第三百二十八話【例外的にいつも混んでる場所】
駅に入ると、流石に日曜日だけあって人でごった返して……はいなかったけど、それでもかなりの混みようだった。
かつて王都で見た駅の光景と近しい……うん、近しい止まり。田舎じゃ王都は越えられなかったよ……っ。
でも、こんな静かな町にアレだけの熱量があるのだ。当然、ふたりの反応は……
「おお……この町にはこんなにも人がいたんだね。これなら納得だよ、お店の在庫量にも」
「相変わらず可愛くないリアクション……」
……随分冷めた、可愛げもへったくれもないものだった。
これだけの人がどこに居たのか。当然、家屋に潜んでいたんだろう。
しかしそうなると、やはりと言うか、家の中で時間を潰す手段を持っている筈だ。
その中には仕事——労働も含まれるのだろう。
なんてぶつくさ言い始めた真鈴を他所に、未来は未来で興味深そうにすれ違う人を観察している。こらこら、あんまりジロジロ見ないの。
「なんか……おもてたんとちがう。もっとこう、広いとか凄いとか……」
「王都の駅の方が広かったし、人も多かったじゃない。でもそうね、この明るさは凄いと思うわ。屋根があるってのに、外より明るいくらいじゃない」
なんか上から来るな、お前も。なんなんだ、王都贔屓か。
まあ……その……ええ、王都の方が人が多かった気はします。でもそれは人口密度の話だ。
現代の駅は地下もあるし二階もあるからね、分散してるだけだもの。
あっちの駅の方が広かった……ってのも、厳密には勘違い。
改札も、券売機も、お店も案内板も自販機も無かったが故の広々空間だ。建物自体はこっちの方が大きい……筈。
「ふむ……じゃあ僕達は列車に乗るのかな? 汽車……ではないんだろう。ここへ来るまでに煙を吐く姿を目にしていない。音だって聞こえない。となると……」
「別の動力……うーん。ポストロイドの時みたいに、私達は聞き取れない……なんてものじゃないと良いけど」
それは大丈夫……だと思う。
電気——雷はあっちにもしっかり存在する、それは未来が嫌というほど証明してくれてるしな。
問題があるとしたら……なんだろう、他の人の迷惑かな。
僕が電車に乗る時って大体平日だったから、こんなに混んでるのは久しぶりだよ。
「ほら、ふたりとも行くよ。っとと、まずは切符買って……未来、行くよ。未来。未来ってば」
道行く人のお土産に気を取られないで。
違うから、ビニール袋=食べ物が入ってるじゃないから。半分くらいはそうだけど、違う時もあるから。
ホームに降りれば、流石にふたりとも目を丸くして、そこにあるあらゆるものが向こうとは違うのだと興奮していた。
端のホームから見えるだけでも……いや、未来なら全部見えてるんだろう。
そもそも線路の本数が違う。この時点で、駅としての機能が大幅に向上されているのは理解しただろう。
それに加えて、やかましいくらいの案内放送。DVDプレイヤーともまた違う電光掲示板。いろんなものに目を奪われて……
「未来! 未来ってば! 勝手に行っちゃダメ……真鈴! 止まんないで! 真鈴ってば……あっ、すみません。未来! 真鈴!」
保護者が大変だよこれ!
しかしふたりの反応は、全く同じ方を向いているのに、全く違うものになっている。これはふたりの性格の違いだろうか。
未来は面白そうなものを探しにフラフラとどこかへ行ってしまうし、真鈴は何か見る度にこれはなんだろうと立ち止まって思考を巡らせる。
どっちも素晴らしい探究心、好奇心だとは思うけど……どっちかに合わせてくれ!
止まるか進むかどっちかに……止まれ! やっぱり未来が止まれ! 戻って来い!
