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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百八十五話【基本は芋】


 目が覚めたのは、日が昇るよりもずっと前のことだった。

 疲れてた、夢も見ないくらい深い眠りだった。

 けど、起きてしまった。

 起きて、話がしたいと思った。

「アギトさん……すみません、起こしてしまいましたか?」

「ううん、大丈夫。ミラちゃんこそ、また眠れなかったの?」

 バレてたんですね。と、ミラは少しだけバツが悪そうに俯いた。

 バレていない……なんてことは無い。と、それを理解していたみたいだった。

 或いは、ふたつ目の世界でも僕が寝たフリをしてたって気付いてたのかもしれない。

 それでも……気付かないフリをしていれば、それだけ心を休められるから……って。

「……考えてたんだ。この世界に訪れる滅びについて、終焉の形について」

 神様は言った、この世界には循環の外より終焉が訪れると。

 とてつもなく大きな力によって滅ぼされるのだと。

 それと同時に、神様では防ぎようのない問題なのだと。

「この世界は……この村は、神様に依存し切っている。もしかしたら、この世界は……」

 神様が死んで、そして滅んでしまうんじゃないのか……? 浮かんだ可能性を口にして、しかしその言葉の素っ頓狂さに自分でも呆れてしまう。

 そんな存在ではない。死ぬとか生きるとか、そんなのを僕達人間が危惧するような次元には無い、圧倒的に高位な存在だ。

 でも……その可能性があると思わせるだけの証拠が、多少なりとも揃いつつあった。

「神様は言ったよね、その滅びの形を教えるわけにはいかないって。それは……教えられないからじゃなくて、教えても意味が無いからなのかな。

 神様はいなくなる、そしてその後に世界は滅ぶ。それこそ、あの化け物を退けるだけの力も無いわけだから」

 僕達が試されているのは、神様がいなくなった後にも戦っていけるのか——人々を守っていけるのかという能力なのではないか。

 だとしたら、僕達は指導者として期待されているのでは……と。

「自惚れかもしれないけど、ここの人達よりはずっとしっかりしてる自信がある。みんながだらしないだなんて思わないけど、それでも神様ありきの生活になってるって思ってしまう。そんな世界を——神様のいない、当たり前の世界を……」

