第二百五十九話【成長期……というのではない?】
日が変わって、夜と朝の境目みたいな時間に、僕達は管理棟を抜け出した。
最近こんなんばっかだ。と、愚痴をこぼすと、ミラはムッとした顔でお腹を殴ってくる。
シャキッとしろ、だらしないこと言うな、かな。でもそれは……やっぱり難しい。
「お前だって寂しいだろ、みんなともっと話したいだろ。まあ……あんまり仲良くなり過ぎると……だけどさ」
「分かってるならぐちぐち言わない。流石にもう慣れたわ、五回目だもの。二度と会えないって事前に身構えられるなら、どんな別れも乗り越えられるわよ」
五回目って仰るけど、実質三回目よ?
一回目はほとんど人と関わらなかったし、四回目はそもそも日数が短かった。
友達と呼べるくらい仲良くなったのは、結局エヴァンスさんと、ヘカーテさんキルケーさんだけ。まあ……十分寂しい思いしたけど。
「場所は指定する……って言われたけどさ、結局何も連絡無かったよな。と言うか、連絡とか出来なかったよな。どうするんだろ、また乗り込むしかないのかな……?」
「この時間には流石に無理よ、まだ大勢いるでしょうし。うーん……フリード様に限って、うっかりってわけないでしょうし……」
マーリンさんと違って? と、キラーパスを出すと、ミラはうっかり頷きそうになった。
それを必死に堪えて、僕をギロッと睨んで……結局力無く頷いてしまった。
あの方はどうしても抜けてらっしゃるから。と、がっくり肩を落とす姿に、僕がいなかった間のアーヴィンでの苦労が窺える。ミラにまで呆れられ始めたぞ……あのポンコツ……
「ま、なるようになるでしょう。もう今のフリード様の匂いも覚えたんだもの、建物から出てさえ頂ければ……ああ」
「ああ……って……ああ、成る程」
最初からそのつもりで。と、僕達はふたりして納得してしまった。
連絡なんてしなくても、そもそもミラならフリードさんの元へ辿り着けるのだ。
場所を指定する……ってのは、本当に指定だけで、何も招待状なんて出してくれるわけではなかったのだな。
いや、それもそれで……類友か? マーリンさんのこと言えないぞ、フリードさん。割とそれは類友な行動だぞ?
「そうと分かったら……ふんふん……すんすん……」
「……それ、やっぱり人として何かがおかしいと思う。頼りにしてるし、何度も助けられたし、と言うかもう見慣れてしまってるけど」
やっぱりお前の分類はペットだ。盲導犬とか向いてると思……美味しそうな匂いがしたらそっち行っちゃいそうだしな、ちょっと難しいか。
ミラは僕の言葉にも態度にも文句があるようで、思い切り足を踏ん付けられてしまった。痛…………ふぅ……ふぐぅう……っ。
「……こっちね。一応念の為に、ポストロイドの動向も探っておきましょう。こんな時間にも見回りしてるとは思わないけど……」
「いてて……そうだな、念の為に……下手に見つかると合流が難しくなるんだから、万全を期してこう」
相変わらずビビリね。と、ミラは毒を吐いて、そしてすぐに結界魔術を展開する。
昨日やった超広範囲結界ではなく、ずっとお世話になってる普通のインチキ探知結界。普通の概念壊れる。
「……うん、よし。こっち、行くわよアギト」
意気揚々と歩き出したミラに、僕もややビクビクしながら付いて行く。
いや、どんだけ安全確認しても怖いものは怖いのよ……? ただでさえ昨日の……
「フリードさんに相談したとしてさ、どうにかなるもんかな。お前はなんか秘策あるって顔してるけど、そういう時っていつも成功してないんだぞ? 邪魔が入ったり、思ってたよりヤバかったり、そもそも策に穴があったり」
「……うるさいわね、バカアギト。でも、結果として私は生きてる。王都までの旅を歩き通して、そして魔王も倒してる。成功してないかもしれないけど、失敗もしてないのよ」
ふん。と、鼻を鳴らすミラだが、その論はあまりに暴論過ぎるってもんだ。てか、失敗してますがな、そこそこ。
最終的には生きてた……ってだけで、白衣のゴートマンには殺されかけて……いや、自己治癒が目覚めなかったら本当に……
「そんな顔しないの。分かってる、かなり細い理だわ。でも、全く不可能だとも思わない。
世界を救うなんて使命、そもそも奇跡でも起こさなきゃ成し遂げらんないんだもの。この程度はなんとかしなくちゃ」
「……そうだな。ただの強い敵ってんならまだ楽だもんな。問題はその後……か……はあ」
そう……そうなんだよな……はあ。
あの犯人がこの世界の終焉と関わりが深そうだ……とは思ってる。もはや確信と言っても良い。
でも……あの犯人が終焉そのものだとは思い切れない。
アイツを倒した上で現れる裏ボスみたいなのがあるんだろう。
それも、戦闘じゃなくてもっと別の解決方法を要求してくる奴が。
「この先……すんすん……うん、あの赤い窓枠の建物よ。フリード様と……誰か一緒かしら? 知らない匂いが混じってるわね」
「知らない匂い……協力者ってことかな? だとしたら……七桁の……だよな。六桁のみんなにお世話になってること、バレたら面倒になるかな……?」
