第二百六十三話【自作自演スポットライト】
昨日の現場に到着すると、そこにはまだ破壊されたポストロイドがそのままの姿で打ち捨てられていた。
片付け——調査にやって来ていると思しきポストロイドや人の気配も無い。つまり……
「まだモノドロイドはアイツの足取りを掴めていない。私達も、遅れてるわけじゃないってことね」
よし。と、ミラは昨日ボコボコにされた現場にいながらも笑顔を見せる。
よくない。よくないが。よくないんだが……しかし、確かに。
モノドロイドが情報という面でも僕達の上を行ったなら、こっちが先に犯人を捕まえるなんて出来っこない。
包囲網や捜査能力は僕達より圧倒的に上なんだから。どんだけミラの耳と鼻と結界が凄くても、結局数の力には敵わないのだ。
「アイツ、変な鎧……服? 着てたよな。アレの匂いとかで追えないか?」
「無理ね、流石に。特徴的な匂いだったけど、でもこの街じゃ普遍的に存在する匂いだった。それに、アレを脱がれちゃ意味が無い。
出来ることと言えば、次に襲われそうな場所を推測するくらいかしらね」
そんなの出来るの? と、僕が問えば、多少なら。と、ミラは小さく頷いた。
すご。え? うちの妹すごない? 警察になれる、警察犬になれるよ。
「そうは言っても、今日現れる可能性が高い場所を大まかに絞り込むってだけ。ハズレを引いたら明日からはまたノーヒント、運任せで鉢合わせるのを待つしか無ない」
「え、なんだ……大して凄くないじゃん……」
ふしゃーっ! と、もうこれで通算何度目かも分からないけど、ミラは鬼の形相で僕の肩に噛み付いた。
いたいいたい、でもいつもより気持ち硬いとこ噛んでない? やっぱり犬なの? 噛みごたえある骨のとこのが好きなの?
「ったく、このバカアギト。人間には、無意識の行動原理がある。決まった手から袖を通すとか、決まった足から歩き出すとか。意味や根拠じゃなくて、完全に無意識での決定があるのよ」
「うん……うん? 言われてみれ……ば……いや、全然ピンと来ない。俺っていつもどっちの足から歩き始めてたっけ……」
だから無意識だって言ってんでしょうが……。と、ミラは本気で呆れた顔をした。
ぐっ……だ、だって、言われたら気になるじゃないか……
「そういうものの中に、物ごとに規則性を持たせるって習性がある。
例えば、地図の上にバラバラに目印を置くとき、なんとなくバランス良く——偏りが少なくなるように配置したくなる、とか。もちろん、みんながみんなじゃないけどね」
その説明はなんとなく腑に落ちた。
確かに、適当にバラバラと並べるなら、なんとなく等間隔に近い置き方をしてしまう…………気がしなくもない。いや、全然意識してないから分からないけど……
うん……初期配置とか、言われてみると意図が無いと偏らせない……気が……
「前回の場所、それからここ。その間にどれだけの被害があったか分からない。だから、細かく絞り込むところまではどうやってもいけない。
でも、その絞り込みに関わる重要な要素を、私達だけが持ってるのよ」
「俺達だけが……? えっと……あ、そっか。お前の結界があれば……」
バカアギト……などと本気のガッカリ声で言われてしまっては僕も泣かざるを得ない。
うわぁん! なんだよ! なんなんだよ! お前のその勿体付ける癖、まじでマーリンさんの悪いとこ感染ってるだけだからな!
「アイツは昨日、ここで私達に出逢ってるのよ。そう、昨日のこの場所でだけ、アイツの当たり前は崩された。
誰にも見つからずポストロイドを破壊し続けてきた——自分を見たものを全部潰して来たアイツが、初めて逃したのが私達なの。
モノドロイドが情報を持ってない以上、それはほぼ間違いない」
「俺達と……出会って……? 当たり前が……? それで……えっと?」
嫌じゃない? と、ミラは突然すっとぼけた声でそう言った。
え……? えっと……嫌……だね、うん。
出来れば関わりたくないもん、あんな危ないやつ。え? え?
