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異世界転々  作者: 赤井天狐
最終章【在りし日の】
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第三百八話【ご飯よりも優先されるもの】


 ご飯だよ。と、そう言って手渡したものを見て、ふたりは目を丸くしていた。

 未来ことうちの可愛い妹ミラちゃんは、目をクリクリにしておにぎりをじーっと見つめ、真鈴ことマーリンさんは、ペットボトルのジュースを訝しげな顔で睨み付けていた。

 うん……まあ、その……

「……この素直なリアクションが見たかったんだ……っ。やっと……やっと……っ」

「何に喜んでんのか知らないけど、ちょっと腹立つから一発殴ってもいいかしら? いいわよね。よし、殴るわ」

 いたぁい⁉︎

 ぺちぃんと乾いた音を立てて、未来の平手が僕の太ももを襲う。

 お前はどうしてそう暴力的な方向にばかり……

「で、それなんだと思う? 料理の名前じゃないぞ? おにぎりって思いっきり書いてあるん…………あれ? 真鈴、そういえば適応って今回は……」

「うん、ちゃんと読めてるよ。しかし……む……むむ?」

 うふふ、凄いだろう凄いだろう。現代とはこういうものだ。

 いえ……そんなの僕が生まれた時にはとっくにあったんですけどね。

 でも、ふたりにとってはあまりに未知——そして、こればかりは予想も想像もクソも無い。あの世界には全く存在しない物質なのだ。

「プラスチックって言うんだ。別に僕が誇ることじゃないんだけど、凄いだろ。

 子供の頃からずーっとあったからさ、別に意識なんてしてなかったけど。

 あっちでの暮らしを考えたら、どんだけ便利なものかって思い知ってさ」

「プラスチック……ふむ? いやしかし……うーん? ガラス……ではないんだよね?

 なのにこの透明度……それに、中身を考えれば随分軽い素材だろう。

 それでいてベコベコと凹むし、なのに割れる気配が無い。むむむ……」

 そっちは? と、真鈴は悔しそうな顔で未来の手の中——まだなにがなんだか理解出来ずに、ずーっと両手で温められているおにぎりへと視線を向ける。

 ペットボトルより不可解な気がする、僕は。あのペリペリとか。

「こいつはこうしてな……こう……で、こう。これもプラスチック……あれ? プラスチックだったよな? ビニール……だっけ。あれ、ビニールとプラスチックって別だっけ⁇」

「な、なんでアンタまで混乱してんのよ。これ……包み紙……なのよね? ちょっともう一個出しなさい。どうなってんのよ……これ……」

 ちょ、ちょっと待って不安になってきた、一回ググるね。

 えっと……よ、よし。ビニールもプラスチックの仲間(?)だな。なんて謎の安心を得ている内に、気付けばミラはコンビニの袋をひっくり返して中身を床にぶちまけた。

 おいおい、乱暴にするんじゃないよ。

「これも……これも……っ⁈ って、そもそもこの袋も同じじゃない。こんなにペラペラなのに、どうしてこんなに頑丈なのよ。これが……」

「ふふーん、凄いだろう。これがこの世界の現代科学です。まあ……別に僕は関係無いんだけどさ。でも、どやぁ! 僕の世界、凄いだろう!」

 ふたりはゆっくりと顔を見合わせて、そして目をキラキラさせ始めた。

 うふふ、ふたりとも可愛い。そうだよそうだよ、そういう反応が見たかったんだ。

 何これ凄い! アキト、これは何? と、そうやって僕をいっぱい頼って……

「——これがあったら今まで不可能だった実験も実現するわ——っ! 真鈴、準備手伝って! こうなったら、帰るまでに出来るだけ開発終わらせて行くわよ! 実証さえ出来れば、あっちでも代替品使って再現出来る筈だわ!」

「任せて! とりあえずこの容器は空けちゃわないと。アキト、他の入れ物無い? 水筒でもコップでも樽でも良いから、この変な色のジュースはそっちに移して……これ、どうやって開けるの? これ? これ蓋? え、硬い……むぐぐぐ」

 全然可愛くない! もう! お前らはすぐにそっちに気が行くんだもんな! もうちょっと素直に感動しろ!

 これすごーい! 不思議! って! もっと子供らしい反応を見せろよ! いきなり活用方法に飛ぶな! なんてツッコんだら蹴られるんだろうな……っ。

 僕は真鈴にペットボトルのキャップの開け方を教えると、すぐに部屋の隅っこで座って小さく丸くなった。誰もお前を愛さない……

「わっ、わわっ、溢れてきた。飲めるやつ⁈ ねえ、アキト! これ本当に飲め……あ、甘い! なにこれ! 甘——えっほ⁉︎ げほっ⁈ い、痛い⁉︎ 口が爆発する⁈ げほげほっ……あれ。おや……おやおや?」

