第八十話
ボーリングストーリー。名前の通り、掘削MMORPGと題して、かつてそこそこ人気を博したオンラインゲームである。ボウリングじゃないよ、ボーリングだよ。世界を縦に縦に掘り進めて開拓するという、凡そ太陽光への反逆とも思えるそのストーリーの癖の強さに、多過ぎて運営が存在を認知しきれていないとまで言われた多種多様なジョブなど。余りにも新規プレイヤーがとっつきにくい環境に、一握りの廃人達の手によって支えられていると言われていたゲーム。もしかして、マルッペさんの引退が引導を渡して……?
「しかし、あの時はどうかしてたんじゃないかってくらいのめり込んでたなぁ。別に後悔も無いし、有意義なお金の使い方だったって思うけどね」
「うむ……マルッペ氏の課金があの世界を支えていたと言っても過言では無いくらいの注ぎ込みぶりでしたからな。拙者も青春の大半を掘削に費やした事に、一切の悔いなどと。マルッペ氏と同意見でござる」
場所を移して僕らは喫茶店で思い出話に興じていた。札束の悪鬼ことマルッペさんを擁するギルドの長、どろしぃことデンデンさんもそこそこ……いや、結構な課金プレイヤーだった。僕は……ほら、課金とか以前にお金なんて持ってなかったし。鬼竜くんも当時を考えればまだ中学生か高校生かという頃だっただけに、僕と同じく貧乏プレイヤーだったことを思い出す。それは滝壺のように幾らでも降り注いできて、掬っても掬ってもキリがないほどに思い出が詰まっている。
「アギトさんと鬼竜さんはゲームと全然違うのに、デンデンさんは何にも変わらないですよね。ありのままをさらけ出し過ぎていると言うか……」
「それについては同意見です、僕も。お陰で初対面でもすぐ打ち解けられたんですけどね」
全く面識のなかった筈の四人……正確には僕とデンデンさんはもう既に知り合ってはいたのだが。それでも初対面四人がこうもあっさり打ち解けられると言うのは……ゲームって凄い。と、間抜けな感想が浮かぶばかりだ。
「さてさて、本日の本題。ボースト史上最も盛り上がり、売り上げ的にも人気爆発で、後に滅びへの第一歩と言われてしまった深淵のファフニル実装当時の精鋭四人が集まっている事ですし。ファフ期の思い出語りましょうぞ!」
「ファフかぁ……いやあ…………幾ら溶かしたっけなあ……」
深淵のファフニル、と言うのはボーストサービス開始五周年を記念して実装された、いわゆるレイドボスである。タイトルにもその名を加え入れられ、禍々しいそのドラゴンをこれから前面に押し出していくぞ! と、そういう意気込みを感じられたのだが……
「……今思えば調整もクソも無かったですよねえ……」
「超高火力、超広範囲攻撃、即死ブレス……拙者あの時だけはウィッチに盾を装備出来ないことを怨みましたぞ……」
余りにも強キャラ過ぎる調整を施されたファフニルは、凡そ半数を占める火力職キャラを全て一撃で葬り去り、ガチガチに強化したバスターアーミー、シールドウォリアー、マッシブマンなど、所謂壁キャラによる人海戦術以外での攻略をほぼ不可能としてしまっていた。それもランダム即死攻撃により理不尽な運ゲーを強いられていたり……なぜあんな状態のゲームが人気になったのだろうか……? と、今では不思議で仕方が無いと言う意見も多い。オンラインゲームは大体地獄みたいな環境の時は人気で、その後一気に墜落する。と、そんなイメージが僕の中にある一因だ。
「……その、僕は当時まだ初心者だったし……課金もしてないから皆さんの助けが無かったら、ファフニルは愚か他のボスだって倒せたかどうか……」
「うむうむ……懐かしいですなあ。新人の鬼竜氏を何とかしてボーストにハマらせようと、皆してアイテム送ったりアシストしたり…………完全に貢がれてる王子様状態でしたな」
「そうそう、私もいっぱい貢いだわー。うちの団って鬼竜くん以外女キャラばっかでしたもんね」
そう言えば僕もその頃随分色々貰った記憶が……成る程アレは足止めだったわけか。しかしそうなると……
「……ねえデンデンさん? ファフニル期の精鋭、ってなると僕と鬼竜くんはちょっと違わない? どちらかって言うとファフニル期からお荷物になり始めた記憶が……」
僕は素朴な疑問を投げかけた。すると……なんだその息の合い方は。デンデン氏はともかくマルッペさんも一緒になって笑い始めた。
