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異世界転々  作者: 赤井天狐
第五章【金と鋼】
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第二百五十六話【価値観、無価値】


 昨日までとは違う、膨大な魔力を注ぎ込んだ広大な探知結界。ひゅうひゅうと吹き抜ける風にミラの髪が揺れて、その術式の特別さを物語る。

 いつか、マーリンさんが見せてくれた。

 途轍もない熱量の炎魔術の、その熱を不必要にばら撒かないという制御の形。

 不必要に風を起こしたり放電したりしないやり方では得られない結果を求めている証が、目の前で繰り広げられていた。

「————っ……はぁ……はぁ……流石に……ふぅ。疲れたわね」

「お疲れ……って、大丈夫か、ミラ。また昔みたいに……」

 魔力切れで倒れるなんてこと無いよな……? 僕の心配を察したのか、ミラは言い切るよりも前に笑ってみせた。

 このくらいじゃ使い切れないわよ。ハークスの当主、ナメんじゃないわ。と、そう言われたみたいだった。

「で、結果は? あの街……のこともだけど……」

「……そうね。そっちについては、全く収穫が無かったとしか。

 少なくとも、村や集落と呼べるものは……人工物の集まる場所は無かった。どこまで行っても、似たような景色が広がってるんでしょう」

 地面の終わり、海にも行き当たらなかった。ミラはそう締め括ってため息をつく。

 そうなると……流石に外をアテにして行動するわけにはいかないな。

 もちろん、今までの旅に比べたら短いものだ。

 ふたつ目の世界では街と街とを転々としてきたが、そのほとんどが今の探知範囲よりも遠い道のりだっただろう。

 でも、それは問題じゃない。

「この先に街が——人がいる保証なんて無い。仮にあったとして、この街の問題を解決するヒントにはなり得ない可能性が高い。

 街の人が外を知らない以上、外との交流は無い——こことは無縁の社会が築かれてるでしょう」

「そっか……じゃあさ、街の様子はどうだった? 範囲広げたなら流石に精度とか落ちてそうだけど、かなり細かく調べられる術だったよな」

 僕の問いに、ミラはえへんと胸を張って笑った。

 魔術について褒められると素直に自慢する、生粋の術師ミラちゃんである。

 ミラが可愛いのは今は置いといて……置いとかないやい! やっと! やっとミラが僕に白けた視線以外を送ってくれた! 反抗期は終わったんだ!

「怪しい建物がいくつか見つかったわ。その中に、フリード様のおっしゃった中枢というものがあるんでしょう。

 それと、時計塔……管理棟に似た建物も幾つか。

 あの街は、もっと小さな単位の街が集まって出来ている……と、そう表せそうね」

 働く場所があって、そこの労働者が住む場所があって。それを中心としてある程度の市場があって。そういった最低限の大きさの街が、街全域に張り巡らされている。

 けれど、その極小の街々同士にはほとんど交流が無いらしい。と、ミラはぽんぽんとそう説明していった。

 こ、こらこら、もうちょい噛み砕いて……えっと、ふむふむ……

「……交流が無さそうだって思う根拠は……俺達がアルコさん達以外と知り合ってないから、か。

 でもそれは、意図的に隠れてるから、それにアルコさん達も大っぴらにしないでいてくれてるから……って要素の方が強そうだけど……」

「それもあるでしょう。でも、それだけでは片付かないわ。

 働く場所が変われば住む場所も変わる……って、そう言ってたわよね。なら、以前にあった交流が残っていてもおかしくない」

 まだ数日だし、偶然で片付いちゃうかもしれないけど。と、そう前置きした上で、ミラはあの管理棟以外の人の出入りが全く無いことに違和感を覚えると言う。

 確かに……忘れ物したとかで帰ってくるとか、そもそも残していったものがあるとか。そういう話があってもおかしくないよな。

「……でも、それはやっぱり根拠として薄くないか? だって、全然遠い場所……街の中だけどさ。距離があったら足も遠くなるし、それに新しい環境に慣れる方が大変でそれどころじゃないとか」

