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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百七十九話【試練】


 その化け物がなんなのかはまるで分からなかった。

 青黒い皮膚に歪な身体。或いは悪魔か何かを思わせる姿は、僕の知る魔獣や魔王よりもそれらしかった。

 だが、そんなものは関係無かった。

「——これが——神様の力——」

 ベグさんの剣は次々に化け物を貫いていく。

 周りに目をやれば、みんなが同じようにそれを討ち倒しているのだ。

 とても剣技と呼べる代物ではない不恰好なひと振りが、必然によって全て一撃必殺の奥義に早変わりだ。

 神様は言った。私は人を守るものだ、と。

 その言葉の意味が、まさかこんな形のものだったとは……

「——よ、よし! ミラちゃん! 俺達も!」

「はい! 揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)コーズ!」

 バチィ! と、空気を切り裂く雷が聞こえて、そしてミラの身体は勢い良く飛び上がった。

 魔術……使えるようになったんだ。と、安堵したのも束の間。その出力があまりにも低いことに気が付いた。

 僕にはなんの強化も掛かってないのに、ミラの姿が——次の行動が全て目に見えたのだ。

 でも、今は——神様の加護がある今なら——

「——はぁあ——っ!」

 ぐるんぐるんと回転し、そしてミラは渾身のかかと落としを化け物の脳天に叩き込んだ。

 ミラの動きは——武術は、誰がどう見ても村人達の素人剣術よりも格段に鋭かった。

 鍛えに鍛えた技と研ぎ澄まされた魔術。そこに加護まで合わされば負ける要素なんて……

「——っ! くっ……こいつ……」

「……効いてない……っ⁉︎ なんで……だって、神様の……」

 ミラの一撃によって化け物は大きくよろけた。

 顔面に三つ並んだ眼球のひとつが潰れたのか、真っ青な血……のような液体も流れ出ている。

 けれど、それが地面に臥せることは無かった。

 むしろ更なる興奮状態になり、その長い体毛を逆立てながらミラに向かって突進し始めた。

「——っ。この——っしゃあ!」

 ズバン! ズバン! と、化け物の攻撃を躱しながらでも、ミラは重たい一撃を放ち続けた。

 こいつ……あんまり強くないぞ。

 強くないのに……その頑丈さが、ミラにとって——今の決定力に欠けるミラにとっては非常に相性が悪い。

 どれだけ蹴り込んでもビクともしない、膨れ上がった筋肉の鎧に阻まれている。

 体重差もかなりある筈だ。でも……

「なん……で……っ。だってみんな……」

 神様の加護が失われた……? いや、違う。周りでは変わらずみんな敵を斬り倒している。

 化け物の攻撃はみんなには届かない。どれだけ拙い歩法でも、防御なんて有って無いような構えでも。

 あらゆる都合が上手い方向に流れるみたいに、この戦いには勝利が約束されていた。

 されていると思ってたのに。

「——アギトさん、退がってください! コイツら……硬い……っ」

「ミラちゃん……っ。くそっ……ごめん、俺が無力なばかりに……」

 この場で一番動きが良いのは——強いのは、場数を踏んでるのは、間違いなくミラなのに。

 だと言うのに、一番苦戦しているのがそのミラだった。

 そんな僕達の様子に気付いたのか、ベグさんが大慌てでこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。

「——アギトさん! ミラさん! 大丈夫ですか⁉︎ まさか……神様はまだおふたりにご加護を授けて下さらないのか……っ⁈」

 それであんな化け物に敵う筈が無い! と、ベグさんは顔を真っ青にして動揺していた。

 全く想定外だ。とんでもないところにお客さんを連れて来てしまった。彼はぶつぶつとそんなことを言いながら、酷く焦った様子で周囲の状況に目を配る。

 こうなったら自分で守るしかない……と、そう決意を秘めた顔にも見えた。

 まだ出会って一日だというのに、この人の義理堅さがよく感じられるよ。じゃなくて。

「——加護——か。これまたやってくれたね。ミラちゃん、俺達完全に……」

「……はい。試されてますね」

 この状況。神様の発言。そして——僕達に求められているもの。

 神様はきっと、この加護ありきとしても滅びを食い止められないと判断した。

 故に、加護無しでも十分戦える猛者を待ち、そこへ更に自らの力を貸し与えることで強敵を打ち倒して貰おうと考えたのではないか。それこそ……

「——魔王——かもね。この世界を恐怖に陥れるのは、こいつらと同じように青い皮膚をした、更に強力な化け物なのかも」

「だとしたら……っ。負けるわけにはいきませんよね——っ!」

 おふたりとも、退がってください! と、ベグさんは剣を構えて僕達の前に躍り出た。なんとまあ頼もしくない姿だろう。

 けれど、現状ではこの人よりも僕達の方が弱い。

 ただの素人剣術がミラの鍛え上げられた体術よりも強い。

 けど——そんなのは関係無い——っ!

