第九十三話
「それじゃ出発ね。忘れ物は無い?」
入ってきたのとは真逆の北門から、僕達は街を眺めていた。もう活気付いている早い朝に、不思議と僕も力を貰った様な気分になる。
「それじゃ、また。よかったら先生にも会いに来てください。アギトさんの事、気に入ったみたいっスから」
そう言ってオックスは手を振って僕らを見送る。見送るのだ。うむ、見送って……
「……本当に来ないの?」
一向に見送られようとしないミラは、じっとオックスを見つめたままそんなことを言った。彼女なりに何か考えがあるのだろうか。それとも本当に僕を守る人手が欲しいだけ? 真相は分からない。
「いや……でも、お邪魔じゃ無いっスか?」
「ほんとそういうんじゃ無いんです。勘弁してくださいよオックスさぁん」
目を逸らして気まずそうにそんなことを言われると、僕も嘆願するしかない。信じてくださいってオックスの旦那ぁ。ぼかぁ何もやましい事なんてしてないんですってば。
「…………間違ってたらゴメン。でも貴方、ご老人の所に帰りたくなさそうに見えるわ。ううん、少し違う。そのまま、今のまま帰りたくないって。そう見える」
「……帰りたくない……っスか」
ミラの意味深な発言に、オックスは俯いてしまった。あれ? 僕はてっきり大人数の方が楽しそうとか、人手が多ければ楽そうとか、そんな理由でオックスに来て欲しいとばかり考えていたのだけど……あれれ? ミラさんは何か違う感じですか? 僕だけ分かってない?
「…………帰りたくないわけじゃないんスけど……先生の下にいたんじゃ何も変われない。最近、そんな事を考えるんス。あの人は……強いんスけど、戦い方なんて全く教えてくれないから……」
戦い方を教えてくれない……? そんなバカな。だってあの時——魔女の巣窟で魔獣に囲まれていた時に、四人は確かにそれを討伐していたじゃないか。そりゃあ不恰好で時間のかかる戦い方ではあったが……
「……オレは強くなりたいんス! 先生みたいに……誰かを守れる強さが欲しいんス! でも…………でもあの人は誰かに守って貰う為の戦い方しか……逃げ残る方法しか教えてくれない……」
「…………でも、それは間違いじゃない。自分よりも大きな相手に真っ向から立ち向かうのは危険で、どうしようもないって投げ出してしまいたくなる様な理不尽が付き纏う。それも分かってるのよね」
ふとオックスの話していた事を思い出す。彼は母親を魔獣の所為で亡くしている。父親に守られて、母親に守られて。家族に守られて自分は生き残ったのだ、と。そして、魔獣を“討ち倒す”力が欲しいとも語った。ゲンさんは僕にも戦い方を、生き残る為の戦い方を教えてくれたが……肝心の魔獣の倒し方を教える事は無かった。倒す力があるものがそれを討つ。彼はそれで良いと言っていたが、オックスにとってそれは理想とかけ離れてしまっているのだろう。
「分かってるっス……でも! でも……いつだって強い人が側にいるわけじゃない。オレ達の内、一人でも魔獣を倒す力を持っていれば……あの時だって……」
彼にあるのは師への不信感だろうか。それと、己の無力への憤り。僕にもそれは覚えがある。頼って貰え無いという苦悩と、それを痛感する己の能力の無さ。だが……ああそうか。側から見ると答えはこんなにハッキリしているのか。ゲンさんは……あの老騎士はもう、誰にも傷ついて欲しく無くて…………
「……それは確かに、あのご老人の下では無理ね。でも私の下なら……と、そう考えているのね。徒歩の旅だもの、魔獣との戦闘も少なくないし、実践は多く積めるわ。魔術や錬金術なら多少は教えてあげられるけど、剣術は門外漢だし体術も貴方と私じゃ体格が違いすぎて参考になるかどうか……」
「それでも良いっス! オレは……せめて三人だけでも守れる力が欲しい。そうすれば先生もオレを認めてくれる……騎士になる為の訓練をしてくれる筈なんス」
ミラも言葉を濁して答えた。だが、オックスは自分の夢を語る。騎士になると言うのは、両親を見て思った事なのか。それとも師を見て思った事なのか。彼の目は真っ直ぐで、いつか見た隻脚の騎士の眼差しを思わせる。だからこそ……
