第三百十話【勝手が違って】
オレンジ頭がとことこと前を進む。いつもより気持ち遅めに、けれど今の僕よりは速く。
そんなんだから、ちょっと進んでは振り返り、そしてペースを落としてこっちに近付いてくる。でも……
「楽しいのは良いけど、あんまり離れ過ぎるなよ。大丈夫だとは思うけどさ」
「分かってるわよ。アンタこそ、つらかったら早く言うのよ」
振り返る度に目が合って、その時々で映ってるものが違う。
小さなミラの大きな瞳には、興奮と好奇心が溢れんばかりに輝いている。
うん……あれだ、こう……
「……楽しいな、こういうの。やっぱり喚んで良かったよ」
ミラの姿は、やっぱりどこにいても変わらない。
アーヴィンを飛び出したばかりの頃と同じ、見るもの全てに大興奮で駆け寄って行くあの姿。
その様子を見ていると、見慣れた町もなんだか全然知らない場所になった気分だ。
「本来の目的はそこじゃないんだけどね。でも、君の言うことも分かるよ。
そして……今ならあの時の僕の気持ちも分かるんじゃないかな? 進路をあの子に任せた僕の気持ちが」
「……うん、よく分かるよ。手を取って引っ張って行ったんじゃこの姿は見られなかった。アイツが前じゃなきゃ見落としてた。もしかして……星見でそれが分かってたんですか?」
それとも、初見でミラのお子ちゃま具合を把握した……? 真鈴はにこにこ笑うばかりでなんとも答えない。それは内緒……か。
「未来、あんまり遠くに行き過ぎるなよー。しっかし……魔獣の潜んでいそうな場所……うーん」
はてさて問題だ。
目的は魔獣の捜索——延いてはその原因となった影響力の捜索だ。
統計を取ると言っていた以上、それなりにサンプルを集めなきゃならない。しかし……
「難しい……よなぁ。林なんて無いし、公園だって結構ひらけてる。そりゃ、建物の隙間には隠れられるかもしれないけど……」
魔獣だって結局は獣、どこかに潜んで暮らすものだ。
自分の身を守る為、獲物に逃げられない為。簡単には探せない場所にこそアイツらはいる……んだけど。
片田舎とは言えここは現代、それも住宅街だ。人の目の届かないとこなんてそうそう……
「あ……いや、お誂え向きのとこがあるか。未来、ちょっと戻ってこーい。こればっかりはお前に頼るしかないんだ」
「何よ、突然情けないこと言って。まさか、目立つなって言った口で、屋根の上に登れなんて言わないわよね?」
言わない言わない、怒られちゃうし。てか不法侵入……になるのかな、屋根の上も。
どっちにせよそんなことはお願いしないし、やりたいって言われても許可しません。
そうじゃなくて、魔獣の居そうな場所に目星が付いたんだ。
「ほら、道路脇の側溝あるだろ。その……蓋外して一個一個見てたんじゃキリが無いからさ。お前の耳と鼻で探して貰おうと思って」
「なんだ、そんなこと。もうやってるわよ。水の流れる音もするし、棲み着くならこういうとこでしょうしね」
おお、流石に頼もしい。
しかし……ということは、まだその気配は無い……と。ふむむ……
「それについてだけど……実体が無い、虚像である可能性を考えたなら、もしかしたら音も匂いも感じられないかもしれないね。
もちろん、だから探知の手を緩めろとは言わない。アテにし過ぎても良くないよと言いたいだけだ」
「むむ……それもそうね。幻に匂いがあるのかどうかなんて分かんないもの。
繰り返しの結界では音も匂いも鮮明だったけど、あれはもう現実を侵食してたものだし」
え、怖。現実を侵食って、なんか凄い怖い言葉が聞こえたんだけど。
繰り返しの結界と言えば、かつての旅の間に偶然出会った……魔術、なのかな。
原理も何も分かってはないけど、ある出来事に対する後悔や執着が引き起こした、悲劇を繰り返す結界。
言われてみれば、なるほどアレと似た現象が起こっていると考えても良さそうだ。
何も無い筈の場所に現れた魔獣の林は、すり抜ける魔獣と同じくあり得ないものだったわけだし。
「……って、もし匂いで探せなかったらどうしたら良いんだ……っ⁈ そんなのほぼ詰みみたいなものだろ……」
「そうだね、こっちから探す手立てとしては、後はミライちゃんの結界魔術による探知しかないだろう。いやはや困った困った」
困った困った……じゃなくて。なんでそんなに呑気なの。
真鈴には何か秘策があるのかな、焦った様子も戸惑った様子も無く、へらへらと笑って……この言い方だとなんか馬鹿にしてる感じになるな。
ごほん……きっと策がある筈だし、どこか狡猾な笑みを浮かべた……とかで……
「そういうわけだから、あんまり肩に力入れ過ぎない方が良い。どっちにせよ、今の段階で出来ることなんてあまり無いからね。
出会えたら良いなぁ……くらいの緩い気持ちで行こう」
へらへら笑って言うことがそれかよ!
