第三百二十七話【現代っ子を満喫せよ】
徒歩十分の服屋に着けば、未来も真鈴も目をキラキラさせてその光景を楽しんでいた。
そもそも……の話なんだけど。この現代に比べて、向こうは照明が弱い。
それは必然と言うか、技術的なものなので仕方がない。
ないけど……やっぱり明るい方が綺麗だからね。そして……
「す……凄いね、ここも。全く驚かされるばかりだ。この街、いったいどれだけの人が住んでるんだい……?」
「田舎なんでそんなに多いわけじゃないけど……どうだろう。王都より多いのかな?」
お店の広さにまずふたりは驚いて、そしてそれが衣類を陳列する為だけに使われているという事実に更に驚いて。
需要があるから大きくなる……と、あっちでならそう考えるのが自然。いや、ここでも同じだけど。
ただ向こうとは、多様性と言うか、服の種類……文化の発達具合が違うから。
色んな需要を満たす為に広げられたお店は、頼まれてから服を作る向こうのお店よりもずっと広い。
「……ふふ……うふふ……ぐふふふ。なんか……こういうの、結構久しぶりだな」
「……? 私達が驚いてるとこ、そんなに見たかったの? と言うか、こっち来てからは大体どこ行っても……」
違う違う、それもあるけど今はそこじゃない。
未来も真鈴も嬉しそうにそわそわしていて、やっぱり女の子だしおしゃれ好きなんだなぁ……なんて。こういう感慨が久しぶりだなぁ、って。
「うふふ……旅してた時にもあっただろ、服買いに行ったこと。
その時お前がさ、これはアギトに選んで貰ったものだから変えたくない……って、上着買うの渋ったの覚えてるか?
それが……でへへ。嬉しくて嬉しくて仕方がなかったんだよなぁって……」
「っ! い——いつの話してんのよ! このバカアキト!」
痛い痛い、叩くな叩くな。
未来は顔を真っ赤にして僕のお腹を叩き、そしてひとりでぴゅーと逃げるようにお店の奥まで行ってしまった。うふふ……かわいいなぁ、未来は。
「……反抗期反抗期と思ってたけど、思えばずーっとあのシャツ着てたもんな。なんだかんだ嫌われてはないんだな、って思えば……うふふ」
「何言ってるんだよ、君は。あの子が君を嫌うわけがないだろう。君以上に、そして君が思っている以上に、あの子は君のことが大好きだよ」
え、遺憾。僕の方がアイツのこと大好きだが?
まあ世界一……あらゆる世界で一番仲良しな兄妹だからね。
はたから見たらどっちが上とか分かんないんだろう、好き過ぎて。うんうん、仕方ない仕方ない。
「真鈴も好きに見て良いよ。とりあえず生活に必要な分は揃えちゃおう。おしゃれなやつとかはまた他のお店も見てから買えば良いしさ」
「ふふ、なんだか頼もしいことを言うね。君、こっちだと意外とお金持ちなのかい? この国の相場を知らないからなんと言っても……なんだけどさ。
こうもしっかりした布はなかなか値段も張りそうと言うか……け、結構な高級店に連れて来て貰った気がするんだけど……」
いえ、めっちゃ安い……お店は他にもあるだろうけど、別に高級店ではないです。
どこもこんなもんだよと答えると、真鈴はさっきまでキラキラさせてた目を曇らせて、またしても苦悶の表情で頭を抱えてしまった。忙しいね、貴女は。
「……これも当たり前……か。ほんっとうに……ほんっっっとうに大した世界だよ、ここは。頭が痛くなってきた……僕達は本当にここまで来られるのか……?」
「そういう心配の仕方、なんか神様みたいだね……いや、例えとかじゃなくて」
本物見てきてるからね、僕達は。
もっとも、僕の知る宗教的な神様とは別物なんだけども。
それでも神様は神様、凄いもんは凄い。
でも、未来視を持っていたマーリンさんもまた、時代が違えば神様として崇められたかもしれないな。
何かがひとつ食い違っていたら、未来を司る善の魔女……みたいな扱いを受けて。
そしたら友達に困んなくて、先代の勇者も召喚されなくて……
「……そしたら……ミラに自己治癒が無くて……っ⁈ ま、マーリンさん……貴女がいじめられっ子で良かった……」
「っ⁉︎ な、何があったらそんな感謝をされなくちゃならないんだい⁈」
いえ、ちょっと妄想が飛び過ぎまして。
っとと、遊んでる場合じゃ……場合だけど、遊びに来てるんだけど。
まだ後ろに予定が入ってるんだし、ちょっと町に出ておしゃれ着を買うなんて日もあって良い。
だから、今日はそれなりで済ませて色々見て回る方を優先したい。
「……とにかく、ここにある衣類は君の財力で簡単に買えてしまうもの……なんだね。それが分かれば遠慮はしない。せっかくこんなに楽しい世界に来たんだ、目一杯おしゃれさせて貰おう」
