第百八十話【問答】
「戻ったか。ご苦労だった」
村に戻ると、僕達は大急ぎで御神木の下へと向かった。
いっぱい文句がある……もとい、聞きたいことがある。
たった今戦ったあの変な化け物はなんなのか。
神様の加護ってなんなのか、それをどうして僕達にはくれなかったのか。
いや、これは多分試されてただけなんだろうけど。
でも! 全部見えてるって話ならなんでわざわざ試したのか、とか!
と言うか! それをどうして事前に言ってくれないのかとか!
「……考え出すとどうしてもダブるな……あのポンコツに……っ」
「あ、アギトさん……落ち着いてください……」
ごほん。確かにミラの言う通り、熱くなっても仕方がない。
ひとつひとつ聞いて、そして答えを貰って。
五日しかないのだ。
五日後の夜明けにと昨日言われたから、今日を含めたら四日しか……あれ? 今日を含めたら……えっと……ひぃふぅみぃ……
「っとと、それは後で良いや。神様、色々と聞きたいこと…………先に教えておいて貰いたかったことがあるんですけど」
「試すような真似をして悪かったね。けれど、どうしても必要なことだった」
ぐっ……こういうとこもマーリンさんっぽいんだ。
僕達は試されている。
あの時は、魔王と戦う勇者に相応しい人物か否かを。
そして今は、この世界を救うだけの膂力を持った人物か否かを。
勿論、神様からしたら僕達をおいて頼るアテなど他に無い。
だから、一刻も早く力を見極めて、そして必要ならば鍛え上げなければならないのだ。
「では、質問に答えよう。昨日も言った通り、私は聞かれた事柄にしか答えない。私には全てが見えている。私から告げるのでは、詳らかにしなくて良い事実まで明らかになってしまいかねない。熟慮し、憂いの無いように」
「はい。まずは……えっと……」
そ、そう言われるとちょっと焦るな……
まずは……昨日聞けなかったことから? いや、たった今得た疑問から行こう。
昨日は今日よりもこの世界に対してピントが合ってなかった。
昨日の疑問は今日のものよりも漠然としていた。
そういう問いは、答えを貰っても上手く自分の中に落とし込めなかったりするものだ。
解像度を上げる作業から。重要なのは、核をしっかりと掴むことだ。
「……まずは、さっきの化け物から。あの青い色の……変な……悪魔なのか鬼なのかも分かんないような……」
「化け物……か。アレがどうした?」
ぬぐぐ……そうですよね、質問になってないですよね。
あれこれと言葉を探す僕を見かねて、神様の前にミラが一歩躍り出た。
あの化け物はいったいどういう目的で人々を襲ったのか。
或いは、どうして村の人々はアレを倒したのか、敵と呼んだのか。と、そんなミラの問いに神様はウンウンと頷いていた。
「アレはこの世界の自然のひとつだ。しかし、アレは生物ではない。
病を運ぶもの、死を運ぶもの。この世界にはそういった脅威が元より存在している。
それを打ち払うことで、この村は豊かな土壌を確保しているのだ」
「豊かな土壌……ですか。つまり、あの怪物は人々を襲うのではなく、村に災厄をもたらす呪いのような存在だ……と」
君達の世界では、そういったものは目に見えないようだね。と、神様はそう言った。
呪い……か。分かりやすいエネミーキャラってことでおk?
もしくは……えっと、ウイルスとか細菌みたいな、僕達の知る限りではもっともっと極小の存在が大きくなって存在している……的な。
いや……全然納得いかない……
「では、アレを倒すのは何も特別ではない、と。この村——世界に訪れる終焉とは無関係なのでしょうか。それとも、もっと強力な怪物が現れて……」
「ああ、それとは全く関係無い。アレらは世界の循環のひとつ。
世界を終わらせるものは、もっともっと別の——世界の在り方からズレた存在によるものだ」
アレは滅びとは関係無い……かあ。
ちょっとだけガッカリした自分がいた。
別に、魔王っぽいのがラスボスだとテンション上がる……とか、そんなゲーム脳ではない。
端的に言って、アレがボスなら話が早くて楽チンだと思ったんだ。
神様の加護があれば、アイツらは村の人ですら蹴散らせる。
それがどれだけ強くなろうと、ミラが加護を受けられれば余裕も余裕、敵になんてなりっこない……って。
けど……アレじゃない、か。
「次に、どうして加護を与えてまで村人に戦わせているのか、です。
人を守る存在であると仰いました。ならば、脅威は確実に退けんとする筈です。
ひとりでは手に負えない、数には数をぶつけなければならない……と、そんな次元にあるようには思えません。
あなたなら、たとえこの場所から動かなくとも……」
ミラの問いに、神様はちょっとだけ困った顔で首を傾げた。
それを聞いてどうするの……? と、そういう……いや、違う。
困っているのは、僕達が素っ頓狂なことを聞いたから……か?
「私は人を守る存在だ。よって、私は人にしか干渉出来ない。私が人の形を成しているのはそういう事情だよ」
「……? えっと……」
私は人間の信仰によって生まれたのだ。と、神様は目を瞑ってそう言った。
信仰によって……生まれた?
