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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百九十五話【あと、秋人】


 いつも通りの土産話。

 召喚された先で起きた、良いも悪いも混ぜこぜになった僕達の旅の話。

 楽しい話をしておくれ。と、そう言われても、今まではどうしても後悔や不満が影を落としてしまうものばかりだった。

 でも、今回は違う。やっと……やっと、全てを笑ってマーリンさんに伝えられるのだ。

「ふむふむ、本物の神様……超越的な存在、か。僕が言うのもなんだけどさ、また君達は凄いものと縁を結んだもんだね。人間以外の知り合いがこうも多いと、世界を跨いだ先でも何か御利益がありそうだ」

「あはは……どうでしょう。この世界の人間を守るもので、それ以外には干渉出来ない……とか言ってましたからね。謙遜なんてする必要は無かったですし、御利益は望めないと思いますよ」

 ちぇっ。しけた神様だなぁ。と、やっぱりこの人もミラと同じ不信心者の顔をする。

 こう……良いけどさ、僕はそう信仰心の厚いタイプでもないし。

 でもこの街には、地母神様を……ミラを崇めて毎朝お祈りをする人がいっぱいいるんだ。

 それが悪徳似非宗教団体ハークスに騙されてるものだとしても、何かを信じる心の尊さは変わらない。

 だから、あんまり大きな声でそういうこと言わないの。

「それにしても……うーん、僕の思い過ごしなら良いんだけどさ。

 ほら、覚えているかい? 召喚術式によって到達出来る世界には条件がある、と。君達の知らない未知の文明——遥か未来を行く世界には行けないんだ、って」

「はい、覚えてます。だから、どの世界もこの世界より文明の劣る世界で……」

 ひとつ目にはそもそも文明なんてほぼ無かった。

 名残はあっても、それは同じように別世界から流れ着いた人々と、そして既にリセットされてしまった後の文明だ。

 次も、アーヴィンと比べたらトントン、王都に比べたらクソ田舎って感じの世界。

 その次は……街とか残ってなかったし……

「文明と神秘は相反するものだ、神様が現れた世界がこの世界よりも古い時代だというのは当たり前とする。

 でも……だからってさ、失われたものが、必ずしも古くて置き去りにされたものばかりとは限らないと思うんだ」

「……? えっと……」

 果たして、神様というのは本当にこの世界の文明よりも未熟なものなんだろうか。と、マーリンさんは言う。

 ええっと……その、文明と神秘は相反する……って言葉を借りるなら、神様がいる時点で、その文明は未熟なものなんじゃ……

「人間だけで——人の文化だけで見ればそうかもしれない。でも、その神様は村に直接干渉していたんだろう? なら、神様だって文明の一部じゃないか。

 それを引っくるめてもここより未熟……ということなら、黙って納得するしか無いけど」

 ちょっとだけ不信感が募るよ。と、マーリンさんは僕のことをジトーッと睨み付けた。

 え? な、なんで僕を睨むの? 何も悪いことなんて……あっ! もしかして、僕が嘘ついてると思ってるな⁉︎ 失敬な!

「……君は本当に考えが全部顔に出るね。嘘なんてつけないのは知ってる。それを知られてる自覚は君にもあるだろう? 僕が疑っているのは、君の世界の在り方についてだ」

「俺の世界の……? えーと……?」

 はあ。と、ため息をつかれてしまった。そ、そんなぶつ切りで伝わるわけがなかろうよ!

 僕だってね、好きで察しが悪いわけじゃないんだ。君達術師って生き物が説明下手なのがそもそもの……ぶつぶつ……

「……前回の世界において、君の認知が魔女というものを成立させた。しかし、君の世界には魔術は存在しないと言う。

 だと言うのに、君に紐付けられた元の世界は、神様というものすら許容するだけの懐の深さをも持ち合わせている……と、そう考えている。

 早い話が、君の世界が出鱈目なものに思えるんだよ」

 いったいどれだけ先の文明で生きているんだ。と、マーリンさんはまたため息をつく。うっ……さ、流石に鋭いな、この人は。

 僕には上手いこと説明出来ないけど、けれどその考えはおおよそ合っているのだろう。

 僕の住む世界——街、生活には、当然魔術も魔女も神様も無い。

 けれど、そのすぐ側にはあるのだ。

 たまたまうちがそういうのに疎いってだけで、街にはお寺も神社も教会もある。彼岸もハロウィンもクリスマスも正月もやる。

 なんだったらゲームのキャラにいったいどれだけの神様が登場するだろうか。

「……神様……に、限らないですけど。空想の中の話って括れば、魔術も魔女も、神様も魔獣も竜も。それこそ異世界への渡航も。俺の持ってる世界では普通に存在します。それが現実になるかどうかは別として」

「……現実になるかも分からないような空想を、人々が普遍的に持っている……と? アギトが妄想逞しいだけではなく、それが世界にとっての当たり前だ……ってことかな?」

 マーリンさんの言葉に、僕は静かに頷いた。信じ難いことだろうが、これも事実だ。

 神話なんてのはずっとずっと昔——それこそ、電気も無い頃から綴られている。

 そして、現代ではもっともっと身近に——本当にそこら中に神秘的な体験の物語は溢れている。でも……

「この世界にだってある筈ですよね? たとえば、九つの首をもつ竜の伝説……とか。だって、でなくちゃ……」

九頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)は生まれていない……か。そうだね、そういう伝承は残っている。魔王の変質も、きっとその伝承をイメージしてなぞられたものだろう。最強の形のひとつとして、御伽噺をその身に宿したんだ」

