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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第二百四話【一件落着】


 王都に帰ると、マーリンさんとフリードさん、それから大勢の騎士の手によってゴートマンは連行された。

 牢屋に入るんだ。マーリンさんが入れられてたちゃんとした部屋みたいなとこじゃなくて、もっともっと簡素で、最低限の寝食をこなす為だけの空間に。

 だから……じゃない。それが可哀想だとか、哀れだとか。そんなの思わない。でも、僕は……

「——ゴートマン——っ。お前は——お前は本当に些細なことを忘れてるだけだ! それで何かが変わったりしない、大きな影響力を持つものじゃない。お前のことなんて知らない、知りたくもない。でも、お前が忘れてるのは——」

 別れ際の僕の言葉に、ゴートマンは目を伏せた。とっくに下げてる頭をこれ以上下げられないから、その代わりに礼をしたつもりだろうか。

 そんなのどうでもいいけど、僕はちょっとだけの後悔を拭って前に進んだ気がした。

「……これで、昔の因縁はとりあえず解消ね。あとはあの魔女だけど……」

「出てこなかった……な。まあ、出てきて貰っても困るけど」

 絶対倒すわよ。と、ミラはそう言うが……お前なぁ。相手はマーリンさん以上の怪物だぞ?

 そりゃあ、前に紅蓮の魔女を圧倒したこともあったけどさ。あれはあくまで、マーリンさんの手の内を全部知ってたから出来た芸当だ。

 何も分からない、その上意味不明な拘束まで使ってくる。

 転移、転送という魔法までお手の物。いいや、他の魔法だって……何があるかは知らないけど、きっと使える筈だ。そんなの相手に……

「ま、集いのアジトに攻め入れば出てくるでしょう。アレがアイツらに肩入れしてるなら……だけど」

「……? それってどういう……」

 なんでもないわ。と、ミラは言葉を濁して、そして何かを思い出したように、随分と上機嫌で傲慢な、悪い表情を浮かべる。あの、どうしました……?

