第二百七十三話【進展暴乱】
しばらく暴れ回っていると、やはりここでも増援が途絶え始めたのが僕にも分かった。
迫って来る音がどんどん減って、スクラップばかりが増えていく。
まだ、モノドロイドはこの事態を感知していない。
或いは、感知してなお取るに足らないものだと無視している。どっちにせよ——
「——無防備過ぎる……っ。この街、最初に持ったイメージより……」
機械人形が常に巡回し、事件や事故を探知、解決、予防している街。
あの時追い掛け回されながら抱いたイメージは、監視者の多い街というものだった。それがどうだ、この有様は。
「——触れられざる雷雲——っ。また……また、途切れてる」
街を守る組織は、その異常を感知出来ていない。或いは無視してしまっている。
街の安全を、住民の平和を守れていない。
そもそも想定されたものではないにしても、この街は外敵に対してあまりに無防備過ぎるのだ。
探知によって近くにポストロイドの気配が無いことを確認すると、ミラは凄くイライラした様子で地面を蹴り付けた。
「——なんなのよ……っ。ポストロイドはいくらでも増産出来るから、壊されても大した問題にならないってわけ……?
じゃあ……工場を壊せば、人が住む建物を壊せばやっと出て来るの……っ? そんな——そんな後手の対応しか出来ないような街だっての、ここは——っ」
ミラの怒りは、自分の予定通りに物ごとが運ばないストレスだけに起因しない。
市長として——素晴らしい街を作りたいと願い続けたものとして、このあまりに無責任な街の在り方が許せないのだろう。
暴れ回って迷惑を掛けてるのは僕達だってんだから、向こうからしたら大きなお世話もいいとこかもしれないけどさ。
「次——っ! 次行くわよ! ここから遠い場所——これだけ暴れても音が届かないような場所。意地でも気付かせる、叩き起こす。最悪、工場のひとつでも襲わなくちゃならないかもしれないけど……っ」
「ああ、分かってる。その罪は俺も一緒に背負う、一緒に償う。そんな時間があるか分かんないけど、出来る限りは」
ミラはぐっと歯を食いしばり、そして僕を抱えてまた高く跳び上がった。
強化を掛けて貰っての並走じゃ遅い、もっともっと急ぐ必要がある。鬼気迫るその表情に、事情は簡単に察せられた。
「——ミラ、この先——」
「……大丈夫。建物は壊さない、誰も傷付けない。世界を救うってことは、そこに住む人々を救うってこと」
街に対して重大なダメージは与えない、人は誰も傷付かせない。ミラに課せられた直近の使命はそのふたつ。
それを遵守しながらポストロイドを——強力な機械を破壊する。
それが難しいだなんてのは言うまでもない。
それでも再確認が必要になったのは、降り立った場所のすぐそばに時計塔の影が見えたからだった。
「……もしかしたら、みんなと鉢合わせるかもな。夜勤帰り……は、もうとっくに帰宅してるか。でも、うるさくすれば起きる人も出て来るだろう」
「そうしたら……その時は一緒に謝ってよね。事情の説明なんてしてる余裕は無いだろうけど」
ゆっくりと迫って来る機械人形の足音に、管理棟のみんなの声がダブって聞こえる。
みんなが大慌てでやって来て——良かった、無事だったんだ。なんだか危ない奴が暴れてるらしい。早く地下に避難しよう——なんて言ってくれる妄想が。でも……
「————連なる菫————っ!」
現れたのは足音の主——ポストロイドで、誰も彼もが僕達に明確な敵意を向けてくれている。
機械人形の感情なんて分からない、あるのかも知らない。
でも……はっきりと、僕達を外敵だと認識してることだけは伝わってくる。それが少しだけ救いだと感じてしまった。
腕を振り上げて一目散に突っ込んで来るポストロイド達は、ミラの放った小さな火球に翻弄される。
やっぱり目……カメラだけで僕達を捉えてるわけじゃなかったんだな。
熱に反応しているのか、高速で飛び回る魔術の火の玉を敵と誤認して右往左往し始めた。
「——荒れ狂う雷霆——ッ! アギト、もうちょっとこっち寄りなさい!」
ちょっ、唱える前に言え!
