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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百三十三話【僕の所為らしい】


 君の所為だよ——。マーリンさんはその言葉を、いつも凄く嬉しそうな顔で——けれどどこか寂しそうな顔で、優しい声でそう言うのだ。真鈴もそれは同じ。

 未来が魔術を使えないのは君の所為だ……と、なんとなくホッとした顔でそう言った。

「魔術の発動に必要なのは、まず前提として術のイメージ……何をしたいか。

 そしてそれを実現させる為に、各属性の魔力を、過不足無く練り合わせる。

 そうして練られた魔力を、式——言霊や陣を介して術として結実させる。絵を描くのとなんら変わらない」

 完成のイメージを浮かべ、顔料を練り合わせ、幾重にも線を重ねていく。真鈴は指で空に何かを描きながらそう言った。

 うん、それは知ってる、と言うか聞いてる。聞いてるけど……

「えっと……その説明が入ったってことは、今までとは違う原因で魔術が使えなくなった……みたいな?」

「おやおや、察しが良いね。むむ……ちょっとだけからかい甲斐が無いなぁ。その方が話は早いんだけどさ」

 ちょっと、それどういうこと。

 いつもいつも察しが悪いだの鈍いだのバカアギトだのと文句を言うくせに、珍しく正解を引き当てるとそれはそれで文句を言われる。

 もうあれだな、この人はとにかく僕をからかいたいだけなんだな。いいけど、別に。

「その通り、今回は今までに一度も起こったことのない異変が未来ちゃんの身に起こっている。

 身体が変わったことは問題じゃない。それは今までの召喚もそうだったわけだからね。

 問題なのは……やはり君の存在だ、アキト」

「僕の……うーん……僕がいったいどう作用したら……」

 まったく身に覚えが無い。無いどころの騒ぎじゃない。

 僕の所為で……きっと良い意味でこの言葉を真鈴は使ってるのだろうけど、それだとなおさら分からない。

 僕が使うなって脅したから未来がびびってる……ってなら、未来の性格と根性を抜きにすればまだ分かる。結局分からんって話なんだけど。

「いつかミラちゃんの身に起こった異変……レヴちゃんに起因する異変は、発端であるイメージを浮かべられなくなることだった。

 培った力を心が否定してしまい、それを実現しようという意思を挫かれていた。

 僕が初めて出会った時のミラちゃんは、そういう理由で魔術を使えなかったわけだ」

 それと、記憶を失っていた時にも似たことは起こっていたよね。と、真鈴はちょっとだけ申し訳無さそうに未来をぎゅーっと抱き締めてそう言った。つらい話ばかりでごめんね、かな?

 未来はそんなのお構いなしと言うか、これっぽっちも気にしてないと言うか、嬉しそうに楽しそうにむぎゅーっと真鈴に頬を寄せていた。かわいいね、君達は本当に。

「あの時は魔力を練り上げられなかった。三度目の召喚——魔女の世界への渡航の後だったね、あれは。

 かつて勇者として栄光を手にした自分、記録の中にあるレヴという自分。そして、異世界で目にした魔女という究極の魔術使い。

 イメージばかりが大きくなり過ぎて、自信の無かったミラちゃんは、それを前に萎縮してしまっていたんだ。

 自分の持つちっぽけな魔力では、到底及ばない……と」

「そっか……あの時アイツ、そんなこと考えてたんだな……」

 発端はどっちもレヴ——自分が持ってる筈だった大きな力なのに、違う原因で魔術が使えなくなってたんだな。

 それにしても……そっか。あの時のミラちゃんはそんなに苦しんでたんだな。と、未来をじっと見ていると、真鈴はあげないよ。と、そう言わんばかりにぎゅっと抱き締めてこっちを睨み返す始末。こいつ……人の心配をなんだと……

「……えっと、じゃあ今回は……イメージでもない、魔力でもない問題。式に問題が発生した……ってこと?」

「そうなるね。起こってみれば当然の異変だったんだけど、今までそんなのあり得なかったからさ。もうちょっと対処には時間が掛かりそうだ」

 ふむふむ、しばらくは魔術無しでやってかなきゃならない……と。

 いやいや、そもそも魔術は禁止だって……ああ、探知の為に必要なんだっけ。って、それは分かったんだってば。

 こう……あれよ。マーリンさんの所為だよ? 前の僕ならここで満足して、ほーん、大変やね。で、終わってたのに!

