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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百九十六話【やらなきゃならないこと】


 二階から降りて来た時、そこにミラの姿は無かった。

 ご飯を作っていれば良い匂いに釣られて帰って来るかな……なんて考えてたけど、ごちそうさまを言う瞬間にもアイツは戻って来なかった。

 ちょっとだけ寂しい食卓に不安が無かったわけじゃないけど、でも……

「じゃあ、報告の続きを。ええと、神様に出会ったところまで……でしたっけ」

「そうだね。召喚されて、村まで案内されて。うん、まだ全然進んでないね」

 脱線し過ぎちゃったからね、仕方ないね。

 さて、ミラが帰って来るまでにやることをやってしまおう。それが僕達の出した答え。

 ここはアーヴィンで、アイツの故郷で、アイツの大好きな場所だ。

 悪いことは起きない。少なくとも、全部思い出した今のアイツには。

 レヴとの和解も思い出した、ハークスに対する嫌な思いも払拭した。じゃあ、アイツはきっと大丈夫。

 今頃ダリアさんのとこに行ってるか、或いはこれまで寝足りなかった分を補填してるか。どう転んでも悪いことは起きまい。

「神様はタイムリミットを教えてくれました。五日後の夜明けと共に……と。その時はずっとずっと話が楽になる、十分に備えられる……って、思ってたんですけど……」

「しかし、現実にはそうはならなかった、か。十日二十日と猶予があるならまだしも、五日では順応がやっとだろう」

 その通り。と言うか、神様はそれを見越して僕達に色々やらせていたんだ。

 結果としては騙し討ちされたみたいになったけど、神様としては最大限準備させようとしてくれてた筈。

 まず、あの世界の成り立ちを理解させてくれた。

 あの世界にある異質さを体験させてくれた。

 そして、神様の手で歪められた異常さを見せてくれた。

 振り返ってみれば、どれもこれもメッセージのようなものが隠されている……と、思えなくもない。

 真相は文字通り、神のみぞ知る……ってやつだけど。

「初日、俺達は神様の言う通りに身体を休めました。そんなことしてる暇はあるのかって不安でしたけど、今思うとミラの絶不調を見抜いていたんだと思います。アイツ、また全然眠れなくて……」

 そして二日目。僕達はあの青黒い化け物と対峙した。

 災厄を運び込む、あの世界にはあって当たり前のシステムのひとつ。

 神様の言葉を借りるなら、世界の循環のうちにあるもの。

 あの時はそれが世界の滅びと関係してると思ったんだよね。分かりやすいビジュアルだったし。

 三日目、またしてもあの化け物と対峙した。

 けれど二日目と違ったのは、それが副次的な要素だったことか。

 その日命じられたのは、畑の土と粘土を採ってくること。

 化け物退治はその為の成り行きと言うか、現れちゃったから蹴散らしたって感じ。

 そこまでは問題無い……いや、問題があった。それ自体にはそう大きな意味が無かった。うぐぐ……

「……その時、俺達は自分の意思で神様のくれた指示外のことをしようと決めた……筈でした。でも、思い返せば全部予定通りって感じで……」

 あの化け物が世界を滅ぼす主因……少なくとも遠因くらいにはなるのでは? と、そう考え、僕達はその出所を探った。

 奴らと鉢合わせた場所へ向かい、そこから更に山を登り。そして洞窟を見つけ、ある意味では最も重要な場所へと辿り着く。

 うん、辿り着くように仕向けられていた……と、そう考えて差し支えないだろうな、やっぱり。

 偶然向かった場所がソレのある山だった……とか、それは流石に呑気過ぎる。

「神様に指示されて向かった山……俺達が自分の意思で探った筈の山には、魔術的な痕跡が残された祭壇がありました。なのに、村には魔術なんて使う人はひとりもいなかった。だから、俺はまた新しい可能性を考え始めたんです」

