第百七十七話【引力】
では、最後の問いを。
神様がそう言って、そして僕達は背筋を伸ばす。
これまでにされた質問は、ふたつではあったが根本は同じもの。
他の世界に、自身と同じく神と呼ばれるものは在ったか、と。
これ程までに大きな力が何かに寄与することはあったか、と。
なら……次の質問も……
「……ひとつ。君達は、この世界で何を成せる」
「……えっ? 俺達が……この世界で……?」
待ち構えていたのとは別の方向から飛んできた質問に、ついついおうむ返し癖が暴発する。
偉い人や凄い人には使わない方が良いんだろうとは分かってるんだけど……抜けないから癖って言うんだな……っ。
だが、きっと間抜けな顔をしているであろう僕にも神様は微笑み掛けて、そして小さく頷いて答えを待っていた。
「…………俺達はこの世界を救いに来ました。それは確かで、そして達成しなくちゃならないものだ……って、そう思ってます」
「そうだ。それは成されなければならない。故に、私は君達を迎え入れた。君達ならばと希望を託した」
神様の言葉に唇をぎゅっと噛んで、そして本当にそれが可能なものなのかという不安と戦い始める。
マーリンさんは言った。僕達は世界を救ったのだと。そして、やはり世界を救う力があるのだと。
神様は言った。この世界は滅ぶのだと。五日後、夜明けと共に滅びが訪れると。
それを予見し、そしてそれを打ち破るものが現れる未来も予知したと。
それが……僕達であると。だけど……
「……正直、自信はまるで無いです。全力でやります。当然、何が何でも救ってやるって気概はあります。でも……っ。神様……あなたの力があって尚、その滅びが避けられないものだと言うのなら……」
神様は言った。僕達の来訪は分かっていたと。
そして、それが滅びの予兆よりも後に見えたものだと。
つまり、僕達の来訪によって世界が滅ぶというわけではない、と。
それが示す意味は、神様の力があって尚、この世界には滅びが約束されているということだ。
「俺達の力はあまりにも小さい。それこそ、神様を前に失神してしまうくらい弱い生き物です。そんな俺達に、神様ですらどうしようもない終焉を食い止めるだなんて……」
「……弱気だな。しかし、言わんとすることも分かる。なればこそ……」
私は問うた。この世界で何を成せるのか、と。
その言葉にふと顔を上げれば、そこには微笑みではなく真剣な眼差しを送る神様の姿があった。
本気で——っ。この人は本気で僕達をアテにしている……?
だとしたら、僕達にはそれに答えるだけの力があると言うのか……?
神様だけの力では足りなくとも、僕達の知る別世界の文明があれば……と。
「答えはいずれ聞かせてくれ。刻限は迫っている。今日は休み、そして明日から励むと良い。この世界に……村に、生活に。慣れることこそ先決だろう」
では戻ろう。と、神様は手も付かずに立ち上がると、そのままゆらゆらと村の方へ歩き出した。
今日は休め……って、そんな時間あるのかな……?
滅びの訪れは五日後、もう目と鼻の先だ。
村に慣れろとか、そりゃ大切なことかもしれないけど……
「……アギトさん。ここは言う通りにしましょう。どういう意図であれ、あの方がこの村を——世界を救いたいと願っているのは事実な筈です。そして、未来が……或いはマーリン様よりも克明な未来が見えている」
「……無意味にダラダラさせたりはしない……か。うん、分かった。ここは神様を信じてみよう」
ゆったりと、けれどのんびりではない足取りで帰る神様を追っ掛けて僕達も村へと戻る。
しばらくはここでお世話になるんだ、無礼を働くわけにはいかない。
言われずとも村の手伝いはするつもりだったし、みんなとも打ち解けるつもりだった。まあ……
「……今回に限って、それが目に見えてるとなると……」
今までは制限時間が分からなかった。
だから、可能な限り最速で——けれど、丁寧に。自分達が悪人に堕ちてしまわないように気を付けながら進んで来た。
だが、今回は違う。
明確に時間を指定されていて、そしてほとんど答えが見えている。
故に、つい焦ってしまいそうにもなるが……本質を変えるな、と。もしかしたらそう言いたいのかな?
「俺達が今までやってたことも知ってて、その通りに動いてくれたら世界を救えるだろう……みたいな。うーん……全部教えてくれたらなぁ……」
明日聞いてみようか。
まずは……うん、最優先事項。この世界に訪れる終焉は、いったいどんなものなのか、と。
今まではこれが分かんなくて苦労して来たんだ。せっかくのインチキチートキャラが仲間(?)にいてくれるんだ、最大限活用しない手は無い。
村に戻ると、神様はそのまま御神木の上に登ってしまった。
今日はゆっくり休め。と、それだけ残して質問すら許さなかった。
うーん……? 僕達、自覚以上に疲れてる——世界に馴染めてないのかな?
