第三百二十話【魔獣より怖いかもしれない】
晩御飯にとお弁当を買って、そして僕はふたりと別れて自宅へと帰った。
しまったな……コンビニ弁当ばっかりじゃ栄養偏るし、真鈴は料理出来るんだから色々買ってあげれば良かった。
「次からはスーパー行くか……と、それはよくてだ」
僕は今、こっちで生きていく上で重要な問題と向かい合っていた。
重要な……かなり重要な問題。そう……花渕さんへの連絡である。
「フランクな感じに……いやいや、冷静になれ。相手は女子高生、僕はおっさん。導き出される答えは……」
は? 何このおっさん、キモ。優しく接してやったらめっちゃつけ上がってんの、ウケる。と、そうなったら……ぐすん、多分もう二度と立ち直れない……っ。
いえ、分かっております。あの不良風クソ真面目優等生は、基本的に見えないところで人をディスらない。
ディスるときは面と向かって容赦無く来る。
だめじゃん……斬り殺されるじゃん……っ。
しかし……変にかしこまった文面にするのも……子供相手にめっちゃ気使ってて草。などとなってしまう可能性も……
「……むぐ……むぐぐ……やっぱり面と向かわないと無理だ……っ。
なんでだ……逆になんで面と向かってなら平気なんだ……?
あれか? ディスなりツッコミなりがすぐに来るからか? まさか僕は既読スルーを恐れて……っ⁈」
既読スルー……その……実は僕にとってあんまり縁の無い単語なんだよね。
そういうのがある文化で育ってないし、そもそもリアル知り合いとのやりとりが……やめよう! この話は!
くそぅ……どこを掘ってもつらい話になる……
「……一番気楽に話せる状況を作る……が、僕に許された最大の逃避だな……っ。そうと決まれば……」
よし、決まった。
いえ、花渕さんへ送る文面は決まっておりません。と言うか……送らない方向で決まった……と、言いますか、ええ。
その……やはり難しい……と言いますか、ええ、ええ。
なので、メールの文を考えるのも、送るのも、事前に確認を入れるのも、全て無い無いな方向で……ええ、ええ。
ぽこん。と、メッセージを送った直後、本当に数分も掛からずに通知音が鳴った。
おお、流石の即レス……なんて感心する相手はひとりしかいない。
僕は……そう、出来る限りダメージを負わずに話が出来るように、まずは僕に有利なフィールドにあの子を引きずり出すことにしたのだ。
なんかすっげえ情けな……いやいや、賢い。賢いぞ、僕。
『明日ですなー、承知したでござるよ。そうと決まれば、今からとびっきりの品を準備いたします故』
「とびっきり……いやいや、普通に店に並んでるの買うから。まあ……毎日とびっきりのものを並べてると言われたらそれまでだけど」
有利なフィールド、つまりは花渕さんが攻撃的な姿勢を取れない場所だ。
つまり……デンデン氏のケーキ屋さん、魔女の田んぼに僕の快復祝いをしに行きたいという旨を……あっ、なんでこれ僕自分で自分のお祝いするみたいな文面送っちゃってんの⁈ 賢くない! 賢くないよ⁉︎
違うんだデンデン氏! 決して! 決して誰も祝ってくれないから、せめてデンデン氏くらいには……みたいな寂しい話じゃないんだ!
「花渕さんにも声掛けてみる予定だけど、出来たらデンデン氏からも誘っておいて欲しいな。僕が誘うより来てくれる可能性高くなりそうだし……と、よし。ふう、危ない危ない。露骨に寂しい男になるところだった」
いえ、人に頼って女の子招待してるのは、かなり寂しい男だと思うんですがね。
それでも……それでも祝ってくれって言うだけの男よりマシだろうがよ!
いや、むしろこれ追加で恥を上塗った感じか……?
ってか閉店後だと花渕さん学校じゃね?
あれっ? もしかして全部裏目ってる⁈ 雑な逃げ方した結果全部ダメになるパターンのやつ⁈
「っと、もう返信来た。やっぱりあれかな……花渕さん、デンデン氏には返信早いのかな。いや……むしろ気を引く為にわざと遅く……」
でも、あの子そういう駆け引きは苦手そうなんだよな。いえ、偏見ですが。ごほん。そんな話はよくてだ。
氏からの返信は、残念ながら(?)花渕さんとのやりとりよりも前。僕のメッセージのみに対する返答だった。それは……
『拙者よりアギト氏から声を掛けてあげた方が良いでござるよ。美菜ちゃん、ずっと心配してましたからな。
けれど、あの子も素直に祝ったり喜んだり出来ないタイプですから。
呑気な男だと思われているアギト氏だからこそ、あの子も気を緩めてくださるでしょう』
「……デンデン氏…………なんでディスった? おい、誰が呑気だ。なんでどいつもこいつも一回はディスらないと僕を褒められないんだ!」
やり口が真鈴……いや、マーリンさんのそれだ。
しかし……嬉しくない! マーリンさんのは……こう……イジられてる感が……その……もっとしてぇっ! ってなるけど! 野郎にディスられると普通に腹立つ!
