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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百三十六話【大きな支、大きな障】


「今日もまた遠回り? 別に悪いとか言わないけど、ほどほどにしときなよ。明日は仕事なんだから」

「うっ……うん、分かってるよ。もう無茶はしないから」

 お疲れ様でした……は、ちょっとおかしいか。あとはよろしくお願いします、かな。

 店長と花渕さんにお店を任せて、僕はまたパンを持ってマンションへと向かう。

 今日は図書館へ連れて行ってやる約束をしてるんだ。早く行ってご飯食べて出掛けないとな。

「……文字を覚える……魔術式を作り直す……か。そんなの……」

 簡単なんだろうか。それとも難しいんだろうか。

 口ぶりを思えば難しいことなんだろうけど、僕には何がどう難しいのかが分からない。

 ひとりで乗ったエレベーターの中で、なんの気無しにぽつんと言霊を呟いてみる。

——ドラーフ・ヴォルテガ——

 無敵の強化魔術だった筈の、その言霊を。

「……この世界に存在しない言葉だから、この言霊には意味が無い……か。筋が通ってるのか通ってないのかの判断も出来ないな……」

 これについて僕が悩むのはナンセンスだろうか。

 そもそも魔術なんて一生使えないと太鼓判(?)を捺されてるんだからな、魔術翁直々に。

 悩むフリ、考えるフリはやめて、ふたりの待つ部屋へと急ごう。

 僕が悩むべきはこれじゃない。ふたりをこれからどう補佐していくかと、そして新商品をどうするかだ。

「ただいまー。パン貰ってきたぞー、食べるかー? 食べるよなー」

 食べなさい、いっぱい貰ってきたから。食べる前提で貰ってきたんだから。

 廃棄なんてまだ出ない時間だからね、試作品をいくつか貰ってきたよ。

 ほら、スイカスイカ。スイカの形のパンだよー。カレーパンもあるよー。

「……? 食べ物で釣れない……? また出掛けてるのかな。おーい、未来―、真鈴―」

 返事が無い。やっぱりいないのかな……と、リビングのドアを開けてみれば、そこにはしっかりちびっ子ふたりの姿があるではないか。

 おいおい、どうしたんだよ。お兄ちゃん帰ってきたよ。おかえりは? おかえりはないの?

「……? おーい? ふたりともー? ただいまー。ただいまってば」

「……? ああ、帰ってたの。おかえり」

 し、塩対応……っ。

 何をそんなに真剣に……と、ふたりの視線の先を覗き込むと、そこには望月さんから借りてるDVDプレイヤーがあった。

 そ、そんなに面白いの……? めっちゃハマってるじゃん、覆面バイカー……バイカーじゃない? これは……何見てるの?

「ちょうど良い資料があることを思い出してね。

 アキト、君も何か持ってないかい? やはりと言うか、言葉とは交流用の道具だからね。

 会話を聞く、文書のやりとりを見る。ただ形だけを学ぶよりも、そっちの方が効率が良い。

 もっとも、形式的なものを学ぶ必要が無いとは言わないけどね」

「……? 会話……文書……ああ、そっか。字幕あったもんな。んで……これは何を見てるんだ?」

 覆面バイカーではない、とりあえず。そもそもあれには字幕無かったしな。

 ふむふむ……どうやら児童向けの教育番組……みたいなノリかな?

