第二百四十六話【脅威の影】
ミラが不機嫌……もとい、妙なテンションでいる理由は分かった。
レヴというもうひとりの自分を意識して生きてきたから、記憶を失くしていた自分のことも、別人格のように捉えてしまってたみたいだ。
まあ……別人格と言えば別人格にも思えるけど。
実際、記憶が無かった頃はもうちょっとじゃれ付いてきたし、僕が寝てる間にはお腹の上に乗っかって来たりもした。
それが……今じゃ反抗期になってしまって……
「……ん。まだ動いてないけど、この先にまた配備されてるわね。アギト、ちょっと迂回するわよ」
もう何度も耳にした言霊で結界魔術を展開し、ミラは難しい顔で進路変更を僕に告げた。
配備されているというのは、すっかりお馴染みの(?)ポストロイドだ。
稼働して見回りしているやつは、ミラの聴力を以ってすれば簡単に探知出来る。
でも、スリープモード(?)か何かになってて、僕達がそいつの探知範囲に入ってから起動するタイプはどうしようもない。
故に、こうして結界で探知して、遠回りしてうまいこと避けて来たのだが……
「……また……アギト、こっち。なんだか数が増えて来てるわね。となれば、大切なものがある……と、そう睨むのが筋だけど」
「また……か。そうだよな……また、だよな……」
今日に限って、こうした迂回が嫌に多い。
偶然なのか、それともミラの言う通り何かがあるのか。
出来れば後者であって欲しいけど、それはそれで困るとも考えてしまう。
もしそうだとしたら、何が出てくるのか見当も付かない。
またあのめちゃくちゃ強いポストロイドが出て来たとして、それももっと速いのが出て来ようものなら……
「この先ともう一本向こうの路地にも……? なんだか変……いえ、不自然ね。何かを守らせる為に配備してるんなら、もう少し等間隔に並べそうなものだけど。間が広かったり、狭過ぎたり。無作為にばら撒いてるとしか思えないわ」
「無作為に……って、それにどんなメリットがあるんだ? 配備してるからには目的がある筈だろ?」
ミラは僕の問いに頭を抱え、そしてまた結界を張り直して立ち止まってしまった。
もう一回きちんと確認して、それから冷静に分析しよう……ってことなのかな。
「……考えられるのは、そもそも私達の立てた前提が違う……とか。
何かを守る——警備する為に置かれた……ってとこまでは合ってて、でもその根本的な認識が間違ってる、と。
重要な一箇所を警備してるんじゃなくて、アイツらが置いてある場所全部が大切な場所……だとか」
「えっと……要はあれか、王都に騎士を配備してるんじゃなくて、王宮の入り口をヘインスさんが守ってる……みたいな」
そうそう。と、ミラは小さく頷いて、そしてポストロイドが配備されてるという路地を睨み付ける。
となると……それはまた困ってしまったな。
アイツらが重要な拠点そのものを塞いでいるなら、僕達はどうやってもそれに辿り着けない。
見張りよろしく点在してるだけなら、うまいことすり抜けて近付けるのに。
もっとも、その場合も最終目的地にはしっかり門番がいるだろうけど。
「仕方ない、か。アルコさん達には悪いけど、ここらで一発見つかっておきましょう。そして、倒せそうなら倒して、何を守ってたのかを把握する。コソ泥もたまには強引に行かないとね」
「強引……い、嫌な予感しかしないな。頼むから暴れ過ぎるなよ……? 取り囲まれたりしたら、流石のお前でも……」
分かってるわよ。なんて、ミラは目をキラキラさせながらそう言った。
こいつ……さては鬱憤を晴らしたいだけだな……?
手詰まりなのも事実だけど、それ以上に行動の制約が多過ぎることへのストレスがこの暴挙の後押しをしている気がしてならない。この脳筋め……
「えっと……一番孤立してるとこは……と。流石に連絡が間に合ったら面倒だものね、念には念を入れていきましょう」
念には念を入れるなら、このまま潜入任務を続行するのが正解だと思うんだよな。敵に見つからずにクリアするのもひとつの醍醐味だろうに。
でもまあ……ある意味ではやっと見つかった違和感だ、仕掛け時だと判断するのも間違ってない筈。
さっきまでとは違ってぐんぐん進んで行くミラの背中を追い掛けて、僕も細い路地を急いだ。
「……まだ……まだ起動しない……? アギト、ちょっとストップ。もう一回……触れられざる雷雲っ!」
しばらく進んだところで、ミラは僕に待てと命令した。
まだ起動しない……ってのは、ポストロイドのことだろうか。
結界を展開し、そして目を瞑って眉間に皺を寄せる。
僕には見えない、聞こえない、探知出来ないその影を追って、ミラは苦悶の表情で頭を抱えてしまった。
「……アギト、走る準備しときなさい。この先——ふたつ先の曲がり角を右、そこにポストロイドがいる……筈。もうそろそろ起動してないといけない距離だと思ったけど、まだ動いてる気配は無い。今まで私が警戒し過ぎてたのか……それとも……」
「動けない理由がある、ってことか。それこそ……えっと……電池切れとか、故障とか……」
ともかく、かなり接近することになる。起動を確認した距離次第では、一気に詰め寄って先に叩き潰す方法を取るかもしれない。
だから気を張ってなさい。と、ミラはそう言って、でも気を張る準備をする暇も与えてくれない内に歩き出してしまった。
ちょっと、言ってることとやってることが違うよ!
