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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百八十七話【問答】


 御神木の下へやって来たのは、日が落ちる寸前のことだった。

 畑の手伝いも牧場の手伝いもそれなりに長引いて、結局昨日とあまり変わらない時間になってしまったよ。

 けど、今晩は神様も事情を把握して…………いや、昨日も全部お見通しだったんだけど。

 最初からその予定だったから、驚かしたりせずに待っていてくれた。

「中々大変だっただろう。村の人間には加護が働いている分、あの怪物と戦う方が楽だと言い出すものもいるよ。素直なのは良いことだが、危機感や恐怖心の薄れは少々気掛かりだ」

「あはは……そうですね、俺達でも……」

 昨日の方が楽でした。と、ミラもウンザリした顔で口を揃えた。

 人間、一番疲れるのは慣れない作業なんだな、って。

 化け物を相手に戦うのも、それをヒヤヒヤしながら見守るのも、どちらもすっかりお馴染みとなってしまっている。

 故に、もうそこまで疲れない、疲れていられない。

 え? 見てるだけなんだからお前は疲れなくて当たり前……? いやいや、結構気疲れするんだよ。

 それに、昔はミラを背負ったり、一緒になって前に出されたりで、本当に疲れるイベントだったし。

「しかし、願わくば労働以外の部分では、疲れただのつらいだのと思わなくて良い生活を送らせてやりたいものだ。

 親心とでも言うのかな、君の言葉では。今の村に住んでいる人間は、皆生まれた時から見ている者達だ。

 健やかであって欲しいと、本心からそう思っているよ」

 では、問答の続きをしよう。と、神様は一瞬だけ見せた憂いの表情もすぐにしまい込んで、そしてまたまっすぐに僕達を見つめた。

 今日は何を聞きたい、何に答えて欲しい。そんな目をした神様を前に、僕達も姿勢を正して今日の疑問を尋ねることにした。

「ますは……そうですね。畑も牧場も……見てはないですけど、きっと他の果樹園や色んな施設がそうなんだと思いますが。

 どれも規模が大きい、大き過ぎる。この村の人口——需要を考えたら過剰なものです。そしてそれが、神様の差し金だと伺いました。これはいったい……」

 差し金だなんて。と、神様はちょっとだけ困った顔で肩を竦めた。

 ああっ、違くて。責めるような意図があったわけでは……いや、それも分かってるんだよね?

 分かってた上で……うぐぐ。やはり弄ばれてしまう……っ。

「農業の規模を大きくし始めたのは、今の大人達が子供の頃からだ。理由はひとつ、飢饉への備えだ。

 この村は私を中心にひとつの集合として成り立っている。同時に、あらゆる物が村の物として——全員の物として扱われる。

 そこに遊びや猶予は無く、全員が暮らしていくのに最低限な量しか収穫出来ないものだった」

 私の加護があり、そして目に見える消費の水準があり。見えない不安というものが取り払われ、必要以上に手間を掛けなくなっていた。

 しかし、それでは発展の余地が無い。よって、私はそれを意識させようと試みた。

 神様の口から語られたのは、あまりにも意外な理由だった。

 飢饉への備え……というのが、なんとも神様らしからぬ言葉なのだ。

 らしからぬと思ってしまう——思わせるのが……

「……その飢饉は、見えているものではない……んですよね、口ぶり的に。決まってもいない未来の為に、神様はそんな……」

「ああ、そんな未来は見えていない。少なくとも、今の子供達が老いる頃にも訪れ得ない。しかし、そこは主題ではない。続けて説明したように、私は発展の余地を残したかったのだ」

 発展の余地……とは? 僕が首を傾げると、神様は困った顔をミラに向けた。

 するとミラは、こほんと咳払いひとつして僕よりも一歩だけ前に躍り出た。え、ミラは分かってる感じ……?

