表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転々  作者: 赤井天狐
第五章【金と鋼】
859/1017

第二百三十一話【鋼鉄】


 なんか——やばい——っ。

 それは野生の勘とか観察眼とかではなくて、経験則による萎縮だった。

 現れたのは、さっきまで追って来ていた機械人形とは一線を画すもの。

 それは、見た目が……という話。

 平均的な人間のサイズ——フリードさんよりも小さく、ミラよりも大きい。僕と変わらないか、少し大きい程度の、人間の形をしたもの。

 そしてそれは——見た目ではないところが……という話。

 コイツ——今、どこから現れた——

 コイツは今、どこからやってきた。

 コイツは今の今まで——

「——どこに潜んでた——っ。ミラに気付かれるよりも前に——どうして————」

 不可視の魔獣すら事前に察知したミラの索敵網を潜り抜けて、コイツは僕達の目の前に現れたのだ。

 何かがおかしい。臭いによる察知が難しいとは言え、それでも目と耳は無事なままだ。

 事実、さっきまでの人形の襲来は、その数と方向を一度も間違えずに捕捉してみせた。

 じゃあ……ミラが察知するよりも速く動いてここに来た……のか?

 でも、その脚には特別な機能が付いているようにも見えなくて、タイヤ付きのヤツより速いなんて考えられない。じゃあ……こいつは……

「————揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)————っ!」

 ビィイイイっと稲妻が空気を裂いて、そしてミラの身体は青白く発光する。

 だが、その雷光は尾を引かず、飛び掛からず、低く構えて僕の前に立ちはだかった。

「——アギト、動かないで! 一回その人降ろして、しゃがんでなさい!」

「っ! わ、分かった!」

 逃げろ——ではなく、動くな……か。じゃあ、僕の感覚は間違ってないのか……?

