第八十八話
私はしばらくやる事があるから、二人で買い出しよろしく。と言われたっきり、僕らは部屋からつまみ出されて渋々街に出ていた。遅めの昼食だったとはいえ、まだ外は明るい。折角だから、オックスに案内でもして貰って観光でもしようか。
「そう言えば、もうガラガダに移って長いって言ってたけど。幾つの時に此処を出たんだ?」
「そうっスね……もう六年くらいは経ったはずっス」
六年と言うと、彼はまだ八歳の頃か。そんな小さい時には故郷を離れてあんなクソジジイの元で……
「昔は此処も今ほど安全じゃなくて。いつからだったかな……南から飛んで来る魔獣が来なくなってからは、随分安全になったんス。それがまだ飛び交ってた頃に、親父とお袋と三人で馬車に乗ってガラガダへ」
「飛ぶ魔獣って……」
それを僕は知っている。魔獣の話じゃない、そいつが此処へ来なくなった理由だ。先代の魔術翁の結界と、あの街の砦による成果だ。別に全く親しい仲になったわけでも無いが、なんだか少しだけ誇らしい。知っている顔のおかげで助かった街が此処にあると言うだけで胸が高鳴った。
「んで、先生の所へ弟子入りしたのは三年前。王都で指導官をやっていたって言う老人が隠居しに来たって噂になって、仲良くなってた三人と一緒に門を叩いたんス。まあ、叩いたのは小屋のドアっスけど」
「……その説はご迷惑をおかけしまして」
オックスは笑った。そして少しだけ暗い顔をしてまた語り出す。
「……ガラガダに向けての移動中、お袋が魔獣に襲われて。食われはしなかったっスけど、その時の怪我が元で一年後に亡くなって。だから、オレは魔獣を倒す力が欲しかったんス」
「…………そっか」
ぎゅうと胸が締め付けられる。そうか、彼も守って貰う側だったんだ。僕にもいつ降りかかるか分からないその悲しさを想像すると、心臓が握られている様だった。彼はそれを乗り越えて戦おうとしているのだな。
「……暗い話はダメっスよ! やっぱり楽しい話をするっス! そうそう、アルゴバって覚えてるっスか? 色黒ボウズのあいつっス。あいつとは一番最初に仲良くなって……」
それから僕は、買い物ついでにオックスのことと、彼と共にゲンさんの元で修行を積む三人のことを聞いた。色黒ボウズのアルゴバは、足が速くてとても大雑把。すぐに適当な仕事をして、ゲンさんに怒鳴られては逃げ回っているそうな。細身のイェンティラ心優しく、いつもゲンさんに弱虫と言われつつも一番信頼されているとか。長髪のキーバックは頭が切れる。だが、それをいたずらにばかり使っているからゲンさんもみんなも呆れ返っている。彼の話す彼の日常はとても賑やかで、楽しそうに聞こえる。そう、眩しくて見ていられなくなる程に。
「……って感じっスね。そうだ、アギトさんはどうなんスか? やっぱりミラさんとはそういう……」
「そう……? どういう……?」
またまたー。と、オックスはにやけた顔でからかった。いや、本当にわからない。一体どう見えるんだ、周りからは。僕は彼に問い詰める。
「え……い、いや。これは周りから言う事じゃなさそうっスから……」
「ちょっとオックスさんや。そんな意味深なこと言われたら余計に気になるじゃないか」
それから何度聞いても彼は一向に白状せず、結局僕がアーヴィンに来てからのことを説明しているうちに日は暮れて、僕らも宿に戻ることにした。
旅館に戻るや否や、エントランスには貼り出された地図と観光案内を見て楽しそうにしているミラに出くわした。そんな……そんな貧乏性で出不精な旅行がありますか。一緒に来たら良かったじゃないの。
「…………ミラ……明日は一緒に観光しような」
「何言って……何よその顔! 別に観光したくて見てたわけじゃないわよ!」
ああよしよし、一人でお留守番寂しかったね。僕は憤慨するミラをなだめながら、人目を避ける様に階段へと彼女を追いやった。部屋でやろうね部屋で。騒いだらダメだよ、みんなが使う場所だからね。
「ほら、いろいろ買って来たぞ」
僕らは自分の部屋では無く、また角部屋のミラのところに集まった。そして買い込んだ色々を彼女に渡す。ゼンマイ式の懐中時計に、携帯食料として魚の塩漬けの瓶詰め。幾らかの香辛料と薬草。これは多分錬金術に使うのだろう、金属製の小さなカップと笊を彼女はポーチに無理やりねじ込んだ。大変だったんだぞ? そんな小さい笊見つけるの。百均とか無いし。
「ありがと。こっちも大体出来たわ。アギト、ちょっと立って」
言われるがままに僕は立ち上がり、ミラは僕に先のベルトを巻き始めた。出来たって、それのサイズ合わせのこと?
