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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百十一話【ワクワク大冒険なんですか……?】


 コンビニに入った時のふたりのリアクションは、いつもとは違ったけど大体予想通りのものだった。

 真鈴はちょっとだけ……うん、ちょっとだけ。正直引いてるって顔で怖気付いていた。

 未来は……いつもみたいに目をキラキラさせるでもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「ほら、そんなとこで立ってると他の人の邪魔になるぞ。ゆっくりで良いから、色々見て来い」

 真鈴は僕の言葉にちょっとだけ怯えた顔をして、僕の手をギュッと握った。

 普段のマーリンさんからは想像出来ないくらい頼りない姿だ。

 未来は……まだ、立ち尽くしてる。まあ……そうなるよな、当然。

 別に、何も恐ろしいものなんてありはしない。

 それはあくまで、この光景に慣れている僕だから——この世界に生きる僕だからだ。

 ふたりにとって、これほど異様な光景もなかなか無いだろう。

 整然と陳列された商品は、およそ王都でも見たことは無かった。

 大きな箱があって、その中にリンゴが詰まってて……みたいな。

 ショーケースなんて無いから、お皿の上にケーキやクッキーを並べて埃除けを被せている……だとか。

 どんなに綺麗に並べたとしても、しかしそのどれもが同じ形だなんてのはあり得ない。

 “根本的な”疑問、違和感を除いても、第一にそういう異様さをふたりは感じた筈だ。

「——っ。アキト……君、いったいどんな暮らしをしてるんだい……? 僕には……ちょっと想像出来ないと言うかさ……」

「別に、アギトのそれとそんなに変わらないですよ。起きて、ご飯食べて、仕事して、寝て。

 まあ……その、勇者なんて肩書きも無いですから、仕事は全然違うことしてますけど。

 でも……便利になったのは確かですけど、人間の生活は基本的に変わってない……と、思います」

 本当に……? と、真鈴は真っ青な顔で僕を見上げた。

 うふふ……こう、なんだろう……めっっっっちゃ胸が痛い……っ。

 今この人は僕を疑っている。疑いたくなくても疑わざるを得ないのだろうな。

 まずもって、その光景の異様さに目を疑う。

 そして、その音に——店内BGM、放送に驚く。

 そこまでは良い。全然良くないって顔してるけど。

 でも……最大の問題、商品を見てそれがなんなのかが全く分からない。

 きっとふたりは今、とんでもない未知の魔術工房に足を踏み入れた気分だろう。

「……っ! あれ……あそこのはおにぎり……よね。でも……ちょっとだけ違う……? アキト……ここ……なんなの……?」

「あ、あはは……大丈夫だって、普通の場所だよ。本当に普通、当たり前。みんなが知ってるものなんだ」

 残念ながらね。

 特別じゃない……と、そう言う度にふたりは訝しげな顔をする。

 この有り様が普通であってたまるか……と、自分の中の常識が訴えるのだろう。

 でも……でも、だ。それについては……こっちのセリフじゃぁーい! と、言いたいところもあるのでして……

「……はあ。あのね……こっちではこれが普通、当たり前。そんなのあり得ないって言うなら、僕だって一個言わせて貰うぞ。

 魔術なんて——魔獣なんて、魔王なんてあり得ない。僕にとって、それは御伽噺の中の存在だった。

 実際目にした魔術も魔獣も、魔王ですらも、僕の知るものとは違った。だからハッキリ言わせて貰うと……」

 お前らの方が全然あり得なかったんじゃい——っ!

 ぺちっと未来にデコピンをかましてそう言うと、ふたりともやっと緊張の穴から抜け出て来てくれた……っぽい。

 まだきょろきょろそわそわしてるものの、怯えた顔はとりあえず引っ込めてくれた。

 ふう……良かった。そう、良かったのだ。

 怯えた少女と幼女、怪しいおっさん。その図式だけはなんとしても崩しておきたかったんだ……っ。

「……魔術や錬金術の発達が無い分、機械技術の発展が進んだ世界……というのには一度行ってる。それよりも更に……」

「……言っとくけど、ポストロイドも大概意味分かんなかったからね?

 似たようなのはあるけど、後期型とかモノドロイドまで行くとファンタジー……えっと……空想上のものだった。多分……僕が世間に疎いのでなければ……」

 ひとつ目の世界には方舟があった。

 その……僕に知識が無いからあんまり分かんないけど、あれは多分そこそこ凄いものだったと思う。

 釘もボンドも何も無い環境で、木だけを組み上げて船を造る。

 それも、完全に密閉出来る、対洪水用の方舟……これもまた御伽噺だけど、ノアの方舟みたいなものだろう。

 あれは……うん、きっとここでも普通に凄い。

「別に、ここにあるものが全部他の世界より先に進んでるわけじゃない……と思う。技術って括りなら。だからあんまり……その……ビビるなよ……コンビニくらいで……」

 仮にも勇者だろ……? と、からかい混じりにそう言うと、未来はちょっとだけムッとして……でも、何も言い返さずに真鈴の手を握った。

 バカアキトなんて知らない、ふたりで見に行こう……かな?

