第三百十八話【顔の見えないヒーロー】
未来は何やらDVDプレイヤーに齧り付いて、そして僕に説明して、ドヤ顔して。それから……望月さんに再上映を要求し始めた。
さっきのやつ……と、なんとまあ要領を得ない要求だろうか。
しかし、彼女にはそれ以上の言葉も無い。
さっきの……というのがそもそも同じDVD、同じチャプターを指す言葉ですらないのだろうな。
とにかく、文字通りの動く絵……動画、映像が流れる不思議体験をもう一度とせがんでいるのだ。
「はいはい、ちょっと待ってね。ふふ、こんなに喜んで貰えるなんてね。実家漁った甲斐があったわ」
「そ、そこまでして持って来てくださったんですか。わざわざありがとうございます」
いえいえ。と、望月さんはどこかご満悦な様子でそう答える。
そしてすぐにプレイヤーは最初のチャプター……注意書きだとか案内を画面に映し出し、そのまま本編へと向かって行く。
アニメ……ではないのか。どうやら特撮もののようだが……ふむ。
これはあれかな、望月さんが子供の頃好きだった……或いは進行形で好きな作品なのかな。
だから……喜んで貰えたのが凄く嬉しい……みたいな。
布教精神大事。実はそこそこオタ気質なのかもしれないな、彼女は。
「……って、結構古そうですね、これ。こう……アスペクト比が……」
4:3なんだよ。両端が黒いんだ、プレイヤーはそこそこ新しいから。
しばらくの冒頭シーンがあって、ようやく映し出されたタイトルは……覆面バイカー……だそうな。
いや、その……実は特撮ってあんまり観てないのよね。
なんでかって? そりゃあ……日曜日の朝早くに起きるのが苦手だったからだよ……っ。
しかし……この作品のタイトル自体は……
「これ、私が小さい頃……兄が見てた影響で見始めたものなんです。だから……えーと、うっ、もう十五年くらい前になるんですね……」
「お兄さんの……へー。それで……その……確かこの作品って……」
そうなんです。と、望月さんは苦い顔で頷いた。
覆面バイカー。その……誓って。この世界に存在するあらゆるものに誓って先に弁明しておきます。
僕はこれを馬鹿にしたことは無いし、セリフとか改変した悪意あるレスもしたこと無いです。
知らないで使ってるみたいな意図してない部分は……ごめん、あるかも。
でも……見てない作品を馬鹿にすることだけはしてないって、先に言っておきます。
覆面バイカー。それは、この特撮シリーズきっての不人気作だった筈だ。
ずっとネットの世界に生きてたからさ、そういう……ネガティブな情報の方が沢山入ってくるんだ。
鬼面ドライバーってのがかなり評判良いらしいことと、今やってるのが能面スイマーというちょっともう路線が想像付かないものだってことくらいは知ってる。
でも、何がどう面白いとかは全然。
名前の通り、覆面を被った主人公がバイクに乗って戦う……いや、バイクは移動手段で、戦う時は普通に立って走ってんのかな? ごほん、それはどっちでもいいや。
この作品が不人気とされる理由は基本的にふたつ。
世界観、設定の暗さと、主人公の性格の陰鬱さだ。
「……色々……大人になってからは、色々言われてるのを知りました。
その時は……その……お恥ずかしながら、じゃあこれは面白くないんだって……
でも、今は違います。子供の頃初めて見た時の感動のまま、私はこの覆面バイカーこそ一番のヒーローだと思ってますから」
「……語りますね。良いでしょう、そういうことなら付き合います。僕も根っからのオタクなんで」
えーと……設定が暗いってのは知ってる、詳しいことは知らない。
主人公の性格……その……コラとかセリフ抜粋とか改変とかでの知識っていう偏りはあるよ?
でも……一応知ってる範囲だと……優柔不断で、甘ちゃんで、マイナス思考で。
そして……大人の事情で駆け足エンディングになってしまって、成長の部分が短く纏められてしまったが故に生まれた、“最後の最後に手のひら返して正義漢ぶって暴れ回る男“という称号のことくらいは知ってる。
「バイカーはとにかく優しいんです。それが……その……ネットとかではモブ気質とか、主人公には向いてないとか、こんなんなら酒屋のおっちゃんの方がとか……言われてるんですけど……」
「さ、酒屋のおっちゃん……専門的なところは覗いてないから知らなかったですけど、深いとこでは想像以上に言われてるんですね……」
そうなんですよぅ。と、望月さんは不服そうに頬を膨らませて……けれど、微笑ましそうに未来の背中を見つめた。
バイカーを気に入ってくれた……って、思ってるのかな。
それは……うーん、どうなんだろう。未来はまだそれが劇だってことにすら気付いてない可能性も……
「そう……ですね。こうして見比べてみると、確かにバイカーは主人公らしくなかったかもしれません。
未来ちゃんみたいに人懐っこくて、明るくて、見てる人を元気に出来る。そういう人物こそ主人公に相応しいのかも……なんて」
「あはは。そうですね、未来はどう見ても主人公気質ですもんね。
望月さんにもすっかり懐いてるみたいで…………人懐っこくない、人見知りする方の真鈴はどうしてますか……?」
まだ眠ってるみたいです。と、僕の会話をぶった斬る余計な質問にも、望月さんは笑顔で答えてくれた。
いやはや申し訳ない、どうしても気になっちゃって。
そうか……やっぱり無理だったか、望月さんは。
エルゥさんを克服するのにも、相当時間掛かったんだろうなぁ……
「アキトアキトっ! 見なさい! この方の在り方、振る舞いを!