「発展の余地……文明の進歩、その足掛かりのことですね。

 進化や革新、発明は需要の下に……と、マーリン様もよく仰られていますが、全くその通りだと思います。

 必要以上の農作物を育てない、収穫しない。となれば、それらを長期間保存する術も開発されないですし、元々あった技術も失われてしまいます。

 倉庫の発達……延いては、建築の発達の妨げにもなるでしょう」

 何ごとも一度はやり過ぎてしまった方が良いんです。と、ミラはなんだか暴論をかましてみせた。

 しかし、神様も頷いている。やや困った顔をしてはいるものの、概ね同意のようだ。需要の下に……か。なら……

「じゃあ、俺達が感じた不便、不足感が……」

「そうですね。そこが発展の余地になる部分でしょう。自分の手に収まるだけの仕事では見つからない、規模を大きくして初めて気付く、可能性を孕んだ余白です」

 規模を大きくして、そして作業量を増やしたが故に、簡略化の為の道具や施策が見えてくる……と。

 ふむふむ……成る程。甘やかすばかりじゃなかったのね、神様も。

「ただ、それを口から伝えたとて何が変わるでもない。不便を前にすれば、人間は必ず楽を求める。それ以上の動機を言葉では与えられない。

 故に、村人は何も知らず、しかし本来あるべき形で畑を拡充させていった。だが……」

 一度覚えた甘えグセは中々抜けぬものだ。と、神様は頭を抱えてしまった。

 甘えグセという言葉にもなんとなく思い当たる節があるな。

 神様がいるから、神様の加護があるから。そんな考え——緩みのようなものが、この村のみんなからは感じられる。

「……? アギトさん? どうかなさいましたか?」

「……ううん、なんでもないよ」

 それに……甘えグセと言えば、だよな。

 うふふ。ミラの甘えグセは、たとえ記憶を失くしていてもちゃんと残っていた。

 もふもふな人狼になった僕の身体をベッドにしてゴロゴロ喉を鳴らしていたのが、まるで昨日のことのように思い出せるよ。

「……さて。では、昨日の続き——もう半分の問答をしよう。一晩考えて、何か答えは出たかな?」

 ちょっとだけ緩んでいた僕を咎める……とまではいかないにせよ、まだもうちょっと集中してなさいと学校の先生が注意するみたいに神様は切り出した。

 昨日の……半分、か。言われなくとも聞く気だったが、いざ尋ねられてみると……

「……まったく、です。まったく見当が付きませんでした。あれが人為的なもの、そして魔術的なものであるとは分かっていても……そこから先は……」

 昨日取り上げられたひとつの疑問。山の中腹にあった洞窟と、その奥に広がっていた空間の謎。

 それが魔術的なものであるとミラは言った。だとするなら、何かの祭壇である可能性が高いと思った。

 けど……今この村には、魔術なんて残っていない。手掛かりらしい手掛かりは……

「どん詰まりのようだな。しかし、良い。先も言った通り、人は難題を前に進化を考える。それが達せられたか達せられなかったかは大きな問題ではない。

 時の流れによって、どんな難題もがいずれは解決される。

 重要なのは、そこで一度立ち止まり手を止めたという事実。それを乗り越える為にもがいたという経験だ」

 しかし、残念ながら君達にはその時間が無い。よって、今回は私から答えを差し出そう。そう言われると、まるで落第してしまったような気分だった。

 けど、しかし背に腹は……え? 落第も何も、そもそも学校に行ってなかっただろ……って?

 いや、まあ……そうなんだけど。いいだろ、そこは。

 と言うか、落第自体はしたことあるわい。バイトの面接に……だけど……

「あそこは私の生まれた場所だよ。君達がその答えに辿り着ける道理も無い、今では誰も覚えていない出来事の名残だ。君達の言う魔術によって、私はこの世界に形を成したのだ」

「……神様が……」

 生まれた場所…………神様が——っ⁈

 僕もミラも一緒になって飛び上がった。そ、そん——魔術——っ⁉︎

 落ち着け。と、神様は呆れた顔をするが……お、おおお落ち着いてられるか! 特にミラの動揺が凄いぞ!

