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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百二十九話【やっぱり寝子】


「——わぁ——っ! っっ——っっっ!」

「お、おう……そうだ、静かにな。嬉しいのは分かったから、その調子で静かにな」

 目的地は此処だよ。と、僕はかつて二度訪れた猫カフェにふたりを案内した。

 お店に入るとすぐにスタッフさんから説明があって、怯えさせないように静かにねなんて注意もされて。

 そして未来はその注意を全力で守って、全力で目を輝かせて喜んで。

「アキト、ここはなんなの? 猫の……?」

「えーと……ほら、さっきもちょっと言っただろ。

 マンションなんかはペット飼えない所多くてさ。飼えない代わりに、こういう場所で触れ合おう……みたいな」

 辿々しい僕の説明に、未来は首を傾げてしまった。

 いや……うん、これも説明しとかないとだった。

 いるんだ、当たり前に。犬やら猫やらイノシシやら猿やらなんやら、あっちでは野生の動物が当たり前にいるんだ。

 だから、飼えないからってわざわざこんな場所に集める必要は無い……と、多分未来はそう考えて、この場所に疑問を抱いている。むむ……なんと説明したものか……

「……そもそも、野生動物は人間と触れ合わない。しかし、愛玩動物を飼育するにも、それなりの知識と手間と経済力が必要になる。

 なるほど、ここは飼育の代行……いいや、それとも違う。

 飼育され人に慣れさせられた猫達を、誰でも触れ合えるように解放している……と。ふむ」

「……? 真鈴? どうしたの、そんな……」

 なんだかしたり顔で話に入って来たのは、フロアに入ってからずっと僕の後ろにへばり付いていた真鈴だった。

 ど、どうしたの……? 猫嫌い? いや、そんなわけない。だってミラがもう猫みたいなもんだもん。

 ミラが好きなら自ずと猫ちゃんだって……

「……いやね……その……ほら、前に話したことがあっただろう。僕は山で育ったんだ。

 だから……ひいっ⁈ や、野犬や山猫に追い回されたことが……ひゃぁっ⁈ 何度もあってね……」

「な、なるほど、それで…………? あれ? でも、ティーダとは普通に接して……」

 あっちでなら身体が大きいからだよ! と、真鈴はちょっとだけ涙を浮かべて、次は未来のところへと逃げ込んだ。

 でも……残念、そこが一番危ないのだ。未来は動物に懐かれやすくてな。

 その……本人が野生動物に近いからなのか、ティーダにもフィーネやザックにもすぐに懐かれてた。

 だから……すぐに猫に取り囲まれて、真鈴は半べそになってまた僕の方へと逃げて来てしまった。

「身体が小さくなって、目線が近くなって、子供の頃の恐怖心が蘇ってしまったんだよぅ……っ。あ、アキト……申し訳ないけどしばらく避難させておくれ……」

「ちょっ……登るな登るな、僕は止まり木じゃない。

 大丈夫だって、おとなしい子ばっかりだから。刺激しなければ噛まないし引っ掻かないよ」

 そういう問題じゃないんだよぉ。と、弱々しい姿を見るに、どうやら本当に怖がってるらしい。

 うーん……ちょっとだけ可哀想なことしたな。

 ティーダともそれなりに仲良くしてたし、そもそもフクロウまみれになって生活してるし、動物は好きかなぁ……って思ってたんだけど。まさかこんな裏目があるとは。

「じゃあしばらくおぶってやるから、そこからなら怖くないだろ? 動物嫌いなわけじゃないんだし、慣れたらきっと楽しいだろうしさ」

「う、うん……くっ、まさか君におぶられて、こんな小さな生き物から逃げるなんてね……っ」

 何に悔しがってんの。

 しかしなんていうか……意外……うん、意外。

 マーリンさんには怖いものなんて無い……とまで言うつもりは無かったけど、それでもここまで明確な相手に怯えてるのは珍しい。

 魔獣にも魔王にも、それに過去に因縁があった筈の魔女相手にも勇敢に立ち向かう人なのに。

「まさか猫に弱いなんて。魔獣を怖がらないくせに、猫には怯えるっていったいどういう……」

「……? 何を言ってるんだ君は。怖いよ、魔獣の方が。あんな化け物、怖くないわけないだろう」

……え? 怖い……の?

 いつもはミラがくっ付いてたあたりにしがみ付いてる真鈴に、僕はつい問い掛けてしまった。

 真鈴も……マーリンさんも魔獣が怖いの……?

「当たり前だよ、僕だってミラちゃんだって魔獣は怖い。アレを怖くないだなんて言うのは、それこそ頭のおかしい奴だけだ。

 ゴートマン……レイガスだって、魔獣を恐れただろう。でなくちゃわざわざ造ったりしない」

 怖いから、強いから魔竜なんてものを造ったんだ。

 真鈴はそう言うと僕の耳を引っ張って、そして出来るだけ猫の群れから逃げろと……な、なんか猫めっちゃ集まって来てる……。かわわわ……

「そうだね……バカ王やマグル、それにフリードは魔獣を恐れないかもね。うん、見事にイカれたやつばかりだ。

 まったく、君って子は。確かに僕は君の臆病さを勇者の資質だと言ったが、しかし他の誰もがそれを持ってないとは言ってないだろう」

「そ、そう言われても……。でも……そっか。マーリンさんでも魔獣は怖かったんですね」

 怖くて……でも、あんなに真っ直ぐ立って戦ってたんだ。

 そっか……え? じゃあ……めっちゃへっぴり腰だった僕って何?

