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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第二百十話【思い出しながら】


 目を覚ましてすぐ、僕とミラはマーリンさんに連れられて王宮へと向かった。勇者としてのお仕事があるから……と。

 それにはやっぱり僕も同行すべきだからと、そう言って。

 でも……いや、嬉しいです。嬉しいし、誇らしいと先に表明した上で……だ、大丈夫なんです……? だって、僕はもうただの一般人で……

「君がなんであるかを決めるのは君自身だ。勇者として振る舞うのも、何も知らぬと振る舞うのも。ただそれでも、僕は君を勇者として扱うつもりだ。君がなんと言おうと、周りがなんと言おうとね」

「俺自身の意見も含め、全部無視して我を突き通す……って、そう言われた気がしました……」

 よく分かっているじゃないか。と、マーリンさんは笑ってミラの頭を撫でた。ここのところスキンシップが全部ミラの方へ行ってしまってるな。

 まあ、気持ちは分かる。マーリンさんだって、ずっとずっと待ち遠しかったんだ。

 記憶を失って、甘えん坊じゃなくなって、撫でさせてもくれなくなって。

 だから、僕よりミラを撫でたいというのは分かる。分かるけど……僕のことも撫でてよぅん……

「それで、マーリン様。私達は何をすれば良いのでしょうか。勇者として……という話でしたら、やはりゴートマンの……」

「違う違う、アイツとは関係無い。今回君達に頼みたいのは、かの魔王についての仕事だ」

 魔王の……? 首を傾げる僕とミラに、マーリンさんはちょっとだけ申し訳無さそうな表情を向ける。

 魔王の残党が……みたいな話なのかな? それとも、あの山にまだ何か問題が……?

「……特にアギトには関わらせたくなかったけど、そうも言ってられないからね。

 端的に言うと、魔王についての調査を進めたい。

 アレが元は人間であった、と。ひとりの術師が至った究極の形のそのひとつだと言うのなら、やはりそれを済んだことで終わらせるわけにはいかないから」

 魔王という存在がどうして生まれたのか。それについては、表面上で語られた部分のみ理解している。

 人間より魔獣の方が凄いと思った、そちらを優先すべきだと思った。

 本人が語った動機、価値観は、疑う余地も無いのだろう。

 しかし、それでどうしてそこまで到達出来たのか……を、マーリンさんは問題視しているらしい。

 魔王はおそらく、どの術師よりも高位な存在であった。

 魔女であるマーリンさんの力を以って、ようやく相殺に至るだけの出力。

 言霊や詠唱も既に切り捨てており、既に人間の術師の次元を超えていた……と、僕は思った。

「……確かに、あのレベルにどうやったら到達出来るのかが分かれば……」

「バカアギト、あんなやつより私の方が凄いわよ。あんなやつよりお姉ちゃんの方がずっとずっと凄いし、怖かった。あんなやつ、ジューリクトンのガキンチョより下よ」

 え? そ、そうなの……? と、素直に受け取る程僕も間抜けじゃないぞぅ。

 ミラの負けず嫌いは今に始まったことじゃない。敵だった魔王を上げる流れに、異議申し立てをしようというのだろう。ふふふ、可愛い奴め……

「そうだね、ミラちゃんの言う通りだ。術師の観点で言うのなら、アレはミラちゃんよりも下……ベルベットや他の若い術師にも劣る存在だろう。さっき言った通り、あれは究極に至ってしまったものだからね」

「……? 究極に……だから、ミラより凄いって話じゃ……」

 ふしゃーっ! と、けたたましい叫び声とともにミラに噛み付かれた。痛い! もう、なんなんだよ。

 凄く凄く不機嫌そうに、それでいてなんだか物言いたげに。でも、何も言わずにミラはマーリンさんの後ろに隠れてしまった。なんなんだよぉ……

「あはは。忘れたのかい、アギト。どれだけ優秀であろうと、歩みを止めたら術師としてはそこで死ぬんだ。エンエズという男がそうであったようにね。

 あの戦いの中で、それは顕著に現れていただろう。完成された強さを振るうだけの魔王と、絶えず進化を繰り返し続けたミラちゃん。勝ったのはどっちだった?」

「ぐっ……で、でもっ。流石にミラひとりじゃ敵わなかったと思うし……」

 そうだね。だからこそ問題なんだ。と、マーリンさんはミラの喉を撫でながらそう続ける。

 術師という観点からは、確かにあの魔王は死んでいた。けれど、生物として——人類の脅威としては、たとえあれ以上の余地を残していなかったとしても、それでも最も危険な存在で間違いなかったのだ、と。

「生存競争だからね。強い弱いじゃない、勝つか負けるかだ。生物として、アレの見せた可能性は非常に有益だっただろう。僕達しか知らないあの男の全てを、今後の為にしっかり記しておこう……と、そういうわけだ」

「俺達しか知らない……か。確かに、他の人は見てないわけですからね」

 そういうこと。と、マーリンさんは頷いて、そして僕達はいつも通りにマーリンさんの仕事部屋へとやってくる。

 机と椅子を準備して、僕達は三人で顔を突き合わせて……

「……? あれ? だったら、フリードさんも呼ぶべきじゃないです? 今日は忙くて都合が合わなかったんですか?」

「……バカアギトだね、君は」

 な、なんでだよぅ!

