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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百二十六話【せっかくのお休みなので】


「それで怒られて帰って来たのかい。あはは、君らしいね。真っ直ぐな子はどこへ行っても愛されるというわけだ」

「……笑いごとじゃなくて……」

 花渕さんに怒られつつ帰宅した僕を、未来も真鈴もにこにこ笑って……ちょっと馬鹿にしたような笑みを浮かべて迎えてくれた。むぐぐ……こんな筈では……

「私達としたら、その方が都合が良いんだけどね。ほら、だったら散策に行くわよ。進められるうちに進めないと、いつまでも調査から抜け出せないわ」

「ミライちゃんの言う通りだ。君には悪いが、用無しと蹴ってくれたその子には感謝しよう。

 パン屋の繁盛より世界の繁栄、部外者である僕達からはそんな常識でしか物事を推し進められない。

 都合が良いなら、たとえ侮辱でも受け入れようとも」

 いえ、侮辱とか流石にそこまで酷いものじゃなくてね。

 花渕さんも僕の身を案じてくれたわけだから……と、それはよくて。

「……そうだな。やれる時にやっとかないと、望月さんが来てる時もあんまり出歩けないもんな。よし、そうと決まったら……どこ行こうか……」

 見たいものはある? その問いが意味を持った頃だろうと、半ば願望も込みで僕はそう口にした。

 ふたりはこの世界にそこそこ慣れた筈だ。

 何があって何が無くて……というのを完全に把握していなくても、自分の世界にあったものがどうなっているのかという好奇心を言葉に出来るくらいには。

 初めのうちは何が何やら、右も左も上も下もAもBも波動コマンドも分かんなかっただろうけど、今はもう疑問を覚えるところまでは来てる筈だから。

「僕としては、君が働いているところをちゃんと見てみたい……って、これはあまりにも個人的な願望が過ぎるか。

 可愛い教え子の立派な姿を見てみたいという気持ちを抜きにするなら……うーん、そうだねぇ」

「……分かりました、いつかお店にも連れてってあげますから。そんな遠回しに誘導するような真似しないで」

 君は素直で良いねぇ。なんて、まるでおばあちゃんのような……殺気⁈ こ、こんなにちびっちゃいのに……っ。

 しかし、お店に連れて行く……か。

 花渕さんに店長に西さんに……いや、母さんと兄さんにも事情を説明しないと無理だよな。

 その為にはまず、望月さんに僕が保護者として十分だと認めて貰わないと……

「レストランに行きたいわ! 今朝のうどんもそうだったけど、食文化の違いは人間の性質の違いにも繋がるでしょう。

 進んでいるか遅れているかではなく、何を以ってそこへ至ったのかを知る為に」

「お、おお……なんだかまともなこと言ってる風だけど、単にご飯食べに行きたいだけじゃねえか。

 お昼は麻婆豆腐作ってあるって言ったでしょうが、今日は我慢しなさい」

 むーっ! と、未来は頬を膨らせてぷんすこ怒り始めてしまった。

 こらこら、怒ったからって叩くんじゃない。痛い痛い……あんまり痛くない……っ。

 そんな……加減とかするなよ……お前と僕とはもっと近しい距離の間柄だったろ……っ。

「真面目な話をするのなら、議会か何か……この国の政治を司る部分に切り込みたいところだ。

 しかし君は勇者でもないし、僕も巫女なんかじゃない。

 ただの一般人……いや、常識に欠ける部外者が、そんな重要な場に乗り込むだなんてことは不可能だろう。そうなると……うーん」

 なかなか候補が決まらないね。でも、ふたりとも頭を抱えて悩むことが出来ている。

 これよ……この段階に至るまでが大変だったんだよ……っ。

「いつもはこうやって悩んでも、結局常識のラインがどこにあるか分かんなさ過ぎて確かめるにも一苦労だったんだよな。

 そう思えば、今回はずっと楽と言うか……僕は苦労なんて無縁と言うか……」

「そうね……それについては同意だわ。振り返ってみれば、私達の常識知らずが……知る由も無いんだけど、別世界の常識なんて。でも、それが原因になってる悪手をいっぱい打ってきた。

 ここではアンタが未然に防いでくれる、それだけで随分マシな方でしょう」

 僕がいなかったら車とかに突っ込んでそうだもんな、未来なんて。

 ポストロイドなんてものを見た直後だから、あれはきっと便利な道具だろうと理解する可能性も高いけど。

 でも、何かあったら必ず魔術に頼ってしまっただろう。

 それが監視カメラに映って……なんてことになったら……

「アキト、少しだけ遠出をしてみたいんだけど、良いかな? なに、目的地は君に任せる。

 僕が知りたいのはその手段——汽車を見ても驚かなかった君が、果たしてどんな交通手段を用いているのか……という点だ」

「遠出……ですか。うん……まあ……麻婆は晩御飯でも良いか。分かりました。

 じゃあ……えっと……ちょっと遠出して、そこでお昼食べにお店に入りましょう」

 決まりだね。と、真鈴はせかせかと支度を始めて、未来もそれに釣られて慌てて支度を……あれ、なんか……違和感じゃなくて……こう……ああ。

「……服、買いに行こうか。ごめん、こういうのは僕から言わなきゃダメだった。ダメだった……ダメな保護者だ……僕は……っ」

「な、何をいきなり凹んでるんだ君は。しかし……ふむ、そうだね。

 お風呂に入る度に洗ってはいるものの、いつも同じ服というのは衛生的にもいただけない。

 もちろん、女の子としては論外だ。君がそこを慮れる子で良かったよ」

 え、試されてました? もしかして甲斐性試されてましたか?