 魔術が失われた理由。それは、需要が無くなったからだった。

 あんなにも便利な力がどうして不必要と断じられたのか。答えは単純、神様が居たからだ。

 神様が土を肥沃にしてくれて、雨を降らせてくれて、化け物を退治する為の加護を与えてくれる。

 魔術はおろか、技術的な革新さえ不必要だと思われていただろう。

 神様は言った。自分は循環の外側にあるものだ、と。

 そして、終焉もまた外側からやって来るものだ、と。

 だから、僕は考えた。

 この世界は神様に依存し切っている。

 故に、神様が死んでしまったら……

「共倒れ……か。確かに、僕でもそう考える。しかし、なんでだろうね。随分と身近に感じる神様だ。自惚れみたいで口幅くちはばったいんだけど……」

「あはは。俺もそう思いました。神様はなんとなくマーリンさんっぽいなぁ……って」

 とんでもない力を持っていること。優しくて頼もしいこと。答えではなく、遠回しなヒントをくれること。

 そして、神様と村の関係が、マーリンさんと僕達の関係に似ていたこと。

 僕もミラも、完全にマーリンさんに依存していた時期があるからなぁ。

「そして四日目。課されたのは畑の手伝いと牧場の手伝い。村の外にすら出ない案件だったんで、当初はめちゃめちゃ懐疑的でした。でも、蓋を開けたらここがいちばん重要だったのかもしれません」

 そこで目の当たりにしたのは、神様によって革新を促される村の姿だった。

 そして同時に、それでも停滞を続ける人々の姿だった。

 畑で育てられている芋の量は、およそあの村では持て余してしまう膨大な量だった。

 牧場だってそう、不必要なまでに牧草を準備させていた。

 そう、させていたのだ。

 神様は言った。それは、飢饉への備えである……と。

 でも、それは建前であるとも言った。

 発展の余地を残したかった、と。続けられた言葉にこそ真意があった。

 マーリンさんもかつて語ったことだが、文明の発展——技術革新、道具の開発は、必ず需要の下に生まれるものだと。

 しかし、あの村はそうなり得なかった。

 神様の力によって安全も安定も約束されていて、必要十分な要素だけで完結している。

 故に、発展も進化も必要とされていなかった。

 神様はそれを良しとせず、打開の為に人々に過剰な労働を強いていた。

 不便、不足感こそが発展に必要なものだと。

 そしてそれは、自ら気付かねば意味の無いものだと。

「人間視点だと教えて貰った方が……教えてしまった方が楽に思えるんですけどね。やっぱり、神様ともなると違うんですね」

「なんだい、その妙な達観は。別に、そんなの人間だってやってるじゃないか。王様を思い出しなよ。散々僕のこと焚き付けてただろう?」

 あ、それ気付いたんですね。っと、今はそこの因縁はいいんだ。

 じゃあ、神様……ではなく、より位の高い人——見えているものが多い人、視野の広い人にはそれが出来る……と? 僕の問いに、マーリンさんは難しい顔で頭を抱えた。

「出来る……と、そう思い込んでいるケースも多いからね。なんとも言えないけど、出来る人間は少なからずいる。ただ、そういう奴は……」

 もれなく性格が悪い。と、マーリンさんは苦い顔でそう言って、そして大きなため息をついた。

 やっぱり王様の話なのでは……? 色々聞いてみたい気もしたけど、それは今度にしよう。

 そして五日目。遂に僕達は何もするなと言われてしまった。

 しかしそれは、神様からの唯一のお願いだったのだろう。

 この村は私の宝物なのだ。

 もう、これで見納めかもしれない。

 なら、せめて君達にその素晴らしさを知って貰いたい、と。

 ミラが嬉しそうにアーヴィンを案内してくれたのと同じ、神様も大好きな村をちょっとでも多く紹介したかったのだろう。

 でも、僕達はそれに気付けなくて。結局連れ戻されるまで外で調べ物してたんだよね。

「……で、六日目。約束通り、五日後の夜明け前。僕達だけじゃない、村の人全員が神様の下に集められました。そして……その時が来て……」

 剪定を開始する。

 あの時、神様はきっと耐え難い苦痛を感じていたことだろう。

 目の前にいるのは、自分がずっとずっと見守ってきた人々なのだ。

 何をするにも手を貸して、どんな時でも加護を与えてきた。

 他の何よりも大切な村と、その村に住む人々。

 それらを前に、神様は剪定という言葉を使った。

「……あの世界に訪れる終焉は、神様自らが下すものでした。やり過ぎてしまった、あまりにも甘やかし過ぎてしまった。

 もうどうしようもないところまで堕落してしまったのなら、せめて自分の手で幕を引く。そんな悲しみが、今になって伝わってきます」

 だから、僕達を招き、そして答えを教えずにこの日を迎えさせたんだ。人間の可能性を——底力を知る為に。

 この村がここからでも立ち直れるのか、人間はどこまで頑張れるのか、辿り着けるのか。

 それを測る為に、僕達に自らを打倒せよと試練を課したのだ。

「もう、全然動けなくなるくらいのプレッシャーでした。王様の前に初めて立った時よりも重い、とんでもない威圧感です。それは……あの時のミラにはあまりに過酷なもので……」

