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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第二百五話【王都管轄フルト領】


 そういえば、オックスは騎士団に所属しているんだっけ? そういうわけじゃないんだっけ。

 もし、しっかり籍を置いてるなら、ちょっと一緒にご飯食べようよなんて軽い理由で借りられないかも……という小さな不安は杞憂に終わり、僕はオックスと共に少し暗くなり始めた王都の街を、談笑しながら歩いていた。

 昔のことを語り合いたい気もするが、それを言っても仕方が無い。

 それに、あの後オックスが——みんなが何をしていたのかの方が僕としては気になる。

 だから、僕はオックスにそれを尋ねた。魔王討伐に立ち上がった精鋭達は、その後どんな生活を送っているのか、と。

「精鋭……なんて立派なもんじゃないっスよ。特にオレは……オレ達は、っスね。

 本来、魔王を倒す戦いにはフリード様とマーリン様、それにミラさんだけで向かう予定だったんスけど。そこに、ちょっとした縁で勝手に乗り込んだのがオレ達だったんス」

 元々王都で騎士をやってたらしいゲン先生と、それから自分を含めた四人の門下生。五人で押しかけて勝手に隊に加えて貰ったんスよ。と、オックスはそう言って笑った。

 うん、そこは知ってる。知ってるけど……知らないことも多い。

 どうして駆け付けてくれたのか。約束は……確かにしたけどさ。まさか、あんな大ごとになってるなんて考えなかった筈だ。

 それに、オックスだけじゃなく、みんなが揃って来てくれたってのも……

「……怖くなかったのか? だって、魔王だぞ? かつての勇者様を……っ。マーリンさんとフリードさんと、そして勇者様の力を合わせても届かなかった、文字通りの化け物だ。それなのに、ちょっとだけ一緒に旅をした縁があるだけで……」

 命を懸ける動機になるだろうか。

 オックスの正義感は知ってる。ミラと同じで、困っている人を見れば助けなきゃ気が済まないタイプだ。

 でも、それとこれとは話が違う。

 オックスがただの正義感で無茶をしだしたなら、絶対にゲンさんは止めた筈だ。

 確かに、あの人とも縁はある。助けてやろうって思ってくれたかもしれない。

 でも、だったらオックス達は置いて来ただろう。

 あの人にとっての四人は、初めて奪われなくて済んだ宝物なんだ。

 諦めてたものだからこそ、その大切さは身に染みている筈なのに。

「……それが、オレもちょっと分かんないんスよね。アギトさんの言う通りなんっス。普通、その程度じゃ命懸けで戦うには動機として弱い。

 でも……うーん、なんなんスかね? 勇者の戦いに参加出来る高揚感に溺れてた……とかっスか?」

「……っスか? って言われてもな。俺が聞いてるのに……」

 っスよね。と、オックスは首を傾げる。

 そっか……そこがマーリンさんの言う、僕の所為で失われた部分なんだな。

 オックスは、僕が一緒だったからミラを助ける気になってくれた……とか。

 うん……多分、それはちょい違う気がするわ。

「フリード様もいて、見栄を張ろうとしてたのも間違いはないんス。マーリン様にも、短い間だけどお世話になりましたから、その恩返しを……とも考えたっス。

 だけど……一番大切なことを、どうにも忘れてる気がするんスよね」

 勿論、ミラさんのことは本気で心配してましたけど。と、オックスはそう付け足して苦笑いを浮かべる。

 オレなんかよりもずっとずっと強かったっスけど、ずっとずっと危なっかしい人でしたから、と。

 そんなオックスの姿に、ちょっとだけあった寂しさを忘れて僕も笑った。やっぱり、オックスはオックスだな。

「……そう、なんスよ。そこも……そこも変なんっス。ミラさん、オレよりずっと強かった筈なんス。でも、魔王を倒してからのミラさんは……」

 まるで抜け殻みたいに弱々しくなってしまって……と、オックスは笑顔を引っ込めてしまった。うん……それもよく知ってる。

 そうだよな、お前にはそう見えた筈だよな。

 だから……余計に自分の中のモヤモヤにも不信感を強めてしまって。

 きっとそれで、本来の自分を見失ったまま……思い出せないでいるままなんだよな。

「アーヴィンで、やっぱり何かあったんスよね。それも……いや。マーリン様が噛んでる話なら、きっとオレには話せないことなんっスよね。なら、これ以上は聞かないっス。それで大変なのはアギトさんっスもんね」