素性を明かさないようにしなくちゃ。うっかりなんかで作戦が崩壊したら元も子も無いし。
ミラの指差した赤い窓枠の建物——窓枠くらいしか特徴の無い、他と変わらないのっぺりしたコンクリートの建物に入ると、ミラはまたすんすんと周囲を探り始める。
「来たか。朝早くにすまないな。だが、己は一応管理者という立場を与えられている。拾われた身だ、その恩義には報いなければならない」
「フリードさん。おはようございます」
ミラが見つけるよりも先に、フリードさんは奥の部屋から現れた。
そんな彼に頭を下げれば、ああ……すまない、己としたことが。と、その人も深く頭を下げておはようと挨拶を返してくれる。
うん……やっぱり気さくと言うか、親しみやすい人だ。
それでも、あんなに違う価値観を持ってることもある……か。難しい話だなぁ。
「フリード様。その……お連れ様がいらっしゃいますでしょうか? 匂いが……」
「連れ……? ここへは己ひとりで来た。追手……尾行の気配は無かったが……いや。もう己のこんな感覚など役に立ちはしないか。ミラ=ハークス、出どころを探れるか?」
お任せください! と、ミラは胸を張ってそう答えると、また結界魔術を発動する。
目でも耳でも鼻でも探せるだろうが、ここは最速かつ確実に捕捉しなきゃならない。
ミラの優れた感覚よりも更に上の探知能力を持つ結界が、なんとなーく……ぶわっと展開されたのかな? いや、目に見えるものじゃないから……
「……? 何も……いませんね……? フリード様、少し失礼致します。お召し物はどなたかから借り受けられたものでしょうか。それから……ええと……」
「匂いはしたが、しかし人の気配は無かった、と? ふむ……であるなら、或いはそれも己の匂いかもしれないな。少々特別なのだ、今のこの肉体は」
特性が一定ではない、まだ不安定なものでな。と、フリードさんは自分の周りで鼻をヒクつかせてるミラに苦笑いでそう言った。
匂いが不安定ってどういうことなの……? と、ツッコんで良いものだろうか。
「……確かに、これもフリード様の匂いで間違いなさそうです。肉体の再生——再構築はまだ今も行われている……ということでしょうか」
「すまない、己は君や魔女のように術に精通していないのでな。ただ実感として、まだ己は不安定な存在である……と、なんとなくそう理解しているだけで……」
情けない限りだ。と、フリードさんはまた深く頭を下げて、僕達も大慌てでそれより更に低くまで頭を下げる。
どうしてだろうか、どことなく……フリードさんの表情は柔らかいものに思えた。
憑き物が落ちた……なんて表現も変だけど、ありきたりな言葉ならそんな言い回しが当てはまるのかな。
「……? どうかしたか、アギトよ。君から見ても己はどこかおかしいか?」
「あっ、えっと……いえ。おかしい……わけではないですけど、少し……」
ここへ来る前——召喚の前、フリードさんは凄く追い詰められた表情をしていた……気がする。
最強であることをあの魔女に否定され、そして記憶の異常に振り回され、あまつさえ信頼しているマーリンさんから、その理由を——僕という理解し難い存在を突き付けられた。
まともでいられる方がおかしいって言えばそこまでだけど……
「……吹っ切れた……と言いますか、随分楽になったのかな……と、俺からはそう見えます」
「吹っ切れた……か。そうだな、それもある。強さの全てを失ってみれば、もう固執するだけの余力も残らない。
それに、この街では普段とは違う役割を求められる。新鮮で楽しい……と、全く呑気な話だが、そう感じてしまっているよ」
フリードさんはまた苦笑いでそう言って、そしてゆっくりと頭を下げた。
本来与えられた役割を放棄し、仮初めのままごとにうつつを抜かしてしまっている。本当にすまない、と。
「本来ならば、君達が危険を冒す必要など無かったというのに。己の不甲斐無さの所為で……」
「い、いえいえ! 今回ばかりは俺とミラの方が先輩、フリードさんはぶっつけ本番のまだ初回ですから!
それに、フリードさんが街に溶け込んで情報を収集してくれれば、それは間違いなくこの世界を救う鍵になります。
経験則的に、滅びの発端を解消するものは大体身近に落ちてるので」
そう言って貰えると助かる。なら、その役割をしっかり果たさせて貰おう。と、そう言ってフリードさんは僕達にノートを手渡した。
五冊組で文房具屋に売られてるカラフルなキャンハ○スノートではない。少し目の荒い紙を紐で二箇所綴じた、十枚程の紙の束だ。
「己の集めた情報、その全てが記してある。念の為、ここを立ち去る前に燃やしてしまった方が良いだろう。しっかりと頭に入れておいてくれ」
「は、はいっ。えっと……」
ま、また……? ミラもそうやってたよな、この世界では変にメモを残さない方がいい……と。
うぐ……記憶力にあんまり自信無いけど……
必死に達筆なノートと睨めっこしていると、今からひとつずつ説明しよう。と、フリードさんに優しく微笑まれてしまった。そ、そういうことは先に!




