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異世界転々  作者: 赤井天狐
第四章【神在る村】
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第百七十六話【問答】


——この世界には滅びが訪れる——

 それは初めての出来事だった。

 終焉の訪れは知っている——つもりになっている。

 そういう話なのだから、それは間違いなく訪れるのだろう、と。

 けれど、そんな絶望を現地の人に聞かされたのは初めてだった。

 いいや——あり得てはならなかった。

「——なん……で……っ! なんで……まさか、そんなことまで読み取って……」

「……いいや。君達がそれを食い止めにやって来るとは知っていた。しかし、滅びの襲来を知ったのはもっともっと前だ。この世界は滅ぶ、それは不変の事実だと思っていた。故に……」

 私は君達の来訪を予期し、希望を託すことにした。と、神様は微笑んでそう言った。

 順序が逆……僕達の心を読んでそれを知ったのではなく、滅びの予兆とそれの答え合わせになる僕達の召喚を、別個に予知していた……と。

「では、幾つか質問をさせて貰おう。難しい話をするつもりは無い。ただ、私の好奇心を満たしてさえくれればそれで」

「質問……好奇心、ですか」

 それの意味は少しだけ分からなかった。

 心が読めるのに、どうしていちいち問いただす必要があるだろうか。

 覗き込むだけでは得られない情報がある……ってことなのか。

 それとも……さっき言ってた、必要以上に干渉しない——僕達が自ら打ち明けた事象だけに目を向けるという約束の話なのかな。

 だから……ええと……答えること、答えないことをしっかりと区別して、僕達が何を目的として動くのかをはっきりさせておこう……と。

「ひとつ。君達の世界——君達ふたりが元々いた世界には、私のような存在はいたのかな。

 神と呼ばれ崇められる存在が他の世界にはいないとなると……私は少しだけ、この村の在り方を残念に思ってしまう」

「神様……ですか。ええと……はい、いました。けど……」

 残念に思ってしまう……? 神様の言葉の真意がうまく掴めないまま、僕達はなんとなくその問いに当てはまる解答を探した。

 おっかないことに、どうやらアギトとしての生活以外も読み取られている様子だ。

 わざわざ君達ふたりだなんて括り方に直したのはそういうことだろう。

 さて、その場合……

 神様はいる。

 少なくとも、天に御坐す我らが父よ……と、そう呼ばれる父神様。

 それと、その地域の信仰を代表する地母神様。

 後者は人間なんだけど、宗教的な意味合いでは一応神様と呼ばれている。

 だけど……

「……神様……ええと、あなたのように目に見える形で施したりはしません。いえ、そもそもとして、俺達の世界の神はその姿を人前には晒さなくて……」

 あれ、なんだろう。あんまり知らない宗教についてなんで僕が語ってるんだろう。でも……そういう感じだよな?

 ミラ曰く……まるで信心深くないハークスの現地母神様曰く、そういう信仰体系だ……と、そう聞かされている。

 間違ってはない……よな……

「……アギトさんの口から語られたのは、信仰としての神——偶像の話です。神様とまではいきませんが、しかし似た性質の人間なら存在します」

「ほう、それは興味深い。そこまで突出した人間は、まだこの村には現れていないからね」

 ミラはちょっとだけ背筋を伸ばして、ひとりひとり例を挙げ始めた。

 まず、王様。国の長——最も偉大な人物である。

 世界を国と置き換えたならば、間違いなくその範囲内では神に等しい人物だろう。

 少なくとも、統治という点においては誰も比肩出来ない。

 旅の間に聞かされた暴君としての側面と、そして勇者として話を聞いて貰った姿を総合すれば、王様は神様と同じようにみんなから信頼され、尊敬され、畏れられ、そしてみんなを守る立場にある人だ。