「そうじゃなくて、アイツの立場だったらの話よ。嫌でしょう? 初めて誰かと遭遇して、初めて何かを壊し損ねた。
自分で見逃したとは言え、それまでと全く同じ気分で次の現場へは行けないじゃない」
「……あー……えっと……確かに。でも……それって気分の問題で……」
無意識は気分に左右されやすいのよ。と、ミラはそう言ってスタスタと歩き出してしまった。
お、おい。どこ行くんだよ。ちょっと、せめて結界使って。安全を確認してからにして。
「例えば街の北と南に目印を置いて、次には東か西にしようと無意識で決定したとする。
その直前、右手の甲を壁に擦って怪我をしたとする。そうすると、無意識は右側を避けようと地図の左側に目印を置こうとするの」
他の要因があればそれに引っ張られるでしょうけど、アイツにとって障害になり得るものなんて限られ過ぎている。そう言うミラの背中には、なんとなくだけどやる気が満ちていた。
「あの場所と、そしてこの場所。それだけじゃ絞り切れないけど、でもこの無意識による選択肢の減少でちょっとはマシになってる。
あとは運が良ければ、四分の一か三分の一くらいの確率で当たりを引ける……かもしれないわ」
「四分の一……な上に不確定かよ。全然アテにならないじゃないか」
そもそもアテが無かったんだから、あるだけマシでしょうが。なんてちょっと叱られて、相変わらず結界を使うそぶりも足を止めて耳を澄ませることもしないミラの背中をやや疑う。
まあ……そうだな、無いよりはマシだな。無いよりはマシって、本当に最低限の最低限なんだけど……
「そ、それは良いけどさ……なら、元々それなりに期待出来るアテをもうちょい頼れって。匂いでも結界でも、結構な精度で状況を……」
「————アギト。私はこれから、その無いよりマシ程度のアテを確実なものにするわ」
確実な……? それが出来るならそりゃ苦労は無いだろ……なんて呆れたのも束の間。
ああ……分かってしまった……っ。コイツ……このバカ……バカミラの考えが、さっき背中に見えたやる気の意味が——全部分かって——
「——————爆ぜ散る春蘭——————ッッ‼︎」
「————こ——のバカミラがぁ————ああああ————っ!」
威勢良く紡がれた言霊は、目が潰れてしまいそうな程の強い光となって天に打ち上げられた。
工場のガスですっかり空の覆われたこの街を、大きな大きな太陽が——爆炎魔術が照らし出す。
真っ白で、眩くて、誰もが目を奪われてしまいそうなその輝きは——轟音と共に爆ぜ、空全体を焼き焦がした。
「——アギト、しっかり掴まってなさい! 揺蕩う雷霆——っ!」
「バカ——バカミラ——っ! お前、こんなことしてぶじじじじじびいびびびびっっびび——っ⁉︎」
いたい! いたいいたい! 痺れる!
久し振りに強化魔術を纏ったミラに背負われ、僕は抵抗も許されないまま建物の上まで運び込まれてしまった。
ゲームの三角跳びよろしく壁を蹴りながら上へ上へと登るミラの顔は、やっぱり……こう……イキイキとしたものだったよ……っ。
「後はポストロイドが集まるのを待つだけよ。そしたら移動して、次のポイントでまた打ち上げる。次も、その次も、その次の次も」
「……もしかして……さっきの無意識の話ってさ……」
規則性を持たせて花火を打ち上げれば、向こうがこっちの目的地を察してくれるだろう……みたいな話……?
あれ……? こっちがあっちの目的地を先読みして……え? おかしいな、話があべこべに……
「これだけあからさまに挑発されれば、嫌でもその規則性に気付くでしょう。
無意識ってのは意識させることも出来る、無理矢理引っ張り出すことも出来るの。
自分の調子を崩さない為に、靴を履く順番を決めるみたいにね」
「真面目な顔で、なんか難しい話をしてたと思ったら……っ。結局力技! 脳筋! この脳筋! ゴリ押し以外に無いんか! お前は!」
押して通るなら押し切るに決まってるでしょ! と、ミラはフンと鼻を鳴らしてそう言い切った。
こ、コイツ……っ。脳筋ゴリ押しだって遂に開き直りやがった。
「……そろそろね。跳ぶわ、しっかり掴まってなさい」
「跳ぶ……ってお前、待て——お前はキルケーさんみたいには飛べな————」
——疾る積乱雲——
耳に届いた言霊がなんだったかを思い出す前に、僕達の身体は突風に突き飛ばされるように空を駆けた。
死——死ぬぅうううおおおおあああ——っ⁉︎
グングンと高度は下がって行って、当然着地地点の安全なんて確保されてなくて——
「——掬い上げる南風——っ!」
「——ぁぁあぁああ——っ⁈ おぁっ⁉︎ う、浮いて——」
爆ぜ散る春蘭——っ! 生きているという安心や喜びを噛み締めるよりも前にその言霊は響き、そしてこの三度目の日の出が街を照らした。
バンともゴンともズドンとも表せない、お腹の底を痺れさせる轟音は再び空を炎で覆い尽くし、そして僕はまたビリビリ逆バンジーで建物の屋上へ——
「——ま——待って! 死ぬ! このループをあと何回するつもりか知らないけど! 俺はそのうちに死ぬ!」
「死なない! 死なせないわよ! 勇者様の力だってあるんだもの!」
即死以外での脱出方法が無い⁉︎ 嘘だろ⁉︎ 昨日の怪我には使ってくれなかったのに!
今からあと何度あるかも分からない——でも、少なくとも数回は確定している地獄みたいな絶叫アトラクションへの絶望感から、僕の身体には痒みと鳥肌が……痒っ、え、なに?
見れば、ポストロイドが集まるまでは治癒してやろうという気遣いを見せてくれたらしい、薄緑色に光ってるミラの手が僕のお腹に添えられていた。
わぁい、優し……優しくない! 鬼! 悪魔! 助けて! 誰か! 誰かっ‼︎