だとすると、僅かしかない時間の内の一日を休みに充てるのにも合点が行く……のかな。
「お帰りなさいませ。お部屋を準備しました、よろしければお使いください」
「ベグさん……ありがとうございます、本当に何から何まで……」
貴方達は神様のお客人ですから。と、ベグさんは笑った。
そっか……そう見えるのか。そうだよな、そりゃあ。
あまりにも奇怪な出で立ち……というのではない。相変わらず服装は現地のものに合わせられているし、言葉だって違和感無く通じている。
召喚術式というのを神様から聞かされているのなら別だけど、彼らからは本当に村の外からやって来ただけの旅人に見える筈だ。
そんなただの旅人に、わざわざ神様自ら声を掛けて村の外まで引っ張って行ったんだから……
「……ううっ……ぶるぶる……っ。き、緊張して来た……」
「ど、どうして今になって……」
ミラにすごく呆れた顔をされてしまった。
いや、さっきまでも緊張してたよ? それはもう王様を前にした時くらい緊張してた。
でも今は……魔王との決戦を前に覚えた緊張——恐怖による竦みに近い。
「……俺達、今までに無いくらい大きな問題とぶつかってるのかもね。救うべき世界に貴賎は無いと思うけどさ……救ってくれって、マーリンさん以外の人から頼まれたのは初めてだから……」
「そうですね。私達以外の誰かがこの問題に関わってくるだなんて、今まではありませんでした。事情を話したとしても、みんな目の前に自分の問題を抱えていて……」
エヴァンスさんは生きて行くだけでいっぱいいっぱいだった。
生まれ育った街を追い出され、そして出会って間も無い僕達と旅をする羽目になった。
そんな中でされた、世界を救う為にやってきた……だなんて話、とてもじゃないけど相手してられなかっただろう。
やっぱり……迂闊に話すのはダメだと思うんだ……っ。
「キルケーさんやヘカーテさんの時は、なんと言うか……偶然向くべき方向が同じになった感じだった。けど、それでも……」
「考え方を改めましょう、アギトさん。今回は今までに無いくらい大きなチャンスなんです。
欲しくても得られなかった答えが既に手に入るところにあって、そして今まで望むべくも無かった協力者が現れた。
たった五日ですが、これまでよりも遥かに濃い一日一日を過ごせる筈です」
うっ……うむ、確かに。ネガティブにばかり物事を捉えていても仕方がない。
僕達は世界を救って来いとマーリンさんに送り出された。そしてここへ来て現地の神様にさえそれを期待されている。
どちらも未来を見通す眼力の持ち主だけに、すっごく情けない話だけど、この人達が言うなら僕達にもそれが成せるんじゃないかと安易に考えても良いんじゃないかな。
と言うか……
「……よ、よし。そうだね、ミラちゃん。今日はゆっくり休んで、明日から目一杯やろう。今回はかなり良い条件が揃ってる、変なミスさえしなければ……見落としさえ無ければ、絶対に救える筈だ」
「その意気です! 頑張りましょう、アギトさん!」
よし! 頑張ろう! と、僕とミラはふたりで鼻息を荒げて拳を高く掲げた。
すっごくメタい話をすると、これだけ重要そうな世界にやって来たんだから、ミラの記憶が戻るチャートでもおかしくないよね!
え? それが逆にフラグ……? や、やめてよ……っ。
僕達はまだ夕暮れの差し込む中で、シーツを頭まで被って眠りに就いた。
良かった……貸してくれた部屋、結構広くて。
布団もちゃんとふたつあったし、ペラペラだけど。
————変われ————
酷い頭痛がする。
吐き気や目眩は……大丈夫、活動に支障をきたす程じゃない。
大丈夫、大丈夫なんだ、私は——っ。
「——っ。お姉ちゃん————」
声がする。
変われ——と。
木槌で頭蓋を殴られ続けているような鈍い音が繰り返されている。
人造神性。その名の通り、神を目指して造られた異物。
本物に惹かれて目を覚ましたとでも言うのか。身体の奥底から嫌な力が湧き出てくるようだった。
「————っ——」
眠れない。
目を瞑れない。
この世界を救わなくてはならない。
この世界は——これだけ優位な材料が揃っているこの世界くらいは——っ。
すぐ側で穏やかな寝息が聞こえる。私は……それが……