 ミラもコイツをかなりヤバいもんだと認識してる。防御と観察に徹底するつもりだろう、構えが普段よりもずっとずっと低く、スタンスも広い。

 そして、圧倒的に集中力が高い。

 周囲への警戒を全てやめて、目の前の敵一体だけに意識を向けているみたいだ。

「——ミラ=ハークス、ふたりを頼む。おれは————」

 その人は笑っていた——

 あまりに異質、あまりに異様。何も分からない、情報は無い。

 そして、理解もし得ない。

 そんな未知の強敵を前に——強敵であることだけが分かっている壁を前に、その人は笑うのだ。

 それが超えられぬ壁であるなどとは考えず、乗り越えれば更なる高みに届くのだ、と。そう言わんばかりに

————“かつて”その人は笑っていた筈なのだ————

「——フリードさん——」

 雄叫びも咆哮も上げず、フリードさんは全身全霊でソレに突進して行った。

 その顔に笑みなど無く、高揚感や自己陶酔も見当たらない。

 それ程までに恐ろしい敵である——と、短絡的に考えて良いのか——? もしかして、これが——

————熱源の接近を感知————。と、それは何かに報告するように音声を流した。

 間違いない、コイツも機械人形だ。

 なのに……なんだ、この出来の良さは。

 さっきまでの前時代型アンドロイドみたいな、人の形を無理矢理貼り付けたみたいな違和感がコイツには無い。

 関節はやはり機械のそれだし、質感——目で見て分かる重さも生物的ではない。

 なのに……僕にはそれが人間に見える瞬間があるんだ。

「————うぉおお————ッ!」

 フェイントもフットワークも無し、フリードさんは最短距離を最速で駆け抜け、そして人形に向けて右拳を振り抜いた。

 さっきまでの戦いで、コイツら相手に駆け引きは意味が無いと思ったのだろうか。

 それとも……それが不要なものだと考えてしまったのだろうか。

 もしも後者であるならば、やっぱりフリードさんは……っ。

「——っ。なるほど——これは——」

 グワァン! と、大きな音が響いたが、何かが砕ける音はしなかった。

 フリードさんの一撃は確実にソイツを捉えていたが、しかしダメージらしいものは与えられなかった。

 拳を引き、ステップで二歩退がり、そしてもう一度構え直す。

 攻撃が通じなかったのだから当たり前の筈なのに、その所作がやはり彼らしくないものに見えてしまう。

「——ミラ=ハークス! 己にも力を——魔術による強化を頼む!」

「はい! 揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)!」

 パチ——チチチ——と、ミラの言霊はフリードさんの身体にほとばしりを与える。

 指を動かすだけで、拳を開くだけで。手のひら、腕、或いは構えた腕から胸へ。バチンと光って白い線を残す。

 全身に雷の力を帯びるその強化魔術は、まさしくフリードさんを地上最強へと押し上げるものだ。

「まさか、攻撃力が足りないとはな。なるほど、これでは確かに気構えのしようも無い。よもや——魔の王以上に恐ろしい相手とは——」

 ビン——ッ。と、弦を弾いたような音がして、そしてフリードさんは僕の視界から消えた。

 けれど、その跡は目で終える。

 青と金の混ざった光の道が、彼の駆けた後に残るのだ。

 またしても直進、駆け引きやひねりは一切用いない。

 最速最短で、その人は一番強い一撃を機械人形にぶちかますのだ。

「————熱源を————」

「——遅い——っ!」

 雷鳴が轟き、そして青白い光が明滅する。

 ほんの僅か遅れて届いた音は、硬いものが砕ける鈍い音だった。

 何よりも速く、何よりも強く放たれた一撃で、何かが砕け散った。理解出来たのはここまで。

 そこから先は————

「————っっ⁉︎ く——っ! 逃げろ——ミラ=ハークス——っ!」

————熱源の接近を感知————。また、壊れたみたいにそれを繰り返した。

 けれどそれは、この人形が壊れてないことを意味するものだった。

 高速で激突し粉砕されたのは、英雄の拳だった。

「————爆ぜ散る春蘭(オクト・エクスルーダ)————っ!」

 フリードさんの叫びを耳にして、ミラは攻撃的な炎魔術を唱えた。

 その言霊を聞き、その火球を目撃して、フリードさんは右腕を庇いながら大急ぎで撤退した。

 人形はそれを咎めること無く——そして、同じく逃げるそぶりも見せず、真っ白な光に飲み込まれていった。

 ただ————高熱を感知、避難を推奨する————と、事務的な言葉を残して。

「——っ。フリード様! 手当てを! 医療道具もありませんが、せめて応急処置だけでも——」

「——己はいい——っ! その男を運び出す準備をしろ! アレはこの攻撃では沈まない——っ!」

 フリードさんの言葉に一番困惑したのはミラだった。

 ミラにとってはかなり自信のある魔術だ。相手が金属製の機械人形であるならば、高熱を伴う爆撃はかなり有効である筈だ、と。

 僕だって冷静だったらそう考えられただろうし、ミラなら相手の弱点になりそうな部分を見逃したりしないだろう。

 それでも、フリードさんはダメだと言った。

 そして——その言葉通りに——

「——目標を捕捉した。脱走者一名。身元不明、危険分子三名。直ちに捕縛する——」

「——来る——っ! 急げ! ミラ=ハークス!」

 燃え上がる炎は吹き飛ばされたりもせず、しかしその存在をゆっくりと吐き出した。

 煌々と燃える白炎の中から、機械人形は悠々と歩いて出て来たのだ。

 捕縛する——と、今度は僕達にしっかりと意識を向けて、ガチンガチンと硬い足音と共にこちらへ向かってきた。

「————っ。すみません、痛くても我慢してください。止血して、それから傷口を塞ぎます。このままだと大きな血管に傷が付きかねませんから」

 ミラはそう言って男の脚に、ズボンの上から何か術式を施し始めた。

 そういえば、治療の錬金術だか魔術が使えるって話だったな。

 どんな理屈かは知らないけど、今はそれがありがたい。

 自己治癒のそれと違ってすぐには回復しなくても、応急処置の効果を上げる補助くらいにはなるのだろう。

「——治療が済み次第撤退しろ。そして、日が暮れるまで召喚された地点で待て。それまでに己が戻らなければ——」

 この世界は君達だけで救い出せ——。そう残すと、フリードさんはまたあの機械人形に向かって行った。

 無茶だ——と、飛び出しちゃいけない言葉が口を衝きそうになる。

 無茶なもんか、あの人が負けるかよ。

 だって……だって、フリードさんは最強の英雄だ。

 フリードさんは、僕達の中で一番強いんだ。

 それが……そんなフリードさんが敵わない相手なんて————

「——っ! く——ぉおおお——ッ‼︎」

 黄金騎士は砕けた右拳をもう一度振り上げる。

 けれど、機械人形はさっきと違った。

 明確な敵意をフリードさんに向け、そして同じように——武術の達人であるフリードさんと同じで、他の機械人形とはまるで違う——滑らかで曲線的な、まるで人間みたいに柔らかな動きでそれをいなしてみせた。

「————っ⁉︎ コイツ————っ!」

「——捕縛する——」

 バシュゥ————ッ! と、大きな音とともに、機械人形の背中から真っ白な煙が噴き出した。

 そして、さっきまで無かった音が僕の耳にも届き始める。

 ヒュンヒュン、シュンシュン——と、確かに何かの機械が作動している音だ。

 仕組みが何かは分からないけど、さっきの排熱と言い……コイツ——

 悲鳴は無かった。

 声を上げる暇も余地も無かったのか。

 僕の目に映ったのは、吹き飛ばされて地面を転がる黄金騎士の姿だけだった。

 機械人形の姿は僕の目にもハッキリ見えていたのに、それが何をしたのか全く分からなかった。

 ただひとつ——分かっているのは——

「————捕縛する————残り二名————」

 それが、僕とミラに目を向けたことだけだった——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