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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百十四話【痛い思いをしそうになったが】


 ふたりはその後、お家でおとなしくお留守番をしていたらしい。

 この世界について、新たな魔獣について。そして僕の見せた生活の一部について、大きな声を出さないように静かに語り合っていたそうだ。

 うん、うるさくしないって約束が守れる偉い子。偉い子……は、うん、良いんだ。良いんだけど……

 問題はついさっき鳴ったインターフォン。そして、そのモニターに映された青い服のふたり組で……

「すみません、朝早くに。私は清橋警察署の小幡と申します。ちょっとですね、通報がありましたもので。えー、お話を聞かせて頂けないかなと思いまして」

「——————ひゅぉっ————」

 死んだ。僕の社会的な死が確定した。

 待って、待って、待っておくれよ。言い訳タイムください。

 ふたりとも大人しくしてたって言ったじゃん、誰だよ通報したの。

 大人しく……の線引きが曖昧だったかもしれない。

 あっちじゃガヤガヤしてるのも当たり前だったし、そもそも他所の宴会の音でうちも飲むぞなんて人種をそこそこ見かけた。

 うん……曖昧だった……大人しくお留守番出来てなかったのかな……?

「ど——どどどうぞ、お上がりくださいっ。い、いいいい今お茶淹れますんでっ」

「ああ、いえいえ。すみませんね、気を遣わせてしまって。でも、仕事中にはそういうの受け取れないんですよ。ええ、どうもすみません」

 どひーっ! わ、賄賂も通じねえ……っ。

 いや、そういう目的でお茶汲みなんて言い出したわけじゃないんだけどさ。

 思い返せばあれは……結構前、まだミラとふたりで王都にお部屋を借りていた頃。

 王様が……何故か国で一番偉い人物が、割と緩い空気を纏って部屋に遊びに来ていたことが多々ある。

 それをもてなす為にお茶を淹れて……というのがあったから、極度の緊張状態と紐付けられて無意識に口を衝いたのだ。

 違う! お茶汲みの言い訳がしたいわけじゃない!

「いやね、ここに住んでる子供がね、もう三週間も姿を見せないって。それで昨日ひょっこり顔を見せたと思ったら、全然知らない大人と一緒だって言うから。

 そのー……時勢が時勢だから、一応確認だけね。

 三週間留守にしてた割には郵便物も溜まってなかったって言うし、きっとたまたま見掛けなかっただけだろうとは思うんだけど……一応ね」

 表札も無いしね。と、さっきから物腰柔らかに説明してくれる、ちょっとだけくたびれたおじさんが大問題。

 青い服着て小型の手帳持ってて、そして警察と名乗ったこの男が……どこにも変なところなんて無くおまわりさんだよぉおぅん……

「ど——あっ——げご——そ、そそそそれで僕は何をお教えすればっ⁈」

「まあまあ、そう緊張せず。すみませんね、いきなり来たら驚くでしょうけども。ええっとですね、まずは……」

 身分証明書を見せて、そして子供との関係も教えて。言い回しはもうちょっと柔らかかったけど、要約するとそんなところ。

 僕の耳と脳は、おまわりさんの言葉をしっかりと把握出来てないかもしれない。と言うか……ち、ちびりそう……っ。

「ぼ、ぼぼっぼぼぼぼ僕は……み、みみみ身分証……そうだ、財布どこやって……み、未来っ⁈ 昨日財布預けて返して貰ったっけ⁈」

「返したわよ、ちゃんと持って帰ってたじゃない。それで……その人達は知り合い?