 そう、それに気付いたから僕は死ん……思い出すのやめとこ、ぶるぶる。未遂なのに鳥肌立ってるよ。

 さて本題。そう、それは別に特別ではない筈だ。

 少年漫画もライトノベルも、それらを原作にしたアニメもゲームも。かなり進んだ先にあるとはいえ、別に特殊なものとは思わない。

 でも……マーリンさんは違うと感じるらしい。

「……はあ。それが出来るのは、今をどうにかしなくちゃならないなんて窮地と無縁な世界だけだ。ほんっとうに君は平和で幸せな世界に育ったらしいね。分かってたけどさ、それ自体は」

「あ、あはは……あれ? なんか今ディスられました?」

 この温室育ちがとディスられた気がした、気の所為?

 しかし、マーリンさんはそんな僕など気にも止めず、また大きなため息と一緒に項垂れてしまう。そんなにショックかなぁ……

「……昔も聞いたっけ、どうだっけ。アギトはさ、この世界で生きてて苦しくないの? 不便だなぁとか、面白くないなぁとか、さ」

「答えた気がします、多分。不便だし、めちゃめちゃ物騒だし、ひたすら実家が恋しいです。でも、面白くないとか、ここに居たくないなんて一瞬も思わないですよ」

 これはガチ。だって……ねえ。

 むしろ最初は、ずっとこっちが良いとさえ思った。

 もう、あんな現実は切り捨てて、ミラと一緒にこの異世界で暮らしていければ……って。

 でも、それは違うって気付かされたから。

「両方とも大事な世界で、大事な生活です。どっちが良いとか悪いとか、そういうのは無いですよ」

「……そっか。なら……ちょっとだけ安心したよ」

 ごめん、ちょっと嘘ついた。やっぱりちょっとだけこっち贔屓。

 いや……だって……あっちよりこっちの方が女の子の知り合い多いんだもん……っ。

 花淵さんに文句があるわけでは——違——違いますよ⁉︎ 花渕さんはそれはそれは最高の上司、尊敬出来る上官です、イエッサーっ!

 上官殿の命令とあらば、私は命を賭す覚悟であります、サーっ! じゃなくて。

 花渕さんのことも、みんなのことも。当然好きだけど……マーリンさんにエルゥさん、それにミラもいるし。

 こっちの方が……生活が彩り豊かだろうがよぉぉおん!

「……ってそうだ! 約束! 切り替わり! ミラの記憶が戻ったなら、もう召喚する必要無いですよね! だったら、もう精神の摩耗……? なんか……あって……ちょっとここに落ち着いてなきゃダメってのも終わりですよね⁉︎」

「ああ、うん。そうだね。今回のクールタイム明け、もう一度君を元の世界と繋げなおそう。ええっと……切り替わりってのは二日おきで良かったよね?」

 イエス、二日おきです!

 いやぁ…………この話振られてなかったら思いっきり忘れたままだったわ……っ。

 ミラの記憶が戻ってくれた。それだけでもう全部万々歳な気分だったから……

「……さてと。もうちょっと話を聞く予定だったけど、思ったより時間が掛かりそうだ。先にご飯にしよっか。ミラちゃんも、もうなんの憂いも無くたくさん食べるだろうしね」

「もうそんな時間……でしたね。もう、マーリンさんがミラを寝かし付けたりするから……」

 そうだったそうだった。朝早くから問診を始めたのに、あのバカミラが寝ちゃった所為ですっかりお昼を過ぎているんだった。

 言われて思い出す胃袋の寂しさに、僕はついついひもじい思いでお腹をさすってしまう。

 すぐに支度するよ。と、マーリンさんは困った顔で笑って…………

「手伝います、手伝わせてください。これをサボると、俺は元の世界で死ぬしかなくなるんです……」

「っ⁉︎ 君、元の世界では料理人か何かだったの……? その割には……」

 いえ、自宅警備員でした。今はパン屋の店員だけどね。

 忘れちゃいけない。僕はまだ兄さんにも母さんにも恩を返しまくらなくちゃならないのだ。

 予行演習……もとい、怠け癖を付けない為のリハビリをしなくちゃ。

「それじゃあ手伝って貰おうかな。今日はいっぱい作らなくちゃいけないし、しっかり頼むよ」

「イエッサー。ところで、献立は何にします?」

 何が食べたい? と、そう聞かれてしまうと……ハンバーグカレーっ! と、答えたくなってしまう、心の中の小学四年生の僕がいる。

 でも……カレーが無いからね……っ。

 ハンバーグみたいなものは存在するから、煮込みハンバーグっぽいテイストの料理をお願いしよう。

 ミラもきっと好きだし、僕はもうめっちゃ好きだから。

 ハンバーグ……マーリンさんの手ごねハンバーグ……ごくり。なんだろう、新婚感ある。

 え? 保護者と子供……? ばっ、違うやい。食いしん坊な子供を拾った、ちょっと良い感じの仲の男女じゃい。

 はい……なんでだろう、目から涎が…………


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