まだまだ混乱中のポストロイドだったが、やって来る数がこれまでとは段違いに多い。
十やそこらじゃない、背後からも聞こえる音を加味すれば三十や四十にもなるかも。
流石にこの数相手じゃミラも出し惜しみなんてしていられず、広範囲高威力な雷の竜巻を呼び出した。
「——はぁああ——っ! これだけ数が多いなら、きっとこの近くに——」
「——モノドロイドの拠点——この街の重要な建物があるんだ。くそ、こんな——」
灯台下暗しとはよく言ったものだ。こんなに近くにそんな大事なものがあったなんて。
落ち葉みたいに軽々と巻き上げられるポストロイドの姿に、やっぱりこの魔術も——どの魔術も威力が上がってるんだと確信する。
術式自体を書き換えないと威力や性質は変わらない……みたいな話を聞いた気がするんだけど、そこんとこどうなんだろうか。
「——っ! はあ……はあ……っ。流石に……これは別格に疲れるわね……っ。でも……」
「とりあえず第一陣は全部退けた……な」
やっぱり一番消費多いんだな、それ。そんな呑気な会話が出来るくらい、状況はあっさり解決された。
きっとまだやって来るだろうが、しかしそれと今この瞬間の安息とは無関係だ。
無理矢理作った休息の時間に、ミラはだらんと脱力して急速回復を図っている。
「与える影響が一番大きいからね。魔力消費もそうだけど、微調整の手間が多過ぎて頭が疲れるのよ」
「なるほど……って、なんか思ったより余裕そうだな。魔力もそろそろギリギリだろ? どうする、もう派手な術に拘ってる場合じゃないだろ」
痛いとこ突くわね……と、ミラは苦い顔で僕を睨み付ける。
そりゃ突くとも、諫言が今の僕の役割だ。
魔力の総量は知ってる……つもりだ。途方も無い膨大さだとだけ。
でも、それにも限界があることは、きっと他の誰よりも知ってる。
「……そうね。ここからは節約しながら……っ。なんて言ってる余裕も無さそうね」
ゆっくり立ち上がって大きく伸びをすると、ミラはまた探知の結界を展開した。
魔力を温存したくてもこれだけは外せない、妥協出来ない。
敵の数を知るという点でも重要だが、敵でない存在の接近を見落とすわけにはいかない。
それが無辜の民であれモノドロイドの一員であれ——守るものであれ求めるものであれ、やるべきことに変わりないのだから。
「——数、多い。やっぱりここが本命——っ。アギト、気合入れてくわよ!」
「おう! おう……おう? お、俺は何したら良い⁉︎」
見てなさい! と、気合を入れさせられた割にはなんの仕事も与えて貰えず、僕は仕方なく縮こまってミラの背中に隠れることにした。ぐすん……と、泣き真似は不要かな?
「……これで、本当に強くなるんだな」
「当然。今の私はそういう風に出来てるんだから」
ギャリリィ——と、鉄の棒が地面を引っ掻く音が迫って来る。
見れば、少し壊れたポストロイドが混じっているではないか。
あれがここに来るまでに転んで壊れたというのでなければ、やはり近くに本丸があるのは確定で良いだろう。
あんなボロにさえ出動命令が出るくらいの窮地だと知らしめられているんだ。
「——揺蕩う雷霆——壊——っ!」
「行け——ミラ————? 壊……壊——っ⁉︎」
ちょっと待ってそれはダメ! その術式は、この時に限って絶対ダメなやつだ!
改と銘打たれた可変術式と違って、それはまだ途上——性能を大幅に引き下げるだけの追加術式だろう⁉︎
魔力消費を抑える為だけに作られた、気持ち悪いだのなんだのと嫌がり続けた魔術だ。
いくら節約の為だからって、そんな舐めプじゃ危な過——
「————っしゃぁあ! はああ! っだらぁああ——っ!」
「——っ! バカ、お前——っ」
ミラの背中が一気に遠くなって、ポストロイドの群れへと潜り込んで行く。
そして……どかんどかんと派手な音を鳴らしながら、機械人形はゴミみたいに投げ飛ばされ始めた。
そ、それでこと足りるなら最初から——っ。派手さの為ってだけで無駄遣いし過ぎだ……バカミラ……
「……でも、それでいけるなら——っ⁉︎ ミラ! 気を付けろ——っ!」
「——言われなくても——っ! ッシャァア!」
一段とけたたましく吠えて飛び掛かるミラの視線の先には、ボコボコに凹まされた二機のポストロイドがあるだけだった。
もうスクラップ寸前なそいつらにも急いで対処しなくちゃならない理由が出来たんだ。
ガゴン——ッ! と、鈍い音とともに破壊された二機を蹴り飛ばしながら戻って来たミラの、その目の先にある新たな影に背筋が凍る。
「——後期型——っ。よりにもよってこのタイミングで……」
「違うわよ、バカアギト。やっと——ようやく出て来てくれたの。じゃあ、この近くには間違いなく——」
モノドロイド——中枢が存在する。
地面に転がる鉄屑を跨ぎながらやって来るその小さな影は、紛れもなく特別製のポストロイド——後期型と呼ばれた機体だ。
魔力残量に不安が出て来た今になって……と、恨み言もこぼれそうになる。
でも、ミラは笑っていた。嬉しそうに、ようやく予定通りに事態が動き出してくれたんだって。