美人限定! 美人の罵倒なら大歓迎! 違う! そういう話じゃない!
「……しかし正論だな……っ。心配掛けたんだし、その分を償う……いや、お礼をすると思えば、確かに僕から声を掛けないわけにも……むむむ」
じゃあ……送る?
女子高生に、おっさんが、ケーキ屋さん行こうって。
いや……キッツ。やっぱりお店で直接言うしかないけど……それで学校あるからってなっても……
「…………ええい! 当たって砕けろ! ちくしょう、どうして僕はこんな歳で初恋に浮かれる思春期の子供みたいなことを……っ」
もうドッキドキですよ、ええ。その正体が不安と恐怖と動悸だろうと、事実心臓はバクバクいってんだ。
えーと……そうだなぁ。こんばんは……の挨拶っているのかな?
あって変だと思われるのと、無くて失礼だと思われるの、どっちがマシ? 前者、これは僕でも分かる、前者。
だってあの子マジメだもん、マジメにやってることに対しては冷たくしない気がする。しないで。
「……こんばんは……お見舞いに来てくれたのと、代わりにバイト入ってくれてるお礼がしたいから……またケーキ奢らせてください……くださいだとなんか……下心ありそうに見えるかな……? 奢らせてよ……ひぃん……生意気って言われたらどうしよう……」
ああ、なるほど。今僕は全てを理解した。
近過ぎず、しかし堅くならないように。それでいて余裕があるように、こっちは子供の相手をしてる大人なんだ感を出そうとすると……世に言うおじさん構文が出来上がるのだな…………っ。
くっ……いっつもSNSでバカにしてたけど……これ……なるわ……っ。おじさん構文……なっちゃうわこれ……っ。
つぶやきもレスも文字だけで平気なクセに、どうして女の子相手だと思うと顔文字とかびっくりマーク入れないといけない気分になるんだ……っ。
「……よ、よし。そ、そうし……送信……そ……そそ……」
ええい! ままよ! と、何度頭の中で叫んだだろうか。
こう……あれだね。物理スイッチじゃないって結構大きいね。
ポチリ感が無いからなのか、やっぱりその……自爆スイッチ的なイメージが持てないからなのか。なかなか送信ボタンがタップ出来な——ああっ、待って送っちゃった!
待っ……取り消し! 取り消しどうやんの⁉︎ ツイ消しさせて!
「既——既読付いちゃった⁉︎ もう間に合わない、もう消せない……っ! ひぃん……この世の終わりだぁ……」
もうだめだぁおしまいだぁ! なんて慌てふためく僕の下に、再びぽこんという通知音が届いた。
差出人はきっとデンデン氏、絶対デンデン氏。デンデン氏デンデン氏デンデン氏……花渕さんだ……っ。
「こひゅ……ひゅっ……ひょぉぅ……ごくり。い、息が……息が出来ない……」
怖いよう! 見たくないよう! でも! こっちから送って、しかもついさっき送ったばっかりだから……これ未読スルーは一番ダメな気がするんだよぅ! 逃げ場が……逃げ場がもうどこにも……っ。
せ、せめて既読だけでも付けないと……いや、既読付けちゃったらその時点で返信しなきゃダメじゃね?
え、おっさん返信おっそ。マジ萎えるわ、明日からもう来なくていいよ。とかなったら……
「はあ……はあ……ごくり。即レス……いつも通りの即レス……自信を持て、お前はいつだってレスバに勝ち続けて……割と負けてんな、いつも……じゃなくて……よ、よしっ」
いざ! と、意気込んで開いた目に、思いがけない光景が飛び込んできた。
そこには……yeahと拳を掲げる変な顔のネコ……の、スタンプだけがぽつりと……
「…………今の子ってスタンプだけでやりとりするのかな……? そしてこれは……良いよってことで良いのかな……?」
でも……しまった、日付指定してない。
いやでも……とりあえずね、とりあえず……誘ったから! もうこれで今日はミッションコンプリートだよ! うん! とは問屋がおろさない。
だってきっとこれ……こういうのにもちゃんと返信しなきゃダメなんだよね……っ⁈
既読スルーした翌日には全員からシカトされるってこの前ワイドショーで見た、若者のSNS問題みたいなの。
じゃ、じゃあ……これに返すべきは……なんだ……っ⁈
その後、僕は大急ぎで当たり障りのない……こう……あの……萌えアニメではないスタンプを急遽購入して、なんか盛り上がってる風のスタンプ一個を送り返してお茶を濁した。
ちなみにこれにも返事が来たらどうしようかとビビりにビビって、しばらくスマホから手が離せなかったのは言うまでもない。