「見てたわよね! ベルベット=ジューリクトン! 私の力——ハークスの力! 格の違いを思い知ったかしら!」

「——なっ⁈ バカ言うな! このチビ! あんな程度の雑魚、俺だったらもっともっと簡単に倒してた!」

 何を! なんだよ! と、ミラとベルベットくんはキーキー喚いて口喧嘩を始めてしまった。

 このガキ! このチビ! と、飛び交う罵詈雑言のレパートリーの少なさに、ついつい微笑ましいものに見えて頬が緩む。

 うふふ、同年代の友達は久しぶり…………いや、同年代じゃねえわ。ミラの方がずっと歳上だったわ。

「……アギトさん。ミラさんとマーリン様と、一緒にアーヴィンに行ってたんスよね。何が……いったい何があったんスか?」

「え? えっと……何が……って聞かれると……」

 何かはあった。確かに重要な出来事はあったのだ。

 でも……オックスはそれがきっかけで、“ミラが変わった”のだと考えているみたいで。

 そこから違うんだよ……って、教えてあげたいけど、果たしてどうすればきちんと伝わるだろうか。

「……いっそ、お前にも戻っててくれればな……」

「戻る……っスか? じゃあ、ミラさんには何かが戻ったってことっスか?」

 そう……なんだけどさ。

 上手く伝えられないもどかしさ、そして伝わりっこない現実の無情さに頭が痛くなる。

 記憶が戻る以外の方法では何も解決しない。たとえミラとマーリンさんがふたり掛かりで説明したとして、自分の記憶に無い記憶なんて誰も信じやしないのだ。

 だから、僕は言葉を濁すしか出来ない。ミラは、元あるべき姿に戻っただけだよ……と。


 オックスは王宮ではなく、王都の駐屯所にお世話になることになった。

 かつて共に魔王討伐へと出向いた間柄ながら、だからと言って簡単には通行証を預けては貰えないらしい。

 でも、本人はそれを気にしたり、恨んだりする気はまるで無いみたいだ。

 魔獣が絡まなければ、本当に毒気の無い優しい少年なんだ。それが……っ。

「……ミラ。なんとか出来ないかな……みんなのことも……」

 独り言のようなボリュームの僕の嘆きに、ミラはしょぼんと肩を落として俯いてしまった。

 他人事ではない——自分がかつてそうだったのと同じように、あの状況から脱するにはやはり思い出を取り戻すしかない。ミラはそれを分かってる。

 でも……その為には召喚術式を展開しなきゃならない。また、マーリンさんをつらい目に……

「なあ、アギト。お前、なんなんだ? やっぱり変だぞ。そこのチビも、この間とはまるで別人だ。オックスだって、本当は何かあるんだろ。もしかして、フリード様も……」

「……やっぱり凄いな、ベルベット君は。俺が側から見てて分かりやす過ぎるってのを抜きにしても」

 誤魔化すな! と、ベルベット君はちょっとだけ怒った顔をして、でも凄く心配そうに僕に問い続ける。

 何があったんだ。お前は何をしてたんだ。マーリンはそれを知ってるのか。むしろ、マーリンの所為でこうなったのか。

 矢継ぎ早に繰り出される質問の中には妙に急所を突いたものもあって、でも……どれにもはっきりとした答えを返してあげられなくて。

「……ごめん。説明しても、きっと上手く伝えられない。伝わったとして、何も前に進まない。それと……あんまり大声で出来る話でもないからさ」

「なんだよそれ。おい、チビハークス。お前から説明しろ。この短い間に何があった。ちょっとアーヴィンに帰っただけで人格から変わるなんて、お前だって大概変だ」

 誰がチビよ! と、少年の言葉に噛み付くミラだったが……すぐにしょんぼりしてしまって、それ以上は白熱しなかった。

 この問題、たとえ全部解決してもベルベット君には詳細を上手く伝えられるだろうか。と言うか、伝えて良いものだろうか。

 世界中の人から人間ひとり分の思い出を吸い上げ、それを糧に禁術を発動させた……なんて。


 みんなの家——エルゥさんの宝物、クエストカウンター(?)に帰るまでベルベット君からの質問攻めは続き、ただでさえしょげていたミラはもう可哀想なくらい小さくなってしまっていた。

 ただ寂しいってだけじゃそこまではなんないぞ、まったく。なんでお前が負い目を感じてるんだ。

「っ! おかえりなさい! ミラちゃん、アギトさん、ベルベット君!」

「ただいま、エルゥ。ちゃーんとみんな無事に戻ったわよ」

 約束は守ったでしょ? と、ミラは縮こまっていた背中を頑張って伸ばしてそう言った。

 すると、エルゥさんにはやっぱりミラの強がりはお見通しらしくて。

 ぎゅーって抱き締めて、それから寂しそうに僕達三人の顔を見比べて……あっ。違う違う、そうじゃない。変な勘違いしてるパターンだ、これ。

「……っ。さ、ご飯にしましょう! いっぱいいっぱい作りますから、たくさん食べて元気になってください!」

「待った! 待った、エルゥさん。その誤解は早めに解いておかないと、あとで何故か僕がお説教されるやつだ」

 別にマーリンさんに何かがあったわけじゃないです。あの人は今、重要な罪人を連行する為に王宮に行っただけですから。

 そんな僕からの説明に、エルゥさんは嬉しそうな顔をして……そして、ボロボロ泣きながらミラを更に強く抱き締めた。

 そうだよね。いつも手伝いもせずだらだらしてたけど、あの人ともすっかり仲良しになったもんね。

 お別れには慣れてる……なんて言っても、寂しいしつらいから、そうじゃないと分かれば嬉しいんだ。

「……本当に……本当にみんな無事で……っ」

「うん、みーんな。マーリン様も、オックスも、フリード様も。みんなみんな無事に帰ってきたわ。言ったでしょ、約束は守ったって」

 ミラちゃぁん! と、エルゥさんはわんわん泣きながらミラに頬擦りをして、ミラもそれが嬉しいのか気持ち良いのか、目を細めてされるがままになっていた。

「ぐす……じゃあ! やっぱりご飯いっぱい作んないといけませんね! 晩にはハーグさんもレイさんも帰ってきますから。

 マーリンちゃんも帰ってくるんですよね? それに、オックスさんも呼べば来られる場所にいると見ました。フリード様……とは、もしかしてその……黄金騎士の……?」

 勇者さんですから当たり前ですけど、ミラちゃんは凄い人の知り合いが多いですね。と、エルゥさんはのほほんとした顔でそう言って、そしてミラをひとしきり撫でるとキッチンへと向かってしまった。

 あっ……ミラが凄く寂しそうな顔をしている……。記憶が戻って、甘えん坊がしっかり元通りになってしまったから……

「ほら、ミラ。おいでおいで」

「……」

 物凄い目で睨まれてしまった。そ、そんなに怒るなよ……っ。うう、反抗期……反抗期の思春期ミラちゃんになってしまった……っ。

 マーリンさんやエルゥさんにはあんなにデレデレしてるくせに、どうしてお兄ちゃんには甘えてくれないんだよぅ……

「……お前、やっぱり変だな。なんか……頭のおかしいやつに見える」

「うぐっ……な、なんて無慈悲な言葉を……」

 ベルベット君にまで冷たい目を向けられてしまった。

 まあ……うん、なんとなく分かる。だって、こうじゃなかったんだもの。

 前までベルベットくんが見ていた僕達の関係は、こういうものじゃなかった筈だもの。

 マーリンさんの弟子一号二号。頼りにならない無能兄弟子と、小さくて頼もしい勇者妹弟子。そういう間柄だった……筈なのに。

「……取り敢えず、俺はオックスを呼んでくるよ。ベルベット君はミラと一緒にエルゥさんを手伝ってあげて。大人数だし、今のミラは馬より食べるから。ひとりでやってたんじゃ、エルゥさんが壊れちゃう」

「なんだか知らないけど、ちょっとだけムカつくな。俺が知らない、分からないことを、アギトなんかが知ってるってのは」

 ちょっと、なんてこと言うの。でも、そんな捨て台詞を残しながらも、ベルベット君は急いでキッチンへと向かってくれた。

 知ってるんだ、僕は。ベルベット君がすっかりエルゥさんに懐いていることを。

 そういう意味の懐いてるなのかは知らないけど……うふふ、ぱっと見おねショタ……

 ほっこり気分で家を飛び出し、そして僕はオックスの向かった駐屯所へと急ぐ。また、みんなでご飯食べられるなんてな。

 いつかそうしてたように、何か買って帰ってやろうか。ああ、いや。それは流石にエルゥさんに失礼だな。

 懐かしさは次第にワクワクに変わって、僕はちょっとだけ浮かれ気分で走って行った。


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