第二百四十話【街の在り様、市長の意地】
食事を済ませると、僕達は部屋を割り当てられた。
いつも通りふたりでひと部屋……とはいかず、隣同士の小さな部屋をふたつ借りて、それぞれの部屋で寝泊まりすることになった。
前までだったら意地でも僕の部屋に入り込んで来たくせに、もうそんな気配はこれっぽっちも無いではないか。
「……ぐすん。お兄ちゃん離れを喜べるほど強くないんだぞ……バカミラめ……」
壁一枚隔てた先にはいるのだけど、布団一枚すら隔てない距離で接してただけに……ぐず。
しかし泣き言ばかり言ってられない。
明日からはまた旅を……してもしょうがないな、この街の問題をもうちょっと探らなきゃだし。
じゃあ……街を探索する? 出来るかな、ポストロイドなんて危ないブツがうろちょろしてる中を。
それに、街を歩くにしても目的地が無い。
何も手掛かりが無い以上、闇雲に動いても収穫は望めまい。
「となったら……おおう? 明日から何したら良いんだ……?」
あかん、詰んだ。頑張る方向性が分からん。
とりあえずは……えっと……モノドロイドってのを探るべき……か……な?
七桁と六桁の問題は解決出来ないかもしれないけど、この世界に訪れる終焉——僕達の主目的については何か進展があるかもしれない。
ノイズの掛かった異質の正体も探れるかも。
でも……そのモノドロイドについての情報もまるで無いときた。
やっぱり出来ることが何も無い。と、頭を抱えてベッドの上を転がっていると、こんこんとドアを叩く音がした。
もうそろそろ寝る時間だ、多分。少なくとも、さっきのご飯は夕食として振る舞われた。
窓なんて無いから時間感覚も朧だけど、外はとっくに夜の筈。そんな時間にいったい誰が……
「アギト、ちょっと良い?」
「おう、お前だとは思ったよ。明日からのこと……だよな」
開けたドアの隙間からするりと入り込んできたのは、やっぱり寂しかった……もとい、僕と同じく明日以降へ不安を募らせたミラだった。
どことなく緊張している様子もある、やっぱり怖いんだろう。
“ミラ”としては初めての異世界への渡航な上に、フリードさんが……っ。
「最優先はフリード様との合流。みんなの話を総合すると、捕まったのならどこかの工場で働かされている筈。そして、ここと同じ様な施設で暮らしている筈よ。
もちろん、そんなのあり得ない。あんな連中全部ぶっ飛ばして……は、あの状況からじゃ幾らなんでも難しいかもしれないけど。でも、必ず生き延びている筈だわ」
だったら、何処かに拠点を構えているでしょう。と、ミラは真面目に話を始めた。
べ、別に僕だって真面目なつもりだけど……どうしてもミラが近寄ってこないことに寂しさを覚えてしまって……ぐすん。
「聞いてんの、ちょっと。ともかく、明日からはひたすら足を使うわ。
幸いと言うべきか、私達にはまだ識別番号が無い。顔は見られてるけど、それはあくまであの男や人形どもに、よ。
見つかっちゃいけない相手——モノドロイド、この街を治める組織にはまだハッキリと認知されてない。だったら、多少暴れても問題は無いわ」
いや、問題しか無いが……?
え? 何、多少暴れるって。お前そんな加減出来ないだろ。
と言うか、多少もクソも暴れちゃダメに決まってるだろ。もう手遅れかもしれないけどさ。
「……暴れる……ってのは、七桁の人達を引っ掻き回すってことか? それ、本当に大丈夫かよ。モノドロイドと何が繋がってるのか分からないんだぞ。それこそ、今日会ったあの男とだって……」
「そうね。でも、そこはケアし切れない。ひとつ分かってるのは、これまでモノドロイドは、ここにいる人々が受けた仕打ちを無視し続けたということ。もちろん、あの男が通じているなら尚更。そんなの……」
街の仕組みとして、統治者として間違ってる。ミラはそう言って拳を叩いた。
なるほど、今回は勇者じゃなく、市長としてのミラが怒ってるのか。
弱き者に手を差し伸べる、あらゆる外敵から街の人を守る。
まだ何もかもがぐしゃぐしゃだった頃のミラが立てたマニフェストは、この街のやってることとは正反対だ。許せるわけが無かったよな。
「最終目的は世界を救うこと。でも、だからってこの街を見捨てる真似はしない。
私は強い、私は負けない、私は見て見ぬフリなんて許さない。
時間は……えっと、これまでの傾向から考えると、長くて十五日程度かしら。だったら……」
フリード様を見つける頃には、モノドロイドの尻尾は掴んでないと。と、ミラはむむむと唸って考え込み始めてしまった。
こらこら、それは流石に捕らぬ狸だぞ。
でも、ミラの言うことにも道理はある。
僕達は世界を救わなくちゃならない。その為の手掛かりを探さなきゃならない。