それは……ええと、逆なんじゃないのか?
凄い人物……人じゃないけど。神様がいたから、それが凄いとみんなが認めたから。だから、人々は神様を敬っているんじゃ……
「私はこの世界の循環の外にある。
ある時、人々は病に苦しめられていた。そんな中で誰かが考えたのだ。祈りを捧げ、祝福を待つのだと。
心の安寧を取り戻す為に、希望を持たせる為に。方便として神という名を使い、そして疫病の収束を待った」
「……よくある話です。しかし、それは……」
それが私の生まれた理由だ。と、神様はミラの言葉を遮ってそう言った。
えっと……じゃあ、神様は本当に神様……信仰の——宗教的な意味合いを持つ、救いの手とでも呼ぶべき存在として……
「次第に人々の中からは、それが慰めであるという認識が消えていった。そして、その祈りには力が宿っていった。
何を疑うでもなく信じ続けた人々の願いには、それを叶えるだけのエネルギーが込められていたのだ。
そうして私はここに生まれた。人々を救うものとして、人々の願いの形として」
故に、私は他でもない人間の形をしている。と、神様はそう言った。
それは……えっと、ちょっとだけ納得した。
家畜や農作物も、もしかしたらお祈りしてたかもしれないけど。
でも、この神様は人の願いによって現れた、と。
じゃあ、その姿は人であるべきだ……と。
神様はそう言って……いや、そんな誕生秘話はよくて! 興味深いけども!
「……成る程。神様は人の願いを叶える為に生まれた。決して呪いを代行する為——敵を打ち払う為ではなく、希望を守る為に……」
「その通りだ。ミラは賢い人間だな。それにひきかえ……」
あれっ⁈ なんで神様にまでバカにされてるの⁉︎
しかし、焦って取り繕おうとする僕を神様はまた笑顔で見つめているのだ。
も、もしや……いや、間違いない。心を——今まで散々経験してきたことを全部読み取られている……っ。
ちくしょう……いじられ役が定着してるってバレてる……そしてそれを悪くないと思ってるのもバレてる……っ。
「……では、この世界に訪れる終焉とは……」
「ああ、その通りだ。私の加護を以ってしても……いいや。私の加護だからこそ、その終焉は食い止められない。世界の循環から外れた大きな問題がやってくる。君達にはそれに立ち向かって貰いたい」
神様の加護だからこそ……という言い方には少し引っ掛かるが、しかしなんとなく状況が掴めてきた。
ミラ……お前、ちょっとだけ喋るの上手になったな……っ。
昔は説明が下手過ぎてそれはそれは困ったもんだったのに……
「それがなんなのか、詳細は教えて頂けないのでしょうか」
「ああ、出来ない。この世界を守る為には、それを打ち明けるわけにはいかないのだ。心して準備して欲しい」
説明したらその時点でゲームオーバー……ってこと? それは……困るな……
つまり……だ。僕達が勝手に思い描いていた楽な五日後は、どこにも存在しないってことか?
何よりも頼もしい神様の手は借りられそうにない。
そして、その結末も教えて貰えそうにない。
今までと違うのは、そのタイムリミットがはっきりしてるくらいか。
それもむしろ、今までよりずっとずっと短い猶予しか残されてないっていう絶望の宣告となってしまってる。
うう……ど、どうしてこうなった……
「では、私からは最後にひとつだけ。この世界には——この村の外には、神様のような存在が他にもいらっしゃるのでしょうか。そしてそれは……」
「……それは私にも知り得ぬことだ。別の世界が繋がったことも、君達がやって来たことも。全て、この世界の循環に取り込まれる出来事だった。
しかし、私は——私と同じ存在となれば、それは循環の外。不自然な存在は、私では感知出来ない」
ありがとうございました。と、ミラは頭を下げ、そして僕に視線を送った。
他に質問、疑問があれば聞いてください……か。いやね……その……はい。
「……俺からは大丈夫です。色々あったんですけど……それへの答えも一緒に貰った感じだったんで……」
「そうか。では、今日は休むと良い。食事の準備をさせる」
ご苦労だった。と、神様はまた労いの言葉を僕達に送り、そしてぴょんと御神木に登っていった。
循環の外、不自然な存在……か。
世界を終わらせるものもそういったものだと言っていた。だとしたら……
「……戦うべきは、他の神様……?」
「可能性はあります。だとしたら……私達は……」
果たして、この世界を救うなんて大役を担えるのか。
あれだけ友好的に接してくれている神様にすら、その神気に当てられて意識を保つこともままならなかったのだ。
それが敵意を向けて来たとなれば……っ。
神様の言う通り、今日はゆっくり休もう。と、僕はミラと一緒に部屋に戻った。
すぐにベグさんがご飯を運んで来てくれて、そしてまたこの世界の不自然な点——明日にでも神様に聞きたいことをミラと話し合う。
きっと……いいや、絶対に。ここでミラの記憶を取り戻さなきゃ。
たとえどんな敵が現れたとしても、絶対に——