緩い気持ちって……いくらなんでも緩過ぎるよ。
そりゃあ……僕の焦りとふたりの焦りが別物なのは当然だ。
ここは僕の生活圏で、ふたりにとってはあくまでも他所の世界。緊急度はどうしたって違ってくる。
でも、時間だって限られてるわけだから…………?
「……あれ? マーリン……じゃなかった。真鈴、今回の召喚は何日くらい……」
「制限は無いよ。だって、術者がこうしてここにいるんだもの。
維持する必要も、監視する必要も、拾い上げる必要も無い。
今までとは根本的なところが違う、今回は制限時間なんてものは無いんだ」
更に言うと、目的も違うし、そもそもとして立ち向かうべき敵も違う。真鈴はそう言って、僕のお腹をぺちぺちと叩き始めた。
制限時間無し……ずっといられるってこと? それに……目的と敵も……そうか……そうかそうか。
「君がアギトとして向こうにずっといたのと同じように、僕達もミライとマリンとしてしばらくこっちにいる予定だ。だから焦らなくて良い。
魔獣がまだ虚像なのだとしたら、それは反映が未完成だということ。
もう少し時間が経って実体を伴う手前まで行けば、きっとミライちゃんの感覚で捉えられる筈」
「任せなさい、バカアキト。ちゃんとここも救って帰るわよ。まあ……その救うって考え方が違うんでしょうけど」
ここには終焉なんて訪れない……と、思う。なんてちょっとだけ不安になる言い方で、真鈴は僕の手を握ってまた笑った。
それを見てか、未来もぴょこぴょこ戻って来て真鈴を抱き締める。
こらこら、道路で遊んじゃダメだぞ。車なんてあんまり通らないけどさ。と言うか……
「……お前、暑くないか……? いや……その……こうしてお前がこっちに来てからやっと実感したんだけど、向こうに比べてこっちの湿度ってかなり高いし……」
今、六月よ?
まだ梅雨入りはしてないにしても、そもそも向こうに比べて蒸し蒸しするのだ。
と言うかあっちが乾いてんだ。干ばつとかもちょこちょこ見かけたしね。
だってのに……未来は嬉しそうに真鈴を抱き締めてて、真鈴もそれを楽しそうに受け入れていて……
「暑くなんてない……わけじゃないけど、別にこのくらいは。それより……えへへー。折角だもの、今のうちに堪能しとかなきゃ」
「えへへ……ってお前なぁ。まあふたりが楽しいなら良いけど」
見てて暑苦しいのだけど……可愛いから良しとするか。
しかし、この呑気さにもちょっとだけ納得だ。
と言うのも、これまでの召喚ではこういうのんびりした時間ってのはあまり無かった。
制限時間があって、どうしても達成しなきゃならない目的があって。
それも全然分からない、何も知らない世界で……だったのだから。
うん……ちょいと認識を改めよう。
今回は今までの召喚と根本的に違い過ぎる。
そうだな……アギトとしてエルゥさんと一緒に働く、その片手間に魔獣退治もする。みたいな認識でいこう。
「……となったら、ちゃんとこの世界を楽しんで貰うべきだよな。うん、じゃあ……まずは……」
さっきご飯買ったコンビニ……とは別のコンビニへ行こう。
いえ、その……アイツさっきも来たよね……とか思われたくなくて……っ。
それにほら、違う商品がいっぱいの方がふたりも楽しいかなって。
だから……はい? 真っ先にコンビニな辺りに人間性が滲んでる……?
家と仕事先とコンビニ以外に行かない人生……?
たまには友達と遊びに行ったらどうだ……あっ、友達いないんでしたねw……っ⁈
い、いるし……買い物一緒に行ってくれる友達……いるし……っ。
「……ごほん。そういえばさ、真鈴。お金……って、どうしてる? その……持ってる筈ないとは分かってるんですが……」
「あ、あはは……そうだね、残念ながらそういったものは持ち込めない。
正直大誤算だったよ。そんなの無くても狩りをして野宿するくらいは……と思っていたのに。山も無ければ川も無いなんてね……」
いえ、あるにはあります。ありますが……残念ながらそんなことしたら速攻で通報されるので。
さて……じゃあ、やっぱり買い物なんてしたことないよな、こっちでは。
お金は僕があげれば良いとしても、そのシステムは把握しておかないとだ。
この世界で最も便利なもののひとつ、コンビニエンスストア。
その使い方をレクチャーするついでに、凄いやろぅ、ドヤァ。する為に、僕はふたりを連れて○Kに……あれっ? ○Kじゃなくなってる⁉︎ いつの間にかファミ○になってる⁈




