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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第二百十二話【思い出させて】


 仕事部屋に戻ると、マーリンさんは改まってゲンさんに頭を下げた。

 思うところがあるのだろう、ゲンさんもそれを見て何も言わずに小さく頷いている。

 けれど、どこにも険悪な空気は無く、あるのはちょっとした感動みたいなものと嬉しさばかりだ。

「アギトの口から語れたらそれが一番だけど……うん。僕から説明を……そして、謝罪をさせていただきます」

 申し訳無かった。と、マーリンさんは深く頭を下げなおしてそう言った。

 約束を違えた。何にも傷付けさせないと、脅かす危険を全て打ち払うと。そう言って貴方を説得したのに、私はそれを成せなかった。ここに、私の無力を謝罪します、と。

 ゲンさんはそれに、ちゃちゃを入れるでも、そうだそうだと憤るでもなく、やはりただ黙ってその姿を見ていた。

 見下すでも、見上げるでもない。真っ直ぐに、対等に。

「……では、説明をさせていただきます。彼が——アギトがどうしてここにいるのか……を」

「そう……そうだ。お前さんが頭を下げようが手を付いて詫びようが関係ねえ。大事なのはそこだ。

 あの時俺は……俺達は、あの場にいた誰もが。アギトの死を間違いなく目にして、受け入れた……筈だった」

 だってのに。と、ゲンさんは少しだけ語気を荒くして、けれどすぐに冷静になってがつんと自分の膝を殴った。

 ふーっ。と、長いため息を吐くと、マーリンさんに対してもう一度だけ真っ直ぐな視線を向ける。

 嘘をついていないか、誤魔化そうというつもりは無いか。それを見定めてるみたいだった。

「……思い出したのは十日くらい前だ。なんのことはねえ、当たり前の記憶としてそこにあった。その前の日まで無かった筈の記憶が、目ぇ覚めた途端にそこにありやがったんだ。巫女さんよ、アンタいったい何やらかしてくれたんだ」

「それについても、説明と併せて謝罪をしなければなりません。そして、その件については説明を簡便なものにするわけにもいきません。ご了承ください」

 こくんと黙って頷いたゲンさんを見て、マーリンさんはまた頭を深く下げる。

 そして、あの戦いの後——僕の死を無かったことにする瞬間から説明を始めた。

 戦いが終わり、国は救われた。

 けれど、勇者の片割れは命を落とした。

 それによって、片割れのもうひとつ——ミラの精神が崩壊したのだ、と。

 そうなってしまった原因も、また自分にある。

 ふたりの勇者には自分が呪いを掛けた。

 互いが互いを何よりも尊重し、しかし同時に依存し、けれど強固に結び付くようにと差し向けた、と。

 しかし、その結び付きの強さ故に、ミラの精神は完全に崩壊したのだ、と。

 王命により——或いはそれが無くとも。ミラ=ハークスというひとりの勇者を取り戻す為、自分は召喚術式による副次的な解決を目論んだ、と。

 本人には片割れともう一度会う機会を設けるとうそぶき、ほんの僅かな時間でも意識を取り戻させて。

 術式は成功し、その代償にアギトという存在は世界から完全に抹消された。

 片割れなど最初から無かったかのように、世界は認識を改めたのだ、と。

「……そして、それから百八十九日の後、僕はもう一度……いいや。初めての禁術に手を出した。死者の蘇生。外法も外法、倫理観や尊厳などどこにも存在しない。

 けれど、それが必要だと考え、僕はアギトという肉体をこの世界にもう一度復元した」

 けれど、それだけでは人間は甦らない。

 肉体の死と精神の死は別で、精神の作り直しは自分にも出来なかったのだ、と。

 マーリンさんがそう言うと、ゲンさんはなんだか訝しげな目を……僕に向けた。

 ちょ、ちょいちょい。気持ちは分かるけど、僕を変なもの見る目で見ないで。自覚はあるから。

「……アギト、どうする? ここの説明は……君がそれをしたいか、したくないか。知って欲しいか、知られたくないか。どんな答えを出そうと誰も咎めないし、咎めさせない。君が決めてくれ」

「うげっ……いや、そうだよな。そこは……そこは俺の問題だもんなぁ……」

 なんだよ。お前まで勿体付けんのか。と、ゲンさんは毒を吐いた。

 けど、マーリンさんの言う通り、それで何を選ぼうと文句を言うつもりは無い……って顔をしてる……んだと思う。

 別にさ、ゲンさんのことならなんでも分かる……なんて間柄じゃないからね。そんな気がするなぁ……程度。でも……

「……ふひぃ……ど、どうしよっかな。知って貰って……知られて……うーん。こっちの説明まで始めると、本当に一日が終わりそうで……」

「あァっ⁉︎ 時間なんざどうだっていいんだよ! こっちは片田舎からわざわざやって来てんだ! んなボケた理由ではぐらかしてんじゃねえよ!」

 このボケアギトがよぉ! と、ゲンさんに結構ガチの関節技をキメられた。

 いででででっ⁉︎ ギブ! ギブギブ! マーリンさんとじゃれてるのとは根本的なところから違う、本気の痛みに僕は泣きながら床をタップする。

「ひぃ……ひぃ……ごほん。時間の問題……も、ありますけど。こっちもこっちで問題になる部分が多過ぎるんで、ここは端折りましょう。俺のことは、なんかこう……ちょっと面白い生まれの子供だったとかにしておいてください」

