んでいる。
こら、バカアギト。謝んなさい。と、その眼は訴えていた。いや、もはや脅しのようにすらも……
「……ご馳走になっといてぐちぐち言うほど、気の利かない人間じゃないよ。アキトさんのことだからさ、どうせ混ぜただけとか言うんだろうけど。
でも、アキトさんが買い物行って、ご飯あっためて、具材混ぜなかったら、このちらし寿司は無かったんだから。
誰かの為に作ってんだから、手間の度合いで優劣なんて付かないじゃん」
だから、ちゃんと美味しいよ。と、花渕さんはそう言ってくれた。
そっか。でへへ、そっかそっか。ちゃんと美味しい……か。
僕はちゃんとふたりの為に頑張れてるんだな。
「でも、ちびっ子預かってんなら食べ合わせについてはちゃんと考えなよ。それで好き嫌いが出来ることだってあるんだから」
「うっ……精進します。せっかく花渕さんにもちょっと習ってるんだしね」
うん……食べ合わせについてはマジで何も考えてなかった。
よーく噛んでと言われてからずっとご飯を噛み続けてたらしい未来が、やっと酢飯の甘さに気付いてくれたらしい。やっと……だ。
そもそもお米って、向こうじゃあんまり食べないからなぁ。
噛むと甘くなるってのも、ちゃんと教えてやるべきだったんだな。
「色々教えてやったつもりになってたけど、全然見落としだらけだったんだな……。未来、美味しいか? いっぱい噛んだら甘くなっただろ? それなら美味しいか?」
「むぐむぐ……んふふ。ミナはいろんなこと知ってるのね。アキトももっと見習いなさい」
うぐっ。また痛いとこ突いてくるな、お前は。
上機嫌なくせして僕にだけはしっかり当たりが強い、どうしても反抗期が終わらない。
「そいえばさ、このDVDってそのおまわりさんの? それともアキトさんの私物? プレイヤーは貸して貰ってるって言ってたけどさ」
「今のところは全部おまわりさん……望月さんのものだけかな。どうかしたの?」
今度レンタルとか見に行こうかな。
アニメとかドラマとか、映画だってなんだって見れるんだ。いや、スマホでも見れるんだけどさ。
花渕さんは何かが気になったらしくて、ふーんとか別にとか、いかにも気にしてませんって態度だ。
僕も何貸してくれたのかちゃんと見てないんだよね。
覆面バイカーと能面スイマーと、なんか教育番組みたいなのは知ってる。
でも、他にも結構持って来てくれてたっぽいんだよな。
「もぐもぐ……ミナ、ご飯食べたら……むぐむぐ、ごくん。食べたら続き見ましょう」
「こらこら、もう帰らないといけない時間だから。ってか口に入れたまま喋るんじゃない。お行儀が悪いぞ」
えーっ。と、珍しく……珍しくもないか、割といつもだ。
いつも通り駄々を捏ね始めた未来に、花渕さんはまるでお母さんかおばあちゃんのような優しい笑みを向けている。
また来るから、その時一緒に見ようね。なんて、本当に小さな子をあやす保母さんのようで……
「……ってかさ、アキトさんお店ある時どうしてんの? え? 家ん中この子らだけ? まあ……共働きだとか、そういう家もあるだろうけど……」
「う、うん……そうなんだよね。ふたりとも自分のことはそれなりに出来るけど……」
世間的にはあんまり良い環境じゃないよね……
いや、そもそも両親がいないってのがもう悪いんだけどさ。普通なら、施設とか院に入れられるところだ。
「んー……そっか。なら、しばらくは私も顔出すよ。あんま首突っ込む気は無かったけど、私も懐かれちゃったしね。
それに、アキトさんもアキトさんで退院したばっかなんだから。無理はさせらんないし」
「ほんと⁈ ミナも来てくれるの⁈ えへへー」
えへへー。じゃない。こら、お前はもうちょい危機感を持て。
違う違う、色々違うぞお前。今の話は、世間的に見た育児放棄された子供の生活環境についての話だ。
お前は! 十七歳! 花渕さんと同い年! そして! 僕と変わらないくらいの大人も一緒に住んでるの!
「毎日とはいかないけど、ちょこちょこ顔出すよ。アキトさんの休みの日とかさ。
この子ら学校行ってないんだよね、見た感じ。なら、ちょっとは勉強教えたりしてあげないとさ」
「そ、そんな……悪いよ。花渕さんには花渕さんのやることがあるだろうし……」
それは本当に申し訳なくなる。
しかし、意外なことに……と言うか、困ったことに、僕の言葉に不満を露わにしたのは、他でもない未来だった。おま……
「もっとミナと遊びたい、お話したい! むーっ!」
「お前なぁ……はあ。花渕さんが良いなら……お願いしたいけどさ……」
色々と問題があるでしょうが。
花渕さんに申し訳ないというのも本当にある。
大学受験ってのがどの程度難しいのかは分かんない。分かんないけど、花渕さんといえど独学では凄く凄く厳しいものになるだろう。
それを邪魔したくないというのが一点。いえ、邪魔ならもうしちゃってるんですけど、代わりに働いて貰ったりさ。
だから、これ以上は、という意味で。
もう一点、こっちが本題。望月さんが来てくれてる時にも浮かんでる問題。
僕以外の誰かがやって来ている時、未来は勇者ではいられないし、真鈴も巫女ではいられない。
魔獣の問題に首を突っ込んでいるなんて、知られたら絶対に保護者として認めて貰えなくなるだろう。
「私は全然良いよ。気分転換……が必要なほど、縛られた生活送ってないけど。
ずっと机の前じゃモチベーションも下がるし。それに、見ちゃったら放って置けない気持ちは分かるでしょ」
「うっ……じゃあ、その……よろしくお願いします。ほら、未来。お前もちゃんとお礼言って」
んふふーっ。と、未来は嬉しそうに花渕さんに抱き着いて、いつもみたいにすりすりと頭を擦り付けていた。
お前……っ。僕にはもう全然やってくれなくなったのに……っ。
「んー、よしよし。良い子だから先ご飯食べちゃおうね。ちらし寿司はまだしも、焼きそばは冷めたら美味しくなくなっちゃうよ」
「んふふ、はーい。やっきそば、やっきそば」
花渕さんの言うことは素直に聞くのね、お前。まあ……いいけど。
いいけど……マジでなんで僕にだけは反抗期なの? 内弁慶か? 家族の僕にだけはキツくあたっちゃうのか? それじゃあ仕方ないなぁ。
花渕さんを巻き込むわけにはいかない。未来にもその考えはしっかりある筈だ。
いつもみたいに子供っぽい振る舞いをして、ただ仲の良い友達になろうとしてるだけ。
調査が遅れそうなのはちょっとだけ困るけど、そこを忘れてなさそうだから……まあいいか。