 式に異変が起こってる原因を知りたくなるじゃないか! そういう風に育てられたんだから!

「ごほん。端的に言うと、式が全て壊れてしまっているんだ。

 ミラちゃんは陣に頼った魔術式をほとんど使わなかったからね、それが少し響いてる。

 未来ちゃんが持ち込んだ魔術式——言霊は、この世界ではまったく機能しないんだ」

「言霊が……だから! 勿体付ける癖! 治して! 気になるから! 早く!」

 それは分かったんだってば! と、僕が急かすと、真鈴は大変満足そうな顔でけたけた笑っていた。こいつ!

 でもすぐに、いいや、君は分かっていない。と、不敵な笑みを浮かべてそう言い放つ。

 いや……だから、言霊……式がおかしいのは分かって……

「——アキト——いいや、アギト。君もかつて、魔具を使用したことはあるね。それに、僕が託した強化魔術を起動したこともある。

 そんな君に質問だ。それらの言霊は、果たしてこの世界でどんな意味を持つのかな?」

「……? どんな……って……こう……魔術を起動する為の……」

 ぶっぶー。と、真鈴は口を尖らせ、人差し指で顔の前にバッテンを作ってそう言った。

 な、なんだよ……腹立たしいけどかわいいな。

 いや、言霊なんだから魔術を使う為の式に決まってるだろ。さっきそう説明してたじゃないか。

「もっとシンプルに物ごとを考えたまえ。かつて君が口にしたその言霊は、果たしてどんな意味の言葉だった?

 もっと言えば、どんな意味の単語を連ねたものだった?

 音は? 字は? そしてそれらは、君のよく知るこの生活の中で、果たしてどんな意味を持つものだった?」

「シンプルに……意味……? そりゃあ……えーと……魔弾は……っ!」

 バラッド・ヴォルテガ。かつて僕が口にした言霊には、これと言って思い当たる意味なんて無かった。

 いいや、あるんだ。ちゃんと意味はある。けれど……

「そうだ。その言葉はこの世界には存在しない。故に、それらによって紡がれた言霊にも意味は無い。

 召喚に際して適応を済ませているからね、いつも。こんな当たり前のことをうっかりしてしまったよ。

 まったく別の世界なんだ、言葉が同じ道理が無い」

「そ……そっか! いや……いやいや! 待って! でも……でも! 今までは使えてた! ミラは今まで、どの世界に行っても魔術を使ってたよ⁉︎ それがどうしてここへ来て——」

 だから、君の所為だって言ってるじゃないか。真鈴は優しく——また、優しくそう言って笑った。

 子供の顔になったってのに、どこか大人びた笑みだった。

 僕の……所為……? 僕にはまだその意味が分からない。

 分からないから……分からないなら、教えて貰うしかない。

「——君がいる——。最終解はこの一点に尽きるだろう。

 この世界の言語を把握し、使役する君——アキト。

 そして同時に、向こうの世界で多くの言霊を耳にして、目で見て、理解した君——アギト。

 ふたつが内在する君という特異点がそうさせてるんだ」

 君が耳にしたことのある言霊は全て、この世界にも存在する。

 君が耳にしたことのある言葉は全て、この世界にも存在する。

 故に——意味も持たずに音だけを手に入れた言霊は、適応によって書き換えられることなく、無意味な音として成立してしまった。

 真鈴はそう続けて……ん……んん? ちょっと……ちょっと待ってね、理解に時間が掛かるお年頃。

 えーと……? 僕が聞いたことのある……?

