第二百十七話【何故か集った叡智】
バラバラにされた魔獣の中の、特に有用そうな部位をジップ□ックに……なんて便利なものは存在しないので、金属製の壺みたいなのに入れて、ミラとベルベットくんは湖で手を洗って馬車に乗り込ん……乗り込まないの?
何やら荷物と一緒にベルベットくんが入ってた箱を組み立て直して……
「それじゃ、そういうことだ。他言無用で頼むぞ」
「マーリン様も、苦肉の策でこんな強硬手段に出るしか無かったんです。どうか、見逃してください」
ばたん。と、木箱の蓋が閉まり、そしてこの場からベルベット少年の姿が消える。
あー、なるほどね。うん、完全に理解した。
彼は本来ここにいてはならない人物。故に……揉み消そうってハラだな……?
「……他言無用、ね。なるほど、部隊が身内ばっかりな理由が分かったぜ。嬢ちゃんは知らされてたっぽいが、どうやらアギトの方は……」
「ちょっ、なんでそんな哀れみの目を向けるんですか! 確かに知らされてなかったですけど! 確かにビックリさせられましたけど!」
俺達はやっぱりロクでもねえ人に仕えちまったらしいな。と、ヘインスさんがそう言えば、騎士のみんなは声を揃えて笑い始める。今更何を、と。
マーリンさん……慕われてるのは良いんですが、同時にポンコツさを呆れられつつもありますよ……?
お願いしますから、もうちょっとしっかりしてくださいね……?
「うっし、それじゃ帰るぞ……と、言いてえが。嬢ちゃんよ。あれ、どうすんだ? このまま放っといて平気……とは思えねえけど」
「そうですね。流石にこの現場は隠滅……後片付けして行かないと、変な魔獣が集まって来ても困りますし」
隠滅。証拠隠滅と言い掛けましたね、貴女。僕のそんな念などお構いなしに、ミラは全員離れるようにと指示を出す。そして……
「爆ぜ散る春蘭!」
バァウ! と、白炎が原型も留めてない魔獣の死骸を覆い、そして黒い煙を上げながら燃え盛る。
成る程、燃やして無かったことにしよう、と。
魔獣と接敵し、そして燃やして倒しました……と。成る程成る程……
「……小悪党め」
「うるさいわよ、バカアギト」
世渡り上手になった……わけではないけど。なんともまあ悪知恵ばかり身に付けていくものだ。
そうして魔獣の肉の全てが燃え尽きるのを確認すると、ミラも含めて全員が馬車に乗り込ん……
「うぉぇっへ! げほっ! げほっ! うぷっ……おろろろろ。く——臭え!」
「しょうがないでしょ、検体が乗ってるんだから。カモフラージュの為にも装備に血を付けてあるんだし、臭いくらいはあるに決まってるわよ」
馬車の中を満たす劇物みたいな刺激臭に、僕の鼻はねじ曲がってしまった。と言うか吐いた。それはもう盛大に吐きました。
ゲロったのは僕だけにしても、みんなも良い顔はしていない。
かく言うミラだって、イライラした表情で肉片の詰まった壺を睨み付けている。そりゃそうだよ、ジップ□ックじゃないんだもん。
密閉性なんてものはまるで無いただの金属の入れ物からは、揺れる度に赤黒い血とそれから……なんか、ねばねばした汁が飛び出していた。地獄か……ここが……
馬車はまた王宮へと戻ってきて、そして……あまり歓迎されてない空気の中で、僕達は荷物を運び出す。
壺の蓋には厳重に縄が掛けられ、箱と一緒にまた別の馬車へと積み込まれる。きっとマーリンさんの研究所行きの馬車だろう。
となると、ベルベットくんはこのまま所に戻るのかな?
「しかし地獄のような臭さだった。お前あんなに鼻良いくせに、よく平気だよな……」
「前にも言ったでしょ。家畜の臭いも、堆肥の臭いも、魔獣の血の臭いも。全部慣れてるだけよ」
そんな話、確かにしましたね。
必要なことだから我慢出来る。その臭いは自分達の生活の為に仕方なく出てしまうものだから、不快感があってもやり遂げる。少し前、牧場の手伝いをした時の会話だったかな。
ん? あれ? 牧場の手伝いなんて、いつしたっけか……?
「……あっ。そうか、そうだよな。お前、別にあの頃の記憶を忘れたわけじゃないんだよな。だから……えっと、エヴァンスさんやキルケーさんヘカーテさん、それにベグさんや……」
「覚えてるわよ。ええ、全部覚えてるわ。その時晒した醜態も、無様に這いつくばるしかなかった悔しさもね」
え? そんな物騒な覚え方ある?