 まあ……うん……望月さんのチョイスには納得する。

 未来も真鈴も子供だし、でっちあげた境遇的にも学校へなんて行けてない……勉強なんてさせて貰ってないように見えるだろうしな。

「なんとなくの文法と単語の傾向は分かったわ。後は答え合わせだけど……アキト、アンタはあんまり分かんないんだっけ」

「ふぐっ……そ、そうだね……自分で言ったことだから今更だけど……僕は全然英語分かんなくて……」

 うん……確かに僕がそう言ったけどさ、英語が一番馴染みが無いって。

 しかし……ほうほう、今時は子供向けにも英語の番組やってるんだね。昔からあるのかな、それとも。

 どっちにしても……え? お前これちょっと見ただけで分かっちゃったの? お前……

「ご飯食べたら図書館よ。真鈴、書き換えの手伝いお願い。なんとなく分かっては来たけど……ううん、元々分かってた……かしらね。思ったより便利で厄介だわ」

「あはは……そうだね。まさか適応がこんな形で僕達の足を引っ張るとは」

 便利だけど厄介……とは。

 何やらごちゃごちゃと書き殴っては消してを繰り返した形跡のあるメモ帳を積み上げ、未来も真鈴もうんうんと頭を抱えていた。

 適応が足を引っ張る……ってのは、結局どういう話なんだ? 昨日僕のお腹の上でしてた話だよな、それ。

 あんまりにも不真面目な態度だったから、てっきりどうでもいい話かと。いや、真面目に話してたのは知ってるけどさ。

「ふむ……どう説明したものかな。君が一番実感しているだろうから……いや、しているからこそ、かな。

 ちょっとだけ理解し難い、気持ち悪い話になってしまうけど良いかな?」

「え……うう、まあ……多少なら。分かんないままだと僕だけ取り残されるし……」

 君は相変わらずだなあ。と、真鈴はのんびりした笑顔でそう言うと、こほんと咳払いひとつして言葉を纏め始めた。

 すぐに説明に入れないくらいには難しい、真鈴にとっても引っ掛かるところの多い問題なのか。

「……君はこれまで、幾つの世界を渡り歩いてきたかな? ちょっとだけ真剣に思い出しながら——そこでの会話や交流、それに触れて読んできた文字について思い出しながら数えてみよう」