「……まだ……まだ……まだ——っ。何……なんなの、コイツ。もしかしてポストロイドじゃない……? ただのガラクタ……ゴミを私が勘違いして……」
ひとつ目の曲がり角を通り抜けても、どうやらポストロイドに動きは無かったらしい。
そうなれば、流石にミラの警戒心も最大にまで膨れ上がる。
歩みはゆっくりになり、警戒をその曲がり角の先だけでなく、周囲全体へと向け直す。それが罠である可能性を考慮したんだ。
「……行くわよ、アギト。何があっても驚かない、声を出さない、油断しない。分かったわね」
「お、おう……っ」
遂にその曲がり角の手前までやってくると、ミラは拳を握り直して僕にそんな忠告をした。
さん、に、いち——と、カウントを終えると、僕達は揃って建物の影からその路地へと飛び出した。
けれど、そこにあったのは——
「——っ。アギト、周囲警戒。まだ近くにいる可能性がある。“コレ”をやった何かが」
飛び出した路地に落ちていたのは、バラバラに解体されたポストロイドだった。
解体と言っても、ネジを外して丁寧にバラされてるわけじゃない。力尽くで叩き壊されているんだ。しかもそれが……
「あの時、フリード様に壊されてたのよりもずっと酷い。怪我の具合を考えても、これをやったのはあの方じゃない。
あの方以外に、ポストロイドを破壊出来るだけの何かがこの街には存在する」
「……フリードさんよりも……更に強い……っ。なあ、ミラ。もしかして……もしかしてなんだけどさ……っ」
終焉——この世界を終わらせるものって……っ。
これまでにも似たことを考えて、けれどそのどれもが的外れに終わってきた。
でも、今回は……今回こそは、と。そう考えてしまった。
この街はモノドロイドによって管理されている。ここは良い。
この街にはポストロイドという、いわゆるロボットやアンドロイドみたいなものが存在する。これも良い。
問題なのは、この街の産業——工業のほとんどが、ポストロイドを造っているということ。
そのポストロイドを破壊する何か——人々の成果物を意図的に破壊する外敵が、この世界には存在してしまうのでは……?
「結局、今までのどの世界にもそれは当てはまらなかった。世界は外敵によっては壊されず、必ず内的な事情によって終焉を迎える。
でも……ここまで世界に根差してる工業を、真っ向から否定する存在があるんだとしたら……」
「進化の……発展の否定……ね。ふたつ目の世界では仮面の連中が、三つ目ではマーリン様が。そして、四つ目では私達自身がそうなんじゃないかとさえ思った。でも、結局どれも可能性止まり——私達の妄想で終わった」
そのどれもが、世界の本質とは離れた場所に攻撃性を向けていたから。或いは、実害を目にする前に候補に挙げただけだから。
食という生命に欠かせない要素の変質は、しかし誕生の変容とは無関係だった。
全てを焼き払いかねないと思った紅蓮の魔女は、僕達のイメージの集合だった。
終焉を招きかねないと思った僕達自身も、真の終焉である神様に招かれただけの客人だった。
でも、ここは少しだけ違う……気がする。
「今までは違ったから……なんて理由で考慮しないのは愚ね。もちろん、それ一点に絞って捜査するのも論外。
私達は今まで通り、あらゆる可能性を考慮し続ける必要がある。
答えだと思ってしまったら足が止まる、今の私はそんな間抜けなことしないわよ」
コイツ調べるわよ。そう言うとミラはポストロイドの残骸を漁り始めた。
これが生き物にやられたんなら、必ず体組織が付着してる筈。
皮膚や血液、体毛。或いは体液。それがなんのものかを判別出来なくても、人か獣かそれ以外かは分かるから、と。僕も一緒になって鉄屑に手を付けた。
凹みかた、壊れかた、それに千切れかた。確かにこれは、あの時フリードさんにぶっ壊されてたやつより酷い。
初めての手掛かりらしい手掛かりへの興奮と同時に、フリードさんをも凌駕する化け物の片鱗を感じて、僕の手のひらはじっとりと汗にまみれていた。