 なんか…………いえ、どうやら知り合いじゃなさそうね。なんて顔してんのよアンタ……」

 おはよう。と、小幡さんともうひとりのおまわりさん……こっちは婦警さんだったか。ふたりが優しく声を掛けてくれたから、未来もにこにこ笑っておはようございますと頭を下げた。

 よし、第一関門……ってほどでもないか。

 相変わらず未来の外ヅラは良いからな、みんなに取り入って場を和ませるお前のその特技で、この修羅場をなんとか……なんとか……

「……身分証明出来るもの……無い? えーっと……帰った……ってことは、お兄さんはここに住んでるわけじゃないんだ」

「ひゅぇ——っ⁈ ぼっ、ぼぼぼ僕はその……っ⁉︎」

 んひぃっ⁈ 和んで! わぁ、可愛いお嬢さん。仲良いんだね。で、終わって! 和んでよ!

 ちくしょう! 日本の警察ってすっげえしっかりしてんだな! じゃなくて。

 し、しまった……今朝に限って財布忘れてる。

 身分証明書が……と言うか、マジでスマホしか持ってない。

「……? 小幡さん、この子……髪色とか、歳とか、ここに住んでる子とは別の……」

「ええっ⁈ 別のって……ちょっとお兄さん、ここに住んでた子はまだ寝てるかな。そこの子より小さくて、髪の黒い子なんだけどね」

……? え、うん。真鈴……の、こと……だよな? なんだ、なんかすっごい引っ掛かった。

 未来が、奥にいるから連れて来ますと言うと、小幡さんも婦警さんも、ありがとう、でも大丈夫だよ。と、笑って返してくれた。

 笑って……

「——っ! あ、あの人また何やったんだ……っ⁉︎」

「おや。お兄さん、どうかした? えーと、ここには女の子がひとりだけ住んでるって、一応管理人さんからもそう聞いてるけどね。

 あのオレンジの髪の子とお兄さんは兄弟? それとも親子? ここの子とは付き合い長いの?」

————あんのバカマーリン————っ!

 背筋がぞわわわっとなって、さっききまでかいてた冷や汗とは別の汗がだらっだら流れ始めた。

 あの人マジで何やった⁉︎ 女の子がひとりだけ住んでる——なんて言葉、この日本で聞いてたまるか。

 と言うか、向こうでだって異常事態だ。

 それはせめて高校生——大学生の女の子という意味で使われる言葉であって、あんなちびっ子のひとり暮らしが常識になった覚えはないぞ。

「……っ。ぼ、僕は原口秋人と言います。ここからちょっと離れた……北雪見に住んでて、板山ベーカリーってとこで働いてます。この子達との関係は……」

——チャンスだ。

 何をやったのか——マジで何をやらかしてくれたのか知らないけど、真鈴がここに住んでいることを疑っているわけじゃない。

 今疑われてるのは僕だけ、僕がこいつらとどういう関係かというのを知りたいだけなんだ。

 マジのマジのガチであのバカ巫女が何しでかしたのか知らないけど、致命的にどうしようもない部分は疑われてないっぽいぞ。

「北雪見……うんうん、あれだよね。あのー、アレルギーの子でも食べられるパン屋さん。

 頑張ってるよねえ、デパートに大きいパン屋さん入ったのに。

 PTAとかでもね、話題なのよ。あ、私の娘がね、小学生で」

「あっ、ありがとうございますっ」

 そっかそっか、あそこの店員さんか。と、小幡さんはちょっと和んでくれて……いや、違うか。

 多分僕を和ませようと……リラックスさせようとしてくれてるんだろうな、この世間話は。

 いや……日本の警察ってすげえな。向こうの騎士団は……あのバカの私有騎士団は、剣突き付けて連行するしか言わなかったんだもんな……

「で……えっと、関係……なんですけど。その……僕と未来、それから真鈴は……」

 はてさて、ここからが問題だ。どう説明するか。

 妹です! と、言ってみようか。うん、ダメですね。

 自分の身元を明かした時点で、家族に確認が行くのは間違いない。

 間違いないし、そもそも書類で調べたらすぐ分かる。

 となれば……他人、その上で納得して貰える事情を……

「……っ。その……あの子達……家族がいなくなっちゃったみたいで。僕も詳しい事情はまだ……踏み込めてないんですけど……」

「家族が……? えーっと……あの子達のご両親とは面識が?」

 不意に浮かんだのは、記憶の無かったミラにでっち上げた、アギトとマーリンさんの関係。捨て子と保護者。

 しかし……口にしてから思ったんだけどさ……これ、現代だとかなり苦しい言い訳じゃない……?