 ミラの背中がどんどん小さくなっていったのを覚えている。

 だから、決してひとりじゃないと、僕もちゃんといるんだと伝えなくちゃならないと思った。

 それからはただがむしゃらで、とにかく村の人を避難させて、そして……挫けたミラに手を差し伸べて……

「……そしたら、レヴが目を覚まして。アイツ、すっげぇ強くなってて。それこそ魔王なんてひとりでぶっ飛ばしちゃうんじゃないかってくらい、めちゃめちゃに強くなってて……」

「……でも、神様には届かなかった」

 そう、神様は倒せなかった。

 でも、今思えば倒せる道理なんて無かったのかも。

 神様はあの世界の循環の外にいる。それはつまり、あの世界にいる限りは手の届かない存在だったのだ。

 次元が違うと何回考えたか分かんないけど、それの意味さえ今にならないとちゃんと理解出来ていなかったんだな。

 きっとあれは、魔術で言うところの自然の発露——いいや、自然そのものだったのだろう。

「……でも、レヴの力を見て、神様は人間を認めてくれました。きっとそう……いや、間違いなくそうです。そしたら……そこで世界からの帰還が始まって……」

「気付けば目を覚ましていた。そして、ミラちゃんの記憶も戻っていた……と。うん、気持ちの良いハッピーエンドでなによりだ」

 じゃあ、つらい思い出は今回は無かったんだね。と、マーリンさんはそれを一番大切なことのように言った。

 やっぱり、この人も神様も過保護が過ぎるよなぁ。

 もしかして、あの世界も僕の認知で作られた世界だったり……?

 こう……甘え過ぎるんじゃないぞ、と。そういう警鐘を鳴らす系の……

「——ごはん! じゃなかった。ただいま戻りました、マーリン様。アギト、迷惑掛けてないでしょうね?」

「おう、おかえり…………開口一番お前は……っ」

 誰が問題児だ! タイミング良く帰ってきたと思ったら、こいつ!

 僕の文句になんて耳を貸すつもりは無いのか、ミラは荷物を適当に放り出すと、ごはんごはんと上機嫌でキッチンへと向かってしまった。

 はて、随分大荷物だな。なんだろう。

 ああ、分かったぞ。神殿からこっちに引っ越す為の準備をしてたんだな。

 そうだよな、こっちがマイホームだからな。それで今まで出掛けてたのか。なるほどなるほど……

「アギト、アンタもさっさと支度しなさい。マーリン様、私はもういつでも大丈夫です。戻りましょう、王都へ。今すぐにでも」

「……あれ? え? この荷物、こっちに引っ越してくる為のものじゃ……」

 何言ってんのよこのバカアギト。と、ミラは物凄く怪訝な顔で僕を見ていた。そ、そんな顔するんじゃありません。

 せっかく可愛いのに、お兄ちゃんにそんな顔しちゃ……ちょっ、マジで睨むのやめて! そういうの苦手なんです! 条件反射で敬語になっちゃいますから!

「——んのバカアギト! 負けっぱなしで黙ってられないでしょうが! 今度こそぶっ飛ばすわよ! 私達で! あの男と因縁があるのは、むしろ私達なんだから!」

「負けっぱなし……あの男……因縁………………っ⁉︎ ミラ、お前まさか……」

 今度こそとっ捕まえるわよ、ゴートマンを! と、ミラは勇んで、そしてすぐにいただきますと大きなハンバーグに齧り付いた。

 そ、そうか……それも忘れちゃいけない問題だった……問題…………わ、忘れていたかった……っ。

 記憶を取り戻したミラは、かつて持っていた強い正義感と負けん気の強さも取り戻したらしい。

 ま、待ってよ……まだ心の準備が……


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