「ま、それも否定出来ないわ。あくまでも私の感覚……街を歩き回って、全体像を結界で把握して見えたもの。

 なんとなく——今まで色んな場所を旅した私から見ての感想だもの」

 そう言うと、ミラはすてすてと街に向かって歩き出した。

 もう帰るのか? と、そう問えば、長居しようにも何も無いじゃないとちょっと拗ねた声で答えが返ってくる。

 まあ……そうだな。枯れ木しかないからな。

「それにしても不思議なものよね。アンタと私は大体同じものを見てるのに、抱く感覚は全く別のものになることの方が多い。

 フリード様と見え方が違うのは仕方ないにしても、私とアンタはそう変わんないでしょうに」

「いやいや、いやいやいや。全然違っただろ、最初から。お前は強くて無鉄砲で脳筋で、俺は弱くて慎重で……なんか泣けてくるな、この話」

 ミラと僕とでは、やはりこれも見えてるものが……同じものを見ても、見え方が全然違うのだろう。

 一緒に旅をして、一緒に勇者になって、そしてこうして一緒に世界を渡り歩いてる。

 言われてみると、同じ見え方、価値観になっててもおかしくないけど……

「俺は元の世界で培ったものもあるしな。それに、お前にも長い間アーヴィンで培ったものがある。召喚者と被召喚者との違いもあるし……」

「そう……ね。長いこと一緒にいるつもりでも、まだ一年も経ってないんだものね。

 アーヴィンのみんなはもちろん、アンタがいなかった間のことも考えたら、オックスの方が付き合いが長いんじゃないかしら。

 ま、これだけずっと一緒にいるのはアンタくらいだけど」

 ミラ——レヴとしての経験じゃない、ミラの思い出としては、ハークスの家族と一緒にいられた時間は短いんだよな。

 だからこそ僕を家族だと呼んだし、僕もそれを受け入れた。

 うーん……でも、やっぱり価値観は人ぞれぞれか。

「……じゃあさ。その……みんなはポストロイドに愛着もあるって言ってたけど、同じ工場で働く人の中にも……」

「……可能性の話じゃなく、ほぼ間違いなくいるでしょうね。もちろん、だからって破壊出来るかどうかは別だけど。

 構造上の弱点を知ってたとしても、リスクも高いし、そもそも物理的に難しいもの」

 だよなぁ。

 価値観の違いという話になって、やっぱり浮かんだのは、あの破壊されたポストロイドだった。

 犯人は誰なのか、どういった人物なのか。

 街の外から来たという線も、さっきの探知で近くに集落すら見つからなかったから、かなり薄いものになってしまった。

 となれば、必然的に街の中の誰かになるんだろうけど……

「……さ、帰りは慎重に行きましょうか。魔術、魔力を感知出来る人なんていないでしょうけど、アレだけ派手に探りを入れたんだもの。

 気付く奴は気付くし、あのポストロイドにも電荷や湿度の変化を感知出来るのがいるかもしれないし」

「行きも慎重にして欲しかったけどな、俺は。でも、そういうことなら……」

 慎重は得意分野だ、任せろ。じゃなくて。

 街の入り口に辿り着けば談笑も終わり、また見つからないように忍び込まないと。一応、二度あることは……とか言うし。

「——触れられざる雷雲ファーディアム・ヴォルテガ——」

 ぴり——と、ミラの髪が発光して、そして静かに結界が展開される。

 やっぱりさっきのは特殊なパターン……制御度外視の術式だったんだな。

 しかしそうなると、心配なのはミラの魔力残量か。

 多少余裕が無いくらいの方が……無茶出来ないくらいの枷があった方が今のミラには良いのかもだけど。

「……? アギト、注意。さっき調べた時と様子が違うわ。ポストロイドが活発に動き回ってる。妙と言うか……何かがあったんでしょうけど……」

「何か……また侵入者を見つけ……俺達か⁈」

 いえ、こっちに来る気配は無いわ。と、ミラは静かに目を瞑って耳を澄ました。

 ポストロイドが動き回る——たくさんのポストロイドが出動するとなれば、やはりそれは七桁エペットによる六桁エキシへの攻撃ではない。

 それなら動いても数機、基本的には一機あれば十分だろう。

 そうなると……やはり事件の匂いだが……

「——まさか——っ。ミラ、もしかして——」

「——またどこかでポストロイドが破壊された……かしらね。

 アギト、急ぐわ。突き止められれば大進歩。取り逃せばまた停滞……いえ。それ以上に街のみんなに危険が及びかねない。

 ポストロイドを破壊してる理由が分からない以上、ポストロイドだけを狙う保証なんてどこにも無いわ」

 こ、怖いこと言うなよ。

 でも……言われてしまったら、心配も不安も無限に湧き上がってきた。

 そうだよな、ポストロイドだけを狙う理由なんて無いかもしれないよな。

 それこそ、ポストロイドを作ってる工場だから……って理由で襲われたって……

「数が多いわ、絶対に逸れないで。それと……一応、後方警戒お願い。

 鼻も耳もまだやっとアイツらを掴み始めたってだけ、魔獣ほど完璧には捉えられない。

 急ぐから結界も最低限で進む。いきなり襲われて、ふたりともやられたなんてことだけはなんとしても防ぎなさい」

「お、おう! うっ……責任感じたら腹が……」

 い、胃がキリキリする……っ。

 それでこそ、でしょ。と、ミラは笑って走り出す。でも、いつもの快速ミラちゃん号ではない。

 僕と距離が離れないように、そして周囲へしっかりと目を配れるように。

 ささっと動いては身を隠し、先の安全を確認してはまたしゅしゅっと走り出す。忍者みたいだな、これ。

「————っ! 今の——」

 大通りから裏路地へ飛び込んですぐのこと、僕の耳にもギリギリ聞こえるくらい大きな——そして甲高い金属音が遠くで響いた。

 まさか今の、ポストロイドが壊されたんじゃ……っ。

 ふたりで顔を見合わせて、僕達は静かに音の出所へと急いだ。


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