 でも……出した言葉を引っ込めた方が怪しまれる……っ。貫き通すしかない。

 もっと冷静に働いてくれよ……僕の頭……

「親も……知りません。病院の帰りにたまたま出会って、懐かれて。それで……連れて来られてみたらあの子達だけで……」

「んー……育児放棄……虐待の可能性が高いねえ。ちょっとごめんね、子供達にも話聞いて良いかな。望月、頼む」

 だよねーっ!

 うぐ……うぐぐ……そうだよ……そうなるよ……すごいもん、現代の日本警察……っ。

 すみません、お邪魔します。と、若い婦警さん……望月さんは僕に頭を下げて、そして優しい顔で未来の元へと向かった。

 いかん……打ち合わせなんて何もしてない……ボロが……ボロが出るぅ……っ。

「おはようございます。はじめまして、私は望月純です。お名前聞かせて貰えるかな?」

「おはようございます。私はミラ……未来です。はじめまして」

 うん、良い子良い子……と、望月さんはどうやら子供の扱いに慣れているらしい。

 しゃがみ込んで視線を合わせて、どことなく幼稚園の先生みたいにも見える。

 見える……が問題はそこじゃなくて……

「未来ちゃん、お兄さんとはいつから遊んでるの? もうひとりの子もいつも一緒に遊んでるの?」

「……アキトとは昨日、公園で会いました。公園でマリンと遊んでたらアキトが来て、杖突いてたから……大丈夫かなって……」

 そっか、未来ちゃんは優しいね。と、望月さんに頭を撫でられて、未来は持ち前の甘えん坊フェイスで目を細めた。

 お……お……? なんか……うまいこと僕の話に合わせてくれてる……?

 そうだ、ミラの耳は地獄耳だった。それが未来の身体にも引き継がれてるんだ。

 さっきの僕の話を聞いてて、僕の様子から事情を…………あ、相変わらず察しが良いな……お前……

「……ミライちゃん……? アキト……? ん……だれ……?」

 さっすが未来! 天の勇者! と、安心したのも束の間。

 かちゃんという音と共にドアの向こうから現れたのは、子供だから愛らしいで済まされる寝ぼけた顔の、どうしようもなくだらしない姿の真鈴だった。

 あ、あかん。あの人寝起きクッソ悪い。マジで役に立たん可能性が高い。いかん、ボロが出るっ。

「おはよう。はじめまして、私は望月純です。お名前は?」

「……? っ……マリン」

……? おや……?

 真鈴は望月さんをじっと見つめ、そして……ぺたぺた走って未来の後ろに隠れてしまった。何それ、子供みたい。

 これは……あれか? もしかして、大魔道士マーリンが帰って来たのか……っ⁈

 いついかなる時も頼もしい、あの星見の巫女マーリンさんが……っ!

「恥ずかしがり屋さんだね、真鈴ちゃんは。ねえ、お兄さんとはいつから遊んでるの? お母さんとお父さんは?」

「……? っ……昨日。お母さんとお父さんは……知らない」

 名演技——っ! 歳相応の辿々しい返事! 人見知りしてしまう性格! ここへ来てクソポンコツの汚名挽回名誉返上だ! と……僕も初めはそう思ってました。ええ、初めは。

 でも……気付いてしまった。その行為に、様子に見覚えがあることを。ああ……そうだった。このヘタレ……

「知らない……どこか行っちゃったままってこと?」

「っっ! わ、わかんないっ」

 真鈴は望月さんから必死に隠れようとして……そして、近付かれると顔を真っ赤にして逃げるのだ。

 ああ……懐かしいな、それ。思い返せば……これも随分前の話ですね。

 このポンコツ……いや——この童貞女——単に女の人と話すのが苦手なだけだ——っ!