 今更になって気付いたんだけど、ふたりの服はここで初めて会った時から変わっていない。

 きっと洗濯機も使い方なんて分からないんだろう、どことなくシワが目立っている気もする。

 まあ……子供の服だからさ、遊んでてシワになったり汚れたりは不自然でもないだろうけど……

「……せっかくお出掛けするなら、新しい服着て行く方が良いよね。遠出の前に服屋に行こう。

 未来のシャツも、ひと回り大きいの買ってやりたいし」

「ミライちゃんはあっちでの姿とほとんど変わらないからね、馴染みのある格好を求めるのは分かる。

 分かるけど……だからってわざわざ丈の合ってない服をプレゼントするのはどうかと思うんだ、お姉さんは」

 真鈴はちょっとだけ怖い顔をして僕のお腹をつっつくと、そのままむすっと拗ねてしまった。

 そしてまた未来にくっ付くと、今度はどことなくお説教顔で……ころころ表情の変わる子だね、貴女も。

「君はもっと乙女心を理解するよう努めたまえ。そんなんだと、いつか大切な人にも呆れられてしまうよ」

「うぐっ……ぐ……ぐすん……」

 そんなに本気で泣かないでおくれよ。と、言った本人に慰められてしまった。だって……だって……っ。何も言い返せねえ。

 そして……大切な人……現れるだろうか、僕の前にも。

 その……あれです。そういう関係になってくれそうな人。

 彼女いない歴=年齢なのに、美女に対するハードルばかり上がってるこの僕にも。マーリンさんの所為じゃないか……

「服買って、電車で……どっか行って。ご飯食べて……そのままぶらぶらして……」

「おーい、アキトー。早く支度しなよ、あとは君だけだよ。まったく、こっちでも準備が遅い子なんだね。そんなんだと置いて行っちゃうよ」

 置いてかないで! ってか僕いなかったら駅も分かんないでしょうが! いや、未来のコミュ力なら、僕無しでもなんとかしちゃいそうだけど。

 しかし……なんとかしちゃった場合、通報されそうなんだよな。

 はじめてのおつかい……で、済まされれば良いけど。

 小さくなってもパワフルな未来と真鈴に……未来はもともと小さいわ。ふたりに引っ張られて、僕達は町へと繰り出した。いえ、田舎の住宅街ですけど。

 UNIQL○行って服買って、電車に乗って……そうだ、猫カフェに行こう。

 猫ちゃん猫ちゃん……うふふ、ふたりとも動物好きだもんね。

 きっと楽しんでくれる筈……ってワクワクしながら、僕はふたりを連れて……あっ、勝手にどっか行くな未来! 真鈴も止まるなら止まるって言って!

 もうちょっと好奇心に抗って! 自由! 自由過ぎる!



 夢を見た。

 僕にとって、それは初めての体験だった。

 未来を視るものとしてあった僕は——魔女は夢を見ない。

 それは、真鈴という肉体が本物の人間である証左だった。

「……おはよう、ミラちゃん。君はもうちょっと寝てるのかな」

 すぐ側には小さな勇者の寝顔があって、それを撫でる僕の手はもっと小さくて。

 夢……そうだ、夢だ。

 この現実こそが、僕の抱いていた夢——理想に違いない。

 子供は戦いなんてものとは無縁な生活を送り、僕もそれをのんびり眺めていられる。

 アギトは魔獣に怯えたりなんてしなくて済むし、ミラちゃんはそれを守る為に必死にならなくて良い。

 そうだ、これが夢でなくてなんなのだ。

 夢を見た。夢を見ていたんだ。

 この瞬間、この生活、この理想、この夢想に想いを馳せ続けた。

 けれど……ああ、報われた気分になるのはまだ早い。

 理想が叶うのだと知ったとて、僕が手を緩めればそれは一歩だけ遠くに逃げてしまう。

 まだ過酷な世界に生きる僕達は、この理想に焦がれて戦い続けなければならない。

——夢を——そうだ、夢を見たんだ。

 他の誰でもない、彼との思い出を。

 十七年前、彼と共に歩いた道のりを。

 どうしてそんな夢を——楽しい夢を見せて貰えたんだろう。

 どうして、初めて見る夢が君との思い出だったんだろう。

 どうして君と——

「……ああ、そうか。君がいたから。君の中に、まだ彼がいたから——」

 彼の匂いがした。

 決して忘れることの出来ない、僕の最初の友達の匂い。

 最初の恋の匂い。

 それと……何か、うっすらとだけど……美味しそうな匂い。

 アギトが……アキトが来てるのかな。

 ご飯の準備をしてくれている……んだろうか。はて、あの子は料理なんて出来たかな? なんて……

 そうだね。と、ひとりで呟いて、僕は小さな勇者と、かつての勇者の面影の頭を撫でる。

 君に託されたんだから、僕は最後までやり遂げるとも。

 君に頼られたんだから、僕がちゃんと面倒を見るとも。

 今朝も甲斐甲斐しくご飯を届けてくれたらしいアキトを迎えに、ちょっとだけ寝ぼけた顔で僕は布団から抜け出した。


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