「……俺は反対だよ。いや、付いて来ては欲しいんだけど……ううん、なんて言うかな。ゲンさんは信じられる人だよ。クソジジイだけど、オックスの気持ちを無視した事はしないと思う」
意外なことにミラは驚か無かった。いや、彼女の事だ。とっくに気付いていたのだろう。
「……あれ? もしかして…………オックス、ゲンさんはお前になんて言って送り出した? アーヴィンで俺達がいないって事で、ガラガダに帰った後」
「え……な、なんスか? えーと……絶対に探し出して請求……手紙を渡せって」
少し演技くさい話し方だったろうか? 少しだけ訝しげにオックスは答える。そして言いかけたその本当の答えに、ミラの眉がピクリと動いた。気の所為だ、気の所為だから。請求書とか来てないから気にするな、ミラ! ではなくて。
「言い回しとか、ゲンさんが言った通りに思い出せるか?」
「えーっと……馬鹿野郎。意地でも探し出せ。王都に行ったってんなら、アーヴィンから王都にかけての道のりを隈なく歩き回ってでも引っ捕らえろ。死んでたら骨売ってでも金にしろ。取れるところから取らねえと、飯も食えなくなっちまうぞ。っスね」
ミラの眉間に深く皺が刻まれ始めた。気の所為だ! 気にするんじゃない! ではなく!
「……それってさ。もしかしてだけど。うん、すごく俺にとって都合の良い解釈をするんだけどさ。俺達と一緒に行けって事じゃないかな。無理があるかな? 無理があったかも」
流石に無理があっただろうか。無理があっただろう。だが無理があるくらいで良いのだ、あの老人の相手をする時には。
「……そうっスよね。手ぶらで帰ったら……多分またどやされるだけっスもんね」
「ほら、となれば……?」
無理があるだろう。無理しかないよ。でも……うん。彼は……うん。
「……お二人と一緒に行くしかない! すげえ! 先生はそこまで考えて俺を送り出したんすね!」
オックスはキラキラした目で南を眺める。うん、なんというか……簡単に出来ている。彼はまだ十四歳。こじつけでも、それらしい理由があれば納得してはくれないものかと思ったのだが……まさかこうも上手くいくとは。僕はオックスに、ゲンさんへの不信感で動いて欲しく無かっただけなのだが……まあ、うん。結果オーライだろう。
「……流石に無理矢理過ぎない?」
「良いんだよ……多分。本人も乗り気だし」
ゲンさんの真意は分からないが、オックスを一緒に連れて行くと言えば快諾してくれただろう。まあその際には護衛料とか言ってせびってくるのだろうが。僕らは人手が欲しい。オックスはミラの指導が欲しい。でも僕はゲンさんへの不信を取っ払いたい。うん、全問正解の完璧な結果なんじゃないか。出来すぎじゃないか? オックス、単純過ぎないか、お前?
「おおーっ! やるぞーっ! お世話になります、二人とも! 力仕事なら任せてくださいっス!」
「お、おう。よろしくな」
もしかしたら、背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。いや……彼に限ってそんな事は無い……か。ともかく、僕の目論見通り仲間を増やすことが出来た。やはりここは加入イベントのチャプターだったな。これでパーティ編成は遠近対応の魔法拳士ミラに、まだ未熟ながら力持ちな剣士オックス。そして抱き枕一号。あれ……? なんか一人足手纏いみたいなのが……?
「…………ミラ。俺にも魔術とか錬金術とか……」
「アンタは魔力を使えないって、この間話をしたばっかりじゃないの。その為の魔具でしょうが」
ううっ……なんで。なんで僕だけデメリット持ちなんだ! おかしい! 大体その魔具だって護身用だし、ミラが弾作ってくれなきゃ使えないじゃないか! 僕は理不尽に地団駄を踏みたくなる。
「二人とも早く行くっスよ! 馬車には乗らないんスよね⁉︎ やーっ! 楽しみだ!」
いつの間にか先を行っていたオックスに急かされて、僕達はボルツの街を後にした。少しは人を疑うということを覚えた方が良さそうな、素直過ぎる新たな仲間を迎え、仕様がバグみたいな自分の能力値の低さを再確認して僕達は旅を続ける。僕の! 覚醒イベントは! まだですか‼︎