「んー……ちょっと困ったなぁ、これ。とりあえず……原口さん、ちょっとだけ話聞きたいから……子供の前じゃなくて、ね。一回パトカーまで来て貰っていいかな?」

「ぴょ——っ」

 あ、死んだ。死ん……ひゅぉっ。

 か、過呼吸になる……ダメだ、死んじゃう。

 ぱ、パパパパトカーって! それってつまり……っ。

 いつかはやると思ってました。大人しいんですけど、ちょっとだけ……ねえ、様子が変って言うか。ずっと引き篭もってて。みたいなインタビューのやつが! ニュースで!

「ちょ——ちょちょちょちょっと待っ——」

「——アキト——どっか行っちゃうの——?」

 え——?

 その声は未来のものじゃなくて——事情を察して空気を読んでくれた優秀な妹の声じゃなくて、どうしようもないポンコツ童貞女……だった筈の真鈴のものだった。

 ぺたぺたと走ってきて、僕に抱き着いて。そして……小幡さんを弱々しく睨んだ。

「連れてかないでっ。アキトまで連れてかないでっ! おねがい、ひとりにしないでっ」

 真鈴——っ。

 ごめん……ごめんなさい、後で本気で土下座します。

 疑ってすみませんでした、ポンコツほんま役に立たねえなとか思ってすみませんでした。

 後で本気の本気——土下座した上でめっちゃお菓子買ってあげるからね!

「————っ。大丈夫、どこにも行かないよ。大丈夫だよ、僕はちゃんとここにいるからね」

「ほんと……? アキト、ちゃんとここにいてくれる?」

 なんだこの茶番は……と、正直内心ではヒヤヒヤしている。

 だが、それはこのちびっ子の本性を知っている僕だから……だ。

 知らなければ——このポンコツが本物の幼気な少女に見えていたとしたら——おまわりさん達には果たしてどう見えるだろう。

「すみません、後で……真鈴が落ち着いたらちゃんと話はします。だから……だから、もうちょっとだけ待ってくれませんか。

 こいつ……寂しかったんです。朝起きたら両親がいなくなってたって……それで、寂しくて……ずっと探し回ってて……」

 公園で途方に暮れていたところに僕が現れて……と、まあなんとも雑な作り話をつらつらと並べ……本当にこんなんで誤魔化せると思ってんのか……僕は……っ。

 でも……そう……口にしちゃったら……引っ込められないので……

「もうちょっとだけ……もうちょっとだけ一緒にいさせてください。せめて……せめて真鈴が落ち着くまで……いくらなんでもこんなの放っては……」

「……そうは言ってもねえ。うん……懐いてるのは見たら分かるけど……」

 そりゃダメだよね……うん。僕も無理だと思う、そんな理由じゃ。

 諦めかけたその時——小幡さん——と、望月さんがちょっとだけ大きな声をあげて……

「——もうちょっとだけ一緒にいさせてあげましょう!

 そりゃあ……保護して施設に入れるのが仕事かもしれません。

 でも! この子達は原口さんと一緒にいたいって言ってるんです!

 それを引き離したら……この子達からまた家族を奪ったら……っ!」

「あー……望月、お前なあ……はあ。また悪い持病が……」

 原口さん! と、望月さんは僕の肩をぐゎしっと掴んで……い、意外と力ありますね、小柄なのに……

「こうしましょう! 私がここへ定期的に調査として皆さんの生活を確認しに来ます。しばらくそうして、問題が無いようでしたら原口さんを正式に保護者として……」

「おい、こら。暴走すんな。はあ……お前は昔っから……」

 おや……? なんか……なんかこのお姉さん、ポンコツな匂いがするぞ?

 ちゃんと私が責任持って見届けますから! とかなんとか、きっと上司であろう小幡さんに食い下がってて……え、ええ……? さっきの三文芝居で騙せちゃったの……?

 と言うか……そんな感情論でお仕事決めちゃって良いの……日本警察……


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