 うふふ、それは……それはダメだよ……っ。なんでそんな寂しいことするの……っ。

 未来も真鈴もどんどんいつもの顔に——勇敢な者の顔になって、そして魔獣を相手してる時くらい真剣にコンビニの中をうろつき始めた。

 ちょっ、なんか……なんか万引き唆された子供みたいに見える。

 僕か⁈ もしかして疑われるのって僕か⁈ もしかしねえな! 最近ニュースで見るしな、子供に万引きさせる大人。

 僕か⁉︎ うっかり通報されるのは僕なのか⁉︎ と、そんなわけで……

「えー、もう帰るのー? やっと法則も掴んできたところなのに……」

「法則とか言わない……いや、陳列のテンプレとかはあるのかもしれないけど。ほら、お菓子買ってあげるから……は、誘拐犯っぽいな。くっ……何を言っても……」

 犯罪の臭いが消えねえ……っ。

 ともかくコンビニはここで一旦打ち切り、他の店に行こう。

 何も僕がよく使うのはコンビニだけではない。

 そして、折角こっちで生活を送るなら、コンビニだけでは勿体無い。

 そう、折角。ふたりにはこの世界を目一杯楽しんで貰いたい。

 僕の都合で色々制限掛けなくちゃいけないんだから、その埋め合わせはしないとね。

 てなわけで、アイス買ってあげるから付いておいで。

「それも……食べ物? 食べ物ばっかり売ってる……わけじゃないのよね? 変な箱もいっぱい置いてたし、それに本もあった。

 もしかして、コンビニってのは魔術工房か何かなのかしら?」

「違う違う、だから魔術なんてものは無いんだってば。

 箱……は、こっちだと商品を剥き身で置かないだけ。全部いちいち包装するんだ。

 本……は、基本的には嗜好品と言うか……ああもう、向こうで見かけた本って大体魔術書なんだよな。例えが浮かばない……」

 とりあえずアイス食べて落ち着こう。

 まだ本格的に暑くなったわけじゃないとはいえ、しかしずっと歩きっぱなしなのだ。

 疲れるし身体も火照る、喉だって乾く。冷たいものが欲しくなるのは道理だろう。

 ただ……まあ、その。アイスクリーム自体はあっちにもあるんだよな、確か。

 そして……残念なことに、百円もしないラクトアイスよりも、向こうのものの方が美味しい……だろう。

 でも、ふたりは嬉しそうに、そして何より物珍しそうに、ソフトクリーム型のアイスを齧っていた。

「気に入ってくれた……っぽいね。しかし意外と言うか……ぶっちゃけ、王都の料理の方が豪華だし美味しいと思うんだけど……」

「他のものの方が美味しい……は、決してこれが美味しくない理由にはならないよ。

 君の気遣いも含めて、この甘味は僕達にとって凄く嬉しいものだ。自分の故郷をそう卑下するものじゃない」

 おや、なんだかいつもの調子が戻ってますね、真鈴さん。

 しかし……しかし、ですよ。大人っぽい言動は取り戻せても、子供みたいな身体はしっかり相応の行動を取ってしまうらしい。

 口の周りを白く汚した真鈴を、お姉さんぶってる未来が嬉しそうに拭いてあげている。

 ごめん、ちょい待ち。手で拭くな手で、ハンカチ使え。

 ああそっか、そんなの持ってないから……ぼ、僕も持ち歩く習慣がねえ……っ。

 ちょっ、三分待ってて! ウェットティッシュ買ってくるから!

 アルコール臭のキツいウェットティッシュにふたりが怪訝な顔を向けたのも束の間、僕達は次の目的地へやって来ていた。

 ここはお店ではない、では何か。答えは……

「……うーん……? さっぱりね。でも、あれだけ大きな建物なんだから……」

「人がいるのは間違いない……と、その上でそれがなんの目的で集まっているのか……という話だよね」

 ふたりが頭を抱えてじーっと見上げているのは、近所にある小学校だった。

 見た目だけの話をしたなら、お前らもここに通ってて違和感無いんだけどな。それは良くて、と。

 そう、学校。僕の母校ではないけど、ここは……

「ここは学校……それも、小さい子の為の学校だ。

 ふたりなら分かるだろ、これが凄いことだって。

 僕は……正直分からなかった、当たり前にある煩わしいものだと思ってた。

 でも、あの旅の間にこれが凄いものだって思った。思ったし……」

 僕とミラの共通の目標——アーヴィンに学校を作る、子供達を教えるという目標のヒントになってくれれば……って。

 答え合わせが済むと、ふたりはやっぱり驚いた顔で校舎を睨み付けた。

 こらこら、目付きが悪い。そんなに訝しむな、嘘なんてついてないよ。

「……こ、こんなにも大規模な施設で……いや、いいや。これこそあるべき姿だ。

 あの国だって、鍛錬場なんて取り壊してこういうものを作るべきなんだ。

 バカ王のバカデカイ椅子なんて取っ払って、そこに子供達が勉強する為の机を準備してあげるべきなんだ」

「あ、あはは……ちょっとちょっと、過激発言はやめて、真鈴。鍛錬場も玉座も大事だから」

 でも……実際の授業風景は見せてあげられない。それは僕の力不足だ。

 こんな時、もっと社会的な地位が……信頼があったらなあ、なんて。

 ああ、そうか。こういう後悔が無いようにって、みんな若いうちから頑張ってたんだな……と、なんだか分かったような発言もしておこう。

 さて、次だ。興奮気味なふたりを連れて、次はどこへ向かおうか。

 いや、もうそろそろ……この先はあんまり行かないから道が分からないわ。


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