だってお前、言ってたじゃないか。ふたつ目の世界……獣の世界を旅し終えた時。
色々あった——嫌な出来事も、苦しい出来事もいっぱいあったけど、この旅は凄く楽しいものだった……って。
それをお前……言うにこと欠いて、醜態だとか悔しいだとか……
「当たり前でしょ。だって、今の私が行ってたなら全部解決してみせたもの。
たとえあの方舟が無かったとしても、私なら同じものを造れた。仮面の奴らもあの場で蹴散らしたし、あのマーリン様だってきっと抑えられた。
神様にだって、アイツの力を借りなくても届いたわよ」
なんという自信。でも、否定も出来なさそうだ。
体力万全、魔力も万全、魔術も武術も一切のリミット無しとなれば、ミラはどんな環境、敵、終焉が相手でも踏破しただろう。
まあでも……その場合はそもそも召喚する必要が無かったわけで。
「ほら、さっさとマーリン様のところに行くわよ。そしたら早くお風呂入って、それからご飯食べて……」
そう言ってミラは、身に着けていたいくつかの装備品……短剣とか、革のベルトとか、防具っぽいものとかをそこら辺に脱ぎ捨てた。
こらこら、ポイ捨てするんじゃ……ウッ。く、くせえ……これか、カモフラージュがどうとか言ってたの……
報告の為に王宮に入ると、まず真っ先にミラはお風呂に連れていかれてしまった。
臭いからそのままうろちょろするな……と。
ミラは必要とあらば我慢出来ると言ったが、残念ながらここにはそんな臭いを持ち込んではならないらしい。いや、当たり前だが。
なので、僕はひとりでマーリンさんの部屋に向かったのだけど……
「おう、遅かったな。ちびは……臭過ぎて追い返されたか」
「こらこら、ベルベット。女の子に臭いとか言ったらダメだぞ。おかえり、アギト。お疲れ様」
そこには優雅にくつろぐマーリンさんと、箱に詰められたまま馬車に乗った筈のベルベットくんの姿があった。
い、いつの間に抜け出したのさ⁉︎ と言うか、通行証も無いのにどうやって……は、馬車がそもそも王宮内に乗り付けてたからか。
「……はあ。マーリンさん、色々聞きたいこともありますけど……まずは業務的な確認からしますね?
あの湖に何かいるって確信があったみたいですけど、いったいどこの筋からの情報ですか。
そして、どうしてそれを俺には教えておいてくれなかったんですか。という類の質問を今からいくつかしますね」
「あはは、そう怖い顔をしないでおくれよ。そうだね……ふむ。情報屋の名を出すのは、仕事柄あまりしたくないんだけど……」
そうだ。当てられたら教えてあげるよ。と、まるで嬉しくないクイズ大会が始まってしまった。
このクソポンコツ……っ。みんな! みんながまたロクでもないこと企んでるんだって疑わなかったからな!
みーんなだぞ! アンタの元部下全員が! そのポンコツ性と悪ガキっぷりをまるで疑わなかったんだからな!
「当てられたら……って言っても、当たるわけないじゃないですか。と言うか、当たるなら教えて貰う必要無いですし」
「むぅ。なんだか今日の君はノリが悪いね。こう……嫌なものを目にしてげんなりしてしまってるみたいだ。どんな時も気持ちを前向きに持っていないと、幸せが逃げてしまうよ」
嫌なものを目にしてげんなりしてるって、分かってるなら余計なストレスを与えないで欲しいなぁ!
そりゃイライラ……と言うか、げっそりもしますよ。
だって……うぷっ。お、思い出すとまた吐きそう……
きつい臭いもまだ鼻の奥に残ってる感じあるし、ちょっとこれは……
「ばっはっはっ! なんじゃなんじゃ、随分青い顔をして。どれ、薬をやろう。滋養強壮、活力回復。貧血にもよく効くわい。ほれ」
「あ、ありがとうございま……す……?」
ばーっはっはっはっ! と、なんだか怪しげな小瓶を渡してきたのは、大きな爪と長い毛に覆われた獣の手だった。
豪快に笑うその姿は、人狼の術師——クリフィアの最高権威、先代魔術翁ことマグルさんだっ……
「——マグルさん⁈ なんでここに………………なんで王宮に⁉︎ まだ帰らないって話は覚えてますけど、通行証はもう無い筈ですよね⁉︎」
「ばーっはっはっ! 然り。なので……」
もう少し小さな声で頼んだぞ。と、マグルさんはそのままスッと姿を消した。
どこかに行ったとかの意味じゃない、完全ステルス迷彩結界を発動したという意味で。
もうやだ……この部屋、問題児しかいない……
「と、いうわけだ。マグルは王都に残って魔獣の調査をしている。幸か不幸か、クリフィアにはあまり魔獣も近寄らない……マグル本人の結界があって近寄れないからね。
馬車なんて無くても、歩き回って情報を仕入れるだけの体力もある。それがたまたま湖の魔獣を見つけてくれたってわけだ」
「…………じゃあ、なんですか。今回の件……王都、王宮の正式な任務でありながら……」
法の目をかなり荒っぽいやり方ですり抜けた、ブラック寄りグレーな仕事だった……と?
僕の問いにマーリンさんは笑顔で誤魔化して、そしてまた優雅に紅茶を口に運ぶ。こ、このやろう……っ。
しかし、マグルさんの言う通り、今ここでは暴れられない。
なぜなら……不法侵入者がふたりもいるのだ。それも、どっちも身内で。
騒ぎを大きくすると、自動的に僕も損するように出来ている。
うぐぐ……ここまで……文句を封殺するとこまで計算尽くか……っ。