としたら、まず縁のあったこの街を徹底的に疑うべきだ。
今までの世界でもそうだったように、ファーストエンカウントには必ず答えに近しいものが含まれている可能性が高い。
「でも、ここでお世話になる以上は無茶苦茶出来ないぞ。居住地は襲われない……ってのも、そうまでして捕らえなきゃならない凶悪犯罪者がいなかったってだけかもしれない。迷惑だけは絶対に掛けられない」
「うん、分かってる。だから作戦を練りましょう。極論を言うと、見つかっても戦闘にならなければ平気なのよ。
強化魔術の運動能力に、アイツらは付いて来られない。私が下手を打たなければ必ず逃げ切れる。だから……」
かなり思い切った作戦も立てられる。たとえば、どこかの工場に潜入するとか。と、ミラは平気な顔でそんな提案をしてきた。
やめて……心臓止まっちゃうし、その場にここのみんなが居合わせたら大惨事だ。
もう戻って来れねえぞ、居心地最悪もいいとこだ。
「現実的な線でいくと、ポストロイドの後を尾ける……とかなんだろうけどさ。
でも、アイツらのスペックを考えると、とてもじゃないけど……。熱や音ですぐに見つかるだろうし。
だから……どこか高いところに登って、そこからお前の目でその行き先を調べる……とか」
「……無くは無いわね。むう……アギトのクセに、まともなアイデア出すじゃない」
泣くぞ、おい。本気で泣くぞ。
まったくもう……えへへ、まともって褒められた、えへへ。
おいそこ、情けないって言うな。僕にとっての褒め言葉はな、まとも、マシ、まあまあ。の、3Mじゃい。鬼教官過ぎるんだよ……花渕さんが……
「でも、その高いところってのが困ったもんよね。こう飾り気の無い建物だと、いくら私でも壁を登って行くのは無理だし。そうなると、なんとかして屋上に出るか、上の階の窓から見るかしかないけど……」
飾り気があったら行けるんですね……
足掛かりが無いと言いたいのだろうけど、そもそも足掛かりがあっても普通は行けねえよ。
しかし、よじ登れないのなら強化掛けてジャンプするのはどうだろうか?
本気も本気で跳び上がれば、それこそ時計塔のてっぺんにだって届いたりしそうだけど。
「届くでしょうけど、そこからが問題よ。勢いが付いてる分、下手すると壁を蹴り壊しかねない。
人の住む場所か、或いは街にとって重要な工業施設か。どっちにしても壊すのは避けたいわね。
それに、降りる時に目立ち過ぎるし、何かを壊す可能性はこっちの方が遥かに高いわ」
「うーん……そっか、そうだよなぁ。となると……空が飛べたらなぁ……」
飛べても目立つわよ。と、ミラはずいぶんと白けた目を僕に向ける。
お、お前……そんな顔するなよ、泣いちゃうぞ……?
大人びた……ってほどじゃない。ただそれでも、ベタベタとジャレ付いて甘えてくる子供っぽさは無い。
真面目だから……だよな? 真剣にやってるからそうなんであって、決してお兄ちゃん離れでは……っ。
「……これまでとの最大の違いは、聞き込みが不十分になってしまうのが確定してることだな。
その……さ。七桁と六桁をどうこう言うつもりは今は無いけど、片方にしか話を聞けないってのは……」
「そうね、どうしても情報が偏るわ。特にアルコさんは公平に——中立の立場から話してくれたとは思うけど、主観がゼロだとはとても言えない。お世話になる身だけど、肩入れのし過ぎも良くないわね」
どこかで七桁の人にも話を聞けたら良いんだけど。と、ミラはそう言って大きくため息をついた。
そう……だよな。差別問題を解決したいなら、当事者にはどっちにも話を聞くべきだ。
被害者でも加害者でも、どちらかに肩入れした時点で僕達は部外者から関係者になってしまう。
そうなると、話を聞いて貰えなくなるなんて可能性も……
「……よし、決めた。明日はとにかく歩きましょう。それで、ポストロイドの出方を窺う。
躍起になって私達を追って来たなら、少なくともあの男は……七桁の一部の人は、部外者を快く思っていないってこと。
無視されたなら、関心を抱くほどじゃないと断じられたってこと。
それ次第で、フリード様の現状を探る手掛かりにもなるかも」
「うん、分かった。そうなると……荷物はどうする。特に何も持ってないけどさ、来たばかりだし。食料をどの程度貰ってくのかとかさ」
朝ごはんは食べて、お昼に食べる分を貰って、夕方には帰りましょう。と、そう言ってミラは部屋から出て行ってしまった。お、おやすみは無しかい……っ。
くぅ……分かってたけど、ミラちゃんからミラに戻って……割と生意気なクソガキ要素が増えたな……っ。
それと、ナチュラルに日に三食前提で話を進めるんじゃない。そうじゃない可能性だってあるだろうに。まあ……僕も三食食べたいけどさ。