「————揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)——エクスス——ッ!」

 言霊は天に轟く雷鳴となり、そしてミラの姿は僕達の視界から消えた。

 コーズよりも出力調整に重きを置いたエクススの術式。

 それが意味するのは——さらなる高出力強化だった。

「————ッシャぁああ——ッ!」

——バ——ァン——ッ! と、空気の爆ぜる音がして、そしてミラの一撃は化け物を大きく吹き飛ばす。

 それでも致命傷になった様子は無い。となれば——

「——はぁああ——っ! 貫く槍灼(アリージャ・フラン)——エクスス——っ!」

 突き飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばしてマウントポジションを奪い取ったミラの頭上に、小さくとも真っ赤に燃え盛る火球が現れる。

 そしてそれは勢い良くその穂先を伸ばし、組み敷かれた化け物の胸を焼き貫いた。

 いくらか藻搔いた後に動かなくなったのを見て、ミラは一体目の化け物から飛び退いて次に目を向けた。

「——三又の槍灼(トリリアージ・フラン)エクスス——っ!」

 また、同じような火球がミラの両脇から現れる。

 けれどそれは更に攻撃範囲の広い三又の鉾に姿を変え、地面から生えたばかりの化け物を纏めて刈り取った。

「——す——すごい——っ。まるで奇跡の技だ——」

 ベグさんも周りの村人も、感嘆のため息を溢すばかりだった。

 ミラはきっと、今出せる全力を出している。そしてそれは十分に通用している。

 けどそれでも、村の人達が剣を振るった方が早く敵を倒せている。

 だけど……それだけじゃないのもまた事実だ。

 彼らは戦うということの意味を知っている。

 けれど、その危険性を——重さをきちんとは理解出来ていない。

 神様の加護があれば誰にだって負けない。

 でも、どう見ても化け物は怖い。

 前提として存在する安心感と、それから本能に訴えかける恐怖心。比重はどう考えても神様への信頼に寄っている。

 彼らには、負けるとか死ぬとか以前に、怪我をするという不安すら無いだろう。

 けど、僕達は——ミラは違う。

 ミラが見せているのは人間の底力だ。

 自分よりもずっとずっと大きな相手に、怪我をしない為——殺されない為に、策も工夫も目一杯張り巡らせて立ち向かう。

 この小さな女の子がやっているそれが、自分達の戦いよりもずっとずっと洗練されたものだと、みんな分かっているんだ。

「……あ、アギトさん……っ。ミラさん、ひとりで戦っていて大丈夫なんですか……? 神様からは、加護があってもひとりでは戦うなとキツく言われております。それが……っ。加護も無しに、あんな小さな子が……」

「…………あれっ? もしかして……なんでお前は戦わないのって言われてます⁈」

 ベグさんは目を逸らしてしまった。

 ちょっ……ちょっと待って! 違う! そうじゃなかった筈だ⁉︎

 今はみんながミラの凄さに感心するターン! 僕の無能さにはまだ気付かなくていいんだよ⁉︎

 でも……うっ……うぐぐっ……っ。言われちゃったら……もう逃げられねえ……っ。

「——っ……くそぉ! ミラちゃん! お願い! お願いだから俺にも強化掛けて! ちくしょう! 神様! 俺は戦えないって分かってたくせに!」

 なんで僕まで加護無しで試されてるんだ!

 ミラ! ミラちゃん! お願いだから強化掛けて!

 何度もせがむのだが、退がっててください! 任せてください! と、ミラはそればかりで……

「…………アギトさん……」

「はっ⁉︎ ち、違う! 俺は情けなくなんてない! ひとりじゃ戦えないとかじゃないよ⁉︎ ミラちゃん! ミラちゃんってば‼︎」

 うわぁん! 周りの目が冷たい!

 そんな僕とベグさん達なんて御構い無しに、調子を上げ始めたミラは次々に化け物を焼き潰していった。こんな……こんな筈じゃ…………っ。


 大方倒し終えました。と、ベグさんがそう告げると、村人達もミラも剣を収めた。いや、ミラは素手だけど。

 僕は……収める場の無い寂しさと不甲斐無さと恥ずかしさと情け無さで両手がいっぱいだった。ぐすん……

「帰りましょう、おふたりとも。きっとこのご活躍は神様も見ておられた筈です。末永くお守りいただけるでしょう」

「あはは……そうですね……守って貰わないと戦えませんからね……」

 拗ねないでくださいよ。と、ミラは困ったように笑って僕の背中を撫でた。

 ぐすん……優しいミラちゃん……でもね、君が素直に強化掛けてくれてればだね…………って。

「……戻ったらまた神様に聞かなくちゃね。色々……うん、色々」

「そうですね。今の化け物がなんなのか……というのもそうですし、何より……」

 神様の加護はみんなを不敗の英雄にした。

 けれど……何故?

 それだけの奇跡を起こせる神様が、どうして自らは戦おうとしない。

 人々を守るものだと自称したのだから、そこを不精で済ませるとは思えない。

 いくつかの疑問を手いっぱいの荷物の中に紛れさせ、僕達は勝利の余韻に浸りながら帰途に就いた。

 勝利の……勝…………ぐすん。


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