「か——っ⁉︎ かみさ——かっ……神様を作っ……げほっげほっ! そ、それは本当なのですか⁉︎ この世界にはかつて、神性を生み出すだけの魔術が存在した……と……?」

 僕が驚いたのは、本当にその言葉の額面上の意味にだけだ。

 けど、ミラは違う。

 ミラにとってその告白は、自分の積み上げてきたもの——自分の知る魔術を、真っ向から否定されたようなものだっただろう。

 魔術とは自然の再現である。

 その目的——最終到達地点は、自然現象の完璧な再現である。

 術の最奥とか、自然の発露とか呼ばれてるのをよく耳にした。

 けど、目の前の存在は、どこをどう切り取っても超自然的な存在だ。

 それが魔術によって生み出されたとあれば……

「勘違いしないで欲しい。君の知る魔術とこの世界にあった魔術のようなものとでは、根本的な思想が違う。

 ここにあった魔術は、特に根拠の無い、祈りの儀式としての側面が強かった。

 しかし、偶然によって私と繋がった。

 ひとつの奇跡……或いは、世界そのものからの介入と呼べるものだろう」

 君の魔術が劣っているというわけではない。君の文明が遅れているというわけではない。と、神様は苦笑いでミラをなだめた。

 そんなこと言われても……と、ミラもミラでまだ凹んだままで……

「あり得るのだ。祈りの力、即ち強い願望。逼迫ひっぱくした状況であればある程、それには力が込められる。

 この世界には、たまたまそれを聞き届ける能力があった。私がここにいたというだけだ。

 人が強く育てば育つ程、奇跡は世界から希薄になるだろう。

 少なくとも、君達の世界には私が手を差し伸べる必要は無さそうだ」

 問答はこれで全てかなと、神様は僕達を交互に見つめる。

 昨日の疑問には、なんだかもっとヤバい疑問とか不信とか自信喪失とか虚脱感とかと一緒に答えを貰った。

 今日の疑問にも、しっかりと親心を見せて貰った。うん、これで今日は全部……

「……神様。ひとつだけ……もうひとつだけ良いですか?」

「聞こう。君が尋ねたいと言うならば」

 全部じゃない。もうひとつだけあった。

 この疑問を口にして、そしてもしも——もしも神様が頷いてしまったならば。僕は……僕達は……

「……この世界は……俺達の所為で——余所者が紛れた所為で滅んでしまう……って。そういう終焉の形はあり得るんですか……?」

 神様は言った。

 飢饉への備えではあるが、しかしそれを予知したわけではないと。

 でも……滅びの形を教えられないとも言った。

 なら、それは隠蔽の為の言葉だったのではないか?

 考えれば考えるだけ無限に不安は湧いてくる。

 けど……きっと、この疑問にも……

「……答えられぬ。その答えだけは今は明かせぬ。では、また明日。心して備えよ、異界の勇者よ」

 神様はそう言って御神木に登ってしまった。

 やっぱり……か。

 それだけはあり得ぬ……と、そう言って貰えたら楽になれたのかな。

 それとも……いいや。

「もしそうだとしたら、それこそ私達の手で食い止めましょう。少なくとも、ひとつ目の原因不明な終焉よりはずっとずっとマシですから」

「……そうだね。うん、頑張ろう」

 ミラは元気に僕の前を歩いて、そして明日に備えてさっさと布団に入ってしまった。

 でも……きっと今晩もロクに眠れないのだろう。

 あと二日。明日を終えると、その夜明けと共に終焉はやって来る。

 僕達に何が出来る、何が訪れたらマズイ。

 眠れないのはミラだけじゃない……か。

 僕も布団の中で必死に目を瞑り、そして意識が切れるのを祈りながら待った。


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