「だからでござるよ。ファフニル期には確かに大勢の団員が居たでござる。しかし……」
「ファフに懲りて離れていった人も多かった。鬼竜くんとアギトさんはあの団にとって、ファフニル期を乗り越えた数少ない戦士。地獄を共に乗り越えた盟友なのよ」
なる……ほ…………いや、全然かっこよくないが⁉︎
「……つまり、囲い込みに成功した数少ない例、と」
「そうとも言うでござる」
そう言って二人はまた笑い出した。なんとも悲しい盟友である。
「古参プレイヤーは拙者とマルッペ氏以外殆ど居なくなってしまったでござるからなあ。ファフに調整が入ってから帰ってきた人は居たでござるが……」
「また一からボーストやれるって言われても、今度はファフで脱落する気がしますもん、私も。その後のインフレのすごい事すごい事……」
ちょっと? なんで思い出話してて暗くなるのよ? なにか良くない物を開いてしまったのか、二人に多大な精神ダメージが入った。
それから色々話し込んだ。店員さんには白い目で見られたが、時間にして凡そ四時間。ドリンクバーが時間制じゃなくて良かったと本当に思う。ファフニル期に流行った遠距離職オンリーのファフハメのことを話している時のデンデンさんは随分息も荒げて、ファフニルからドロップする邪竜シリーズ装備に憧れたと控えめな鬼竜くんもボースト熱を見せた。マルッペさんは…………大体なんでも網羅してたから、何を聞いても返事が返ってくる攻略サイトの様だった。僕も……
「……それじゃあここらでお開きですな。寂しくなりますが、どうか皆様ご達者で」
夕方になり、デンデンさんのその一言が出るまで、僕らはもう終わってしまうゲームについて語り合った。そう……もう終わってしまうのである。こんなにワクワクを思い出したのに、無くなってしまう。もっと早くにオフ会をしていたらもしかしたら……と言うどうしようもないイフが浮かんで離れない。
「はー、楽しかった。別にゲームしたわけでもないのに。ボースト、やめなきゃ良かったなぁ」
「……僕も楽しかった、です。またいつか……別のゲームでも一緒に……皆さんと一緒に遊びたいです……」
「お二人とも! 帰ったらクラウンサーガダウンロードするでござるよ! 拙者もアギト氏も待ってるでござるから‼︎」
いえ、僕はまだ待ててないです。でもみんなの言うことは分かる。思い出話をするだけで楽しかったし、ボーストから離れた事に後悔が生まれた。そして今日集まった皆、あの時一緒に遊んだ皆でまたゲームしたいとも思った。それなら折角だしゲーム性も近いクラサガを、と言うのも分かる。うちの子を自慢したいしな!
「デンデンさん最近それしか言ってないですよねー。でもなんかゲーム熱上がっちゃったし、帰ったら体験版入れてみます」
「ぼ……僕は……もう少しボースト遊んでいたいから…………最後まで……」
一途! 鬼竜くんかわいいな! めっちゃ強面なのに‼︎
「うむ! では拙者は鬼竜氏と掘削しつつ、アギト氏とマルッペ氏を新たな世界で待つとしますかな! 鬼竜氏のログイン帯は二人と少し違いますしな!」
「デンデンさん……寝てよ……?」
別れの言葉は憶えていない。またいつか? またあとで? 憶えていないけど……再会を約束したことだけははっきりと分かる。改札口で三つに分かれ、僕達は浸っていた思い出の泉から出てそれぞれの帰途に就く。帰ったら……今日こそ体験版だ!
「……ありがとう、デンデンさん。誘って貰えなかったら、って考えると怖くなるくらい楽しかった」
「いえいえ……楽しかったのもアギト氏の、皆のおかげ。楽しくなりそうだから、拙者は今日お三方を誘ったのです」
くそう、泣けること言うじゃないか! また一時間以上、今度は緊張では無く名残惜しさを抱いて電車に揺られた。そして僕らもバス停で解散する。だが、この別れはほんの一時の物だ。家に帰れば二人が待っていた。晩御飯の餃子をいつもより急いで平らげ、皿洗いもそこそこに僕は部屋に……いや、剣と魔法の世界に急いだ。
「デンデン氏――――っ! やっと遊べるでござーーーるっ!」
『アギト氏――――っ! 新しいおべべ着た拙者のどろしぃたん見てーーーっ‼︎』
体験版とは思えぬほどしっかり用意された数々のクエストを僕らは何度も何度も繰り返し、昼間に迫る勢いで話し続けた。はて…………何か忘れているような……?