「……うん、ぴったり。我ながら自分の記憶力が恐ろしいわ」
毎晩抱きついてるからな、とは言わない言えない。二人きりだったら言ってたのだが、流石にオックスの前でそんな事言うのは恥ずかしい。しかしこのベルト、あのおもちゃの銃を持ち歩くためのものだろう? それをなんで僕に。僕は随分上機嫌なミラの頰を軽くつまみながら聞いてみた。まさか、飽きたから押し付けようとかじゃないだろうな?
「ひゃえにゃしゃい……もう、アギト。なんども言うけど、ちゃんと説明を聞きなさい。これはアンタの為に買ってきて、アンタの為にさっきまで私が改造してた、アンタの為の武器よ」
「武器って……おもちゃじゃないか」
振り払われた両手をまた頰へ持っていこうとすると流石に少し睨まれた。モチモチしていて気持ちいいのだが……残念。だが、このおもちゃが一体どうして武器になるのだろう。
「おもちゃって……アギトさん? 一応銃自体は本物っスよ? ただ弾丸がおもちゃってだけで、ちゃんとした弾を買えば普通に使えるはずっス」
「……ゑ?」
なん……だと……? つまりこいつは普通に本物の銃口を僕に向けやがったと言うのか。コイツぅ!
「あのね……まあ、もう普通の弾は撃てないけどね。ソレが放つのは私の特性弾。魔術の特性を込め、術式を編み込み、銃身に刻まれた陣とアンタの言霊で発動する魔弾。その名も雷の射手。私が作った中では最高傑作の魔具よ」
「雷の……射手……?」
魔具……といえば、僕のポーチに入っているナイフと同じものか。アレは確か、蛇の魔女を貫く程の鋭い雷の槍を放つ魔具だった。そして何より……
「魔具は魔術師でなくてもその込められた魔力を解放させられる、つまり擬似的に魔術を行使することが出来る。それは一切の魔力を失った者でも、アンタの様に一切魔力を放出出来ない人間でも使える使い切り魔法。あのナイフももう残量は多くないし、そもそもアレはそんなに射程も長くないしね」
「……おお……おおおっ! 俺にも……俺にも使える擬似魔術…………」
なんて胸熱アイテムだろう。それも単発式の銃タイプとは、まさしく銀の弾丸。いや、電気の弾丸なんだろうけどさ。成る程、これで僕にも戦線に加わって欲しいと言うことだな? ついに僕も足を引っ張るだけの存在では無くなるのだな⁉︎
「危なくなったらソレを使いなさい。三発あるから一発は魔獣に向けて。一発は撃ち上げてくれればすぐ駆けつけるから。もう一発はもしも私が駆けつけるのが遅れた時用。一発も使わせる気は無いけどね」
「…………アレ? 凄いかっこいいこと言われてる気がするけど……気のせい? 僕は別に戦わなくてもいいって言われてるように聞こえたんだけど……?」
少しだけ胸が痛んだ。そりゃあ頼りないかもしれないが、僕だってミラを守りたくてここにいるんだから。ため息を吐かれ頭を抱えられたりすると本当に情けないが泣いてしまいそうなんだけど。
「……あのねぇ…………まあソレは良いわ、後で話すから。お風呂入ってもう今日は寝ましょう」
「大浴場、案内するっスよ。燃料はいくらでも取れるっスからね、ここの旅館も風呂デカいっスよ」
ソレは……良い……? ショックで立ち竦む僕を他所に、ミラは大浴場という言葉に嬉々として跳ねていた。そりゃあ……僕が戦ったって…………邪魔なだけかも知れないけど……さ。
「ほらアギトさん、置いてっちゃうっスよー」
「あ…………おう……」
ミラは人の気も知らないではしゃいでいて……ああ、別に構わない筈だろう。ミラが嬉しそうなら、僕はそれを喜ぶべきだ。なのになんで……それを無神経だとか、一人でイライラしているんだ。