ちょっとだけ後ろ向き過ぎるきらいはあるけど、凄く凄く真面目で真摯で……まさしく勇者、英雄と呼ばれるに相応しい人物だわ!
ばいかーさんはアンタにとって、良いお手本になる筈よ!」
「うおっ⁈ そ、そっかそっか……そりゃあ見てみないとな……」
あれっ、思いの外動画に対応出来てますね⁈
そして……はい。うん、ちょっと……説明してた時からそんな気はしてた。
煮え切らなくて、甘っちょろくて、いつもネガティブで。
いつまで経っても成長しない僕にとって、なるほどこれ以上ないお手本だろう。ぐすん。
そして、不人気とは言え仮にも物語の主人公。
誰がなんと言おうと、その姿は民衆に求められたものの筈だ。
その……劇中で、という意味で。
「……悪い噂ばっかり聞いて、その本質を把握してないのはオタクとしての誉に傷が付くもんな。
よし、僕も見るから最初から……にしても良い? ねえ、だめ?
その……こういうの、一番最初のオープニングから、最後のスタッフロールまで見ないと気持ち悪くなるタイプで……」
「……? なんだか分かんないけど、今のアンタが一番気持ち悪いわよ……? まあ、別に良いけど」
えっ、つらい。めっちゃ毒吐かれた、泣きたい。
いや、実際そこは外せないわけで。
こう……ざっぱーんとなるアレをしっかり見た上で、やっと映画ってのは見れるわけだよ。
あれはひとつの儀式みたいなもの、魔術でいう言霊みたいなものなんだ……って、説明したら気味悪がられるかな? それとも納得して貰えるかな? キモいって言われそうだな……っ。
と、とにかく、一回巻き戻しして……っとと、映像の古さに引っ張られたわ。チャプター戻して。
「……真鈴ならまだ“布団”の中よ。やっぱり、向こうとは勝手が違うんでしょう。時間が掛かるんだわ」
「っ。お、お前は本当に耳が良いな」
最初から再生し直そうとプレイヤーを弄る僕に、未来はそう耳打ちした。
そっか、真鈴は……マーリンさんは星見の最中か。
これの成否は、僕達の活動のしやすさに直結する。なんとしても安全を確保して欲しいものだが……
「っと、始まる始まる。うふふ……幾つになってもオープニングって胸が高鳴るよなぁ」
「……? 何だか分かんないけど、アンタもしかしてばいかーさんを知ってるの?」
いや、バイカーさんは初見ですよ。ただ……そうだよな、うん。
未来にとっては、バイカーは特別なものなのだ。
特別、こうして動く絵として存在出来るもの……なのだ、まだ。
これがいろんな人物、作品も存在するって知ったら……うふふ、どんな顔するかなぁ。
「……? この人……んん……? この顔……」
「——分かりますか⁉︎ かっこいいですよねえ、俳優の坂本隆太さん。
この作品以外には俳優として出てないのに、演技もしっかりしてて……えへ、渋くてかっこいいですよねぇ。
おかげで不人気だなんだと馬鹿にされてるのに、DVDボックスが今じゃプレミア付いてますからね。もう迂闊に買い直せないですよ……」
うん……渋くてかっこいい。ぐぐぐ……しかも声までカッコいいじゃないか。
でも……ふむ。なんでだろう……こう……困り顔だからかな、ちょっとだけ……親近感と言うか……違うよ、自惚れてないよ、別に僕がイケメンだなんて言ってないよ。そうじゃなくて……
「役作りだとしたら……なんで俳優としてもっと活躍してないんでしょう。その……キャラと表情とがピッタリ過ぎて……」
「そうなんです、そこも……いえ、キャラクターの性格が不人気な所為で、そのピッタリ度もまたマイナスに評価されちゃったんですけど。でも! 坂本さんの演技は抜群ですからね!」
なんと言うか……キャラとして、だよ? キャラとしての心情がダダ漏れなのだ。
それはつまり……セリフが無くても視聴者に訴え掛けられているということ。
これは……その……す、凄いことなのでは? なんで辞めちゃったんだ、俳優。ううむ……惜しい……
その後、大興奮の未来と望月さんに挟まれたまま、僕は覆面バイカーをお昼過ぎまでぶっ通しで見続ける羽目になった。
しまった……いくら打ち切り作品とはいえ、昨今のワンクールアニメに比べたら圧倒的に長いに決まってた。
これ……ご飯後も続くよね……絶対……っ。