「どうぞどうぞ、いっぱい買ってください。ふふふ……先月ほぼ丸々寝てたからクレカには余裕あるんだ。
半年近く物欲も死んでたし、貯金もたんまりある。真鈴も未来も好き放題遊んでいきなさい」
いや、まじで貯金はある。
無駄遣いしないように……って考えてたとかじゃなくて。
アギトとして一回死んだからね……あの時……と言うか、こうしてまた戻って来るまで……か。もう……物欲はかなり死んでたからね……っ。
未来と合流してカゴいっぱい……カゴ二杯に服を買って、僕達は一度マンションへと戻った。着せ替えタイムである。
え? お着替えじゃなくて? いえいえ、着せ替えです。具体的には……
「アキトアキト! これ! これかわいい! えへへ、マリンーっ。えへへー」
「うん、可愛い可愛い。可愛いは分かったけど……お前、実はちょっと恨みでもあったのか……? 子供扱いされてたこととか……」
未来プロデュースによる真鈴のファッションショーが始まった。
いつもなら立場も逆だったろうに、今回ばかりは物理的な力の差がある。
沢山買った服を片っ端から……組み合わせも含めたら本当にどれだけあるんだってくらいの量を、片っ端から着せては脱がし着せては脱がし……
「むぐ……ミライちゃん、僕はもう良いから君も……わっ、もがもが」
「えへへー。マリン、次はこっち! アキト、部屋出てなさい」
はいはい。着せては脱がし……そう、脱がし。
流石にその……ええ、そういう気持ちには一切ならないんですけど、だからって一緒の部屋にいて良いわけもなく。
着替える度に寝室とリビングを往復させられる僕の身にもなって。
「……ま、ふたりとも楽しんでるなら良いか」
もう良いわよ。なんて声を、これで何回聞いただろう。
張り切る未来も楽しそうだが、されるがままの真鈴もそれはそれで楽しそうなのだ。
しょうがない、もうちょっと付き合ってあげよう。
はいはーいなんて返事をしてふたりの元に戻れば、もう一時間ははしゃぎ続けられそうなくらい元気いっぱいな姿があった。
「未来、程々で切り上げろよ。今日はお出掛けするんだからな。その為に服買いに行ったのに、着替えて満足してちゃ勿体無いだろ」
「分かってるわよ、それくらい。でも、マリンには相応の格好をして貰わないと。
こんなに小さくなっても、偉大な方には変わらない。道行く市民が拝み讃えるくらい綺麗な格好しなくちゃね」
いや、拝み讃えられたら怖くて泣いちゃうわ。そしてそういう服じゃないわ、UNIQL○。もっと気楽で気軽な普段着だわ。
そういう良い服は、また今度買いに連れてってあげるから。いや、全然知識無いけど。
ファッションショーも程々に……三時間ほどで切り上げて、僕達はお腹を空かせたまま部屋を出た。
なんでお昼時過ぎてんだよ、おかしいだろうが。
電車に乗って町に出て、そこでお昼の予定だったのに。
「アキト……お腹すいた……ごはん……」
「おおう……ボキャ死するくらいお腹空いたんかい。そうなる前に切り上げなさいって言ったのに」
ぐぅ。と、まだ控えめに空腹を主張する未来のお腹だったが……このままでは魔獣の呻き声もかくやという音で鳴き始めてしまう。
仕方ない、ちょっとここらで食べて行こう。小腹を満たすおやつを今食べて、後でお昼ご飯という寸法だ。
「……コンビニ……は、ちょっと今日は封印だな。せっかくだしハンバーガーでも食べに行くか。えっとな、なんと言うか……サンドウィッチみたいなもので……」
こう……お肉のサンドウィッチだよ。なんてふわっとした説明をすると、肉食動物は目を輝かせて尻尾を振っていた。
なんでだろうな。尻尾なんて無い筈なのに、僕にも真鈴にも見えてるんだよな。なんでなんだろうな。
「……アキト。僕達の為にしてくれるのは良いけど、ちょっと浪費が凄い気もするよ。大丈夫なのかい?
その……こっちじゃ魔獣退治なんて仕事は無いんだろう? 僕達じゃロクにお金を稼げないけど……」
「あはは……か、甲斐性ねえな、僕……っ。大丈夫だよ、お金の心配はしなくても。
お金持ちじゃないけど、ふたりの衣食くらいは余裕で賄える。学校とか行かせるとなったら話は別だけど……」
なんか……妹、お姉さんと思ってたふたりなんだけど……おじさんだからかな、身体が。もう……娘がふたり出来た気分だわ。
え? 嫁がいない? 童貞のくせにパパ()? や、やめろ……それは俺に効く……っ。
その後、駅前のファストフード店で食べたハンバーガーが未来の大好物になるのだが、それがきっかけで問題が発生するのはまだずっと先のお話。
この時の僕には、まるで……もう、これっぽっちも予想出来ないものだった。




