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異世界転々  作者: 赤井天狐
第五章【金と鋼】
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第二百七十四話【鎧】


後期型ポストロイドの出現。それは、僕達の予定通りの出来事だった。

 街に危機が迫っていると、モノドロイドが外敵を排除する為に差し向けたのだろう。

 そう、予定通り。予定外の——予想外のことがあるとすれば——

「————揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)——コーズ————ッ!」

 再び唱えられたのは、劣化品である強化の言霊。

 さっき使ったばかりなのに……と、そこにも劣化品である要素が見え隠れする。

 持続時間が短い。強化出力が小さい。攻撃に付与される電気が弱い。

 それら多数のデメリットと引き換えに、魔力消費を大幅に抑えた術。

 本来であれば今のミラには必要無い筈の弱体化デチューン

 それがこうして用いられている、それなのに——

「——退けぇ————ぇえっ! 貫く槍灼(アリージャ・フラン)——っ!」

 迫り来る強化型機械人形に、ミラは怯むこと無く突っ込んで行く。

 フリードさんをも打ち倒したあの強敵に、自身の攻撃がひとつも有効にならなかった難敵に、あまりに心許無い武器だけを握り締めて果敢に飛び込んで行くのだ。

 その刃は届かない筈だった。

 雷はアースされて弱点足り得ない。

 炎も一瞬の火力では重大なダメージを負わせられない。

 体術など以ての外、ミラのあらゆる行動が無効化される……筈だった。

 けれど、ミラの一撃はポストロイドを大きく仰け反らせる。

「——穿つ雷電(ピアード・ヴォルテガ)——っ!」

 仰け反り、そして足が——踵が地面から離れた瞬間をミラは見逃さなかった。

 最速で撃ち込まれた雷の槍は、ポストロイドの全身を駆け巡り、恐らく存在するのであろう回路という回路をメタメタに切り裂いた。

 ポストロイドはもがくように暴れ、そして数秒の後に完全停止する。

 見た目は綺麗なまま、再起動不可能なまでに破壊されたのだ。

「——まだ来るわよね、来ないと話にならないわ。さあ——どっからでも掛かって来なさい!」

 ぱち——と、小さな破裂音がして、そしてミラの身体から青白い魔力の迸りが失われる。

 威勢の良い言葉とは裏腹に、強化魔術は既に時間切れを迎えていた。

 ほんの僅かな戦闘で時間切れを迎えてしまう。本当にどうしてこんな……

「……ミラ……? お前……どうしたんだよ……? なんか……強いとかそういう話じゃ……」

「言ったでしょ、負けないって。アンタがそこにいる限り、私はどんなことがあっても勝つの」

 だからそれは……と、出かかった言葉を飲み込んで、膝に手を付くミラに駆け寄った。

 水を飲ませてやりたくても、昨日の朝貰った水筒なんてとっくに空っぽだ。

「……任せときなさい、バカアギト。私がいて、アンタがいる。マーリン様とフリード様のご助力もある。オックスだって手を貸してくれてる。この状況、いつだったかと全く同じじゃない」

