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異世界転々  作者: 赤井天狐
第五章【金と鋼】
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第二百三十九話【過ごしやすい穴蔵】


 この世界には僕達の知らない技術がある。知り得ない——理解し得ない何かがある。

 意識と認識にノイズの掛かったような現象は、とりあえずそんな事実だけを押し付けてきた。

「それじゃあ中を案内しよう。とは言っても、たった今手当して貰ったばかりで、甘く見るなとお叱りを受けたばかりだ。私は大人しくしているよ」

 それじゃあ頼むよ。と、アルコさんはプロクラフトさんに僕達を任せ、フラフラと覚束無い足取りで部屋を出て行った。

 それを受けて、プロクラフトさんは張り切って僕達を案内し始める。最初は飯を食うところからだ、と。

「……ミラ。さっきの……あのノイズって……」

「何かが起きてる……と、それだけしか分からないわ。術式の異変なのか、それとも世界の異変なのか。或いは……」

 私達に何かが起きているのか。そう言ったミラの表情は随分険しいものだった。

 好奇心ではなく、野生的な危機感でこの問題に直面しているのだろう。それだけ重大な問題が発生しているのだ。

 削り取られていたのは、ポストロイドの原動力となる燃料。そして、その燃料を用いた動力機構の材料。

 早い話が未知の元素、物質だろうか。

 召喚術式に当たり前に付属してきた環境への適応が、この世界のこの部分においてのみ機能していない。

「……大体、俺にとっては魔術だってトンデモ理論のインチキパワーだった。それでも聞き取れて、目に見えて、理解も出来なくはなかった。今じゃすっかり馴染んだし、理屈だけなら把握してる。だってのに……」

 むしろ秋人の生活に——世界にある技術に近い筈のものが、理解も認識も許さないままに削り取られている。

 ハッキリ言って異常だ。ハッキリ言わずともピンチだ。

 この世界には何らかの差異、異変がある。なのに、僕達はそれを認識出来ない。

 獣の姿を認識出来ていなければ、きっとふたつ目の世界は答えの可能性にすら気付けなかっただろう。

 神様という存在を知覚出来なければ、剪定までを無為に過ごし、そして何も成すこと無く切り捨てられた筈だ。

 このピンチは、何もかもが不達に終わってしまうというピンチだ。

「ここがリビングルームだ。みんなここでくつろいでるとも言うし、他の部屋が狭過ぎてくつろげないとも言う。

 とりあえずここにいれば話し相手には困らないし、時間になれば飯も出る。もっとも、俺達の中から誰かが作らなきゃ出ないけどな」

 慣れてきたらふたりに任せる日もくる。と、プロクラフトさんは笑ってキッチンを指差した。

 王都、王宮でマーリンさんが使ってたものとは比べ物にならない、原口家のちょっと手狭なキッチンよりも更に狭い。

 身体の大きなミゲーラさんでは屈まなければ頭を打つし、腰を引けば背中がつかえてしまいそうなほどのスペースしか無いではないか。

「……これ、むしろ身体小さい俺達が積極的にやった方が良さそうですね。誰が入っても窮屈そうです」

「はっは! まあ否定は出来ないわな。でも、慣れればなんとでもなる。一番大きいミゲーラも、斜めに入って器用に使うもんだよ。人間、それしかないとなれば上手く適応するものだ」

 じゃあ次は食糧庫だ。と、プロクラフトさんは狭いキッチンの更に奥のドアを開けて先へと進んで行く。

 さっきミラを食いしん坊と紹介したからかな、手始めに食べ物があるところから案内されるんだけど。

 チラッとミラの方を見ると、同じ疑問に辿り着いていたのか、やや不服そうにしながらもキッチンをじっと見つめていた。

 こらこら、まだ何も無いよ。マーリンさんはいないんだから、自分で作らないと。


 そうしてしばらく歩き回ると、この地下空間——シェルターのような隔離施設の全貌をある程度理解した。

 ここは、思っていたよりも、そして説明されたよりもいくらかマシな場所である、と。

 それぞれに個室が与えられ、水や空気も特に問題無く届いており、見て回った感じでは虫やネズミが走り回っているなんてことも無い。

 ただ地下にあるというだけの、立派なアパートという印象を受ける。

「さて、それじゃ最後だ。っても、出来れば子供には使って欲しくないけどな。さっきアルコが引っ込んだ部屋、医務室だ」

 そうして押し開かれた最後のドアの向こうには、ちょっとぶりとにこにこ笑って手を振るアルコさんの姿があった。

 どの部屋よりも清潔感のあるその場所は、なるほど医務室にうってつけだろう。

 ベッドは小さいし布団も薄そうだけど、薬やタオル、包帯がしっかりと完備されていた。

「見て回って、どうだった? ここでやっていけそう? それとも、旅人にはちょっと窮屈かな?」

「いえ、凄く良い場所だと思いました。必要なものはしっかり揃ってるし、それに何より、温かみ……人が居るって感じが。気が楽になると言うか……」

 そんな僕の答えに、そうかそうか。と、アルコさんは嬉しそうに笑って、プロクラフトさんはわしゃわしゃと頭を撫でてきた。

 そして、おっさんみたいなこと言いやがって。と、何気に激痛なセリフで僕の胸を抉る。

 お、おっさん……だけどさぁ……っ。アギトはどちらかというと子供扱いばかりされてきたから……いざこの姿でおっさんと呼ばれると……ぐすん。

「……この場所については把握出来ました。でも……すみません、もう少しだけ知りたいことがあるんです。モノドロイドの——いえ、ポストロイドと七桁エペットの件で、伺っても宜しいですか?」