「マリン、大丈夫? そういえば……アキトー、この黒いのも食べられるのー? 剥がして食べるのー? ねえって……もう、何拗ねてんのよ。

 まあいいわ。ちょっと……む……むむ……変な匂いだけど、毒は無さそうだものね。

 噛み切れそうだし、食べても平気でしょう。いただきまーす」

 美味しい! と、そんな声が聞こえたので顔を上げると、そこには和気藹々とご飯を食べてる美少女ふたりの姿があった。

 え、いつの間にピクニックパート始まったんです? 混ぜてよ、そういうことなら僕も混ぜてよ。

「ミライちゃん、僕にも一口頂戴。ふむ、これは穀物……米のようだね。僕達の知るものより随分粒が立派だが、しかし色が白過ぎる。

 ふむむ……? ええい、見ていても仕方がない。どれ、いただきまーす」

「黒い……水……ジュースって言ってたけど……? 匂いは確かに甘いし、でも……なんか……泡が……? でも、美味しいって言ってたし……いただきまーす!」

 あ、それはマズイ。

 未来が齧ったおにぎりはまだ三角のてっぺんだけ……つまりは白米だけ。そこは別に問題じゃない、まだ美味しくなるぞというだけだから。

 でも……うん。白米とコーラは……

「……まずい……」

「……合わない……」

「……そりゃそうだよ……いや、おにぎりとコーラを最初に渡した僕が悪いか……」

 このバカアキト! と、おふたりにお叱りを受けて……怒らないで怒らないで、どうどう。

 おにぎりを食べたい未来には緑茶を、コーラを飲みたい真鈴にはウィンナーパンをそれぞれ渡すと、ふたりともひと口でけろっと機嫌を直して、にこにこ笑って朝ごはんを堪能し始めた。

「そう……そうだよ……実験だの魔術だの錬金術だのと物騒な話はやめて、この世界の美味しくて便利でいつでも手に入るご飯を堪能して、平和な日常をたっぷりと……」

「実験は実験でするわよ。と言うか、そもそもこの……プラスチック? ってやつ、向こうでも作れないかしら。

 繊維……なの……よね? でも、網目なんて見えないし……むむむ? 革……でもないし……」

 ああっ、また興味がおにぎりからおにぎりの包装に。

 ってかお前そういうキャラじゃないだろ! ごはん! おいしい! しあわせ! って、そういう子だったでしょうが!

 もっとがっつけよ! 一個食って満足すんな! めちゃめちゃ食べると思って、おにぎり棚にあったやつの半分くらい買って来たんだぞ!

 店員さんにめっちゃ見られたんだからな! 朝っぱらからおにぎり買い占めとか、普通にギルティな匂いするからな!

「プラスチックってのはな………………ちょ、ちょっと待ってね。えっと……合成樹脂(ごうせいじゅし、英:synthetic resin)とは、人為的に製造された高分子化合物からなる物質の一種。合成樹脂から紡糸された繊維は合成繊維と呼ばれ、合成樹脂は可逆性を持つものが多い。(引用:Wikipedia)……だ、そうな」

「アンタさっきから何見て……あっ、すまほ! そうだった! それもこっちに渡しなさい! アンタばっかりずるいわよ!」

 ひぃん! カツアゲ!

 未来はおにぎり一個食べただけでもう興味を他のものに向けてしまって、僕が思ってたのとは随分違う反応をたくさん見せてくれる。

 たくさん……たくさん買ったんだから食べてよぅ……っ。

 美味しい美味しい言いながら幸せそうな顔してるお前を見たくて、恥ずかしいのも我慢してこんなに買って来たんだぞ……っ。

 けれど少女の好奇心は食欲をも上回ったらしく、もうおにぎりの中身になんて目もくれずに、おにぎりの包装紙とビニール袋とスマホに首ったけだった。

 おにぎりの中身にすら関心持たないなんて……

「ああもう、分かったわよ。美味しかったわ、途中で味が変わるのは面白い試みだと思った。これで良い? 後でちゃんと食べるから、早くすまほ寄こしなさい!」

「食レポが雑! あと、別に途中で味が変わる仕組みではないです。コンビニおにぎり特有の、具材がめっちゃ下の方に寄っちゃってる現象の個体を引き当てただけです」

 うぐぐ……そうだ、ツナマヨだ。ツナマヨなら未来の気も引けるかもしれない。

 しかし、もう一個だけもう一個だけとせがんでも、未来はご飯より実験を優先したいお年頃みたいで……ああんっ、スマホ泥棒!

 でも、ふふふ。残念ながらパスワード入れないとロック解除されないんだな。ロック画面と一生睨めっこしてるが良いさ。

 あっ、ちょっと待って! だめ! 適当に数字入れないで! 待ってロック掛かっちゃう‼︎

「むう……アキト、さっきから君ちょっと変だね。なんと言うか……いいや、それには僕も覚えがある。

 しかし……経験者の口から語らせていただこう。残念ながら、ミライちゃんを相手に目論見が通じるとは思わない方が良い。

 その子はいつだって僕の企てを軽く飛び越えて来たんだからね」

「うぐっ……横で見てたからよーく知ってますよ、ええ。ぐぐぐ……あっ、こら、だから適当にパスワード入れるなって!」

 うぐ……うぐぐ……っ。て、適当にY○uTubeとか流したら誤魔化せないかな……っ。

 真鈴の方はちょっとだけ落ち着いて……興味津々って顔で色々見てはいるけど、それ以上に暴走気味な未来がいるから、相対的には落ち着いてご飯を食べていた。

 これから先、きっとふたりはこの世界で不思議なものをたくさん見ることになるだろう。

 僕がそうだったように——僕がそうだった以上に、多くのものに目を奪われる筈だ。

 そうして……そんなんで果たして、魔獣の問題を解決出来るのだろうか……っ。先行きが……


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