「簡単に考えなよ。君は知ってるんだ、ドラーフ・ヴォルテガという言葉が、この世界ではなんの意味も持たない音の羅列だってことを。

 故に、そう成り立った。

 僕達は君との縁によってこの世界に結び付けられてるからね、君が否定してしまったら当然それに従わざるを得ない」

「……うえぇえっ⁈ お、思ったより僕の所為だった⁉︎ ごめん未来! 僕がなんか……なんか……もうちょい上手いことやってたら⁉︎」

 何をパニックになってんのよ……って、未来は慌てる僕を凄く冷めた目で見ていた。だ、だだだだだって!

「ぼ、僕がそれを受け入れていれば……? なんか……こう……? その……良い感じだったら! 魔術……使えてたんだろ……?」

「……そうね。もしもアンタがこっちで魔術を発露させていたら——向こうの言葉に意味を持たせられていたら、問題無く発動出来たでしょう。で……? それ、アンタに出来ると思う?」

 ひどぉいっ⁈ 想像以上にバッサリ切り捨てるなお前は⁉︎

 だってだってと狼狽える僕を前に、ふたりは……なんだかいつもお馴染みだけど、大きなため息をついて頭を抱えてしまった。むぐぅ……ごめんなさいぃ……

「はあ。大バカアギトの大バカアキトだ。

 それはね、人間には出来ないんだよ。世界の成り立ちを一から揺るがす暴挙だ、そんな真似がたったひとりの人間に出来てたまるか」

「このバカアギト、んでもってバカアキト。弁えなさい。

 この問題はアンタがどれだけヘボでも、どれだけ凄くても関係無いのよ。

 もっとも、魔術の言霊を一音も覚えられないくらいのヘボだったら話は別だけど。

 でも、そんなんじゃとっくに死んでるわよ、あの旅の中で」

 そ、そうなの……? なんだか酷いこと言われてる気もするけど……その、僕じゃどうしようも出来ない問題だった……ってことなのかな?

 で、でも……うう……原因が僕にあると言われると気にしてしまうんだよぅ。小心者なんだよぉ……

「……この問題は、君がいるから起こったんだ。

 君がかつての旅を、もうひとつの生活を、僕達を大切に思ってくれているからこそ——あの世界もまた君にとっての当たり前だからこそ、ふたつは混ぜこぜにならずに分離している。

 僕としては嬉しい限りだよ」

 真鈴はそう言うと僕の肩を叩いて、そして悪戯っぽい笑い方をしてそのまま押し倒そうとしてきた。

 でも……体重差がね。ぐいーとのしかかってもびくともしない僕を見て、物凄く拗ねた顔で……ちょっと? 何するつもり?

 待ちなさい、未来まで一緒になって何するつもりだ⁈ むぐぇっ⁈

「ちょっ……重……くはないけど、お腹の上は苦しいから。ふたり乗りは禁止だって……ぐえっ」

「あははっ。ありがとう、アキト。心の底から感謝しているよ。

 君はあの絶望を味わったにも関わらず、僕達を否定せずに思い出として残し続けてくれていた。

 そのおかげで再召喚も叶ったし、それにこうしてまたみんなで笑っていられる。

 魔術の不具合は、君が僕達と僕達の世界を愛してくれていた証拠なんだよ」

 それとお腹の上に乗っかるのは違わない⁈

 ふたり掛かりで……それもまあまあパワフルな未来も加わっては流石にひっくり返されてしまって、お腹の上を占拠されてしまった。

 二児のパパになった気分。いや……世のお父さん方は凄いね。

 それはそれとして対策を考えないとね。なんて真鈴が真面目な顔で言い出したもんだから、僕のお腹の上で術師ふたりによる作戦会議が始まってしまった。

 ちょっ、降りて。お腹は流石に苦しい。降りてって……ぐえっ⁈

 わざとだろ! 未来! お前わざと弱いとこに体重掛けてるだろ! おい!


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