 はあ。と、頭を抱えてしまったマーリンさんを、ミラは慰めるみたいに励ましていた。

 そ、そんなに凹むなよ! 何も間違ってないだろ⁉︎ そういうリアクションすれば僕が面白いみたいな魂胆がやや透けてるシーン多いぞ! 最近!

「さっき言っただろうに。あの戦いは僕達だけが覚えている。それは何も、当事者という意味だけじゃない。君のことを忘れたフリードが、本当にあの戦いを鮮明に思い出せると思うかい?」

「うっ……そ、そう言われると……でも! 戦いと俺とはあんまり関係……」

 大アリでしょうが。と、机の下でミラに脛を蹴られた。

 お——ま……え……っ。それはあかん……花渕さんのへなちょこキックでも痛いのに、お前が蹴ったら本当にダメなやつ……っ。

「あの戦いは、守るべき戦いだった。世界を、国を。約束を、僕を。そして、新たなふたりの勇者を。

 前にも言ったけど、アイツは感情で動くタイプだからね。親友とまで呼んだ君の存在が、あの戦いの大きなモチベーションだったのは間違いない。

 それが抜けてる上に、ただでさえ論理的な話の出来ないバカフリードだ。役になんて立たないよ」

「ふぐ……いぎひぃ……な、なるほど……」

 やや私怨も含みつつ、なるほど納得な道理だ。

 しかし……そうなると、ちょっとだけ自信が無くなってくるな。

 だって、僕には魔王の実力なんて分かりっこなかった。とりあえず、コイツはヤベェ……とだけ。

 マーリンさんの開幕一撃必殺みたいな魔術を知らん顔して、フリードさんとミラのふたり掛かりでもその防御は貫けなくて。

 ミラの実力ですら測り損ねる時があるのに、あんなやつの力量なんて……

「それじゃまず、見た目からだね。えっと、背格好はそこいらの男と変わらないくらいだったね。髪は白くて、肌も白くて。筋肉質……と言うより、ちょっとばかし痩せぎすな感じだったかな」

「あっ、調査ってそういうレベルからです?」

 グリッ——と、またしてもミラの足が僕の脛にめり込んだ。死————っ⁈

 うごぁああ——っ! と、悲鳴をあげて床を転げる僕を他所に、ふたりは淡々と魔王についての情報を羅列し始める。し、死ぬぅ⁉︎

「そりゃそうだよ、このバカアギト。魔王の姿を目にしたのさえ、僕達が初めてだったんだ。アレに元となった人間がいるのなら、或いはそれを特定出来るかもしれない。そう考えたら、人間的な外見の特徴も重要な情報だ」

「な、なるほど……ぐふぅ……」

 遊んでないでちゃんとやりなさい。と、遊んでるわけじゃないのにミラに怒られた。と言うか! お前の所為じゃい! ごほん。

 でも、確かにこれなら僕でも役に立てそう。

 今でも鮮明に覚えてるよ、魔王の姿は。それが災厄の大元だって言われてたんだから、当然。

「はい、じゃあ続けるよ。見た目は半分人間、けれど下半身を植物のようなものに覆われてたね。花の蕾から身体が生えているみたいな。でも、それが肉だってのもひと目で分かったよね」

「人間の頭があって、痩せた身体があって。それが、なんか……脈打ってる花びらに包み込まれてて……。思い出すと結構……こう……」

 あんまりかっこ良いとは言い難い姿だったね。と、言葉ではふざけて、けれど凄く真面目な顔で。マーリンさんはやっと僕の背中を撫でてくれた。

 無理はしないでねと言いたいのかな。でも、これで役に立てるなら……

「……そして、最大の特徴。その身体を花蕾——植物だと言い表すのなら、あれはきっと根だったのかな。八本の——いいや。九本の龍の頭。魔王の誇る唯一の物理的な戦力で、もっとも苦戦させられた武器だった」

 言い終わると、マーリンさんは僕とミラをふたり纏めて抱き締めた。

 もう大丈夫だからね。もう、あんな怖い思いしなくていいんだ。そう優しく囁くその顔には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「……そして、魔王には魔術的な特性が多く見られた。これについては……ミラちゃん。君と僕の記憶が全てだ。しっかり思い出して——」

——ガシャァン——っ! と、何かが割れる音がして、マーリンさんの言葉をぶった切って王宮内に警笛が鳴り響いた。

 それは何者かの侵入を意味するものだと、聞こえてくる怒号に知らされる。

 まさか——まさか、魔王の手先が——っ!

 今の今までしていた話に思考を引っ張られながら、僕はミラとマーリンさんをギュッと抱き締めた。

「——行くわよ——アギト——っ!」

「——っ。おう!」

 最悪は起きない——っ。

 ドクドクと脈打つこめかみの痛みを誤魔化すように、僕はそう念じながらミラの後を追った。

 もう、この国には悪いことは起きないのだ——と。そう祈って——


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