「七桁の……? うん、良いよ。聞こう」

 ミラの問いにアルコさんもプロクラフトさんも首を傾げていた。

 七桁の人々について……? そっちはどんな生活を送っているのか……ではなさそうだ。

 ミラの聞きたいことは、僕にもちょっと分からなかった。

「皆さん、いつもポストロイドから逃げて生活をしている……と、そう聞きました。となれば、必ずしもいつも逃げ切れるとは限りませんよね。

 あんなパワーがあって、機動力があって。とてもじゃないですが、運良く逃げ切った……と、そう言い表すのが正解だろうと、今日の一件で思いましたから。だとしたら……」

 逃げ切れず、捕まってしまった場合はどうなるのですか? と、ミラは真剣な眼差しをふたりに向ける。

 そうか……フリードさん……っ。絶対に大丈夫、やられる筈が無い。そう自分に言い聞かせて奮い立っていたミラだが、やはり内心では不安で不安で仕方ないのだ。

 あの人がいなければ、まず間違いなくこの世界は救えない。

 あの人の強さが必要だというのと、やはり僕達以外の何かの力が鍵になってきたという経験からもそう思わせるのだ。

「……金髪の彼だね。歳は私達よりも若い、まだ二十とそこそこだろうか。身体も大きかったし、凄く鍛えられていて力も強かった。そうなると……どうだろうか」

 君達には識別番号が無い。こんなケースは初めてだから、断言は出来ないけど……と、アルコさんはそう前置きした上で、両手を顔の前で握り合わせて難しい顔をした。

「まず、モノドロイドから識別番号を与えられるだろう。それが六桁か七桁か、或いは全然違うものなのか。そこは分からない。ただ、ひとつ言えるのは……」

「言えるのは……?」

 ごくり。と、僕もミラも生唾を飲む。

 ま、まさか……っ。少なくとも、まともな扱いを受けることは無いだろう……なんて続いたりしないよな……?

 でも、不法侵入者で、叛逆者で、多くのポストロイドを破壊した危険人物。それが無罪放免なんて甘い話も……

「殺されることは無いだろう……とだけ。もっとも、大きなペナルティを受ける可能性は高い。

 それは、私達六桁(エキシ)が七桁から受ける罰もどきとは違う、モノドロイドから下される判決だ。

 生活の保証は最低限約束されるだろうが、凄く不利な、そして理不尽な条件で労働させられるだろうね」

「殺されることは……無い……ですか。そ……そっか……そっかぁ……」

 ふう。と、僕もミラも揃って息を吐いて、そして膝に手をついた。

 そっか、最悪の事態になってもあの人を失わずには済むのだな。

 それは……それがまだ推測の域を出ないとしても、こんなに大きな朗報は無い。

 弛んじゃダメだって分かってるのに、僕もミラもどこか安心した表情でついつい笑ってしまっていた。

「でも、あんまり安心は出来ないよ。捕まったのがポストロイド——七桁の使役するものだったなら、必ずアイツらから何かしらの仕打ちを受ける。私を庇った時点で、あの彼も六桁だろうと思われた筈だからね。

 命を落としたなんてひどい結果はまだ見てないけど、何十日も動けなくされてしまったなんて話はザラだ」

 特に、管理職級に捕まってたら最悪だろうね。と、アルコさんもプロクラフトさんも苦い顔でそう吐き捨てた。

 管理職……級? それは……んーと、単に偉い人、それに並ぶ権力や資金、及びポストロイドを使役してる人……という意味だろうか。

 そりゃまあ、偉い人に目を付けられた方が厄介なのは分かるけど……?

「……そうだ! アイツ! あの……あのやたら強いポストロイド! いろんな種類がいるのはなんとなく理解出来ましたけど、アイツだけスペックが異常過ぎる! なんなんですか、あれは!」

 ちょっと落ち着きなさい。と、声を荒げた僕の脇腹を、ミラは弱めにつっついた。あふっ、ちょ、くすぐったいな。

 でも……ごほん、確かに。僕がここで怒鳴っても仕方ない。

 はあと一度大きく息を吐いて、そしてまた頭を抱えたアルコさんに目を向ける。

「……何……か。それは……それは私達も分かってないんだ。少なくとも、六桁が働いてるような工場では造られてない、全く新しいポストロイドだろう。

 現れたのは、まだここ数年の話だ。分かっているのは、それに捕まるとロクな目に遭わないということだけ」

 誰も使役する人間の顔を見たことが無いけど、凄く残忍なやつが造って使ってるんだろう。と、アルコさんが嫌味にそう言えば、プロクラフトさんも舌打ちをして大きなため息をついた。

 あれも……やはり、モノドロイドが関わってるわけじゃない……と。

 この街の問題のほとんどは、人間と人間の差別によって引き起こされているらしい。

 嫌なものを見てしまった、知ってしまったという感情と同時に、それは果たして世界を滅ぼし得るのかという疑問と不安が湧き上がってきた。


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