「……生き抜くすべを、短い期間で——七日前後の僅かな時間で教えていかなければならない……と」

 そうだ。そう考えたらつじつまが合う。

 僕達には加護を与えてくれなかった。それは、加護が無くとも戦っていけるのだと証明する為だったのでは。

 僕達が勝手な行動を取るのを見逃した。それは、自分達だけで何かを探ろうとする意思があるのか確かめる為だったのでは。

 考えたら考えただけ、この結論に結び付く証拠が並んで行くみたいだった。

「……でもさ、そうと決め付けて考えたらなんだってそう思えちゃう。だから、ミラちゃんの考えを聞きたい。俺の突っ走った考えを、ミラちゃんからも見て欲しい」

「…………私は……」

 まだ、分かりません。と、意外なことに、ミラはそう答えて目を伏せた。

 まだ……って、まだ悩んでいるって意味だろうか。

 それとも、僕の考えを聞いて自分の考えが揺らいでしまった? いや、ミラに限ってそんな……

「私も、神様が滅びに関係しているのかもしれないとは考えました。けれど……どの可能性を追っても、そこには不確実な問題が発生します。

 神様が死んでしまう……と、アギトさんのその前提自体も、そもそもとしてどうしてそうなるのかを考えなければなりません」

「……って言うと……?」

 神様を殺すだけの何かが現れるのならば、私達がすべきはそれへの対策でしょう。と、ミラはそう言って顔を上げた。

 その目には強い勇気が灯っていて、いつも見るかっこいい勇者の姿で窓の外を睨んでいた。

「神様には寿命が無い……と。不死であると考えることはあまりに短慮かもしれません。

 ですが、自然に消滅してしまうと仮定して考えることもまた無用心です。

 もしも神様に何かがあって、それが滅びに繋がるのだとしたら……」

「……神様をも殺してしまうような存在が現れて、それがそのまま世界を……」

 こくんと頷いて、そしてミラはぎゅっと拳を握った。その加減を確かめるみたいに、何度も何度も。

 けれど……すぐに力無く拳は開かれて、そしてだらんと腕を垂らしてまた俯いてしまった。

「もし……もしもそうであるのならば、私達に出来るのでしょうか。神様をも凌駕する存在が現れ、それを打ち払う。

 魔王ですら——元は人間だったものですら、マーリン様とフリード様の力を借りなければ決して届かなかった。

 これまでの召喚でも、私達は重要な局面で敗走してばかりです。そして……あの魔女にも……っ」

「……ミラちゃん……」

 私に出来るでしょうか……。ミラはすっかり落ち込んでしまって、そしてそれから言葉を発することは無かった。

 重症……ううん、ある意味では正常なのかもしれないけれど。

 ミラの自信の源は、いつだって培ってきた技術と経験に裏打ちされていた。

 魔術や錬金術だけじゃない。武術やそれに工業的な技術も。

 レヴとして仕込まれたもの、そしてミラとして積み上げたもの。あらゆる努力を糧に、コイツは胸を張って生きていた。

 けど……今のミラにはそれが希薄なんだ。

 天の勇者という大き過ぎる器を、旅での思い出が欠けた今のミラの自信では満たすに至らない。


 日が昇るまでぼうっと窓から外を眺め、そして僕達はまた御神木を訪れていた。

 今日は何をするのだろうか……ふわあ。いかん、寝不足だ。こんなことならちょっとだけ仮眠をとれば良かったかも。

 でも……あんな状態のミラを放って、ひとりでなんて寝付けないし……

「随分と眠たそうだな、アギトよ。構わないが、それが理由で倒れたりしないように」

「の——わっ⁈ お、おはようございます、神様。いきなり後ろから現れないでくださいよ……」

 し、心臓止まるかと……っ。

 声がしたのはすぐ後ろからで、見上げていた御神木にぶつかりそうになるくらい僕は驚いて飛び上がってしまった。

 それが愉快だったのかなんなのか、神様はにこにこ笑って僕達をじっくりと見比べる。

 な、なんだよぅ。ミラはこんなにもどっしり構えてるのに……とか言うつもりかよぅ。

「では、今日すべきことを伝えよう。今日は村の畑で収穫を手伝い、そしてそのまま家畜の飼料作りを手伝うのだ。意外と重労働だぞ、寝ぼけて怪我をしないように」

「うっ……わ、分かってますてば。って……それだけですか?」

 ああ、それだけだ。と、神様は頷いて、そして御神木にもたれ掛かるように座り込んだ。

 脚を伸ばして、そよそよ吹く風に気持ちよさそうに目を細めている。

 なんだか……今日は随分とリラックスしてますね……?

「あまり呆けている時間は無いぞ。村は小さいが畑はそれなりだ。何せ全員の生命線だからね。

 それに、家畜だって決められた時間に餌を食わねば機嫌を損ねる。機嫌を損ねた家畜は味が落ちる……と、言われている。

 動物の肉なんて口にしたことは無いからね、君の頭の中の常識から語らせて貰ったよ」

「…………良いですけど、あんまり容赦無く覗き込まれると流石に不信感が……」

 最初から信用なんて無い間柄だろう。と、神様はケラケラ笑って僕達を送り出した。

 うぐぐ……いや、そりゃ……会って数日で信用も信頼も無いけどさ。でも……僕は結構頼りにしてたんだけどなぁ。

 それも分かった上で……ってことなら、やっぱり神様は……

「……あんまりアテにしちゃダメだ……って、そう言いたいのかな? やっぱりこじつけ過ぎかなぁ……」

「いえ、そう考えるのは悪くないと思います。理由はどうであれ、アギトさんは依存しないようにと自分を律しているわけですから」

 え? そう? えへへ。ミラに褒められちゃった、やったね。なんだろう、すっごく間抜けな感じだ。

 しかし、神様も駆け引きと言うか……言葉の使い方、人の操り方が上手いな。

 昨日の晩、明日に差し支えるといけない……とかなんとか言っておいて、蓋を開けてみれば待っているのは昨日よりも楽な仕事じゃないか。

 と言うか……あんな化け物と戦う以上にしんどいものって中々無いんだけど。

 え……? お前は疲れてないだろ……って? 心労が凄いんだよ……っ。

「着きましたね。ですが……まだ誰も来ていない様子ですね」

「ほんとだね。うーん……勝手に掘り返すわけにもいかない……よねぇ」

 そもそもここには何が植わってるんだ。

 大根か、人参か、じゃがいもか、キャベツか。キャベツならすぐ分かるな。

 目の前に広がっているのは、およそ東京ドーム……いや、行ったこと無いな。でも、そういう例えがしたくなるくらい広い畑と、そこ一面に広がった緑の葉っぱだった。

 うぐぐ……幼稚園の頃に畑で収穫を手伝う行事があっただろ……思い出せ……このよく分かんない葉っぱはなんの…………よく分かんない葉っぱの時点でもう分かるわけないだろ……このダメアギト……っ。

「おはようございます、おふたりとも。神様から話は聞いています、今日はお手伝いいただきありがとうございます」

「ベグさん。そっか、果物を育ててるって…………これ、果物なんですか……?」

 いいえ、これは芋です。と、ベグさんは凄く困った顔でそう答えた。

 やめろ。おい、やめろよ。見たら分かんだろこのクソバカ三十路童貞ニートとか言うのやめろ。クソバカ三十路童貞はマジで言い返せないからやめろ。

 頑張って正社員になったのに、そこんところはまだ言い返せないからマジでやめてくれ。心臓が止まる。

「この畑は私が管理していたわけではないのですが、担当していた者が先日腰を痛めまして。神様に治療して貰ってはいるのですが、まだ重労働は厳しいという判断で……」

「それでベグさんにお鉢が……と。成る程」

 では、収穫していきましょう。と、ベグさんは張り切ってそう言った。

 うん、分かった。で……どれを? と言うか……どの辺まで収穫して良いんです?

 え……? 全部……? 全部って……この東京ドーム……で、表してみたくなるくらい広い畑の……

「はい。全部です」

「……ひゅっ」

 成る程、重労働だ。

 土の中に埋まっている薄茶色の丸っこい芋が、まさかあの筋肉質な青色の化け物より手強いだなんて……っ。

 張り切っているベグさんとミラを他所に、僕はひとり折れそうな心を必死で鼓舞し続けていた。

 負けるな、負けるな……負け……負けそう……


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