 私が願った通りの筋書きがここにはあるのよ。そう言ったミラの目には、やや過剰なまでの自信が窺えた。

 自信……と、それに強い野望のようなもの。

 何をやっても——と、やり遂げる為の固い決意が。

「さ……来るわよ、次が。気合入れて引っ込んでなさい」

「っ。だから、それじゃ気合い入れる意味無いだろ」

 ミラの口からはまた出力調整版の強化魔術が唱えられ、そしてやって来る機械の足音に雷の音が調和する。

 真正面——ついさっき後期型を倒した路地から、またしても機械人形は姿を……っ。

「——また後期型——っ。それも——」

「ようやく本気で対処しに来たわね。でも——それじゃ足りてないって思い知らせてやるわ!」

 現れたのは、またしても後期型ポストロイドだった。

 その数は三機、初対面を思えば絶望的な戦力だろう。

 だがそれでも、ミラは別の強化を掛け直したりはしない。

 三機を相手にしても負けない自信があるんだ。

 ゲームではありきたりな展開だと思う。

 弱い敵を倒して、ちょっと弱い敵を倒して。普通の敵が出て来て、強いのが混じり始めて、そして最後には最強クラスがバンバン並んでやって来る。

 だけど、現実的には非合理的に過ぎる対処方法だと思う。

「……お前……っ。マジでどこまで……」

 三機のうちの一機は、僕が気付いた時には壊されていた。

 もうそれがおかしな話だった。

 だって、さっきそれを壊すのに色々策を講じてたじゃないか。それなのに……

 それもやっぱり、ゲームならありきたりな話だと思った。

 レベルアップして、苦戦していた敵にも楽に勝てるようになって。

 でも、現実的にはあり得ない……ことも無いけど、難しいと思う。

 あり得ないことが目の前で起こっている。

 街はポストロイドを失いたくない筈だ。

 だったら、一定以上の脅威だと判明した時点で、最高戦力を投入すべきだ。

 少なくとも、モノドロイドは一度ミラを制圧している。

 じゃあ、こんな緊急性の高い事態に出て来ない理由はなんなんだ。

 ミラの進化のスピードは今までのそれとは段違いだった。

 まるで別人——ミラの性質とは違う成長の仕方をしている気がする。

 いつだって勉強と特訓と準備で強くなって来たのだ、ミラは。

 それが、ここへ来て負けられないからなんて精神論だけで——

「————九頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)————ッ!」

 バガッ——と、金属が凹む音がして、そして二機のポストロイドが宙を舞う。

 ミラの体当たりで突き飛ばされ……突き飛ばせる筈が無かったのに、吹っ飛ばされたんだ。

 接地を失って無防備になった機械人形を、雷の龍は容赦無く飲み込んでしまう。

「——よっし、終わり。んー……一応まだ来るわね。さっきまでとは明らかに違う、増援が途絶える気配が無い。今のうちに目星付けときましょう」

「……おかしい……おかしいぞ、お前……」

 私……? と、ミラは首を傾げた。

 ああ、そうだよ。お前が……お前だけじゃないけどさ。全部……

「お前も、街もだ。全部おかしい。モノドロイドはなんで出て来ない。あれだけ後期型が投入されたってことは、もう本気で警戒されてるってことだろ? じゃあ、なんで一番強いのを出さないんだ」

「……モノドロイドがどうしようもなく特別だから、かしらね。代わりの利かない、本当の本当に特別な存在だから。でも、アンタの言う通り変ね。それにしたって、後期型を小出しにする理由は無い筈だもの。となったら……」

 今来てるのは足止めで、そのうち本隊がどかっと押し寄せて来るのかもね。と、ミラは随分おっかない話を余裕な表情で口にする。

 それは……おかしくない。その謎の自信は前からある、頭のおかしいのは今に始まったことじゃない。でも……

「……で、私の何がおかしいのよ。さっきからすっごい……すっっっごい不思議な目で見てるけど」

「……だって、お前ってもっとこう……裏付けがある成長しかして来なかった……ような……そんなことも無いような気がするし……」

 あまりに堂々とされると、こっちが自信無くなってしまう。

 中途半端な言葉では当然伝わらなくて、ミラは困った顔のまま黙ってしまっていた。

「ほら、えっと……新しく術式覚えたり、魔具造ったりさ。レアさんに枷を外して貰ったのは、どっちかって言うと……あれ? そっか、お前って弱くなったりそれを元に戻したりばっかりで……」

「ちょ、ちょっと。なんか重大話っぽい顔しておいて、勝手に納得して終わらないでよ。言いたいことは分かったわ、ちゃんと全部文句言ってやるからそこに座りなさい」

 え、あ、はい。なんで僕がお説教食らう流れに……?

 一応まだ気の抜けない状況だった筈だが、随分と緊張感の無いことしてる気が……

「アンタの言う通り、基本的に私の成長は見てて分かりやすかったでしょうね。そもそも術師ってのは学者なんだから、学んだことを発揮してなんぼだもの。

 学び無くして成長無し。アンタにしては、珍しく良いとこ突いてるわ」

「そ、そう? へへへ……じゃなくて。そうだよな、そういうレベルアップイベント無いと強くならないよな?」

 なんかその言い方ムカつくわね。と、あまりに理不尽な怒りを買って、僕は固いコンクリートの上で腿を踏まれた。

 痛い痛い、でもあんまり強くは踏まないでくれたんだね、優しいね。優しかったら踏まないんだよ。

「で、今回はそれが無くても強くなった……ように見える、と。バカアギト。はあ……このバカアギト。バカアギトね、本当に」

「ばっ……三回も言うな! 連続で! 実際そうだろ、強くなるどころか、勉強も訓練もしてる暇なんて……」

 大きな大きなため息の後に、バカアギト。と、呆れられてしまった。

 う、うぐぐ……っ。そういうとこ……そういうとこだぞ……っ。説明がいつも足りないって言ってるのに……

「あるのよ、ちゃんと。裏付けも、事情も、理屈も。アンタだけよ、気付いてないの。

 私がただの根性論で強くなるもんですか。それが許されるのはフリード様だけよ」

「ある……のか? この世界に来た時より強くなるようなタイミングが、本当にあったのか……?」

 ミラは僕の問いに返事もせず、代わりに緊張感を取り戻せと背中で命令した。また、来るんだ。

 機械の駆動音は……しない、聞こえて来ない。

 そもそも後期型は、音も無く接近して来てたっけか。

 じゃあ、アースしてもすぐ無効化されるから、不意打ちを優先して備えを減らした……とか?

 答えは、すぐに現れた。

「——やっと出て来たわね——」

「——よもや、あの状況から逃げ果せるとはな————」

 ビリビリと背中に電流が流れた。

 キンキンに冷えた氷水を頭から浴びせられたかのような寒気に、さっき弛んだと思ってた緊張の糸が限界まで張り詰めさせられる。

 現れたのは見覚えのある鎧姿——ポストロイドを破壊していた犯人。

 名も知らぬ、顔も知らぬ、事情も目的も何も知らぬ、ただ敵として立ちはだかる男の姿だった。


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