「……それを君が大声で言っちゃったらなぁ。ま、いいけど。そういうわけだ、ご老人。この部分だけ説明がちょびっとぼやけるけど、どうか許して欲しい」

 許さなくてもそうすんだろ。と、もう一度悪態をつくと、ゲンさんはまた真面目な顔で耳を傾けてくれた。

 マーリンさんもそんなゲンさんが相手だから、またしっかりと背筋を伸ばして説明を始める。


——アギトとは、本来この世界の住人ではない。


 これが、僕とマーリンさんが決めた隠すべき情報。

 ハークスによって召喚された、別世界に生きていた精神。ここの説明は流石にこう……ね。

 ミラも巻き込んでめちゃめちゃめんどくさい説明会が始まるので……という建前と。あとは……やっぱり、自己保身。気味が悪いと思われたくなかった。

 アギトという人間の精神は特別で、一度の死をも乗り越えて残り続けていた。マーリンさんはそう誤魔化して、そして話を上手に繋げていく。

 記憶を失ったミラと、そして誰からも忘れられたアギト。不揃いながらもひと揃えな勇者を、別の世界へと召喚し続けた。

 それにより、術式によって失われたアギトについての記憶を取り戻す為に。

「……そうして、ついこの間——それこそご老人の記憶が戻ったその日に、僕達は……ううん。この子達は戦いに勝利した。

 ミラちゃんはアギトのことを思い出して、アギトはもう一度ミラちゃんの隣に家族として立つ夢を叶えた。それがことの顛末。同時に、ご老人の記憶が突然戻った理由だ」

 ゲンさんはまだそれを受け入れられてないみたいだった。

 それが当たり前の反応なんだけども。

 でも……きっと、怒ったり、悲しんだり、嫌な感情にはならない……だろう……と、思って……るけど……そうだと良いなぁ……

「……オックスは。オックスのバカはどうなんだよ」

「……っ。オックスは……いいや。ミラちゃんとご老人以外には、まだ……」

 いえ、一応王様も……とは言わないでおいた。これは黙っておくって決めたんだ。

 だから、王様が自首(?)するまでは、ミラとゲンさんだけが思い出してるってことで。

 他にもいるかもだけど、こっちからは分かんないからね。

「…………っ。なあ、巫女さん……巫女様。オックスの記憶も戻してやっちゃくれねえか。

 アイツ、ダメなんだよ。アギトのバカに何を見たのか知らねえが、あの旅の後のアイツはとても見てられるもんじゃなかった。だってのに……」

 思い出すまで、そんなことも分かんなかったんだ。と、ゲンさんは……きっと、後悔を口にした。唇を噛んで、凄く苦しそうに。

「……オックスの変貌についてはこちらでも把握している。同時に、それが正当化されてしまっている事象についても。由々しき問題だと思う。けれど……」

 記憶が戻るかどうかは完全に運任せであるということ。そして何より、召喚される僕達ふたりの安全が保障されていないということ。マーリンさんはそれを理由にゲンさんのお願いを断った。

 本当はそこにマーリンさんが危ないからってのも付け加えて欲しいんだけど……この人も聞かん坊だからなぁ。

「でも、僕はあんまり大ごとだと捉えてないよ。あの子はその答えを、一度は自らの手で導き出している。

 少なくとも、僕はその瞬間を目にしたからね。だから……また元の強いオックスに戻ってくれるよ」

「……それも、星見の力かい」

 いいや、確信さ。と、マーリンさんは笑う。

 見えない未来に確信もクソも……なんて野暮なツッコミはちょっと置いといて。

「俺も、アイツは大丈夫だと思います。と言うか……俺のこと忘れたくらいでそんな大袈裟に変わるとは思ってないですし。

 なんかこう……今は……えーと。魔王を倒した一団にいた……って考えがアイツに強く残ってて、それが原因じゃないかなー……と」

「あっ、こら。バカアギト。まだ君はそんなこと言ってるのか。

 君だよ、あの子が強くなったきっかけは。あの子がよく分かんなくなっちゃった原因も。あの子がまた元に戻れると思ってる理由も。その君がふわふわしててどうするんだ」

 そんなだとお説教だぞ。と、マーリンさんはプンスコ怒って……な、なんで怒られてるのさ……?

 そんな僕とマーリンさんのやりとりに、ゲンさんはやっと緩んだ表情を浮かべてくれた。

 色々積もる話もあるんだ。一緒に飯でも食おうや。と、そう言って僕の頭を鷲掴みにしたゲンさんの目には、またうっすらと涙が滲んで見えた……気がする。


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