 みんな怖い、僕も怖い。でも、みんなは真っ直ぐ前向いてて、僕だけめっちゃ逃げ腰だった。

 え? 何? なんなの? 僕どんだけ怖がりなの?

「怖いもの、危ないものから逃げるのも勇気だよ。見栄やプライドがあるからね、誰にだって。

 それを投げ出してでも逃げられる……逃げようと提案出来る。君にはそういう役割を求めた。

 もっとも、最後の最後まで君は逃げなかったけどね。

 魔獣も、魔竜も、魔王も、魔女も。何を前にしても、君は結局逃げ出さなかった」

 い、いや……逃げるだけの余裕も無かっただけなんだけどな……

 でも、ちょっとだけ評価が上がったっぽいからヨシとしよう。

 しかしそれにしても……な、なんかさっきから猫ちゃんがめちゃめちゃ集まって来るな。

 おやつは持ってないよ……? もしかして、未来になんか細工されたか? 背中におもちゃ貼り付けられたとか。

「……そうだ、伝え忘れていた。この身体はただの人間だけど、しかし魂の匂い……在り方については魔女のまま——獣寄りのままだ。

 簡単に言うと……動物に凄く興味を持たれやすい。そういうわけだ、張り切って逃げてくれたまえ」

「いや、張り切ってまで逃げなくても————でっ⁈ おっ⁈ おおっ⁈ どぉおおおっ⁉︎」

 猫ちゃんが足を登って来た⁈ それも一匹二匹じゃない、真鈴目掛けて猫まっしぐらだ⁉︎

 ちょっ、これは聞いてない! 流石に怖い! 怖い! こわ……怖くないな、別に。

 でへへ……ちっちゃいのがいっぱい登ってくる。

 爪が痛いけど、ミラに噛まれてるよりは痛くないし。

 ちっちゃいもふもふが……猫ちゃんがたくさん……

「でへ……お、重い……っ。さ、流石にいっぱい飛び付かれ過ぎてる……い、一回座っても良い? 良いよね? 座るね?」

「座——バカアキト! 座るな! 地面に僕を近付けるな! ひぃっ⁉︎ 登って来た! 登って来たよ! ミライちゃん! 助けて! ミライちゃんっ!」

 そ、そんな悲鳴あげなくても。

 真鈴はなんだか青い顔で縮こまっているのだが……猫ちゃんはすんすんと匂いを嗅ぎながら様子を窺っているだけ。

 なんならごろごろ喉鳴らして……えへへ、かわいい。

 っと、そうだ。真鈴のSOSがあったんだ、未来が駆け付けてもおかしくない。事情を説明して大人しくさせないと。

「……? あれ、未来……っ⁈ 未来……お前、やっぱり……」

 騒いだら猫ちゃん驚かせちゃう。それはダメだ。と、慌てて未来を探すと、窓際で猫と一緒に寝転んでる姿を発見した。

 もしかして……マーリンさんにめっちゃ懐いてるの、そういうこと?

 お前も猫とか犬みたいなもんだから、マーリンさんの動物に好かれやすいって特性に惹かれて……?

「……なんか、思ってたのと違うけど……楽しそうだから良いか」

「良くない……良くないよぅ……助けてってば、アキト……っ」

 ぴぃ。と、情けなく泣いているのは、猫に取り囲まれて舐め回されてる真鈴だった。

 噛まれたよう、痛いよう。と、情けない声をあげているのだが……舐められてるだけだよ。

 猫って舌ザラザラしてるからね、確かにちょっと痛痒いよね。

「これだけ優しく触れ合ってこれだと、流石に今日中に克服は酷か。

 ほら、真鈴。またおぶってやるから。あんまり怯えると逆に可哀想だぞ、猫ちゃん」

「君は僕より猫を取るのかっ。うう……そこら中微妙にヒリヒリするよぅ……」

 子供は皮膚薄いからね。

 しかし、おぶってもよじ登られてしまうのでは逃しようもない。

 かと言って、登ってくる猫ちゃんを振り払うわけにもいかない。かわいそうだし。

 うーん……となると、どうするのが正解?

 おやつで釣る……のは無理だろう。だって、他におやつ持ってるお客さんたくさんいるもん。それでも真鈴が一番人気だもん。

「……しょうがない、唯一猫がおとなしくしてるとこへ行こう。これでダメなら……今日は残念だけど早めに切り上げよう」

 せっかくの猫ちゃんだけど、真鈴を怖がらせちゃ意味無いしね。

 そういうわけで、どうしても猫ちゃんに癒されたい僕としては、縋る思いで未来のそばまで逃げて来た。

 多分……だけど、猫ちゃんも釣られて眠くなるのだ。

 同種が寝てたら寝たくなるんだろう、知らんけど。

 ほぼ完全にでっかい猫と化した未来の近くに逃げ込んで、僕は猫にベッドにされて、ファンシーなひと時を過ごすのだった。もこもこ……


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