「……うん、ありがとう。しかしなんと言うか……歳の割に気を使い過ぎじゃない? ミラなんてもっともっと我儘だし、なんだったらマーリンさんも……」

 我儘出来るだけの力があるっスから。と、オックスはそう言った。

 えっと……うん? 我儘言っても誰も逆らえない暴君的な話? それは……はい、その通りでございますが……

「ところで、そろそろ道変えた方が良くないっスか? この時間だとまだ流れが……」

「っとと、そっかそっか。一方通行だった」

 いかんいかん、忘れてた。この王都、やたら人口が多い所為で、時間帯によっては交通制限みたいなことしてるんだよな。しかも、ここら辺だけの話じゃないし。

 どこもかしこも同じような一方通行迷路になってるから、ちょっとだけ路地を入った場所には、慣れてないと辿り着けないんだ。初見殺しダンジョンかよ。

 話題はあの戦い前後のオックスとミラの話から、しれっと僕とマーリンさん、延いてはフリードさんの関係の話へと挿げ替えられていた。

 さん付けの謎、それに弟子という関係性。その辺は前に説明済みだけど、それだけで受け入れられるものでもない。

 ミラに何かがあったとされるアーヴィン出張にも一緒に連れて行かれてるんだ。

 それも、マグルさんや副所長のベルベット君を差し置いて。

 気になるよね、うん。でも……やっぱり話せない。

「戻りましたー。エルゥさーん。ミラのやつ、つまみ食いしてないですかー?」

 おかえりなさーい。と、ちょっとだけ遠くから、良い匂いと共に元気な女の子の声が返ってきた。

 はー、幸せ。やっば、家庭じゃん。こんなのもう新婚の家庭じゃん、夫婦じゃん。ではなく。あれ……?

「……あのバカ、噛み付きに来ない……? もしや、本当につまみ食いして追い出されたか……?」

「ミラさんをなんだと思ってるンスか……一応勇者様っスよ、今代の」

 一応ってオックスも言っちゃってるやないかーい。

 でも、それくらいしか理由が思い当たらない。

 材料足りないから買って来て……なんて、そんなミスをエルゥさんがする筈……いや、予想外の大食漢が紛れ込んだわ。それの説もあるな。

 あとは……使い物にならなくて放り出されたか。ミラが料理してるとこ見たことないしな……

「やっぱりアイツは食う専門だな。完全に役割分担間違えた。オレが残ってオックスの迎えをミラに任せれば——っだぁ⁉︎」

 ごつん! と、本日何度目かも分からない強い衝撃が僕のお尻を襲い、そして僕は惨めにも床を転げ回った。

 いっ……ふっ……ふぅ……ぅぐふ……ぐすっ……泣けるくらい痛え……っ。

「何を偉そうなこと言ってんのよ、バカアギト。アンタが手伝って、それでなんの役に立つってのよ」

「うぐふ……み、ミラ……おかえり……っ」

 ただいま。と、そっけなくもちゃんとただいまは返してくれる愛しのプリティマイシスター。

 でもね、これ以上僕の尾骶骨を痛め付けるのはやめてくれ。

 それと、役立たずという言葉で僕の心を斬り付けるのもやめてくれ。泣いちゃうから。

「君は相変わらず乙女心の分からない男だね。ただいま、エルゥ。食べにきたよ、王宮のよりもずっと美味しいご飯」

「えへへー、張り切り甲斐のあること言ってくれますね。おかえりなさい、マーリンちゃん。ミラちゃんも、お迎えご苦労様です。それに、お久しぶりですね、オックスさん。

 あ、お邪魔しますなんて言っちゃダメですよ? ここはもうフルト領です。貴方はとっくにフルトの住人ですから、ちゃんとただいまって言ってください」

 ずっきゅんこ。え……そ、それ僕も言われたい……僕もそれ言われたいぃぃいん…………っ。

 おかえりなさい。と、笑顔を向けるエルゥさんに、オックスは困ったように目を逸らして……でも、笑ってただいまっスと返事した。

 うう……きらきらしてる……この空間、僕を除け者にしてすっごくきらきらしてる……っ。

「フリードのバカは連れて来られなかったよ。いや、本人は来たがってたんだけどさ。美女の作った晩餐にとも出来ぬなら、おれはお前をくびり殺してでもそこを通る……とまで言われたら、流石に連れて来られなかったよ」

「あはは……フリードさんらしい……らしい…………? あれ? それ、むしろ連れて来ないと面倒になるから、やむなく連れてくるパターンのやつでは……」

 ぱしぃん。と、乾いた音が鳴って、それから僕はマーリンさんが久々に杖を持っているのに気付いた。

 久しぶり……もう魔術使えないなら、それはただの棒切れでは? ただの魔女っ子コスプレアイテムか、或いはちょっとした鈍器にしか…………

「…………ひぃん——っ⁉︎」

 ぱしっともう一度叩かれたのは、杖の先端の丸く出っ張った部分だった。

 こ、この女……っ。また……また、やりやがったのか……っ。

 思い出される絶望感に、僕はお尻の痛みと下腹部の苦しさのダブルパンチで床にうずくまった。

 ど、どうしてもそのやり方しかなかったの……? もう……もう二度とやっちゃダメだってあんなに念を送ったのに……

「まだ何かあれば僕も手伝うよ。少なくとも、そこで転がってるだけの誰かさんよりは役に立てると思うな」

「あはは。そうですね……料理はもうあらかた出来てますので、テーブルを片付けて、食器を運んで……」

 待って! 聞き捨てならない! 僕も役に立つ! 僕だってエルゥさんの役に立ちたい! エルゥさんに褒めて貰いたい! 良い子良い子えらいえらいして貰いたいぃぃいん! 違う!

 多少なりとも尊厳と信頼を取り戻す為に、僕も大急ぎで晩御飯の支度を手伝った。

 うう……秋人ではそこそこ出来るようになったのに……っ。こっちだとみんな生活力たっけえ…………


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