少ししてやって来た電車に乗り込むと、ふたりの大興奮はようやく収まった。
いや、治らない事情があったから、それどころじゃなくなった……が正解。いえ、何が治らないかっていうと……
「うう……あ、頭痛い……気持ち悪い……」
「だ、大丈夫? アンタ、乗り物苦手だったのね。ほら、水飲みなさい」
僕の乗り物酔いですぅ……うう。自分が乗り物酔いしやすいことも忘れてたよ、久しぶり過ぎて。
「……ふむ。アキト、それは君だけの特性……いや、性質……いやいや。体質かな? 向こうではあまり見受けられなかったけど」
「ぜえ……ぜえ……こひゅー……は、はい? ええ、ああ……うん、そうだよ。多分、僕だけの……」
馬車にも乗った、汽車にも乗った、ザックにも乗った。それでも、気持ち悪いだなんて言ったことはほとんど無かった。船酔いはしたけど。
アギトの方が健康体だからかな……と、思わなくもない。
あれ、でも子供の頃からだな、乗り物酔いは。じゃあ……ひ弱な現代っ子だから……とか。
「……レア=ハークスによるギフトか、はたまた偶然か。それとも、そもそもとして同じ体質で造られていないのか。
随分知ったつもりになってた筈が、まさかここへ来て新しい疑問が次々に浮かび上がるとはね」
「……な、なんか……ひゅぅ……言葉の割には……ぜひぃ……た、楽しそうで……こひぃ……」
深呼吸したまえ。と、未来にも真鈴にも背中を撫でられて、なんだか……ま、周りの目が痛い……っ。子供にあやされてどうする。
しかし体調には抗えない。生きるか死ぬか……なんて大袈裟な言葉は、このふたりがいる場面ではちょっと使いにくいな。
でも、そのくらいギリギリを生き抜いて、僕達は無事に目的地……の猫カフェの最寄駅に到着した。と、遠かった……
「ふひぃ……さてと、それじゃあ行くぞ。未来は勝手にひとりで進まない。真鈴は気になるものがあったらまず僕達に声を掛ける。
術師の非常識さはこっちでもしっかり非常識だから、各々気を付けるように」
はーい。なんてふたりして返事して、そして……未来は道も知らないくせにさっさと進み始めて、真鈴は送迎用のバスを興味深そうに立ち止まって眺めていた。
返事だけか! 戻って来い! 付いて来い! 言うことを聞きなさい!
折衷案(?)として、僕は未来と真鈴に手を繋がせることにした。
これならどちらかがどちらかを見張れるし、僕としても両方いっぺんに相手出来てかなり楽になる。手を離してバラバラになる可能性は低い。
何故なら、ふたりともお互いが大好きだから。
クソ暑い中でもべったりくっ付いてるくらいだ、こうなったらなかなか離れまい。
「それで、これから僕達はどこへ連れて行かれるのかな?
つまらないところ……なんて、この世界にはまだ無いだろう。
退屈だと感じるにはまだまだ経験が足りない、あらゆるものが新鮮だ。
けれど……その中でも、きちんと興味を惹かれる……ごほん。調査になり得る場所へと案内して欲しいところだ」
「……別に、今はその建前いらないでしょうに。そりゃ調査は大事だけど」
まずは何より楽しんで貰わないと。
この世界は良いとこだったと、終わってからふたりにはそう言って貰う必要がある。
なんたって僕が生きてて僕が案内してる町なんだ、今までの世界の方が楽しかっただなんて言わせるもんか。
行き先はまだ内緒と言えば、それは楽しみだと真鈴は目をキラキラさせた。
こういうサプライズ、自分が好きだから他人にもやってたんだな、マーリンさん。
「自分で見て、それで答えを出す。合ってるか間違ってるかは後で確かめたら良い。かつての旅でそう教えたように、ここでは僕がそれをなぞろう。
うーん……そうだなぁ。アギトの性格、そしてアキトの性格。これまでに見せて貰ったもの。
むむむ……難しいね、全然予想が付かないや」
「そうね……ご飯……は、さっき食べたから、もうちょっと後でしょうし。うーん……」
コンビニ、学校、服屋。これまでに見たものを思い出しながら、今から案内される場所を特定しようとするふたり……だが、流石にそこから猫カフェには辿り着けないと思う。
ごめん、僕も見せる順番に意図とか無いから、本当に思い付いた順に連れてってるだけだから。
「……案外昔の旅路をなぞっている……なんてことはあるかな? そうなると……アーヴィンを出て最初に向かった街は……」
「……クリフィア……? そうなると……魔術は無い……だとしたら……魔獣……魔術翁……おじいさん……動物!」
えっ、怖。なんで半分当てた? しかもそんな意図無いよ、僕に。怖。
あと、あんな物騒過ぎる街こっちには無いから。無法地帯だったからな、あそこ。
治外法権とかじゃない、もはや法なんて存在すらしてなかった。あんなの引き合いに出すのやめて。
ノーマンさんと……一応、ルーヴィモンド翁のことは尊敬してるけど、その他大勢の大馬鹿野郎どもは別だよ。
マグルさんも当然その大馬鹿野郎に含みますぅー、全然まともじゃないですぅー。
揃いも揃ってロクでもない奴らだったよ。
「動物……か。向こうでもペットを飼育する文化はある、もしかして今日はそういうお店に行くのかな?
或いは、ザックもフィーネもいなくなった僕を哀れんで、代わりのフクロウを買い与えてくれるとか」
「いや、流石にペットは買わないよ、飼えないし。そもそもペット禁止だと思うし、あのマンション」
うーん……変に半分当てられちゃった所為でワクワク感減るかな。
それでも猫ちゃんは強いから、みんな大好きだから。たとえネタバレされてたとしても癒してくれるだろう。
そんな過剰な期待とワクワク感を持って、僕は以前にも訪れた猫カフェへとふたりを案内する。
もしかしたら混んでるかな……日曜日だし……