「え、えーと……まずはアイリーンのとこで……」

 違うぞ、バカアキト。と、真鈴は僕のお腹を突っついてそう言った。

 違うって……ああ、そっかそっか。まず最初は……

「……ここ。この世界。その次にアーヴィン……アギトのいる世界。それからマーリンさんに送り出されて……」

 アイリーンとはそこそこ話をした。でも、他の人とはあんまり話せなかった。

 もっと早くに立ち直れてたらな……もっともっとみんなに信用して貰えただろうにな。

 原初の世界では、誰かと関わった……と言えるほど仲良くなった相手はいなかった。でも、村の人達とはそれなりに交流もあった。

 文字は……あの世界の外のものを幾つも幾つも目にした。もっとも、どれも読めやしなかったけど。

 ひとつ目の世界での反省を活かして、エヴァンスさんとは凄く仲良しになった。

 いいや、エヴァンスさんだけじゃない。行く先々で街の人とそれなりに仲良くなった。なったけど……っ。

 ひとまず、ここでは言葉も文字も沢山使った……話したし聞いたし読んだ。

「魔女の世界では文字は見てない。神様の村でもそう。でも、どっちでも話し相手はいた。

 最後の世界……あそこは今までで一番文明的だったから、いっぱい話をしたし文字も目にした」

「そうだね。じゃあ……もう一度初めからなぞってごらん。その中に、君が最初から知っていた文字、言葉、意味のある音はあったか、と」

 そんなのあるわけないよ。思い出すまでもない。

 一番分かりやすい話でいけば、モノドロイドなんて単語をあそこ以外で耳にした覚えがない。

 それが一桁を表すとか、機械人形を表すとか、街の仕組みを表すとか。

 造語としてどこかに落ちている可能性はあっても、あの世界のあの言葉としてのモノドロイドは他では絶対に聞いたことなんてない。あるわけないんだ。

「そう、そこだ。君にとって、行く先々の言葉——それこそ僕達が普段使っている言葉も含めて、その全ては根本的に意味を知らないものな筈だった。

 けれど、それでは生活が行き詰まる。

 その為に適応を——矯正を施して、被召喚者に言語の認知を与える。

 これが召喚術式における適応の根本。今回の邪魔者なわけだ」

「……? あの……それが無かったら困るんだから、邪魔者どころか良いやつでは……? と言うか、それが邪魔な理由を説明して貰う流れだったのでは……?」

 もうちょっとだけ待ちたまえ。意外とせっかちだね。なんて真鈴はため息をついて……いや、ため息はこっちがつきたい。いつもいつも勿体付けよって。

「魔術とは——魔術式、言霊とは、魔力に対する命令式だ。

 それは当然、この世界の言語で——この世界に存在する音で、意味でなければ成されない。

 しかし、アキト。いいや——アギト。今まで過ごしてきた全ての世界で、君の耳にはどんな言葉が飛び込んで来た。

 そして、理解出来なかった文字はどのように映った。

 君が普段ミラちゃんと交わす言葉と、魔術式として唱えられる言霊とに、本当に差異は無かったかい?」

「……? え……っと……? 僕の……いや、俺の耳には……」

 聞いてた言葉は……言葉だ。うん、言葉……理解出来る、意味が分かる、意思疎通の図れる言語だ。それ以外のなんでも————

「——それは君の知る言語ではない筈だった。けれど、君はそれを理解した。

 君が知る言葉であるかのように——いいや、違う。この世界で使われる言葉として君の耳に届いた筈だ。

 でなければ拗れる、前に進まない。

 君は決して、向こうの言語を把握したわけではなかっただろう。

 それに紐着く意味のこちらの言葉として受け取っただけで、決してあの世界の——あらゆる世界の言語を話せるようになったわけではなかった筈だ」

「……それ……は……っ! そっか……そうか! だから……だから言霊は知らない単語だったんだ。

 だからあの時、ポストロイドについての説明に穴を感じたんだ。

 こっちに無い言葉は変換されないから——他の言葉は日本語に勝手に変換されてたから——」

 問題はそこにある。真鈴はそう言って、そして未来と一緒になって険しい表情を浮かべる。問題……が、ここに……?

「——当然、僕達は僕達の知る言葉を口にしているに過ぎない。

 この瞬間にも、僕は向こうでの言葉——君の知らない、本来の向こうの言語を口にしているに過ぎない。

 それでは魔術は発動しない、命令式は起動しない。

 故に——僕達は言葉を学ぶ必要がある。

 強制的に変換される言葉を、文字を、無理矢理引き剥がして、ひとつひとつを解明していかなくちゃならないんだ」

「……そ、そんな話だったんだ……っ。お、思ったより真面目な話……だったら尚更お腹の上でしないでよ! もっと真面目な顔で真面目な場で、真面目な空気の中でやってよ!」

 今はどうでもいいだろ! そんなの! と、怒られたが……どうでもよくないよ!

 思ったより大ごとだった。思ったより高そうな壁だった。

 それを……それをあんな間抜けな場で、僕に頼ろうともせずするのはやめてって言ってんだ。

 この世界の言葉なら一番分かってるんだから、この三人の中なら。もっと頼ってよ。

「うぐぐ……そうと決まったらこうしちゃいられない。なんか……なんかイマイチ何をどうしたら良いのかは分かんないけど、すっごいめんどくさそうな、大変そうな話なのは分かった。すぐにご飯作るから、食べたら図書館行こうな」

「そう言ってるじゃないの……はあ。なんだか変なやる気出てるけど……まあ、アンタはそれがらしいからいいか」

 うおお! なんか……こう……本当に何がどうとかは分かんない。でも、一個だけは理解した。

 魔術が無いと、魔獣を探せない。

 魔術を手に入れるには、言葉の勉強をしなくちゃならない。

 その為には、僕達を助けてくれてる適応を上手く退かさなくちゃならない。

 そして、それがめっちゃ大変そう——つまり、時間が掛かりそうというのだけは理解した。

 じゃあ急ぐよ! 待ってて、すぐご飯作る!

 回鍋肉ホイコーローね、今日は! 辛いの大丈夫? 僕はあんまり得意じゃない! ピーマンも好き嫌いせずに食べるんだよ!


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