 ミラが挙げたのはそれだけではなかった。

 ふたり目は、やはりと言うかマーリンさんだった。

 当然、王様に比べたら格は劣る。でも、僕達の中では一番大きな存在。

 魔術という、素人目に見れば奇跡同様の力を有し、そして未来視さえ持ち合わせた伝説の巫女。

 まあ……今はただのポンコツだけど。

 そして、彼女と双璧をなすもうひとりの英雄。黄金騎士フリード。

 彼について、僕はそう多くを知るわけじゃなかった。ミラだってそう。おとぎ話の分と、それからあの戦いの後の分。

 ちょびっとだけ僕よりは詳しいけど、そう大差無いだろう。

 魔術も無い、未来も見えない。けれど、不可能を可能にする膂力を持った豪傑。

 一番人間離れしてるけど、一番人間臭いのは彼なのかもしれない。

「……他にも、街や村によって相当する人物はそれぞれに存在しました。しかし……その誰もが普通の人間で、あくまでも敬われているという点が共通するだけで……」

「いや、良い。そうか、そうだったか。そうなると……ふむ」

 やはり、あの時の選択は間違っていたのかもしれないな。と、神様は寂しそうに呟いた。

 しかしすぐに元気になって、次の質問に移っても良いかと僕達を急かした。

「では、ひとつ。君達はこれまでにいくつもの世界を渡り歩いてきたそうだが、その中には私のようなものがあっただろうか。

 繰り返し同じような問いですまないな。だが、どうしてもこれだけは確認しておきたかったのだ」

「今までに訪れた世界に……ですか」

 そ、そんなとこまで見えてるのか……

 僕はミラと一緒になって頭を抱えた。

 神様の全能さに辟易しているわけじゃない。

 悩んでいるのは、そんなの気にしてる余裕が今まで無かったからだ。

「えっと……最初の世界では……どうでしょう。あの世界では人と関わることを避けていた所為で……」

「そうだね……信仰みたいなのは分からない。あっ、でも……」

 色々と話し合い、そして纏まった答えを大急ぎで神様に報告する。

 それを急かすでも咎めるでもなく、神様はのんびりと待っていてくれた。

 まあ……答え自体は覗き見して知ってるわけだからな。

 最初の世界には、それは間違いなく存在した。

 それも、目に見える形で、だ。

 あの大雨、洪水。それに方舟。

 目の前の存在とは違って人の形はしてなかったけど、間違いなくあの世界には神様と同等の超越的な力を持った何かがあった。僕達は良い関係を結べなかったけど。

 ふたつ目は……分からない。

 あれは人による世界だったと思う。

 人が獣と統合され、人が獣へと回帰し、人が失われてしまう世界。

 街に長く滞在出来た試しがあまり無いから、信仰についてはよく分からない。

 けど……こんな風に思いたくないけど、獣に宗教があるか無いかと考えたら、なんとなく結論は出せるだろう。

「ここへ来る前の世界では、その絶大さだけが存在しました。圧倒的過ぎる力を持った存在……という意味で、神様と似た立場の人物が」

「……ふむ。面白いものだな、世界というのは。私はこの村においては全能だ。けれど、君達の語る世界においては矮小な存在になってしまうのだろう。在り方、見え方とは、それだけ簡単に変わってしまうものだ」

 では……と、神様は更に何か質問を……? しようとしているのかなと思ったんだけど、どうにも少し様子が変だ。

 なんと言うか……僕達を見ながら何かを待っている……?

「もうひとつだけ問いたいことがある。だが、その前に。君達からも何かあれば、私も快く答えよう。幾つかある筈だ、避けては通れぬ疑問が」

「あ、ありがとうございます! アギトさん、何から聞きましょうか」

 え、えっと……そうだな……

 元からあった疑問についても聞きたいけど、まずは……今の質疑応答で得た新しい疑問から、だ。忘れるといけないからね……

「あの……ひとつ目の質問の時、残念だと思う……って。この村の在り方を……まるで自分がいることが悪いみたいな言い方に聞こえて……」

「それはそのままの意味だ、深読みは必要無い。他の世界では——他の世界の人間は私のような存在が無くとも強く生きられるのならば、この世界は私の所為で弱くなっているのかもしれない、と。そう憂いただけだよ」

 成る程……?

 納得も理解もやはり難しいとは思うけど、頑張って噛み砕いて飲み込んでいこう。

 神様視点では、村の人々は子供のように見えているのかもしれない。いわゆる親心ってやつか。

 過保護にしてしまったかもしれない……と、そんな感じなのかも。

「ええっと……もうちょっとだけ良いですか? その……どうして俺達が来るのが分かったのか……って、本当はもっと細かく聞きたいですけど……」

 感覚的な話なら、あれ以上の説明は難しいのだろう。となると、聞き方を変えるべきだ。

 どうして分かったのかではなく、いつ頃に分かったのか、と。

 そしてそれが、僕達の世界においてはいつに相当するのか、と。

「来ることはずっとずっと前から分かっていた。この世界と君達の世界とがまず一度繋がって、そしてすぐにその予兆が見えた。

 その頃には既に滅びの予兆も出ていて、君達の来訪の目的も理解出来た」

 少なくとも、今いる子供達が生まれるよりも前だ。と、神様はそう言った。

 まず一度……か。

 そう、神様は言っていた。ふたつの世界は二度繋がった、と。

 けれど、それについての詳細を彼は口にしないでいてくれている。

 ああ……そっか。聞かれたことにだけ答えるってのは、この為の配慮だったのか。

 一度目の接続——それは、最期の召喚術式の——僕についての記憶が流れ込んだ時のことだ。

「……えっと……それから……っ。あの……来たばかりの時と、さっき一度……とんでもない圧力と言うか……立っていられなくなるくらいの存在感を感じたんですけど……」

 アレはいったいなんで、そしてどこへ行ったのか。

 分かっている、アレこそが神たる所以だろう。

 そして、それのオンオフが自在なのも神様だからこそだろう。

 でも……聞かざるを得ない。だって……流石に理不尽過ぎたんだもの……

「この村の古い言葉を借りるのならば、神気に当てられたと言うのだろう。

 私がここに来たばかりの頃は、村の人間もそうだった。故に、私は自身を小さくする手段を覚えた。

 今よりも前の、前の前の前……四代前の人間の頃の話だ」

「四代前……ええっと……お父さん、お爺さん、ひい爺さん、ひいひい爺さん……」

 け、結構前から……いや。僕の知る神様を思えば、比較的生まれたばかりなのかな?

 しかし……思いもよらぬ情報が得られた。聞いといて良かった……っ。

「……てことは、昔はみんな倒れちゃってたんですね。神様が現れると、誰もが……」

「そうだ。だが、今はもう違う。私が在るのは当たり前で、皆もそれに馴染んでおる。君達が倒れたさまを見て、懐かしいとさえ思ってしまったよ」

 あはは……そっか。

 今の質問で得られた答えは、何も額面上のものだけじゃない。

 この神様はまだ若い……部類なんだろう。

 何百年、何千年と続いてるイメージが勝手にあるからさ、そこが違うと分かっただけでも収穫だ。

 それと、神様の持ってる時間感覚は、僕達のものとそう変わりない。

 恐らく、ひいひい爺さんの代の言葉を古い言葉と呼んでいる。

 だとすれば、ずっとずっと前——一度目の接続も、僕達のイメージする通りのずっとずっと前なんだろう。

 となると……この世界、僕達の世界よりもかなり早く時間が流れているみたいだ。

 他にも聞きたいことはあったが、先に神様からの質問を聞いて、後日改めてにしよう。と、それは僕とミラが一緒に出した答え——情報を整理する時間が欲しいという情けない訴えだった。


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